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第37話
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三度目に絞り直したタオルで拭いていると京哉が黒い瞳を鈍く覗かせる。
「京哉、大丈夫か? 何処か痛くはないか?」
「いえ、何処も……たぶん大丈夫です。でも動けないかも」
答えた京哉の声は嗄れて殆ど声になっていなかった。慌てて霧島は買ってあったスポーツ飲料を自分で口に含み、京哉に口移しで飲ませる。幾度も繰り返してボトル半分を飲み下し、京哉の喉は潤ったようだった。
雑に自分を拭った霧島は下着とTシャツに戦闘ズボンを身に着けると、寝かせたままの京哉にも苦労して同じものを着せつける。出撃がないとはいえこんな地だ。いつ何があるか分からない。ついでに上段のシーツを剥がして濡れたものと取り替えた。
身動きの取れない京哉に毛布を被せ霧島は枕元でスポーツ飲料を僅かずつ減らす。
「すまん、京哉。私はまたお前を――」
「いいですって。すごく良かったんですし、僕もそうして欲しかったんです」
「そうか。だが一番大事にしたいものを、どうしてだろうな」
「本当に大丈夫ですから。それに何より大事にしてくれてるの、分かっていますよ」
「有難い言葉で救われるが、しかし私は私の大切な者を、もっとちゃんと大切にしたい。そう思っているんだが何か、こう、渇いて……どれだけしても、渇いて、な」
そう言って霧島は飲料を空にしボトルを投げて部屋の隅のゴミ箱にナイス・インさせた。怠惰から生まれた技に京哉は笑って拍手の真似をし、そして真面目に応える。
「こんな国にいるからじゃないですか、生存本能っていうか。本能的危機感から遺伝子を残そうとしてるとか。実際、忍さんにとって種の保存にはなりませんし、僕だって誰にも忍さんを譲る気はないですけどね。ただ、貴方の優秀なDNAを残せないのは残念かも」
「お前以外とは、もうできん。DNAのみを残す手段ならあるが、それが単なる遺伝情報にすぎないとはいえ独りは嫌だ。お前と離れて冷凍保存なんかされたくない」
「忍さんったら、何だか子供返りしちゃったみたいですね」
「あれだけの目に遭わされておいて私を子供扱いとは私が言うのも何だが暢気だな」
「いいじゃないですか。僕は僕で忍さんを独り占めしちゃったんですから、その分、きっちり責任取りますよ。いつでもお相手しますし、僕だって幾らでも欲しいんですから。直截的ですけど貴方が感じるより僕の方が快感は上かも知れません」
「だからだな。そういうことを言って煽ると明日、歩けなくなるぞ」
「それはちょっとアレだけど……って、何!?」
「お前はそこにいろ!」
ドアの外で響いたのは確かに銃声だった。銃を掴んで霧島は廊下に飛び出す。見回すまでもなく十五メートルほど先で大型ハンドガンを手にした戦闘服の男が、士官居室のドアを狂ったように蹴飛ばしていた。足元で制服の男が一人、頭から血を流して倒れている。
「動くな、動けば撃つ!」
叫んだ霧島に向かって男が銃を乱射。だが反動も大きい大口径ハンドガンはそう簡単に当たらない。正気を失くした目つきからしても狙いが定まらないのを見取る。
それでも掩蔽物もない場所で火線に晒されているのは勿論危険、霧島は動きも激しい男に一射を浴びせた。狙い違わず男の右肩に着弾、血飛沫を上げさせる。だが男は銃を取り落とすこともなく、こちらに向かって歩いてきた。
そのゆっくりとした歩調が不気味だった。
そこで男が蹴っていた部屋のドアが開く。顔を出したのは見知った金髪の男だった。
「伏せろ、ルーカス!」
霧島の警告の叫びと同時に男がまたも発砲する。やむなしと判断した霧島は男の銃を持った手首を撃ち、更にダブルタップで両脚に九ミリパラを叩き込んだ。一発に聞こえるほどの速射で三発を撃ち込まれた男は二、三メートルも後退して尻餅をつく。
「ルーカス、大丈夫か?」
「上着を掠っただけです。助かりました」
「で、この男は何なんだ?」
