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第17話
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翌日、第一小隊は待機だったが、朝から他小隊の者までが総出で一機の爆撃ヘリを見守っていた。一昨日着任した情報科の士官二人が乗り込んだ一九一八号が訓練用ソフトで動くというので、物見高くも集まったのだ。
訓練用ソフトはチームの指揮機から、あたかも情報が流れてきたように見せかけるもので、内部の人間には索敵・発見・交戦・撃墜・目標爆撃のシークエンスが本物の戦闘さながらに展開される。
その繰り返し、いわゆるウーダループの中では勿論、敵から攻撃もされて下手すれば撃墜されてしまうのは現実と同じだ。
訓練モードの爆撃ヘリはスキッドに取り付けた訓練用架台を接地させたままで飛行はしないものの、飛行時や被弾時の揺れは再現され、体感できるようになっている。
乗員が座るのはそれぞれ実戦時の定位置でゲーセンのフライトシミュレーターのようでもあった。割と良くできたシステムに霧島と京哉は驚いた。
だがこんな国に意外なハイテク機器があるのに驚きもしたが、こんな国だからこそ戦争にカネを掛けられるのだろう。
それに先進国のようなコンパクトなフライトシミュレーターは繊細すぎて維持できないのだそうだ。最低限のプログラムと油圧機器で構成された、この訓練機が限界らしい。
集まった野次馬は訓練機がどれだけボコスカ揺れるか愉しみにしているのだ。
その爆撃ヘリの中、後部座席では爆撃手のリッキー=マクレーン三曹は掌にじっとりと汗をかいて座っていた。制服の太腿に何度も手を擦りつけるリッキーに、右側に腰掛けた副操縦士のオスカー=コンラッド二曹が眉をひそめる。
「落ち着け、お前が焦ってどうする」
「よく落ち着いていられますね。あとで皆に笑われるのかと思うと……」
「今、笑われる方がマシだぞ。実戦で墜落してKIAになったら周りが泣いたか嗤ったかすら分からん。というより機長に失礼だろう、汗を止めろ」
「そんな無茶な。オスカーこそ、昨日飲んだジンの臭いがぷんぷんしますよ」
「俺は一見、分からない処に汗をかいているからいいんだ」
そこでパイロットシートから京哉が呼び掛けた。
「聞こえてますよー。そろそろいいですかー?」
すっかり熱も下がった京哉の声でオスカーとリッキーはシートベルトをしっかりと確かめ、霧島は訓練用ディスプレイを覗き込んで、それぞれに返事をした。
前もって京哉はオスカーからヘリの操縦方法を大雑把だが学んでいる。だが、あくまで大雑把なので遊園地のゴーカートに乗れる、イコールAT自動車も乗れると決めつけるような怖さがあった。それを機内のメンバーは知っているので本人より怯えているのである。
訓練機がソフトで稼働し始めて約三十分、びょんびょん跳ねるスキッドと目で追えないほどグルグル回る二十ミリバルカン砲に観客たる兵士たちが笑い転げていると、ふいにピタリと爆撃ヘリの動きが止まった。荒っぽく左右のドアが開かれる。
出てきた霧島と京哉は地面に飛び降りるなり日本語混じりの英語で叫んだ。
「忍さん、貴方が悪いんですからね、機長の言うこと聞かないで!」
「京哉、お前の指示が遅いんだ!」
「だからってあんなに撃ちまくってたら、気になって指示どころじゃないですよ!」
「それでも致命的に遅いんだ! 誰のお蔭で敵機を全部潰せたと思っている!」
「僚機まで片っ端から吹っ飛ばしたのは、いったいどういうつもりなんですか!」
観客たちのすうっと息を呑む音が唱和される。更に霧島が喚いた。
