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第11話
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喫煙ルームにはテラ連邦陸軍の濃緑色の制服を着た者も数名いた。ここタイタンには陸・空・宙軍の揃った巨大タイタン基地がある。そこの兵士が休暇らしい。
タイタン基地はテラの護り女神と呼ばれる第二艦隊を抱え、女将軍アデライデ=クラーリ陸将が統括している。アデライデ、シドも知るアディはサイキ持ちのテレパスだ。彼女よりサイキの強さは劣るが、別室長ユアン=ガードナーもテレパスだなどと思い出す。
何を考えて室長がこの任務を振ったのかと云えば、惑星一個から武器密輸ルートを探り出す奇跡のチカラ、イヴェントストライカに期待してのことだろう。だがシドを置いてきてしまった。自分にどれだけの事実が探れるのか、望みは薄いと客観的に判断はしている。
それでも行く以上は捜査に手を付けねばならず、どれだけの時間が掛かるのか、次にシドに会えるのはいつなのかと、別れて四時間でもう考えてしまっている自分にこわばった苦笑を洩らす。心がスカスカした気分だ。
零時になって空ボトルを捨てて喫煙ルームをあとにする。通関も無事にクリア、プログラミングで動くリムジンコイルに乗ってみるとジュリア母娘がいた。ジュリアは相当眠たげで、それでもハイファを認めると笑顔で手を振ってくる。
微笑みを返して今度は一緒にコイルを降りた。宙艦の前でチェックパネルも無事に通過しエアロックをくぐる。
シドがいないので偶然は起こらず、リザーブしたシートはジュリアたちと離れていたが、空いたシートがあったので思い切ってハイファはジュリア母娘の隣へと移動した。
回ってきたキャビンアテンダントから白い錠剤を受け取って飲み込み、通路を隔てて並ぶ母娘に会釈する。
「キエラ宙港までご一緒させて貰ってもいいですか?」
「ええ、是非。良かった、淋しかったんです」
若い母親は薬を飲むなり眠ってしまったジュリアを、同じヘイゼルの瞳で指して笑った。
失礼にならない程度に観察したが、本星でかなり前に流行した型のパンツスーツを身に着けた母親は、何処となくうらぶれた印象を受ける。手荷物は小ぶりのショルダーバッグがひとつきりだ。子供連れの旅行客にしては軽装で、単なる観光という雰囲気ではない。
星系間を往く宙艦は決して利用料も安くはないので、それほど困窮している階層の人間ではない筈だが、などと考えていると女性は口を開いた。
「わたし、元々テラ本星の出身なんです。民間ボランティアでイオタ星系第四惑星ラーンに行った際に、主人と出会って嫁いだの」
「えっ、じゃあラーンに帰るんですか?」
「ええ。そのつもりです」
「失礼ですが、ご主人は?」
「主人はジュリアが生まれてすぐに戦争で亡くなって」
「……すみません」
「いいんです、気にしないで。今回の本星行きも父のお葬式だったんです」
「それは……ご愁傷様です」
「ごめんなさい、こんな話ばかり」
「いえ。……ご主人もいらっしゃらないのに、こう言っては何ですが、戦地であるラーンに帰られるんですか?」
「迷ったんですが、もう本星にも親族はいませんし、この子の故郷はあそこですから。それにラーンで仕事も待っています」
「危なくないんですか?」
「多少は。でも停戦してからは割と穏やかに暮らせています」
それでもなお治安がいいとは言い難く、テロなども横行していることなどを聞いてしまうと何となく黙り込んでしまう。
ふとシドの気配のようなものを感じてドキリとするが、それは自分が買った煙草の香りだった。ポケットのそれを手にするまいと意地になっている自分が滑稽だ。
フレイヤ星系第三惑星フノスに到着十五分前のアナウンスが入るとハイファは艦内に流れる電波を拾い、首都キエラ時間をテラ標準時と並べてリモータに表示した。