乱射男を霧島はつま先で蹴った。これだけ食らってまだ男は瞳孔の開いた目を見開き、藻掻いている。銃は撃ち壊したので危険はないが、それにしても元気すぎた。
「医務室と衛生兵には連絡しました。けど相棒、ミレーユが――」
倒れている男の名だろう。だがそのミレーユ少尉は頭を撃たれて息絶えていた。
騒ぎを聞きつけて廊下に並んだドアが次々と開く。階下からも集まった野次馬の輪をかき分けてニコルが姿を現した。血で床を汚しつつ藻掻く乱射男を見て唸る。
「ビリーか、チクショウ」
「どういうことだ?」
「業務隊のビリー=アーキン伍長だ。それこそジャンキーとしちゃ長くてな、今日ルーカスとミレーユが呼び出して厳重注意したばかりだったんだ」
「それでキメた上に逆恨みか、堪らんな」
まもなくやってきた衛生兵にビリー=アーキンとミレーユは運ばれていき、霧島は駆け付けた当直司令とミリタリーポリス、いわゆる憲兵隊の事情聴取を受けた。
だがこの手の事件には事欠かない地だ。ものの三十分ほどで無罪放免となりMP本部から出ることができた。それでも日付はとっくに変わっていて急いで部屋に戻る。
ドアを開けるなり京哉が心配げな目を向けた。あれから放ったらかしだったのだ。
「怪我はありませんか?」
「大丈夫だ。だがジャンキーに士官が一人殺られた」
「ええ、ニコルから聞きました」
「ニコルってお前、他人を部屋に入れたのか?」
「だって、そっちもこっちも緊急事態だったんですもん。貴方も心配でしたし」
一時間以上留守にしていたのだ。京哉がニコルに事情を聞いても責められない。
「落ち着いたらもう寝ましょうよ。明日は朝イチでアルペンハイム製薬ですよ」
「分かっている、何ならお前は先に寝ろ」
言いつつ霧島はもう一本買ってあったスポーツ飲料を開け、五百ミリリットルを一気飲みするとベッドの上段に上ろうとした。だが霧島の戦闘服の裾を京哉が掴む。
「こら、危ないから離せ」
「どうしてですか? 狭くても一緒に寝てたじゃないですか」
「だから今は拙いんだ、お前も分かっているだろう?」
「拙くてもいいですから」
「そんな目で見るなと……くそう、何がどうなっても知らんぞ、私は!」
「京哉、大丈夫か? 何処か痛くはないか?」
「いえ、何処も……たぶん大丈夫です。でも動けないかも」
答えた京哉の声は嗄れて殆ど声になっていなかった。慌てて霧島は買ってあったスポーツ飲料を自分で口に含み、京哉に口移しで飲ませる。幾度も繰り返してボトル半分を飲み下し、京哉の喉は潤ったようだった。
雑に自分を拭った霧島は下着とTシャツに戦闘ズボンを身に着けると、寝かせたままの京哉にも苦労して同じものを着せつける。出撃がないとはいえこんな地だ。いつ何があるか分からない。ついでに上段のシーツを剥がして濡れたものと取り替えた。
身動きの取れない京哉に毛布を被せ霧島は枕元でスポーツ飲料を僅かずつ減らす。
「すまん、京哉。私はまたお前を――」
「いいですって。すごく良かったんですし、僕もそうして欲しかったんです」
「そうか。だが一番大事にしたいものを、どうしてだろうな」
「本当に大丈夫ですから。それに何より大事にしてくれてるの、分かっていますよ」
「有難い言葉で救われるが、しかし私は私の大切な者を、もっとちゃんと大切にしたい。そう思っているんだが何か、こう、渇いて……どれだけしても、渇いて、な」
そう言って霧島は飲料を空にしボトルを投げて部屋の隅のゴミ箱にナイス・インさせた。怠惰から生まれた技に京哉は笑って拍手の真似をし、そして真面目に応える。
「こんな国にいるからじゃないですか、生存本能っていうか。本能的危機感から遺伝子を残そうとしてるとか。実際、忍さんにとって種の保存にはなりませんし、僕だって誰にも忍さんを譲る気はないですけどね。ただ、貴方の優秀なDNAを残せないのは残念かも」
「お前以外とは、もうできん。DNAのみを残す手段ならあるが、それが単なる遺伝情報にすぎないとはいえ独りは嫌だ。お前と離れて冷凍保存なんかされたくない」
「忍さんったら、何だか子供返りしちゃったみたいですね」
