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第3話
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更に二ヶ所もの案件が追加発生し、都合四件もの事件発生現場を京哉と霧島は眺め、各所近辺にてマル被を追って警邏と職務質問にいそしみ、三ヶ所とも所轄がマル被を確保したとの報を受けて詰め所に戻ったのは十五時過ぎだった。
戻るなり霧島が腹から豪快な音を発し、京哉は残っていた幕の内弁当をふたつ確保してひとつを隊長のデスクに置いてやる。一番いい茶葉で丁寧に茶を淹れると二人は遅い昼食だ。
ここでは上番隊員たちの夜食も含め、一日四食三百六十五日全てが近所の仕出し屋の幕の内弁当と決まっていた。迷うことを知らない霧島がそれしか注文しないからである。
それでも今日はホタテの艶焼きが入っていて京哉は微笑んだ。鮮やかな橙色の肝が美味い。
それでも所詮はサツカンなので食事に時間は掛けず、さっさと食べてしまうと在庁者にまた茶を配り、食後の煙草を咥えてオイルライターで火を点ける。
「しかしどの案件もマル被がジャンキーとはな」
猫のベッド、いや、小田切が霧島の呟きに応えた。
「霧島さんたちがいない間も三件、それらしき喧嘩の案件が入ってたよ」
「そうか。何処のシノギか知らんが、薬物が相当量流れているようだ」
「三係長も言ってましたからね。やっぱり県下の暴力団でしょうか?」
「そこでどうして京哉くんは俺を見るんだい?」
「いえ、別に。でも今度こそ隊長に沈められますよ?」
「だから人聞きの悪いことは……霧島さんがヤバい目しちゃってるじゃないか」
ややドライすぎるきらいのある部下たちが馬鹿話している間も、霧島は灰色の目に悔し気な色を浮かべている。一般市民が傷つけられてやりきれないのだ。そこで霧島のデスク上の警電が鳴った。デジタル表示を見て露骨に嫌な顔をし、音声オープンで取る。
「はい、こちら機捜の霧島」
《一ノ瀬だ。悪いが小田切くんと鳴海くんも一緒にわたしの部屋に来てくれ》
それだけで切った相手は県警本部長その人だった。
霧島だけではなく京哉も嫌な予感に顔をしかめる。このパターンで過去何度も特別任務が降ってきたからだ。だからといって蹴飛ばせる相手ではない。仕方なく三人は席を立ち、詰め所を出て十六階に向かった。
秘書室で入室の了解を取り三人して本部長室のドア前に立つ。霧島が声を掛けた。
「霧島警視以下三名、入ります」
ドアを開けて紺色のカーペットに踏み出すなり、嫌な予感が的中して京哉は回れ右したくなった。
何故なら室内には本部長の他に客の男が四人もいたが、見たことのない男二人はともかくとして、以前にも非常に不愉快な特別任務を与えてくれた陸上自衛隊の堂本一佐と副官の江崎二尉が応接セットのソファに座していたからである。
そう、特別任務の内容はもはや警察官としての職務の範疇など軽く蹴り倒し、粉砕してしまっていた。遥か彼方の『上』が許可し本部長を通して与えてくる任務は他の組織であろうが国外だろうが関係ない。
欲しくもないのに京哉と霧島は国連事務総長からの謝辞を日本政府首相から貰ったことさえあるのだ。
霧島と京哉が互いに逃げ出さないよう目で牽制し合っていると、一ノ瀬本部長が空いた三人掛けソファを示しながら、朗らかなテノールで三人に呼び掛けた。
「やあ、忙しいのに本当に悪いねえ。まあ座ってくれたまえ」
仕方なく三人掛けに霧島、京哉、小田切の順に腰掛ける。そうして京哉は揃ったメンバーを眺めた。まずは向かいに座った一ノ瀬警視監をやや無遠慮に見つめる。
身長は京哉くらいなのに体重は霧島二人分で足りるかどうか。特注したのだろう制服は前ボタンが弾け飛ぶ寸前で、けれど何らミテクレを気にしていないらしく紅茶にスティックシュガーを三本も入れた形跡がある。
カップの隣には大きなクッキーの丸い缶が鎮座しており、その中身も既に半分以上が消えていた。
不自然なくらい黒々とした髪を整髪料でぺったりと撫でつけた様子は幕下力士のようだが、これでもかつての暗殺反対派の急先鋒で、現在においてはメディアを通した世論操作を大の得意とする、なかなかの切れ者なのだ。
次に陸自の二人に目を移す。
