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第38話
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霧島がPXで買ってきたサンドウィッチとコーヒーの朝食を京哉はベッドで摂り、二人は課業開始ギリギリになって補給倉庫に出勤した。
倉庫前には既に貨物トラックとドライバー、ニコルにルーカスとスティードが揃っていた。ニコルが笑って二人に言い渡す。
「遅刻の罰だ、あんたらは貨物側だからな」
仕方なく腰の据わらない二人は荷台に上り、雑毛布敷きの床に直に座った。
「ここから十五キロと言っていたな。二十分もあれば着くか」
「コンテストエリアの街でしたよね、何処かが仕掛けてこなければいいですけど」
「競合地域か。平和そうだが何処もが権利を主張してる土地ということだな」
「そうですね。それにアルペンハイム製薬まで抱えてるし何処もが欲しい筈ですよ」
だがそれも杞憂だったようで、三十分足らずで何事もなくトラックは停止した。
降りてみるとそこはアルペンハイム製薬の倉庫らしく、他にも軍用貨物トラックや迷彩塗装の小型ヘリが駐機され、段ボール箱の荷物が運び出されていた。
「積み込みはニコルたちに任せてお前さんたちは先にこっちだ」
促されてスティードについて行くと、徐々にアルペンハイム製薬の全貌が見えてくる。ここは小さな街の外れの荒れ地で、だが黄色い砂礫にそぐわぬ立派な工場らしき建築物が並んでいた。格納庫くらいの大きさの工場は十も並んでいるだろうか。とにかく広い。
高層建築はひとつもなく、せいぜい三階建てくらいのものばかりだが、化学工場独特の金属パイプが工場や巨大なタンク同士を繋ぎ、陽光を反射している。足元も敷地内は黄色い砂礫ではなくコンクリートで整地されていた。
大男のスティードを二人は小走りで追う。やがて前方に見えてきたグレイの建物が社屋なのだろう。これも三階建てで立派かと思えば、よく近づいて見ると壁には亀裂が入った上に、窓は細かな傷で磨りガラスのようになっている。
戦闘薬の密売までしている割には、社屋にカネは掛けていないようだ。
それらを眺めながら社屋の角を曲がって二人は驚いた。エントランスに人が並んでいたのだ。それも十人や二十人ではない、数えきれないほどの人々が行列を成している。列の最後尾は見えないくらいだ。ものの喩えではなく、本当に街の中まで列は続いていた。
痩せた人々の大多数は赤ん坊を背負い、または抱いている。小さな子供の手を引いた者もいた。彼らの泣き声は一様に細かったが、これだけ集まると耳を聾せんばかりである。
「こっちだ。……おーい、入れて貰っていいか?」
エントランスの中に声を掛け、返事を待たずにスティードは社屋に踏み入った。
そこまでこればこの行列の意味が二人にも理解できた。エントランスホールに積み上げられているのは粉ミルクの缶、それを社員が人々に配っているのだ。粉ミルク缶を手渡している三人の社員は汗だくで、受け取った人々からカネを受け取っている様子はない。
無償で粉ミルクを配る社員は顔見知りらしく、スティードが大声で訊いた。
「今日は何人分だ?」
「材料不足で千五百しか。でも昨日の八百よりマシですよ。……はい、次。お子さん二人ね。ああ、泣かないで。待たせてごめんね。次の方、こっちですよ!」
「千五百じゃあ、まだ足りないだろう?」
「そうですね。このまま天気が良ければ明日まで並んで貰うしかありません」
「中もいいか?」
「泣かせないで下さいよ、大人が見ても怖い顔なんですから」
「子煩悩な俺様に向かって、相変わらず失敬な奴だな」