フノスの自転周期は二十五時間二十五分五十秒で、到着はキエラ時間で朝八時の予定だ。
何事もなくキエラ宙港に接地した宙艦から出るときには、起きないジュリアをハイファが抱いて降艦した。いつもは自ら薄愛主義者を標榜するハイファだが、自身でも分析不能な親切心でそのまま通関までクリアする。
フレイヤ星系も高度文明圏ではあるのだが、キエラ宙港のメインビルは他星に比べれば格段に低い七階建てで、その二階ロビーフロアは朝の喧噪真っ只中だった。その騒がしさでジュリアは泣きもせず目を覚ます。
「お兄ちゃんの髪の色だね」
「えっ? ああ、麦畑のことかあ」
窓から外を望むと白いファイバの宙港面の向こうには、黄金色の麦畑がまさに打ち寄せる海のごとく広がっていた。風になびいて地平線まで波打っている光景は圧巻である。元々フレイヤ星系はテラ連邦が穀物倉庫としてテラフォーミングし開発したのだ。
反対側のエントランス方向を眺めると、こちらは高層建築が殆どなく、いまいちパッとしない市街地があった。だが泊まるホテルに不自由するほどではない。
以前にもハイファはシドとここにきているので地図もリモータに入っていた。
「ええと、ジュリアと……?」
「モーリンです」
「僕はハイファスです。じゃあ、ここでお別れですね」
自分と同じく母娘がこの地で一泊するのは分かっていたが、女性にホテルまで訊くのはマナー違反だろうと思い、慣習でリモータIDだけ交換して、この場で見送ることにする。
「ハイファスお兄ちゃんはこないの?」
ここで初めてジュリアは泣きそうに顔を歪めた。
「ジュリア、お母さんを困らせちゃだめだよ」
しゃがんで視線の高さを合わせるとジュリアはハイファに抱きつき、離れてモーリンの腰にしがみつく。必死で泣くのを我慢して鼻の頭を赤くしている。
いつまでもこうしている訳にもいくまいと、彼女らに軽く手を振って喫煙ルームへと足を向けた。ロビーフロアを横切りながら、急激に孤独感が押し寄せる。
孤独と……恐怖。
自分は二人のルールを、誓いを破ったのだ。
現在時はテラ標準時で三時半すぎだった。
当然ながらシドはまだ夢の中だろう。
普段なら七時前にはタマが腹を空かせてシドの足を囓るのだが、エサを山盛りにしてきたのでそれもない。
睡眠薬の量から云えばシドの目が覚めるのは早くとも昼すぎで、フレイヤ星系便はタイタン第二宙港発、十時四十分、十八時三十分、零時二十分の三便しかないのだ。
もし追ってきても乗るのは最速で十八時三十分発の便である。ここにシドが辿り着く頃にはハイファは既にイオタ星系便に乗っている寸法だった。
まさか一人でラーンの戦場跡を見て回るほどシドも酔狂ではないだろう。
ちょっと待て、酔狂だったらどうしよう……などという心配は、喫煙ルームに足を踏み入れた途端に消え去った。
ありえない現象、そこには煙草を咥えたシドが立っていたのである。
◇◇◇◇
「独り旅、ご苦労」
涼しいポーカーフェイスで言われ、ハイファは呆然と立ち尽くした。
「何で……どうして、シド……?」
「使えるコネを総動員、つっても惑星警察とテラ連邦軍だけだがな」
「惑星警察、定期BELの代わりに緊急機使って……それでまさか?」
「そのまさかだ。アデライデ司令からの伝言、『ハイファスへの貸しにしておく』だとよ」
「タイタン基地司令のアディを動かしたって……第二艦隊の一隻?」
「本日、第二艦隊所属の巡察艦サヤマは訓練非常呼集、続いてフレイヤ星系第三惑星フノスまでの単独慣熟航行演習を実施せり、ってな」
どうやらアデライデも面白半分に話に乗ったらしい。
「でも何で……眠くないの?」
「眠かったさ。けど、お前のキスで半分目が覚めた」
「あれだけの薬を……別室特製カクテルだよ、信じられない」
「疑おうがどうしようが構わねぇが、覚めたモンは仕方ねぇだろ」
そう言いながらも切れ長の目は真っ赤、相当無理をして起き出してきたのだろう。
吸い殻を捨てるとシドは絶句するハイファを促した。
「ほら、何処か近場のホテルにでも入ろうぜ」