さほどカネのかかっていない私服を着用しているが、姿勢の良さと鍛えられた躰で余計なシワの入っていないスーツが大層似合った。
そうして最後に独り掛けソファ二脚に鎮座した、初めて見る男たちを観察する。こちらも両方私服のスーツ姿だが何者か分からない。しかしこの面子で堂々としている辺り、何らかの組織の中でもかなりの上級者だろうと京哉は予想した。
内扉から制服婦警が入って来て京哉たち三人の前にも紅茶を出してくれる。それに口をつけることなく、陸自の二人を睨んでいた霧島が低い声を発した。
「どういうことですか、本部長。陸上自衛隊に厚生局の麻薬取締部長、それに厚生労働省の国際担当総括審議官までが揃うとは穏やかならざる話……何処でどうクスリに陸自が絡んでくる?」
驚いて京哉は再びメンバーを見回す。小田切も驚いたらしく少々仰け反った。
「まあまあ、そんなに警戒しないでくれたまえよ、霧島くん。ほら、熱いうちに茶でも飲んでこれでも食べて。甘いものはリラックス効果がある。ほらほら」
クッキーの缶が押しやられたが誰も手を伸ばさない。以前のロクでもない任務の恨みからか霧島は相変わらず陸自の二人を睨んでいて、一ノ瀬本部長を苦笑させる。
「霧島くん。そう尖らずに話だけでも聞いてやってくれまいか」
「ふん。面の皮の分厚い自衛隊の情報屋を眺めていても仕方ないからな」
客人と警視監の前で放った暴言に黙って青くなった京哉は霧島を肘で突いた。だが霧島は発言を撤回しない。それを面白そうに眺めていた一ノ瀬本部長が丸い頬を引き締めて口火を切る。
「この辺りを拠点とする柏仁会が国外から戦闘薬を密輸している」
仕方なく霧島は座り直した。昨今のジャンキーの多さから興味はあるのだ。
「柏仁会とは海棠組から分裂した指定暴力団ですね?」
「そうだ。きみたちの働きのお蔭で海棠組は分裂し壊滅した。だが柏仁会に至っては未だ看板が残っている」
そこで小田切が目立たぬよう、ごく小さな声で京哉に訊いた。
「戦闘薬って何のことか知ってるかい?」
耳聡く聞きつけて答えたのは厚生局の麻取部長だった。
「戦時に使われる薬物でソーティ、いわゆる出撃の際に兵士の士気を高め神経を鋭敏にするため事前に摂取するクスリだ。もう性質は分かって貰えたと思うが即効性のアッパー系で、常習したらあっという間にジャンキーの出来上がりという訳だ」
戻るなり霧島が腹から豪快な音を発し、京哉は残っていた幕の内弁当をふたつ確保してひとつを隊長のデスクに置いてやる。一番いい茶葉で丁寧に茶を淹れると二人は遅い昼食だ。
ここでは上番隊員たちの夜食も含め、一日四食三百六十五日全てが近所の仕出し屋の幕の内弁当と決まっていた。迷うことを知らない霧島がそれしか注文しないからである。
それでも今日はホタテの艶焼きが入っていて京哉は微笑んだ。鮮やかな橙色の肝が美味い。
それでも所詮はサツカンなので食事に時間は掛けず、さっさと食べてしまうと在庁者にまた茶を配り、食後の煙草を咥えてオイルライターで火を点ける。
「しかしどの案件もマル被がジャンキーとはな」
猫のベッド、いや、小田切が霧島の呟きに応えた。
「霧島さんたちがいない間も三件、それらしき喧嘩の案件が入ってたよ」
「そうか。何処のシノギか知らんが、薬物が相当量流れているようだ」
「三係長も言ってましたからね。やっぱり県下の暴力団でしょうか?」
「そこでどうして京哉くんは俺を見るんだい?」
「いえ、別に。でも今度こそ隊長に沈められますよ?」
「だから人聞きの悪いことは……霧島さんがヤバい目しちゃってるじゃないか」
ややドライすぎるきらいのある部下たちが馬鹿話している間も、霧島は灰色の目に悔し気な色を浮かべている。一般市民が傷つけられてやりきれないのだ。そこで霧島のデスク上の警電が鳴った。デジタル表示を見て露骨に嫌な顔をし、音声オープンで取る。
「はい、こちら機捜の霧島」
《一ノ瀬だ。悪いが小田切くんと鳴海くんも一緒にわたしの部屋に来てくれ》
それだけで切った相手は県警本部長その人だった。
霧島だけではなく京哉も嫌な予感に顔をしかめる。このパターンで過去何度も特別任務が降ってきたからだ。だからといって蹴飛ばせる相手ではない。仕方なく三人は席を立ち、詰め所を出て十六階に向かった。
秘書室で入室の了解を取り三人して本部長室のドア前に立つ。霧島が声を掛けた。
