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第25話
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「何この音、耳が割れるよ!」
「このタービン音がいいんじゃねぇか!」
全く、愛し人の理解しがたいヲタぶりにハイファは顔をしかめ、耳栓でも買ってくるんだったと後悔した。少しでも滑走路から遠ざかるべく、ハイファは一番手前の格納庫に近づく。開放された大扉の中にもシドは興味津々で二人は並んでそっと中を覗いてみた。
「殆ど出払ってるね。あ、昨日の僕らの機体があるよ。分解されてる」
「戦闘機は訓練中か。いったい何機くらいあるんだろうな」
「ええと……よく分からないけど、アラートに就業可能な機は二十だって」
アラート任務とは、昨夜のようなスクランブルに備えて待機することだ。
「あとは?」
「戦闘機と輸送機と哨戒機と訓練機で計三十二。暗号みたいな記号ばっかりで、どれがどれだか分からないよ」
ハイファのリモータを見てみたが、シドにも何が何やらさっぱりだった。ペイロードと呼ばれる有効積載量の桁違いに大きい三機が輸送機だろうと見当がついたくらいだ。一番知りたい戦闘機も見当がつかない。
「でもこういうのを独自開発したこの星の産業も大したモンだよな」
「独自すぎて昨日は撃ち墜とされかねなかったけどね。ったく、最低限のテラ連邦内規格くらいは守ってくれなきゃ」
「まあ、助かったんだからいいじゃねぇか。ところでそろそろ十時だぞ」
「あっ、ハイド一尉を待たせてるんだっけ。管制塔に行こ」
格納庫の中はあとでたっぷり見せて貰うことにして、二人は恒星アルナスの照り返しが眩しいコンクリートの上を管制塔に向かって歩き出した。
「ローレンス=ハイド一尉って、マイヤー警部補に似てない?」
「ああ、雰囲気が似てるかもな。妙に丁寧なとこなんか」
「だよね」
他愛ない雑談をしながら管制塔に近づくと、事務所らしき二階建ての建物の前にハイド一尉と、男がもう一人立っているのが見えた。男は濃緑色の制服を着ている。
何故ここに陸軍の人間がいるのかとシドが訝しく思ったとき、ハイファがシドの左腕を強く握った。更に近づいてみてシドにもハイファの驚愕の理由が分かる。
言葉を失くしたハイファの代わりにシドが口を開く。
「待たせてすまん。ローレンス=ハイド一等空尉と、ダグラス=カーター元二等陸尉って言えばいいのか?」
長身で黒髪をオールバックにしたダグラス=カーターは、緑の瞳に面白そうな色を浮かべてニヤリと笑った。
「ハイファス、久しぶりじゃないか。もしかしてこっちが噂の『シド』なのか?」
「カーター二尉、何で貴方がこんな所に……」
「やけに他人行儀だな。こんなド田舎基地、潜り込むくらい訳はないさ」
「ローレンス=ハイド一尉、貴方はそれを知ってて?」
「おっと、ラリーを責めてくれるなよ。ラリーもたった今、俺が別室員だって知ったんだからな」
ダグラス=カーターはラリーと愛称で呼んだローレンス=ハイド一尉の肩を抱いた。その親密感はそれなりの関係ということなのだろう。
「ところでこっちからの最初の質問だ。あんたが『シド』なのか?」
「ふん、ハイファから聞いたのか?」
「そりゃあ、嫌というほど聞かされたさ」
「で、ダグラス。あんたはこんな所で何をしている?」
「そこでふたつめの質問だ。ハイファス、別室命令は俺の逮捕だけか、それともクーデター計画の探り出しや阻止まで込みなのか?」
素早く視線でハイファを牽制したシドが質問返しに出た。
「それならどうする、俺たちを拘束でもするか?」
「面倒だ、二千キロも離れた荒れ地にでも放り出すさ。それより俺は堂々と乗り込んできた度胸を買いたいね、刑事さん。どうだ、こっちにつかないか?」
「俺たちを追い払おうとした基地司令も計画は知ってるんだな?」
「こっち側につくか、黙って帰るかするのなら話してもいい」
「電磁虫でシステムダウンした星には長居したくねぇな」
「どっちだ?」
相変わらず面白そうな瞳で訊くダグラス=カーターにシドはまた訊き返す。
「あんたはクーデターに釣られてここにきたんだな?」
「星系政府転覆どころかこの惑星フィルマごとテラ連邦からの脱退を望むときたもんだ。こいつは見逃せない愉しいイヴェントだろう?」
「ここの奴ら三千人で、か?」
「第三だけじゃない、第一の航空団も賛同している……おっと、拙いな」
おどけて自らの口を手で塞いだ男を前にシドは溜息をついた。
「俺たちの目的はあんたの逮捕と、あんたが盗った機密資料及びナノマシンの回収。それさえ終われば天地が引っ繰り返ろうとテラ本星に帰るさ」
「何だ、クーデターはおまけですらないのか?」
「悪かったな、世情に疎くて」
ずっとダグラス=カーターを見つめて黙っていたハイファが、こちらも黙っていたローレンス=ハイド一尉に声を掛ける。
「でもハイド一尉、話して貰えますね?」
「……立ち話もなんですから、こちらへ」
案内されたのは二階建て事務所の一階で簡素な応接室といった感じの狭い部屋だった。廊下のオートドリンカでそれぞれ飲み物のボトルを手に入れ応接室のソファに腰掛ける。