「あれだけの目に遭わされておいて私を子供扱いとは私が言うのも何だが暢気だな」
「いいじゃないですか。僕は僕で忍さんを独り占めしちゃったんですから、その分、きっちり責任取りますよ。いつでもお相手しますし、僕だって幾らでも欲しいんですから。直截的ですけど貴方が感じるより僕の方が快感は上かも知れません」
「だからだな。そういうことを言って煽ると明日、歩けなくなるぞ」
「それはちょっとアレだけど……って、何!?」
「お前はそこにいろ!」
ドアの外で響いたのは確かに銃声だった。銃を掴んで霧島は廊下に飛び出す。見回すまでもなく十五メートルほど先で大型ハンドガンを手にした戦闘服の男が、士官居室のドアを狂ったように蹴飛ばしていた。足元で制服の男が一人、頭から血を流して倒れている。
「動くな、動けば撃つ!」
叫んだ霧島に向かって男が銃を乱射。だが反動も大きい大口径ハンドガンはそう簡単に当たらない。正気を失くした目つきからしても狙いが定まらないのを見取る。
それでも掩蔽物もない場所で火線に晒されているのは勿論危険、霧島は動きも激しい男に一射を浴びせた。狙い違わず男の右肩に着弾、血飛沫を上げさせる。だが男は銃を取り落とすこともなく、こちらに向かって歩いてきた。
そのゆっくりとした歩調が不気味だった。
そこで男が蹴っていた部屋のドアが開く。顔を出したのは見知った金髪の男だった。
「伏せろ、ルーカス!」
霧島の警告の叫びと同時に男がまたも発砲する。やむなしと判断した霧島は男の銃を持った手首を撃ち、更にダブルタップで両脚に九ミリパラを叩き込んだ。一発に聞こえるほどの速射で三発を撃ち込まれた男は二、三メートルも後退して尻餅をつく。
「ルーカス、大丈夫か?」
「上着を掠っただけです。助かりました」
「で、この男は何なんだ?」
乱射男を霧島はつま先で蹴った。これだけ食らってまだ男は瞳孔の開いた目を見開き、藻掻いている。銃は撃ち壊したので危険はないが、それにしても元気すぎた。
「医務室と衛生兵には連絡しました。けど相棒、ミレーユが――」
倒れている男の名だろう。だがそのミレーユ少尉は頭を撃たれて息絶えていた。
騒ぎを聞きつけて廊下に並んだドアが次々と開く。階下からも集まった野次馬の輪をかき分けてニコルが姿を現した。血で床を汚しつつ藻掻く乱射男を見て唸る。
「ビリーか、チクショウ」
「どういうことだ?」
「業務隊のビリー=アーキン伍長だ。それこそジャンキーとしちゃ長くてな、今日ルーカスとミレーユが呼び出して厳重注意したばかりだったんだ」
「それでキメた上に逆恨みか、堪らんな」
まもなくやってきた衛生兵にビリー=アーキンとミレーユは運ばれていき、霧島は駆け付けた当直司令とミリタリーポリス、いわゆる憲兵隊の事情聴取を受けた。
だがこの手の事件には事欠かない地だ。ものの三十分ほどで無罪放免となりMP本部から出ることができた。それでも日付はとっくに変わっていて急いで部屋に戻る。
ドアを開けるなり京哉が心配げな目を向けた。あれから放ったらかしだったのだ。
「怪我はありませんか?」
「大丈夫だ。だがジャンキーに士官が一人殺られた」
「ええ、ニコルから聞きました」
「ニコルってお前、他人を部屋に入れたのか?」
「だって、そっちもこっちも緊急事態だったんですもん。貴方も心配でしたし」
一時間以上留守にしていたのだ。京哉がニコルに事情を聞いても責められない。
「落ち着いたらもう寝ましょうよ。明日は朝イチでアルペンハイム製薬ですよ」
「分かっている、何ならお前は先に寝ろ」
言いつつ霧島はもう一本買ってあったスポーツ飲料を開け、五百ミリリットルを一気飲みするとベッドの上段に上ろうとした。だが霧島の戦闘服の裾を京哉が掴む。
「こら、危ないから離せ」
「どうしてですか? 狭くても一緒に寝てたじゃないですか」
「だから今は拙いんだ、お前も分かっているだろう?」
「拙くてもいいですから」
「そんな目で見るなと……くそう、何がどうなっても知らんぞ、私は!」
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