2 / 3
〈中編〉
しおりを挟む
送話口から聞こえたのは甲高い女性の声で、
「只今、リサイクル品の買い上げを行っておりまして――」
売り込みだか買い込みだかのセールスだった。俺は無言で電話を切った。そのまま自室を出て一階に降り、台所で冷蔵庫を開けてコーラを発見する。プシッと開けてゴキュゴキュと飲んだ。爽快な喉のチクチクに耐えられるだけ耐えて口を離し、
「ぷはーっ」
と言いそうになって寸でのところで抑える。
『ゲップはアリだよな、例外例外』
そう考えたが妙な緊張感からかゲップも出てはこなかった。案外これは厳しい戦いになるのかも知れないと予感する。せっかく「五月蠅い!」「早く寝ろ!」などと吠える親もいない、独りで朝までゲームを満喫できる、俺こそが伸び伸びと心の洗濯ができる一日だと思っていたのに、なんてことをしてしまったんだと頭を抱えた。
そこで玄関チャイムが鳴った。一度、二度三度。
俺は固まっていた。もう積極的に居留守を使おうとか具体的なことは考えられず、ただ恐怖して息まで殺し、人間と目が合ってしまった害虫の如く動きを止め、気配を探るアンテナだけを最大限に伸ばしてサーチしていた。
「下田さーん! あら、お留守かしら。下田さあん!!」
隣の家の奥さんだ。家庭菜園で獲れた野菜をしょっちゅう持ってくる。問題なのはこの奥さんが俺の両親は温泉旅行に出かけているのを知っていることだ。だからこの場合の「下田さん」は俺限定なのである。
仕方ない、何度も来られては心臓に悪い。ここは出よう。
「いつものキュウリとナスとトマト、獲れすぎちゃって。キュウリとトマトは洗えばそのままガブッといけるから。御両親は何処の温泉に行かれたんでしたっけ?」
首を捻って見せ、唇は動きだけで「さあ?」と息を吐く。幸い隣の奥さんは不審にも思わなかったようで、カボチャの育成状況をしこたま喋って帰って行った。俺は全身でホッとする。野菜かごを抱えて玄関のドアを閉めようとした、その僅かな隙に声を掛けられた。
「お邪魔します。わたしたちね、とっても素晴らしいお話をお伝えしようと、こうして歩いているんです。こういう冊子、お読みになられたことはございませんか?」
やたらと丁寧なおばさんは日傘を差していたが、連れている小学校低学年くらいの女の子は帽子すら被っていなかった。宗教の勧誘には欠片も興味はないが、これは殆ど虐待だろうと俺は腹を立てた。思わずひとこと言ってやりたくなって……マヌケにも金魚の如く口をパクパクする。
玄関は丁寧おばさんがガサ入れ寸前の刑事のように足を挟んで開けているので放置し、俺は一旦引っ込むと台所に野菜かごを置いて代わりにグラスを出し、氷を入れて新しく封切ったコーラを注ぎストローも差して玄関に戻った。
ツッカケを履いてしゃがむと女の子と視線を合わせ、グラスを差し出す。女の子は丁寧おばさんを見上げて様子を窺い、頷かれるのを待ってストローに口を付けた。
あっという間に飲み干されたグラスを受け取るなり、俺は冊子を差し出すおばさんを黙って睨みつける。怒りは通じなかったようで冊子を押し付けられ信徒らを見送った。
《や、ヤバかった……。もう誰が来たって居留守だ居留守!》
決めた途端に思い出す。近くのコンビニに今日、発売を待ちに待っていたゲームソフトと本が届いていることを。
宅配でなくコンビニ受け取りなのは、かつて大手通販で写真集を買った際に取り扱いが小売店というのを見過ごしてしまい、そこの宛名を書いたバカが『品名:ちっぱい姉と爆乳妹・DVD特典付き』と正直に書いて寄越したものだから、家族会議で吊し上げられたのだ。
《夜のシフトは知ってる店員が多い。今から行って昼飯と晩飯も一緒に買ってきてしまおう》