コーヒーをひとくち飲んだローレンス=ハイド一尉がボトルを弄びつつ重たげな口調で話し始めた。
「このタービン音がいいんじゃねぇか!」
全く、愛し人の理解しがたいヲタぶりにハイファは顔をしかめ、耳栓でも買ってくるんだったと後悔した。少しでも滑走路から遠ざかるべく、ハイファは一番手前の格納庫に近づく。開放された大扉の中にもシドは興味津々で二人は並んでそっと中を覗いてみた。
「殆ど出払ってるね。あ、昨日の僕らの機体があるよ。分解されてる」
「戦闘機は訓練中か。いったい何機くらいあるんだろうな」
「ええと……よく分からないけど、アラートに就業可能な機は二十だって」
アラート任務とは、昨夜のようなスクランブルに備えて待機することだ。
「あとは?」
「戦闘機と輸送機と哨戒機と訓練機で計三十二。暗号みたいな記号ばっかりで、どれがどれだか分からないよ」
ハイファのリモータを見てみたが、シドにも何が何やらさっぱりだった。ペイロードと呼ばれる有効積載量の桁違いに大きい三機が輸送機だろうと見当がついたくらいだ。一番知りたい戦闘機も見当がつかない。
「でもこういうのを独自開発したこの星の産業も大したモンだよな」
「独自すぎて昨日は撃ち墜とされかねなかったけどね。ったく、最低限のテラ連邦内規格くらいは守ってくれなきゃ」
「まあ、助かったんだからいいじゃねぇか。ところでそろそろ十時だぞ」
「あっ、ハイド一尉を待たせてるんだっけ。管制塔に行こ」
格納庫の中はあとでたっぷり見せて貰うことにして、二人は恒星アルナスの照り返しが眩しいコンクリートの上を管制塔に向かって歩き出した。
「ローレンス=ハイド一尉って、マイヤー警部補に似てない?」
「ああ、雰囲気が似てるかもな。妙に丁寧なとこなんか」
「だよね」
他愛ない雑談をしながら管制塔に近づくと、事務所らしき二階建ての建物の前にハイド一尉と、男がもう一人立っているのが見えた。男は濃緑色の制服を着ている。
何故ここに陸軍の人間がいるのかとシドが訝しく思ったとき、ハイファがシドの左腕を強く握った。更に近づいてみてシドにもハイファの驚愕の理由が分かる。
言葉を失くしたハイファの代わりにシドが口を開く。
「待たせてすまん。ローレンス=ハイド一等空尉と、ダグラス=カーター元二等陸尉って言えばいいのか?」
長身で黒髪をオールバックにしたダグラス=カーターは、緑の瞳に面白そうな色を浮かべてニヤリと笑った。
「ハイファス、久しぶりじゃないか。もしかしてこっちが噂の『シド』なのか?」
「カーター二尉、何で貴方がこんな所に……」
「やけに他人行儀だな。こんなド田舎基地、潜り込むくらい訳はないさ」
「ローレンス=ハイド一尉、貴方はそれを知ってて?」
「おっと、ラリーを責めてくれるなよ。ラリーもたった今、俺が別室員だって知ったんだからな」
ダグラス=カーターはラリーと愛称で呼んだローレンス=ハイド一尉の肩を抱いた。その親密感はそれなりの関係ということなのだろう。
「ところでこっちからの最初の質問だ。あんたが『シド』なのか?」
「ふん、ハイファから聞いたのか?」
「そりゃあ、嫌というほど聞かされたさ」
「で、ダグラス。あんたはこんな所で何をしている?」
「そこでふたつめの質問だ。ハイファス、別室命令は俺の逮捕だけか、それともクーデター計画の探り出しや阻止まで込みなのか?」
素早く視線でハイファを牽制したシドが質問返しに出た。
「それならどうする、俺たちを拘束でもするか?」
「面倒だ、二千キロも離れた荒れ地にでも放り出すさ。それより俺は堂々と乗り込んできた度胸を買いたいね、刑事さん。どうだ、こっちにつかないか?」
「俺たちを追い払おうとした基地司令も計画は知ってるんだな?」
「こっち側につくか、黙って帰るかするのなら話してもいい」
「電磁虫でシステムダウンした星には長居したくねぇな」
「どっちだ?」
相変わらず面白そうな瞳で訊くダグラス=カーターにシドはまた訊き返す。
「あんたはクーデターに釣られてここにきたんだな?」
「星系政府転覆どころかこの惑星フィルマごとテラ連邦からの脱退を望むときたもんだ。こいつは見逃せない愉しいイヴェントだろう?」
「ここの奴ら三千人で、か?」
「第三だけじゃない、第一の航空団も賛同している……おっと、拙いな」
おどけて自らの口を手で塞いだ男を前にシドは溜息をついた。
「俺たちの目的はあんたの逮捕と、あんたが盗った機密資料及びナノマシンの回収。それさえ終われば天地が引っ繰り返ろうとテラ本星に帰るさ」
「何だ、クーデターはおまけですらないのか?」
「悪かったな、世情に疎くて」
ずっとダグラス=カーターを見つめて黙っていたハイファが、こちらも黙っていたローレンス=ハイド一尉に声を掛ける。
「でもハイド一尉、話して貰えますね?」
「……立ち話もなんですから、こちらへ」
案内されたのは二階建て事務所の一階で簡素な応接室といった感じの狭い部屋だった。廊下のオートドリンカでそれぞれ飲み物のボトルを手に入れ応接室のソファに腰掛ける。
コーヒーをひとくち飲んだローレンス=ハイド一尉がボトルを弄びつつ重たげな口調で話し始めた。
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