Even[イーヴン]~楽園10~

志賀雅基

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第27話

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「戦闘機が二十、輸送機が三、哨戒機が三、練習機が四、と。あれ、二機足りない」

 昼食を摂ったのちにシドのリクエストでまた飛行場へと向かっている途中だった。
 指折り数えるハイファにシドが答えを教える。

「二機はあれだろ、レシプロエンジンのヤツ」
「ああ、貴方が一番気に入ってた、AD世紀でも珍しいような試作機ね」
「幻の零戦を蘇らせた機体! あれこそ男のロマンだろうが」

 深く長く溜息をついたハイファは愛し人の端正な横顔をじっと見つめた。

「いいよね、貴方は暢気でサ」
「お前だってもうダイレクトワープ通信したんだろ。返事は?」
「まだこない。いきなりだもん、上も悩むに決まってるよ。人員送るにしたってワープ七回は遠すぎるし」
「そうだよな、帰りを考えると眩暈がする……うわっ!」

 別室からの返事はハイファが受けるだけだと思い込んでいたシドは振動する己の左手首を気味悪そうに眺めた。取り敢えず心臓に悪い振動を止める。
「やっぱりきちゃったかあ」
「ひしひしと嫌な予感がしてきやがったぜ」
「ここでゴネても仕方ないから見ようよ」

 格納庫の外壁に凭れて二人はリモータを操作した。
 小さな画面を見つめる。

【中央情報局発:アルナス星系第二惑星フィルマにおけるフィルマ第一基地及び第三基地首謀のクーデターを阻止せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】

 図らずして二人の口から同時に巨大な溜息が洩れた。

「何て無茶振りを……」
「いったい本当に任務を遂行させる気があるのか疑問に思わねぇか?」
「大丈夫かなあ?」
「何が?」
「別室戦術コンとか、室長とか、色々と」
「それをお前が言うなよ。俺はとっくにちょっぴり心配になってきてるんだからさ」

 二人してリモータの嵌った左手首を振る。

「うーん、クーデターを阻止する方法かあ。基地司令でもる?」
「三千人に囲まれるのは嫌だ」
「でしょうねえ」
「飛行機でも眺めて考えようぜ」

 格納庫の外壁から身を起こすとシドはコンクリートのエプロンを渡って、午前中に入った事務所の横の芝生に直に腰を下ろした。ここからなら飛行機は良く見えるが当然ながら五月蠅い。
 考えるには適していないような気がするハイファだったが、シドは動きそうにない。仕方がないので並んで座る。

「でもさ、クーデター派の言い分も尤もだよな」
「だからって武力で脅していい理由にはならないよ。一般人に被害が及ばないなんて保障は何処にもないし、大体そんなことしてる場合じゃないと思うけどね」
「じゃあ採掘者の現状をどうしろって?」
「よそ者がくちばしを挟めることじゃない、ここの人たちが自身で掴み取って決めていかなきゃならないことだけど、まずは民主的解決を目指すべきじゃないかな」
「それもできねぇくらいに絶望が深かったのかも知れんぞ」

 隣のシドをハイファがチラリと見る。

「例の如くクーデター派にほだされちゃった?」
「ほだされたかどうかは俺自身、分かんねぇけどさ、計画を潰すってのは、ここの採掘者たちの希望を摘み取ることじゃねぇか?」
「介入したくないのは分かるけど、誰かを脅して出来た政府が人々を幸せにできるかどうかは疑問だと思うよ。そんな棍棒外交が末永く上手くいった試しはないからね。いつかは破綻する」
「それならここの採掘者はもっと苦しむべきなのか?」

 シドの言葉にハイファは少し困った顔をした。

「スナイパーとしても別室任務でも色んな星を見てきたよ。豊かな星、貧しい星。何れにせよその星の人々は自分たちの孫を不幸にしないために試行錯誤して生きてた。ここだっていつかは自分たちで掴み取る日がくるよ」
「だからって今、不幸な人間がいるんだ。テラ人の一生はせいぜい百三十年しかねぇ上にたったの一回きりなんだぜ。テラ連邦は何とかすべきだろうが」
「何とかするにしてもクーデター派が臨時政府を打ち立てちゃったら、それこそ容易に甘い言葉を掛ける訳にはいかなくなるじゃない。脅しに屈することになっちゃう」