対衝撃ジャケットの中身のない片袖を翻し、シドはすたすたと喫煙ルームを出て行ってしまう。ハイファも慌ててあとを追った。
二人は階段を使って一階に下りエントランスから外に出る。無言のままシドはぐいぐい歩き、最初に見つけたホテルのリモータチェッカに右手首を翳して足を踏み入れた。
有人のフロントでダブル・喫煙の部屋にチェックインし、リモータにキィロックコードを流して貰う。八階建ての七階の部屋、七二〇号室だ。エレベーターで上がる。
七二〇号室は狭かったが調度がオークとブラックの結構スタイリッシュな部屋だった。入って右にクローゼットとソファセット、奥に端末付きデスクとチェア。左はベッドが占めている。その奥に洗面所とダートレス――オートクリーニングマシン――があり、左右のドアがバスとトイレらしい。ソファの横には飲料ディスペンサー付きだ。
まずは二人ともに上着を脱いで執銃を解いた。
ソファセットのロウテーブルにあった灰皿をデスクに移動し、シドは煙草を咥えて火を点ける。深々と吸い込んで紫煙を吐き、窓外の高層建築の殆どない街を見渡した。
「シド、僕は――」
窓に向かったまま、シドが遮るように口を開く。
「すまん、ハイファ、ついて来ちまって」
「なっ……そんな、貴方が謝るなんて」
「お前の心配も分かる、だからあんなことしたんだろ?」
「う、うん」
「でもさ、足は引っ張らねぇから、引っ張るようならそこで追い返してもいいから、それまではお前と一緒にいさせてくれねぇか?」
「……シド」
「頼む、ハイファ」
「もう、言わないで」
どれだけ酷い仕打ちをしてしまったのか思い知り、ハイファはシドの背に抱きついた。一方でシドもどれだけハイファが思い悩んだのかを、謝る言葉すら出てこない様子に垣間見る。
「シド、やっぱり傍にいて。貴方が傍にいないと怖いよ」
小さな声が躰を通して響く。見知らぬ地でこの柔らかな声を失くすかとシドも怖くてじっとしていられなかった。見苦しいまでに、なりふり構わず追った。
「ハイファ……ごめんな」
「謝らないで。もっと怖くなるから」
「そうか」
振り向いて細い躰を片腕で抱き締める。ハイファはシドの胸に明るい金髪を押し付けた。
タイタン基地はテラの護り女神と呼ばれる第二艦隊を抱え、女将軍アデライデ=クラーリ陸将が統括している。アデライデ、シドも知るアディはサイキ持ちのテレパスだ。彼女よりサイキの強さは劣るが、別室長ユアン=ガードナーもテレパスだなどと思い出す。
何を考えて室長がこの任務を振ったのかと云えば、惑星一個から武器密輸ルートを探り出す奇跡のチカラ、イヴェントストライカに期待してのことだろう。だがシドを置いてきてしまった。自分にどれだけの事実が探れるのか、望みは薄いと客観的に判断はしている。
それでも行く以上は捜査に手を付けねばならず、どれだけの時間が掛かるのか、次にシドに会えるのはいつなのかと、別れて四時間でもう考えてしまっている自分にこわばった苦笑を洩らす。心がスカスカした気分だ。
零時になって空ボトルを捨てて喫煙ルームをあとにする。通関も無事にクリア、プログラミングで動くリムジンコイルに乗ってみるとジュリア母娘がいた。ジュリアは相当眠たげで、それでもハイファを認めると笑顔で手を振ってくる。
微笑みを返して今度は一緒にコイルを降りた。宙艦の前でチェックパネルも無事に通過しエアロックをくぐる。
シドがいないので偶然は起こらず、リザーブしたシートはジュリアたちと離れていたが、空いたシートがあったので思い切ってハイファはジュリア母娘の隣へと移動した。
回ってきたキャビンアテンダントから白い錠剤を受け取って飲み込み、通路を隔てて並ぶ母娘に会釈する。
「キエラ宙港までご一緒させて貰ってもいいですか?」
「ええ、是非。良かった、淋しかったんです」
若い母親は薬を飲むなり眠ってしまったジュリアを、同じヘイゼルの瞳で指して笑った。
