仄めかせもセズ、夏

志賀雅基

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〈後編〉

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 二階へ駆け上がると自室で着替えた。スウェットからポロシャツとカーゴパンツへ。格好つけたい訳でもないが、会社を辞めてから服など殆ど買っていないので、ある物を着ているだけだ。
 ポケットに財布と携帯と鍵を入れて一階に降りる。玄関でツッカケを履きながら思った。

 外には七人どころではなく敵が溢れているだろう。それらを何とかかわして生還せねばならない。受け取りを明日に回そうかとも考えたが、すると食料はキュウリとトマトしかなくなり、待ちに待ったゲームを朝まで邪魔されずに愉しむこともできない。

 それに「ちっぱいちゃんPart2」はA3版で、見咎められずに二階へと持ち込むのは難しいのだ。ここでも気合いを入れるために声を出しそうになり、俺は慌てて呑み込んだ。

 外に出て鍵をかけ庭を縦断して通りに出る前に辺りを窺う。残暑も厳しい真昼の日差しは半ば引きこもりの身を焦がすようで、脳ミソなんかあっという間に蒸発したかに思えた。
 それでも「喋ってはいけない24時間」だけを意識して口を引き結び、暑さのあまりに人の気配も薄い通りに踏み出す。コンビニまではたった二分。難なく着く。

「らっしゃーせー」

 よし、馴染みの店員もいない。ラッキィだ。さっさと用を済ませてしまおう。余計なリスクを背負わぬようカゴも使わず、とっととカツ丼と唐揚げ弁当を重ねて持ち、コーラの500ミリペットボトルを2本。両手のふさがった状態でレジへ。

「お弁当、温めますかー?」首を横に振る。
「袋はご入用ですかー?」首を縦に振る。

 そして携帯を操作し、ゲームソフトと本の予約票を表示して突き出した。店員は「お待ち下さい」と言ってすぐにカウンター下の棚からブツを出してくれた。これも別袋を買って入れて貰う。
 ホッとして踵を返そうとしたときに店員の声が掛かった。

「現在、500円お買い上げごとに一回のくじ引きを行っておりまーす」

 カウンター上で押し出された紙箱に、俺は自棄ヤケになって手を突っ込んだ。断っても良かったのだが、喋らず断るすべを咄嗟に思いつかなかったのだ。
 弁当とコーラ代だけでなくゲームソフトと写真集も含めた金額ということで32枚も引かされた。がらんがらんと鐘を鳴らされ、グミとリンゴジュースの紙パックと牛乳、ビーフジャーキー(犬用)に発泡酒とチーズ鱈が当たって袋が一枚追加された。
 もはや肩で息をしながら今度こそコンビニをあとにする。何にも引っ掛かるまいと急ぎ足で家に帰った。

《ここまで来たら勝ったも同然だな。チューハイ冷やしてチー鱈を食いながらゲーム……いや、先に写真集か付録のDVDか》

 もう愉しいことしか思いつかない。カツ丼を温めて食い、コーラ一本を手に二階の自室で優雅にエアコンが利いた中、ちっぱいちゃん第二弾を堪能する。次にゲームを開封して最初の段取りだけ付けると、エキサイトして叫んでしまわぬよう、もう一度ちっぱいちゃんと仲良くなった。
 DVDは期待したほどではなかったが、写真集は高かっただけあってサーヴィス満点、見応え充分だった。

 そのうち腹が減って時計を見ると既に夜9時を回っている。
 一階に降りて唐揚げ弁当を温めて食い、忘れていたチューハイを開けて飲んだ。酒に弱いのでチー鱈を噛み締めながらゆっくりと飲む。

 そこでふと思い出した。明日はゴミの日だからゴミだけは捨てておけと親から厳命されていたのだ。
 面倒だが仕方なくチー鱈を咥えたままデカいゴミ袋を手に部屋という部屋を巡り、ゴミ箱の中身を袋にぶちまけ詰め込んだ。出すのは前日の夜遅くか当日の早朝である。早起きなんて体が溶ける。今、捨てておく手だ。
 玄関を出ても鍵をかけるような距離じゃない。見えているゴミ集積所にデカい袋を手にしてダッシュする。被せてあった緑色の網を退けて放り込むと再び網を被せる。

 ガサリと音がして振り向いた。自分の家の方から出てきたのは猫だった。半野良なのか毛艶がいい。こちらをじっと見て逃げる素振りも見せない理由に気付く。俺がずっと咥えているチー鱈だ。こっちに来たら分けてやろう。
 俺は手招きしつつ、

「ニャーオ、こっ……こ、こ、コケーッ、コッコッコ!」

 猫はすっ飛んで逃げた。

 俺は喋ってない。断じて喋っていない。鳴いただけだ。

 そう、鳴いた……泣いた。夏物スーツ、何処だっけ――。


                       了

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