社屋の廊下を歩いて入った部屋は、元々事務室か何かだったようだ。だが今は小さなベッドが数十も並んでいる。立ち働く大人は全員が白衣でここはどうやら小児病室らしかった。看護師らがスティードに会釈し、また静かに仕事に戻る。
「一階の部屋は全部病室、栄養失調や病気で泣くこともできなくなった子供だけを、何とか収容しているんだ。ここにはあの街だけじゃない、噂を聞いて困窮した村から何日もかけて皆が集まってくる。最後の砦なんだよ、ここは」
説明されずとも既に理解していた二人は言葉もなかった。
「それでもいっぱいいっぱい、涙を呑んでお帰り願わなきゃならない時もある。ミルクだって材料はただでもなければ、この国で採れる訳でもない。この国で唯一合成が可能なあの戦闘薬で外貨を稼いで他国から買うか、先進諸国の援助物資に頼るしかないのさ」
部屋を出てボロをまとった人々を眺め、トラックに戻るとニコルとルーカスが腕組みして話し込んでいた。深刻な顔をしていたニコルが三人に気付いて表情を緩める。
「戻ったな。しっかり見てきてくれたか?」
「ああ、この目で見てきた。積み込みは終わったらしいな」
「今度は前に俺たち五人だ。さあ、乗ってくれ」
前席に大男のスティードと長身のニコルが乗ったので後席の小柄なルーカスともっと小柄な京哉に挟まれた霧島は狭い思いをせずに済んだ。スティードが発車させる。
街に入ると、おもむろにニコルが口を開いた。
「戦闘薬工場の爆破の件だが……乗らせて貰う」
「いいのか、それで?」
「この国に外貨を稼ぐための何らかの手立てが必要なのは確かだ。だからといってそれが一部の者を肥え太らせるためだけのものなら、ないも同然だからな。これ以上ビリーやミレーユのような被害者も出せん。俺たちが作ってしまった害悪は俺たちの手で始末をつけなきゃならん」
ルーカスは自らに言い聞かせるように頷く。
「あのミルクで育った子供たちが、あんなクスリに溺れるような社会を、わたしたちが作ってはならない。あんなクスリで希望は作れない。何れ知る地獄のような国ではあるけれど、この国に必要なのはあんなクスリに縋って生きる弱者じゃないんです」
倉庫前には既に貨物トラックとドライバー、ニコルにルーカスとスティードが揃っていた。ニコルが笑って二人に言い渡す。
「遅刻の罰だ、あんたらは貨物側だからな」
仕方なく腰の据わらない二人は荷台に上り、雑毛布敷きの床に直に座った。
「ここから十五キロと言っていたな。二十分もあれば着くか」
「コンテストエリアの街でしたよね、何処かが仕掛けてこなければいいですけど」
「競合地域か。平和そうだが何処もが権利を主張してる土地ということだな」
「そうですね。それにアルペンハイム製薬まで抱えてるし何処もが欲しい筈ですよ」
だがそれも杞憂だったようで、三十分足らずで何事もなくトラックは停止した。
降りてみるとそこはアルペンハイム製薬の倉庫らしく、他にも軍用貨物トラックや迷彩塗装の小型ヘリが駐機され、段ボール箱の荷物が運び出されていた。
「積み込みはニコルたちに任せてお前さんたちは先にこっちだ」
促されてスティードについて行くと、徐々にアルペンハイム製薬の全貌が見えてくる。ここは小さな街の外れの荒れ地で、だが黄色い砂礫にそぐわぬ立派な工場らしき建築物が並んでいた。格納庫くらいの大きさの工場は十も並んでいるだろうか。とにかく広い。
高層建築はひとつもなく、せいぜい三階建てくらいのものばかりだが、化学工場独特の金属パイプが工場や巨大なタンク同士を繋ぎ、陽光を反射している。足元も敷地内は黄色い砂礫ではなくコンクリートで整地されていた。
大男のスティードを二人は小走りで追う。やがて前方に見えてきたグレイの建物が社屋なのだろう。これも三階建てで立派かと思えば、よく近づいて見ると壁には亀裂が入った上に、窓は細かな傷で磨りガラスのようになっている。
