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第15話
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京哉が目覚めると霧島は枕元に腰掛けていた。ぼんやりと見上げて赤い目に訊く。
「忍さん、貴方はちゃんと寝たんですか?」
「ああ、少しはな。すまん」
「何謝っているんですか。あっ、七時前だ、そろそろ起きなきゃ……つうっ!」
慌てて霧島は京哉をもう一度寝かせにかかった。
「無理するな。今日のお前は風邪を引いて熱発就寝だ。それでいいだろう?」
「良くないですよ、起きます。ヘリの操縦を覚えるチャンスですからね……うっ!」
やる気満々で強気の発言をしたものの京哉の躰はまるで言うことを聞かず、起き上がることすら叶わなかった。紅潮した頬を見て霧島は自分の前髪を掻き上げると京哉と額同士をくっつける。するとかなりの熱が感じられた。
失神させてしまい、眠っている間から何度も様子を窺って分かっていたことだが、時間が経って熱が上がったようだ。
「ちょっと出てくるからな。大人しく寝ていろ」
「何処に行くんですか?」
「医務室だ。熱発グッズを分捕ってくる。絶対に寝ていろ、分かったな?」
「あ、はい」
怒ったような霧島の剣幕に押されて京哉は横になろうとして思い出し、一応毛布の下を確かめる。するとこれだけ時間を経ても未だに湿った状態のシーツには、広範囲に渡って赤い染みが滲んで広がっていて、確かにこれを見たら霧島も凹む訳だと溜息をついた。
止められず煽った自分の責任でもある。こんな所で非常に拙いが、京哉自身まで凹んでしまっては霧島は余計に己を責めるだろう。ここは自分がしっかりしようと京哉は思う。
少しシーツが気持ち悪いのを我慢して言われた通りにきちんと横になると、ちゃんと毛布も被ってベッドの上段の底板を眺めた。何となく寒気がして熱っぽく、だが一人では心細くて眠れる気がしない。
本当は動いていた方がマシな気がしてシーツ探しにでも行きたかったが、どうしたって立てないのだから仕方がなかった。
一方で無理をしようとする京哉に怒ったのではなく自分自身に腹を立てていた霧島は、探し当てた医務室のドアをノックすらせず勢い良く開けて中に踏み入った。
「何だ、朝っぱらから客か?」
白衣も着ていない医務官らしき中年男はシワシワの制服のまま患者用ベッドから身を起こして霧島を見る。肩の階級章は少佐、つまりここでのトップである中隊長のアイファンズと同じだった。医師免許故の階級でもあろうが、それにしては身なりに頓着がなさすぎる男だ。
酷い寝グセの黒髪を掻き回すと濃緑色の制服にフケが散る。
「あー、情報科の新人の片割れじゃねぇかい。早速サボりか?」
「そうではない。相棒が熱を出した。体温計その他を借りにきたんだ」
上官に対し敬語を使わない相手を咎めもせず、医務官らしき中年男は訊き返した。
「薬は要るか?」
「あるなら抗生物質の入った傷薬をくれ」
「やけに高級なモンを要求するねえ。まあいい、その真ん中の引き出しだ。他は?」
「汗を出させて熱を下げさせようと思うんだが」
「へえ、多少の知識はあるらしいな。なら勝手にその棚から持ってけ。飯は無理に食わせなくていい。水分摂らせて、それとここの日差しはキツいからな、今日は外には出すなよ。あとで傷病休暇票はグッドマンに出しておいてやる、二人分まとめてな。有難く思え」
さらさらと答えただけでなく、霧島と京哉の所属まで把握している辺りから、案外できる医者らしい。霧島は何となくその医務官を見返す。医務官はニヤリと笑った。
「レイ=フォーサイスだ。そんな目ぇして、惚れるなよ」
「ふざけるな、誰が惚れるか。シノブ=キリシマだ」
「知ってるさ」
「ならば適当に借りていくぞ」
引き出しからチューブの塗り薬を出してポケットに入れ、足元に置かれた邪魔なデカい段ボール箱を蹴り除けて棚の中を物色する。必要なものを手にするとフォーサイス医師にラフな挙手敬礼をして踵を返した。医務室を出ると足早に二十六号室へと戻る。
途中の自動販売機でペットボトルのスポーツドリンクも二本買った。
「ん、忍さん、すみません」
「それは私の科白だ。かなり出血させてしまったのと過労だろう。感染症でなければいいが。今日は外に出ずに寝ていろ。医務官のレイ=フォーサイス少佐命令だ」
「命令なら仕方ないですね。じゃあ忍さんも一緒なら寝てあげます」
「分かったから、先にこれで熱を測れ」
今どき珍しい水銀の体温計を咥えさせて腕時計で時間を見た霧島は、京哉の白い額に熱冷まし用のジェルシートをぺたりと貼り付ける。暫く経って時計を見た霧島は体温計を取り上げた。示された体温を確かめて一瞬ギョッとしたが顔には出さない。
「結構、熱があるな。食欲はどうだ?」
結構どころか熱は三十九度を超えていた。弱ったところで風邪を引いたのかも知れないが可能性として感染症も外せないので、はっきり言って怖かった。