 そこまで言われてシドは空を仰ぐ。半ば分かってはいたのだ。

「あー、そうか。なるほどな」
「思い出してくれたみたいだね、刑事さん」
「確かに銃こめかみに突き付けて『あれをくれ』はねぇわ。……クーデター阻止か」

 勢いをつけて立ち上がったシドを見上げてハイファが訊く。

「何か思いついた?」
「いや。あの試作機、もう一回見に行く」
「それはいいけど、ふたつも背負った任務のことも考えてよね」
「分かってるって」

 二人は格納庫の前のエプロンを延々歩き、四つめの格納庫の開放された大扉から中に入った。そこは翼端から翼端までの全幅が四十メートルはありそうな輸送機が三機格納されていて整備員たちが忙しく立ち働いていた。

「お邪魔しまーす」
「おう、またきたのかい、美人二人」

 午前中に顔を覚えた二人に整備員らはフレンドリーだ。

「試作機、見せて貰っていいですかね?」
「構わないぞ。燃料も二十ミリ機銃三百発も満タン、乗れるなら持って帰れ」

 工具を手に笑う整備員らに頭を下げ、二人は出入り口近くにちんまりと駐機された二機の試作機に近づいた。全長が十メートルほどの一人乗りの機体は輸送機に圧倒され、より小さくなっているように見える。

 緑色に塗られたこれはAD世紀の遺産的ライブラリから引っ張り出した、テラ本星に於けるWワールドWウォーセカンドで製造・使用された零式艦上戦闘機の設計図を戦闘機メーカーの従業員たちがお遊びでアレンジしつつ製作したオモチャだったという。

 その戦闘機メーカーが吸収合併される際にここの整備班が引き取ったらしい。

「こんなプロペラがぷるんぷるんする物体が空を飛ぶなんて信じられないよ」
「レシプロエンジン、自動車のエンジンと原理は一緒だからな」
「オートパイロットどころか、まともなアビオニクスが殆どなくてよく飛べるよね」
「ここまでちゃんと飛んできたってんだ、すごいよな」
「すごいのはこれじゃなくて、こんなのに命を預けるド根性だよ」

 小さいとはいえ三メートル以上は高さのある機体 を二人は仰ぎ見ている。腹の前部から出た脚が長くギアも大きい。対して尾翼の下部についた引っ込まないギアがごく小さいので、機体はノーズを三十度ほど上げた斜めの姿勢である。

 ノーズの先にくっついたプロペラは三枚羽根で、その中央から銃口が突き出していた。このモーターカノンは本来の零式艦上戦闘機にはなかったものだ。

「こんな機体でも機銃がついてて、立派な戦闘機ファイターなんだよな」

 格納庫の奥側の試作機、腹の下部から生えだした斜めの翼に低い後部側からシドはよじ登った。機首側からキャノピを開く。

「ちょっとシド、落っこちないでよね」
「そこまで鈍臭くねぇよ。……ラダーペダルに操縦桿、対地高度計と速度計、タコメーターに姿勢指示計、燃料計と残弾計、あとはスタンバイコンパスくらいしか分かんねぇな」
「それだけ分かれば上等だと思うし、知っててどうするのかも分かんないけど、まさか本当に持って帰る気でいるんじゃないの?」
「キトナの宙港にさえ持って行けば宅配便で送れねぇかな?」
「そんなの本星の何処に置いとくのサ」
「お前の部屋が空いてる」
「馬鹿言ってないで降りてきて、ちょっとは真面目に考えてよね」
「へいへい」

 キャノピを元通り閉めたシドは翼から飛び降りた。出入り口に歩き出しながらハイファと共に整備員らに頭を下げる。
 陽気な彼らはラフな敬礼と口笛で応えた。
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