失礼にならない程度に観察したが、本星でかなり前に流行した型のパンツスーツを身に着けた母親は、何処となくうらぶれた印象を受ける。手荷物は小ぶりのショルダーバッグがひとつきりだ。子供連れの旅行客にしては軽装で、単なる観光という雰囲気ではない。
星系間を往く宙艦は決して利用料も安くはないので、それほど困窮している階層の人間ではない筈だが、などと考えていると女性は口を開いた。
「わたし、元々テラ本星の出身なんです。民間ボランティアでイオタ星系第四惑星ラーンに行った際に、主人と出会って嫁いだの」
「えっ、じゃあラーンに帰るんですか?」
「ええ。そのつもりです」
「失礼ですが、ご主人は?」
「主人はジュリアが生まれてすぐに戦争で亡くなって」
「……すみません」
「いいんです、気にしないで。今回の本星行きも父のお葬式だったんです」
「それは……ご愁傷様です」
「ごめんなさい、こんな話ばかり」
「いえ。……ご主人もいらっしゃらないのに、こう言っては何ですが、戦地であるラーンに帰られるんですか?」
「迷ったんですが、もう本星にも親族はいませんし、この子の故郷はあそこですから。それにラーンで仕事も待っています」
「危なくないんですか?」
「多少は。でも停戦してからは割と穏やかに暮らせています」
それでもなお治安がいいとは言い難く、テロなども横行していることなどを聞いてしまうと何となく黙り込んでしまう。
ふとシドの気配のようなものを感じてドキリとするが、それは自分が買った煙草の香りだった。ポケットのそれを手にするまいと意地になっている自分が滑稽だ。
フレイヤ星系第三惑星フノスに到着十五分前のアナウンスが入るとハイファは艦内に流れる電波を拾い、首都キエラ時間をテラ標準時と並べてリモータに表示した。
フノスの自転周期は二十五時間二十五分五十秒で、到着はキエラ時間で朝八時の予定だ。
何事もなくキエラ宙港に接地した宙艦から出るときには、起きないジュリアをハイファが抱いて降艦した。いつもは自ら薄愛主義者を標榜するハイファだが、自身でも分析不能な親切心でそのまま通関までクリアする。
フレイヤ星系も高度文明圏ではあるのだが、キエラ宙港のメインビルは他星に比べれば格段に低い七階建てで、その二階ロビーフロアは朝の喧噪真っ只中だった。その騒がしさでジュリアは泣きもせず目を覚ます。
「お兄ちゃんの髪の色だね」
「えっ? ああ、麦畑のことかあ」
窓から外を望むと白いファイバの宙港面の向こうには、黄金色の麦畑がまさに打ち寄せる海のごとく広がっていた。風になびいて地平線まで波打っている光景は圧巻である。元々フレイヤ星系はテラ連邦が穀物倉庫としてテラフォーミングし開発したのだ。
反対側のエントランス方向を眺めると、こちらは高層建築が殆どなく、いまいちパッとしない市街地があった。だが泊まるホテルに不自由するほどではない。
以前にもハイファはシドとここにきているので地図もリモータに入っていた。
「ええと、ジュリアと……?」
「モーリンです」
「僕はハイファスです。じゃあ、ここでお別れですね」
自分と同じく母娘がこの地で一泊するのは分かっていたが、女性にホテルまで訊くのはマナー違反だろうと思い、慣習でリモータIDだけ交換して、この場で見送ることにする。
「ハイファスお兄ちゃんはこないの?」
ここで初めてジュリアは泣きそうに顔を歪めた。
「ジュリア、お母さんを困らせちゃだめだよ」
しゃがんで視線の高さを合わせるとジュリアはハイファに抱きつき、離れてモーリンの腰にしがみつく。必死で泣くのを我慢して鼻の頭を赤くしている。
いつまでもこうしている訳にもいくまいと、彼女らに軽く手を振って喫煙ルームへと足を向けた。ロビーフロアを横切りながら、急激に孤独感が押し寄せる。
孤独と……恐怖。
自分は二人のルールを、誓いを破ったのだ。
現在時はテラ標準時で三時半すぎだった。
当然ながらシドはまだ夢の中だろう。
普段なら七時前にはタマが腹を空かせてシドの足を囓るのだが、エサを山盛りにしてきたのでそれもない。