戦闘薬の密売までしている割には、社屋にカネは掛けていないようだ。
それらを眺めながら社屋の角を曲がって二人は驚いた。エントランスに人が並んでいたのだ。それも十人や二十人ではない、数えきれないほどの人々が行列を成している。列の最後尾は見えないくらいだ。ものの喩えではなく、本当に街の中まで列は続いていた。
痩せた人々の大多数は赤ん坊を背負い、または抱いている。小さな子供の手を引いた者もいた。彼らの泣き声は一様に細かったが、これだけ集まると耳を聾せんばかりである。
「こっちだ。……おーい、入れて貰っていいか?」
エントランスの中に声を掛け、返事を待たずにスティードは社屋に踏み入った。
そこまでこればこの行列の意味が二人にも理解できた。エントランスホールに積み上げられているのは粉ミルクの缶、それを社員が人々に配っているのだ。粉ミルク缶を手渡している三人の社員は汗だくで、受け取った人々からカネを受け取っている様子はない。
無償で粉ミルクを配る社員は顔見知りらしく、スティードが大声で訊いた。
「今日は何人分だ?」
「材料不足で千五百しか。でも昨日の八百よりマシですよ。……はい、次。お子さん二人ね。ああ、泣かないで。待たせてごめんね。次の方、こっちですよ!」
「千五百じゃあ、まだ足りないだろう?」
「そうですね。このまま天気が良ければ明日まで並んで貰うしかありません」
「中もいいか?」
「泣かせないで下さいよ、大人が見ても怖い顔なんですから」
「子煩悩な俺様に向かって、相変わらず失敬な奴だな」
社屋の廊下を歩いて入った部屋は、元々事務室か何かだったようだ。だが今は小さなベッドが数十も並んでいる。立ち働く大人は全員が白衣でここはどうやら小児病室らしかった。看護師らがスティードに会釈し、また静かに仕事に戻る。
「一階の部屋は全部病室、栄養失調や病気で泣くこともできなくなった子供だけを、何とか収容しているんだ。ここにはあの街だけじゃない、噂を聞いて困窮した村から何日もかけて皆が集まってくる。最後の砦なんだよ、ここは」
説明されずとも既に理解していた二人は言葉もなかった。
「それでもいっぱいいっぱい、涙を呑んでお帰り願わなきゃならない時もある。ミルクだって材料はただでもなければ、この国で採れる訳でもない。この国で唯一合成が可能なあの戦闘薬で外貨を稼いで他国から買うか、先進諸国の援助物資に頼るしかないのさ」
部屋を出てボロをまとった人々を眺め、トラックに戻るとニコルとルーカスが腕組みして話し込んでいた。深刻な顔をしていたニコルが三人に気付いて表情を緩める。
「戻ったな。しっかり見てきてくれたか?」
「ああ、この目で見てきた。積み込みは終わったらしいな」
「今度は前に俺たち五人だ。さあ、乗ってくれ」
前席に大男のスティードと長身のニコルが乗ったので後席の小柄なルーカスともっと小柄な京哉に挟まれた霧島は狭い思いをせずに済んだ。スティードが発車させる。
街に入ると、おもむろにニコルが口を開いた。
「戦闘薬工場の爆破の件だが……乗らせて貰う」
「いいのか、それで?」
「この国に外貨を稼ぐための何らかの手立てが必要なのは確かだ。だからといってそれが一部の者を肥え太らせるためだけのものなら、ないも同然だからな。これ以上ビリーやミレーユのような被害者も出せん。俺たちが作ってしまった害悪は俺たちの手で始末をつけなきゃならん」
ルーカスは自らに言い聞かせるように頷く。
「あのミルクで育った子供たちが、あんなクスリに溺れるような社会を、わたしたちが作ってはならない。あんなクスリで希望は作れない。何れ知る地獄のような国ではあるけれど、この国に必要なのはあんなクスリに縋って生きる弱者じゃないんです」
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