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第49話
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スナイパーの宣言にポイントマンたちは敬礼し本隊に戻るべく去った。ここからも本隊との連携は欠かせないので、三人とも連絡用のイヤフォン型無線を借りている。
ジャケットを脱いで伊達眼鏡を外した京哉はショルダーホルスタごとシグ・ザウエルP226を外し、肩からスリングを滑らせてXM500を手にするとバイポッドで地面に立てた。
弾薬の50BMGが十一発フルロードになっているのを再度確認してジャケットを着直すと伏射姿勢を取ってそれきり動かなくなる。
一方で霧島もシリンジを折らないよう京哉の隣で腹這いになった。気象計を操作し表示された緯度・経度・標高・風向・風速・湿度・気温・気圧などを掠れた囁き声で読み上げる。
それを受けた京哉はいつものように携帯に入れてある弾道計算アプリは今回使わず、勘だけでXM500のスコープを微調整し伏射姿勢に戻った。
既に屋外射場で撃ち込んだ時の感覚を完全に我が物としコンディションの差にも対応可能なほど、このアンチ・マテリアル・ライフルに京哉の身体は馴染んでいた。
銃付属のスコープもスポッタ用のレーザースコープも赤外線増強型サイトでかなり明るく見える。二人はアイピースを覗いてCPに目を据えた。
「距離的には京哉、お前なら楽勝だな」
「けど始まっちゃったら混乱するから、フレンドリーファイアに気を付けなきゃ」
「ニックス=イヴァンがさっさと姿を現せばいいのだがな」
「そうですね。でもだからってそっちに気を取られてないで下さいよ」
「分かっている、索敵だろう?」
観測手のスポッタはスナイパーの護衛でもあるのだ。近づく敵を見逃してはならない。更にはスナイパーが負傷した際のスペアでもあった。だからといって京哉は対物ライフルを霧島に撃たせる気など毛頭ない。当たる当たらないではなく危なすぎる。
本来はスナイパーよりスポッタの方が経験豊富で的確な指示を出せなければならない。しかし逆転しているのは元々京哉が単独スナイプをしていたのと、霧島が押しかけ女房のような状況でスポッタを買って出たからだ。
これはこれで最高のコンビではあるが、経験もない霧島と間違っても立場を逆にする訳にはいかない京哉である。
そこで全員の耳に仕込んだ無線機が数秒間ザリザリと音を発した。総員が配置についたという本隊からの合図である。次の一度の音を合図に戦闘が開始されるのだ。
静かに京哉が調息に入っていた。心音三回で一回、ゆっくりと息を吸っては吐く。躰の動きはピタリと止め、澄んだ黒い瞳はスコープのアイピースを覗いたまま、これも動かさない。霧島は喋るのを止め、元よりコージはいない者の如く見事に気配を消していた。
第六コマンドポストである広場の外縁は円を描くように機関銃手と給弾手が就き、外からの侵入者に対して睨みを利かせている。それらの間に立哨も配置されていた。
もし京哉が今回の南軍オペレーションに参加していたならば真っ先に彼らを排除してから無線機と通信兵を潰し、指揮官を狙撃して敵を混乱させ味方を掩護するのがスナイパーの役目である。だが実際はここにいる三人とも軍人ではない。
目的は特別任務の遂行。ターゲットは唯一人、ニックス=イヴァンのみだ。
じっとりとした暑さに霧島の額を汗が伝う。耳の無線機が音を発した。
「状況開始。砲撃が始まるぞ」
それでも京哉は全く動かない。神経を擦り上げるような音と共に砲弾が飛来しCPに溢れるほどいる兵士らのド真ん中に着弾する。兵士たちが弾け散った。どよめきがここの空気まで震わせる。次々と着弾し、オレンジ色の火球と黒煙が広場のあちこちで湧いた。
淡々と撃ち込まれる砲弾は右往左往する兵士らを引き裂いてゆく。
この悲惨な局面を目の当たりにして霧島は身を隠すより前線に出ることを選んだニックス=イヴァンの卑怯さに怒りを覚えた。あの男を兵士たちは慕っていた。彼らに裏切りを知られる前に、あの男は果敢なる軍人としての死に場所を求めてきたのだ。
片やじっと動かずスコープの向こうの戦争を目に映し続ける京哉は、任務に影響しないよう黒い感情を抑えに抑えていた。誰より大切な霧島を傷つけ、犯させた男をこの手で殺せる時が、いっそ惜しいくらい愉しみでならなかったのである。
黒い感情に身を任せてしまったら、任務を忘れてありったけの弾丸で嬲り殺しにしてしまうだろう。そう確信するくらい京哉は今、愉しかった。
「大天幕、真ん中に指揮官らしき者の動きあり、留意せよ」
「ラジャー」
短い京哉の応えを聞きつつ霧島が注視したスコープの中、指揮官らしき男はターゲットと特徴がかけ離れていた。副官らしい男を従えているのは恰幅のいい中年だ。
だが次に天幕から出てきた男に霧島の目は釘付けとなる。兵士の間で見え隠れする男は長身で頑健な体つき、薄い金髪は長めだ。瞳がグレイかどうかは分からないが、鋭い目つきとこのような状況に至っても頬に浮かべている笑みは忘れもしない――。
「距離修正、七百九十。中央大天幕前にターゲットが現れた」
スコープの調整もせず京哉はXM500のトリガを引いていた。真っ白い硝煙を震わせる撃発時の轟音を聞きながらコージはニックス=イヴァンが被弾する瞬間をドルガE5の望遠システムを通してファインダーに収め、連写モードで頽れる男を撮る。
しかし抜群の動体視力で視認した、対物ライフルでまともに頭部を撃たれた男は酷い有様だった。首から上が消し飛んでいて、これはメディアに流せないなと思いながら霧島の掠れた囁き声を耳にする。
「ヒット、ヘッドショット。ターゲットKILL」
溜息を洩らしながら京哉が肩から得物を外した。
その溜息が一発きりで終わらせた悔しさだとは霧島ですら知らない。
ともかく三者三様にスコープを覗いている間に、広場には鬨の声を上げて南軍兵士がなだれ込んでいる。現代では殆ど行われない白兵戦が始まっていた。侵入する南軍兵士に向かって重機関銃が吼える。弾丸に身を裂かれて兵士が吹っ飛ぶ。
「おい、あれだけでも潰せないのか?」
コージの問いは唐突だったが何を訊かれたのか京哉は瞬時に理解したようだった。
「僕が見ず知らずの人を撃ち殺したがっているとでも思ってるんですか?」
予想してしかるべき返答だった筈なのに冷たい響きがコージにショックを与えた。
「……すまない」
あとから様々な反論が脳裏に渦巻いたがコージには謝るしか手立てはなかった。
そして素早くメモリを新しいものと入れ替えると、七百八十メートル離れた戦場に向かって一人駆け出した。
ジャケットを脱いで伊達眼鏡を外した京哉はショルダーホルスタごとシグ・ザウエルP226を外し、肩からスリングを滑らせてXM500を手にするとバイポッドで地面に立てた。
弾薬の50BMGが十一発フルロードになっているのを再度確認してジャケットを着直すと伏射姿勢を取ってそれきり動かなくなる。
一方で霧島もシリンジを折らないよう京哉の隣で腹這いになった。気象計を操作し表示された緯度・経度・標高・風向・風速・湿度・気温・気圧などを掠れた囁き声で読み上げる。
それを受けた京哉はいつものように携帯に入れてある弾道計算アプリは今回使わず、勘だけでXM500のスコープを微調整し伏射姿勢に戻った。
既に屋外射場で撃ち込んだ時の感覚を完全に我が物としコンディションの差にも対応可能なほど、このアンチ・マテリアル・ライフルに京哉の身体は馴染んでいた。
銃付属のスコープもスポッタ用のレーザースコープも赤外線増強型サイトでかなり明るく見える。二人はアイピースを覗いてCPに目を据えた。
「距離的には京哉、お前なら楽勝だな」