睡眠薬の量から云えばシドの目が覚めるのは早くとも昼すぎで、フレイヤ星系便はタイタン第二宙港発、十時四十分、十八時三十分、零時二十分の三便しかないのだ。
もし追ってきても乗るのは最速で十八時三十分発の便である。ここにシドが辿り着く頃にはハイファは既にイオタ星系便に乗っている寸法だった。
まさか一人でラーンの戦場跡を見て回るほどシドも酔狂ではないだろう。
ちょっと待て、酔狂だったらどうしよう……などという心配は、喫煙ルームに足を踏み入れた途端に消え去った。
ありえない現象、そこには煙草を咥えたシドが立っていたのである。
◇◇◇◇
「独り旅、ご苦労」
涼しいポーカーフェイスで言われ、ハイファは呆然と立ち尽くした。
「何で……どうして、シド……?」
「使えるコネを総動員、つっても惑星警察とテラ連邦軍だけだがな」
「惑星警察、定期BELの代わりに緊急機使って……それでまさか?」
「そのまさかだ。アデライデ司令からの伝言、『ハイファスへの貸しにしておく』だとよ」
「タイタン基地司令のアディを動かしたって……第二艦隊の一隻?」
「本日、第二艦隊所属の巡察艦サヤマは訓練非常呼集、続いてフレイヤ星系第三惑星フノスまでの単独慣熟航行演習を実施せり、ってな」
どうやらアデライデも面白半分に話に乗ったらしい。
「でも何で……眠くないの?」
「眠かったさ。けど、お前のキスで半分目が覚めた」
「あれだけの薬を……別室特製カクテルだよ、信じられない」
「疑おうがどうしようが構わねぇが、覚めたモンは仕方ねぇだろ」
そう言いながらも切れ長の目は真っ赤、相当無理をして起き出してきたのだろう。
吸い殻を捨てるとシドは絶句するハイファを促した。
「ほら、何処か近場のホテルにでも入ろうぜ」
対衝撃ジャケットの中身のない片袖を翻し、シドはすたすたと喫煙ルームを出て行ってしまう。ハイファも慌ててあとを追った。
二人は階段を使って一階に下りエントランスから外に出る。無言のままシドはぐいぐい歩き、最初に見つけたホテルのリモータチェッカに右手首を翳して足を踏み入れた。
有人のフロントでダブル・喫煙の部屋にチェックインし、リモータにキィロックコードを流して貰う。八階建ての七階の部屋、七二〇号室だ。エレベーターで上がる。
七二〇号室は狭かったが調度がオークとブラックの結構スタイリッシュな部屋だった。入って右にクローゼットとソファセット、奥に端末付きデスクとチェア。左はベッドが占めている。その奥に洗面所とダートレス――オートクリーニングマシン――があり、左右のドアがバスとトイレらしい。ソファの横には飲料ディスペンサー付きだ。
まずは二人ともに上着を脱いで執銃を解いた。
ソファセットのロウテーブルにあった灰皿をデスクに移動し、シドは煙草を咥えて火を点ける。深々と吸い込んで紫煙を吐き、窓外の高層建築の殆どない街を見渡した。
「シド、僕は――」
窓に向かったまま、シドが遮るように口を開く。
「すまん、ハイファ、ついて来ちまって」
「なっ……そんな、貴方が謝るなんて」
「お前の心配も分かる、だからあんなことしたんだろ?」
「う、うん」
「でもさ、足は引っ張らねぇから、引っ張るようならそこで追い返してもいいから、それまではお前と一緒にいさせてくれねぇか?」
「……シド」
「頼む、ハイファ」
「もう、言わないで」
どれだけ酷い仕打ちをしてしまったのか思い知り、ハイファはシドの背に抱きついた。一方でシドもどれだけハイファが思い悩んだのかを、謝る言葉すら出てこない様子に垣間見る。
「シド、やっぱり傍にいて。貴方が傍にいないと怖いよ」
小さな声が躰を通して響く。見知らぬ地でこの柔らかな声を失くすかとシドも怖くてじっとしていられなかった。見苦しいまでに、なりふり構わず追った。
「ハイファ……ごめんな」
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