風邪にしろ感染症にしろ、体力が落ちたからこそ免疫機能が弱ったのである。弱らせたのは紛れもなく霧島であり、全ては昨夜から今朝方にかけての己の所業の結果だった。
「忍さん、貴方はちゃんと寝たんですか?」
「ああ、少しはな。すまん」
「何謝っているんですか。あっ、七時前だ、そろそろ起きなきゃ……つうっ!」
慌てて霧島は京哉をもう一度寝かせにかかった。
「無理するな。今日のお前は風邪を引いて熱発就寝だ。それでいいだろう?」
「良くないですよ、起きます。ヘリの操縦を覚えるチャンスですからね……うっ!」
やる気満々で強気の発言をしたものの京哉の躰はまるで言うことを聞かず、起き上がることすら叶わなかった。紅潮した頬を見て霧島は自分の前髪を掻き上げると京哉と額同士をくっつける。するとかなりの熱が感じられた。
失神させてしまい、眠っている間から何度も様子を窺って分かっていたことだが、時間が経って熱が上がったようだ。
「ちょっと出てくるからな。大人しく寝ていろ」
「何処に行くんですか?」
「医務室だ。熱発グッズを分捕ってくる。絶対に寝ていろ、分かったな?」
「あ、はい」
怒ったような霧島の剣幕に押されて京哉は横になろうとして思い出し、一応毛布の下を確かめる。するとこれだけ時間を経ても未だに湿った状態のシーツには、広範囲に渡って赤い染みが滲んで広がっていて、確かにこれを見たら霧島も凹む訳だと溜息をついた。
止められず煽った自分の責任でもある。こんな所で非常に拙いが、京哉自身まで凹んでしまっては霧島は余計に己を責めるだろう。ここは自分がしっかりしようと京哉は思う。
少しシーツが気持ち悪いのを我慢して言われた通りにきちんと横になると、ちゃんと毛布も被ってベッドの上段の底板を眺めた。何となく寒気がして熱っぽく、だが一人では心細くて眠れる気がしない。
本当は動いていた方がマシな気がしてシーツ探しにでも行きたかったが、どうしたって立てないのだから仕方がなかった。
一方で無理をしようとする京哉に怒ったのではなく自分自身に腹を立てていた霧島は、探し当てた医務室のドアをノックすらせず勢い良く開けて中に踏み入った。
「何だ、朝っぱらから客か?」
白衣も着ていない医務官らしき中年男はシワシワの制服のまま患者用ベッドから身を起こして霧島を見る。肩の階級章は少佐、つまりここでのトップである中隊長のアイファンズと同じだった。医師免許故の階級でもあろうが、それにしては身なりに頓着がなさすぎる男だ。
酷い寝グセの黒髪を掻き回すと濃緑色の制服にフケが散る。
「あー、情報科の新人の片割れじゃねぇかい。早速サボりか?」
「そうではない。相棒が熱を出した。体温計その他を借りにきたんだ」
上官に対し敬語を使わない相手を咎めもせず、医務官らしき中年男は訊き返した。
「薬は要るか?」
「あるなら抗生物質の入った傷薬をくれ」
「やけに高級なモンを要求するねえ。まあいい、その真ん中の引き出しだ。他は?」
「汗を出させて熱を下げさせようと思うんだが」
「へえ、多少の知識はあるらしいな。なら勝手にその棚から持ってけ。飯は無理に食わせなくていい。水分摂らせて、それとここの日差しはキツいからな、今日は外には出すなよ。あとで傷病休暇票はグッドマンに出しておいてやる、二人分まとめてな。有難く思え」
さらさらと答えただけでなく、霧島と京哉の所属まで把握している辺りから、案外できる医者らしい。霧島は何となくその医務官を見返す。医務官はニヤリと笑った。
「レイ=フォーサイスだ。そんな目ぇして、惚れるなよ」
「ふざけるな、誰が惚れるか。シノブ=キリシマだ」
「知ってるさ」
「ならば適当に借りていくぞ」
引き出しからチューブの塗り薬を出してポケットに入れ、足元に置かれた邪魔なデカい段ボール箱を蹴り除けて棚の中を物色する。必要なものを手にするとフォーサイス医師にラフな挙手敬礼をして踵を返した。医務室を出ると足早に二十六号室へと戻る。
途中の自動販売機でペットボトルのスポーツドリンクも二本買った。
「ん、忍さん、すみません」
「それは私の科白だ。かなり出血させてしまったのと過労だろう。感染症でなければいいが。今日は外に出ずに寝ていろ。医務官のレイ=フォーサイス少佐命令だ」
「命令なら仕方ないですね。じゃあ忍さんも一緒なら寝てあげます」
「分かったから、先にこれで熱を測れ」
今どき珍しい水銀の体温計を咥えさせて腕時計で時間を見た霧島は、京哉の白い額に熱冷まし用のジェルシートをぺたりと貼り付ける。暫く経って時計を見た霧島は体温計を取り上げた。示された体温を確かめて一瞬ギョッとしたが顔には出さない。
「結構、熱があるな。食欲はどうだ?」
結構どころか熱は三十九度を超えていた。弱ったところで風邪を引いたのかも知れないが可能性として感染症も外せないので、はっきり言って怖かった。
風邪にしろ感染症にしろ、体力が落ちたからこそ免疫機能が弱ったのである。弱らせたのは紛れもなく霧島であり、全ては昨夜から今朝方にかけての己の所業の結果だった。
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