「只今、リサイクル品の買い上げを行っておりまして――」
売り込みだか買い込みだかのセールスだった。俺は無言で電話を切った。そのまま自室を出て一階に降り、台所で冷蔵庫を開けてコーラを発見する。プシッと開けてゴキュゴキュと飲んだ。爽快な喉のチクチクに耐えられるだけ耐えて口を離し、
「ぷはーっ」
と言いそうになって寸でのところで抑える。
『ゲップはアリだよな、例外例外』
そう考えたが妙な緊張感からかゲップも出てはこなかった。案外これは厳しい戦いになるのかも知れないと予感する。せっかく「五月蠅い!」「早く寝ろ!」などと吠える親もいない、独りで朝までゲームを満喫できる、俺こそが伸び伸びと心の洗濯ができる一日だと思っていたのに、なんてことをしてしまったんだと頭を抱えた。
そこで玄関チャイムが鳴った。一度、二度三度。
俺は固まっていた。もう積極的に居留守を使おうとか具体的なことは考えられず、ただ恐怖して息まで殺し、人間と目が合ってしまった害虫の如く動きを止め、気配を探るアンテナだけを最大限に伸ばしてサーチしていた。
「下田さーん! あら、お留守かしら。下田さあん!!」
隣の家の奥さんだ。家庭菜園で獲れた野菜をしょっちゅう持ってくる。問題なのはこの奥さんが俺の両親は温泉旅行に出かけているのを知っていることだ。だからこの場合の「下田さん」は俺限定なのである。
仕方ない、何度も来られては心臓に悪い。ここは出よう。
「いつものキュウリとナスとトマト、獲れすぎちゃって。キュウリとトマトは洗えばそのままガブッといけるから。御両親は何処の温泉に行かれたんでしたっけ?」
首を捻って見せ、唇は動きだけで「さあ?」と息を吐く。幸い隣の奥さんは不審にも思わなかったようで、カボチャの育成状況をしこたま喋って帰って行った。俺は全身でホッとする。野菜かごを抱えて玄関のドアを閉めようとした、その僅かな隙に声を掛けられた。
「お邪魔します。わたしたちね、とっても素晴らしいお話をお伝えしようと、こうして歩いているんです。こういう冊子、お読みになられたことはございませんか?」
やたらと丁寧なおばさんは日傘を差していたが、連れている小学校低学年くらいの女の子は帽子すら被っていなかった。宗教の勧誘には欠片も興味はないが、これは殆ど虐待だろうと俺は腹を立てた。思わずひとこと言ってやりたくなって……マヌケにも金魚の如く口をパクパクする。
玄関は丁寧おばさんがガサ入れ寸前の刑事のように足を挟んで開けているので放置し、俺は一旦引っ込むと台所に野菜かごを置いて代わりにグラスを出し、氷を入れて新しく封切ったコーラを注ぎストローも差して玄関に戻った。
ツッカケを履いてしゃがむと女の子と視線を合わせ、グラスを差し出す。女の子は丁寧おばさんを見上げて様子を窺い、頷かれるのを待ってストローに口を付けた。
あっという間に飲み干されたグラスを受け取るなり、俺は冊子を差し出すおばさんを黙って睨みつける。怒りは通じなかったようで冊子を押し付けられ信徒らを見送った。
《や、ヤバかった……。もう誰が来たって居留守だ居留守!》
決めた途端に思い出す。近くのコンビニに今日、発売を待ちに待っていたゲームソフトと本が届いていることを。
宅配でなくコンビニ受け取りなのは、かつて大手通販で写真集を買った際に取り扱いが小売店というのを見過ごしてしまい、そこの宛名を書いたバカが『品名:ちっぱい姉と爆乳妹・DVD特典付き』と正直に書いて寄越したものだから、家族会議で吊し上げられたのだ。
《夜のシフトは知ってる店員が多い。今から行って昼飯と晩飯も一緒に買ってきてしまおう》
11
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる