Pair[ペア]~楽園22~

志賀雅基

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第23話

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 エレベーターで二十階に上がると、廊下でキースが声をかけてくる。

「別室とやらの返事は急がない。できれば明日の夕方以降、夜になってからの方が何かと都合がいいからな」
「移動はどうするんだ?」
「BEL移動を考えている。キプルはここから北に七千五百キロ、三時間くらいだ」

「分かった」
「午睡を愉しんでくれ。ディナーはレストランでご一緒しよう。……ああ眠い」
「じゃあ、あとでな」

 欠伸を噛み殺しつつ片手を挙げてキースは去った。ハイファはシドと二〇二七号室に入ってロックをする。自然と溜息が洩れた。上着を脱いで執銃を解きながら見ると、シドがポーカーフェイスに笑みを溜めていて余計に腹が立った。

「よっぽど気に入らねぇみたいだな」

 ソファにどすんと腰掛け、ハイファはバディを斜に睨む。

「分かってるならどうして? こんなザルな計画で、信じられないよ、もう!」
「ボスはキースだ、好きなようにやらせるさ」

「キースは素人だよ? こんな素人の思いつき、そもそも計画としても怪しいのに、自分から首を突っ込むなんて貴方どうかしてるよ!」

「意外とあいつは堅実、昨日今日の思いつきじゃねぇと思うぜ」
「実際に思いつきレヴェルだって言ってるの!」

 飲料ディスペンサーでコーヒーを淹れたシドは陶器のカップをハイファに渡す。

「分かった分かった。だが友達が命懸けで事を起こそうとしてるんだ、聞いちまった以上、放ってはおけねぇだろうが」
「友達なら無茶を止めるか、最低でも穴を指摘してやるのが親切じゃないの?」
「穴に関しちゃ出来る限りのフォローはするさ。でもキースが血で贖った玉座を背負うって宣言してるんだ、危なっかしい一歩を見ていてやるのも友達じゃねぇか」

 カップに口を付けたままハイファは上目遣いにシドを見た。

「って、まさか失敗するって思ってる?」
「さあな。ただ、あいつは俺たち任せにもしてねぇし、ああ見えて腹は括ってやがる。相応に頭も回るだろうさ。大体、俺たちの倍以上生きてんだぞ?」

「ふん。随分と僕任せだとお見受けしましたけど」
「お前は不確定要素なんかじゃねぇからな」
「調子いいんだから。……硝煙浴びたからリフレッシャ使ってくる」

 飲みかけのままカップをロウテーブルに置くと、シドには一瞥もくれずにバスルームに向かう。髪を解いて服を脱いだ。射場で硝煙と砂埃まみれになったウォッシャブルのスーツも全てダートレスに入れ、バスルームでリフレッシャを熱めの設定にして浴びる。

 香りのいい洗浄液を頭から被って丁寧に硝煙を擦り落とす。湯で洗い流してドライモードで全身を乾かすと少しは気分が晴れた気がした。
 上がってガウンを着込み出て行くとシドはホロTVを点けて視ていた。

「ニュースで治安維持部隊の編成とかやってたぜ」
「ふうん、それでクラウスは忙しかったんだね。キースがオットーを追い返したのも、それを考えてのことなのかな。貴方も硝煙と砂、流してきたら?」

 ふらりとシドがバスルームに消えるとハイファはニュースを横目で視つつ、部屋に付属の端末を立ち上げる。リモータからリードを引き出して繋ぎ、ホロキィボードを叩いてこの仮宮の管理コンに侵入した。

 管理コンから下ってクラウスの部屋である一五〇二号室の端末システムをハックする。思った通りにクラウスの部屋と基地の管理コンは直結されていた。ネットワークを易々と泳ぎ渡って、コルダにある四つの基地の武器補給状況を覗き見る。

「何か出たか?」
「これといって怪しいモノは出てこない。何処も数字はしっかりしてるよ」

 リフレッシャから上がってきたシドが飲料ディスペンサーでアイスティーを注ぎ、グラスをロウテーブルに置いてくれた。それを飲みながら報告する。

「例えば中央基地の最新の武器供給は今日だけど、これは傭兵で組織した治安維持部隊に武器を払い下げた分を補完するもので、歩兵用小銃五百丁に士官用ハンドガン三十丁、ビームライフル五十丁に特殊部隊用のサブマシンガンが二十丁。余剰はそれぞれ三丁ずつしかないよ」