「たまにはミスもあるだろう、私だって初心者なんだぞ! 撃墜されなかっただけマシだと思え! 大体、お前こそ真っ先に指揮機を『撃て』と言っただろうが!」
「だって僕も初心者だもん! 操縦を覚えながら指示する苦労も分かって下さい!」
「だが幾ら何でもこのベースキャンプを爆撃はあり得ん、リッキーが泣いてたぞ!」
まさかの言い訳と事実に観客らはドン引きだ。そんな周囲に構わず口喧嘩は続く。
「人のミスはネチこく突くのに自分は開き直るんですね。ふうん、へえ~っ」
「夫で上司の私を馬鹿にする気か! それにお前より私の方が経験は積んでいる!」
「経験ったってノートパソコンの空戦ゲームとゲームセンターのシミュレーションゲームでしょう。それにここでは僕が上司、機長でチームリーダーなんですからね!」
「偉そうな口を利くな、それともやる気か?」
「やるなら受けて立ちますよ!」
固まった観客の目前で二人はシグ・ザウエルP226を抜き出した。だが目の据わった二人を、スライドドアから出てきた涙と鼻水まみれのリッキーと顔色の悪いオスカーが引き離す。
「早まるな、頭を冷やせ。習熟あるのみだ、もう一度やろう」
「お願いですから敵味方関係なく全機撃墜は止めて下さい」
それはそれですごいとオーディエンスは全員思ったが、実戦では一九一八号から可能な限り離れていよう、そう全員が固く心に誓ったのだった。
都合三回訓練モードを通してやったのち休憩となった。爆撃ヘリの機動に慣れている筈のリッキーが揺れに酔ってダウンしたのだ。オスカーですら青い顔をしているのに、何故か霧島と京哉は平然と元気いっぱいで、飽きずに言い争いを続けていた。
「オスカー、僕らはどうなるんですかね?」
砂礫に広げた雑毛布に仰向けに寝たリッキーが情けない声を出した。
「少なくとも俺たちだけは生き延びそうだ。俺たちだけは、な」
「軍法会議なんて嫌ですよ、僕は」
「俺だって嫌だ。でも命あっての物種だからな」
そうして結局のところ、訓練は霧島と京哉の、
「私は天才かも知れん」
「僕って結構筋がいいかも」
という周囲の危機感を更に煽る科白で幕を閉じたのであった。
訓練用ソフトはチームの指揮機から、あたかも情報が流れてきたように見せかけるもので、内部の人間には索敵・発見・交戦・撃墜・目標爆撃のシークエンスが本物の戦闘さながらに展開される。
その繰り返し、いわゆるウーダループの中では勿論、敵から攻撃もされて下手すれば撃墜されてしまうのは現実と同じだ。
訓練モードの爆撃ヘリはスキッドに取り付けた訓練用架台を接地させたままで飛行はしないものの、飛行時や被弾時の揺れは再現され、体感できるようになっている。
乗員が座るのはそれぞれ実戦時の定位置でゲーセンのフライトシミュレーターのようでもあった。割と良くできたシステムに霧島と京哉は驚いた。
だがこんな国に意外なハイテク機器があるのに驚きもしたが、こんな国だからこそ戦争にカネを掛けられるのだろう。
それに先進国のようなコンパクトなフライトシミュレーターは繊細すぎて維持できないのだそうだ。最低限のプログラムと油圧機器で構成された、この訓練機が限界らしい。
集まった野次馬は訓練機がどれだけボコスカ揺れるか愉しみにしているのだ。
その爆撃ヘリの中、後部座席では爆撃手のリッキー=マクレーン三曹は掌にじっとりと汗をかいて座っていた。制服の太腿に何度も手を擦りつけるリッキーに、右側に腰掛けた副操縦士のオスカー=コンラッド二曹が眉をひそめる。
「落ち着け、お前が焦ってどうする」
「よく落ち着いていられますね。あとで皆に笑われるのかと思うと……」
「今、笑われる方がマシだぞ。実戦で墜落してKIAになったら周りが泣いたか嗤ったかすら分からん。というより機長に失礼だろう、汗を止めろ」
「そんな無茶な。オスカーこそ、昨日飲んだジンの臭いがぷんぷんしますよ」
「俺は一見、分からない処に汗をかいているからいいんだ」
そこでパイロットシートから京哉が呼び掛けた。
「聞こえてますよー。そろそろいいですかー?」
すっかり熱も下がった京哉の声でオスカーとリッキーはシートベルトをしっかりと確かめ、霧島は訓練用ディスプレイを覗き込んで、それぞれに返事をした。
前もって京哉はオスカーからヘリの操縦方法を大雑把だが学んでいる。だが、あくまで大雑把なので遊園地のゴーカートに乗れる、イコールAT自動車も乗れると決めつけるような怖さがあった。それを機内のメンバーは知っているので本人より怯えているのである。
訓練機がソフトで稼働し始めて約三十分、びょんびょん跳ねるスキッドと目で追えないほどグルグル回る二十ミリバルカン砲に観客たる兵士たちが笑い転げていると、ふいにピタリと爆撃ヘリの動きが止まった。荒っぽく左右のドアが開かれる。
出てきた霧島と京哉は地面に飛び降りるなり日本語混じりの英語で叫んだ。
「忍さん、貴方が悪いんですからね、機長の言うこと聞かないで!」
「京哉、お前の指示が遅いんだ!」
「だからってあんなに撃ちまくってたら、気になって指示どころじゃないですよ!」
「それでも致命的に遅いんだ! 誰のお蔭で敵機を全部潰せたと思っている!」
「僚機まで片っ端から吹っ飛ばしたのは、いったいどういうつもりなんですか!」
観客たちのすうっと息を呑む音が唱和される。更に霧島が喚いた。
「たまにはミスもあるだろう、私だって初心者なんだぞ! 撃墜されなかっただけマシだと思え! 大体、お前こそ真っ先に指揮機を『撃て』と言っただろうが!」
「だって僕も初心者だもん! 操縦を覚えながら指示する苦労も分かって下さい!」
「だが幾ら何でもこのベースキャンプを爆撃はあり得ん、リッキーが泣いてたぞ!」
まさかの言い訳と事実に観客らはドン引きだ。そんな周囲に構わず口喧嘩は続く。
「人のミスはネチこく突くのに自分は開き直るんですね。ふうん、へえ~っ」
「夫で上司の私を馬鹿にする気か! それにお前より私の方が経験は積んでいる!」
「経験ったってノートパソコンの空戦ゲームとゲームセンターのシミュレーションゲームでしょう。それにここでは僕が上司、機長でチームリーダーなんですからね!」
「偉そうな口を利くな、それともやる気か?」
「やるなら受けて立ちますよ!」
固まった観客の目前で二人はシグ・ザウエルP226を抜き出した。だが目の据わった二人を、スライドドアから出てきた涙と鼻水まみれのリッキーと顔色の悪いオスカーが引き離す。
「早まるな、頭を冷やせ。習熟あるのみだ、もう一度やろう」
「お願いですから敵味方関係なく全機撃墜は止めて下さい」
それはそれですごいとオーディエンスは全員思ったが、実戦では一九一八号から可能な限り離れていよう、そう全員が固く心に誓ったのだった。
都合三回訓練モードを通してやったのち休憩となった。爆撃ヘリの機動に慣れている筈のリッキーが揺れに酔ってダウンしたのだ。オスカーですら青い顔をしているのに、何故か霧島と京哉は平然と元気いっぱいで、飽きずに言い争いを続けていた。
「オスカー、僕らはどうなるんですかね?」
砂礫に広げた雑毛布に仰向けに寝たリッキーが情けない声を出した。
「少なくとも俺たちだけは生き延びそうだ。俺たちだけは、な」
「軍法会議なんて嫌ですよ、僕は」
「俺だって嫌だ。でも命あっての物種だからな」
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