「霧島警視以下三名、入ります」
ドアを開けて紺色のカーペットに踏み出すなり、嫌な予感が的中して京哉は回れ右したくなった。
何故なら室内には本部長の他に客の男が四人もいたが、見たことのない男二人はともかくとして、以前にも非常に不愉快な特別任務を与えてくれた陸上自衛隊の堂本一佐と副官の江崎二尉が応接セットのソファに座していたからである。
そう、特別任務の内容はもはや警察官としての職務の範疇など軽く蹴り倒し、粉砕してしまっていた。遥か彼方の『上』が許可し本部長を通して与えてくる任務は他の組織であろうが国外だろうが関係ない。
欲しくもないのに京哉と霧島は国連事務総長からの謝辞を日本政府首相から貰ったことさえあるのだ。
霧島と京哉が互いに逃げ出さないよう目で牽制し合っていると、一ノ瀬本部長が空いた三人掛けソファを示しながら、朗らかなテノールで三人に呼び掛けた。
「やあ、忙しいのに本当に悪いねえ。まあ座ってくれたまえ」
仕方なく三人掛けに霧島、京哉、小田切の順に腰掛ける。そうして京哉は揃ったメンバーを眺めた。まずは向かいに座った一ノ瀬警視監をやや無遠慮に見つめる。
身長は京哉くらいなのに体重は霧島二人分で足りるかどうか。特注したのだろう制服は前ボタンが弾け飛ぶ寸前で、けれど何らミテクレを気にしていないらしく紅茶にスティックシュガーを三本も入れた形跡がある。
カップの隣には大きなクッキーの丸い缶が鎮座しており、その中身も既に半分以上が消えていた。
不自然なくらい黒々とした髪を整髪料でぺったりと撫でつけた様子は幕下力士のようだが、これでもかつての暗殺反対派の急先鋒で、現在においてはメディアを通した世論操作を大の得意とする、なかなかの切れ者なのだ。
次に陸自の二人に目を移す。
さほどカネのかかっていない私服を着用しているが、姿勢の良さと鍛えられた躰で余計なシワの入っていないスーツが大層似合った。
そうして最後に独り掛けソファ二脚に鎮座した、初めて見る男たちを観察する。こちらも両方私服のスーツ姿だが何者か分からない。しかしこの面子で堂々としている辺り、何らかの組織の中でもかなりの上級者だろうと京哉は予想した。
内扉から制服婦警が入って来て京哉たち三人の前にも紅茶を出してくれる。それに口をつけることなく、陸自の二人を睨んでいた霧島が低い声を発した。
「どういうことですか、本部長。陸上自衛隊に厚生局の麻薬取締部長、それに厚生労働省の国際担当総括審議官までが揃うとは穏やかならざる話……何処でどうクスリに陸自が絡んでくる?」
驚いて京哉は再びメンバーを見回す。小田切も驚いたらしく少々仰け反った。
「まあまあ、そんなに警戒しないでくれたまえよ、霧島くん。ほら、熱いうちに茶でも飲んでこれでも食べて。甘いものはリラックス効果がある。ほらほら」
クッキーの缶が押しやられたが誰も手を伸ばさない。以前のロクでもない任務の恨みからか霧島は相変わらず陸自の二人を睨んでいて、一ノ瀬本部長を苦笑させる。
「霧島くん。そう尖らずに話だけでも聞いてやってくれまいか」
「ふん。面の皮の分厚い自衛隊の情報屋を眺めていても仕方ないからな」
客人と警視監の前で放った暴言に黙って青くなった京哉は霧島を肘で突いた。だが霧島は発言を撤回しない。それを面白そうに眺めていた一ノ瀬本部長が丸い頬を引き締めて口火を切る。
「この辺りを拠点とする柏仁会が国外から戦闘薬を密輸している」
仕方なく霧島は座り直した。昨今のジャンキーの多さから興味はあるのだ。
「柏仁会とは海棠組から分裂した指定暴力団ですね?」
「そうだ。きみたちの働きのお蔭で海棠組は分裂し壊滅した。だが柏仁会に至っては未だ看板が残っている」
そこで小田切が目立たぬよう、ごく小さな声で京哉に訊いた。
「戦闘薬って何のことか知ってるかい?」
耳聡く聞きつけて答えたのは厚生局の麻取部長だった。
「戦時に使われる薬物でソーティ、いわゆる出撃の際に兵士の士気を高め神経を鋭敏にするため事前に摂取するクスリだ。もう性質は分かって貰えたと思うが即効性のアッパー系で、常習したらあっという間にジャンキーの出来上がりという訳だ」
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