「ふうん、それだけか。やっぱり余剰を密輸ってのは無理なのかもな」
「他の基地のを足してもちょっとね。少なくともラーン軍は余剰に関してはクリーンと見ていいかも」
「じゃあ、その前の段階はどうなんだ?」

「前って、兵器工場?」
「ああ。流通がダメなら製造だ。時間があれば潜り込んでみるのも手だな」

 アイスコーヒーのグラスを手にシドはソファの肘掛けに腰を下ろしてハイファの作業を覗き込んだ。兵器工場は所在地こそ伏せてあったが、ハッキングなどせずとも『市民を護る産業です』などという陳腐なキャッチコピーと共に、大量の情報がネットに上がっていた。

 暫し無言で読み進めたのちにハイファが言う。

「この工場、ノーザナショナル社製の最新レーザー感知器とビームトリックを導入したんだって。これに蒸発させられたくなければ、潜り込む前にクラウスを通すしかないだろうね」
「ンなことしたら、喩え密輸してても証拠は綺麗に隠されちまうだろ?」
「僕らが綺麗に消されるよりマシだよ。他に何か知りたいことは?」

「どのくらいの量を生産してるんだ?」
「そうだね、例えばビームライフルは過去の戦時に於ける三十日間の生産目標が三千丁。ほぼ目標はクリアして納品数が二千九百十丁になってる」
「ふうん。思ったよりも規模は小さいんだな」

「まあ、ユーザーは最大でも五万八千人なんだから。それも行き渡ったらラインは止まるよ」
「止めるのか。余剰を生産し続けたりはしない、と」

 グラスを置いて煙草を咥えたシドが何気なく訊く。

「で、その工場の奴らは残り九十丁分をサボったのか?」
「えっ? ああ、納品数の足りない分だね。歩留まりが九十七パーセントで、見込み増産はしてないってことなんじゃないのかな」
「歩留まり、見込み増産って?」

「どんなモノでも云えるけど、銃なんかは特に繊細な作りだから、どうしても不良品が出る。その不良品じゃない方、生産量に対する合格製品の割合を歩留まりっていうんだよ」
「なるほどな。見込み増産がその不良品をカヴァーするための余剰生産か」

「そういうこと。ビームライフルなんかは出力が思うように上がらないっていうトラブルが多いんだよね」
「だからお前は電子部品のある銃には信頼を置いていないと。んで、その不良品も溶かして再生産ラインに載るんだな?」
「じゃないのかな。そんなサタデーナイトスペシャル並みの銃は使えない……あっ!」

 二人は思わず顔を見合わせていた。

「コンスタントに出るサタデーナイトスペシャルじゃない、これ?」
「溶かしちまう筈のブツはまだある。今日武器庫でケージに山盛りしてあったぜ」
「それが溶かされずに全部、密輸されてる?」

「足のつかない見事なカラクリだが、決めつけるのはまだ早いな」
「それはそうだけど、不良品と中古品の引き取り業者を洗ってみても損はないよね」

 俄然やる気を出したハイファだったが、ここでも数字の上では引き取り業者に正当に引き渡され、融解処理されていることになっていた。そして業者は軍の定期査察をクリアしている。

「あーあ、これはいけると思ったのになあ」
「まだ半分、リサリア軍側が残ってるからな。焦るなよ」
「焦りたくもなるよ。さっさと武器密輸犯を挙げて帰りたいもん」

「本当にキースの計画が嫌なんだな」
「当たり前じゃない。僕が見ず知らずの人を撃ち殺したがってるとでも思ってるの?」
「んなこと思ってる訳ねぇだろ……っと、発振だぞ」

 ハイファの左手首が震えている。パターンは別室だ。不機嫌ながらハイファはためらわずにリモータ操作した。二人で小さな画面の文字を読み取る。

【中央情報局発:イオタ星系第四惑星ラーンに於いて、ローマン王及びリサリア軍総司令官ロタール=クリューガー暗殺に従事せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
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