「けど始まっちゃったら混乱するから、フレンドリーファイアに気を付けなきゃ」
「ニックス=イヴァンがさっさと姿を現せばいいのだがな」
「そうですね。でもだからってそっちに気を取られてないで下さいよ」
「分かっている、索敵だろう?」
観測手のスポッタはスナイパーの護衛でもあるのだ。近づく敵を見逃してはならない。更にはスナイパーが負傷した際のスペアでもあった。だからといって京哉は対物ライフルを霧島に撃たせる気など毛頭ない。当たる当たらないではなく危なすぎる。
本来はスナイパーよりスポッタの方が経験豊富で的確な指示を出せなければならない。しかし逆転しているのは元々京哉が単独スナイプをしていたのと、霧島が押しかけ女房のような状況でスポッタを買って出たからだ。
これはこれで最高のコンビではあるが、経験もない霧島と間違っても立場を逆にする訳にはいかない京哉である。
そこで全員の耳に仕込んだ無線機が数秒間ザリザリと音を発した。総員が配置についたという本隊からの合図である。次の一度の音を合図に戦闘が開始されるのだ。
静かに京哉が調息に入っていた。心音三回で一回、ゆっくりと息を吸っては吐く。躰の動きはピタリと止め、澄んだ黒い瞳はスコープのアイピースを覗いたまま、これも動かさない。霧島は喋るのを止め、元よりコージはいない者の如く見事に気配を消していた。
第六コマンドポストである広場の外縁は円を描くように機関銃手と給弾手が就き、外からの侵入者に対して睨みを利かせている。それらの間に立哨も配置されていた。
もし京哉が今回の南軍オペレーションに参加していたならば真っ先に彼らを排除してから無線機と通信兵を潰し、指揮官を狙撃して敵を混乱させ味方を掩護するのがスナイパーの役目である。だが実際はここにいる三人とも軍人ではない。
目的は特別任務の遂行。ターゲットは唯一人、ニックス=イヴァンのみだ。
じっとりとした暑さに霧島の額を汗が伝う。耳の無線機が音を発した。
「状況開始。砲撃が始まるぞ」
それでも京哉は全く動かない。神経を擦り上げるような音と共に砲弾が飛来しCPに溢れるほどいる兵士らのド真ん中に着弾する。兵士たちが弾け散った。どよめきがここの空気まで震わせる。次々と着弾し、オレンジ色の火球と黒煙が広場のあちこちで湧いた。
淡々と撃ち込まれる砲弾は右往左往する兵士らを引き裂いてゆく。
この悲惨な局面を目の当たりにして霧島は身を隠すより前線に出ることを選んだニックス=イヴァンの卑怯さに怒りを覚えた。あの男を兵士たちは慕っていた。彼らに裏切りを知られる前に、あの男は果敢なる軍人としての死に場所を求めてきたのだ。
片やじっと動かずスコープの向こうの戦争を目に映し続ける京哉は、任務に影響しないよう黒い感情を抑えに抑えていた。誰より大切な霧島を傷つけ、犯させた男をこの手で殺せる時が、いっそ惜しいくらい愉しみでならなかったのである。
黒い感情に身を任せてしまったら、任務を忘れてありったけの弾丸で嬲り殺しにしてしまうだろう。そう確信するくらい京哉は今、愉しかった。
「大天幕、真ん中に指揮官らしき者の動きあり、留意せよ」
「ラジャー」
短い京哉の応えを聞きつつ霧島が注視したスコープの中、指揮官らしき男はターゲットと特徴がかけ離れていた。副官らしい男を従えているのは恰幅のいい中年だ。
だが次に天幕から出てきた男に霧島の目は釘付けとなる。兵士の間で見え隠れする男は長身で頑健な体つき、薄い金髪は長めだ。瞳がグレイかどうかは分からないが、鋭い目つきとこのような状況に至っても頬に浮かべている笑みは忘れもしない――。
「距離修正、七百九十。中央大天幕前にターゲットが現れた」
スコープの調整もせず京哉はXM500のトリガを引いていた。真っ白い硝煙を震わせる撃発時の轟音を聞きながらコージはニックス=イヴァンが被弾する瞬間をドルガE5の望遠システムを通してファインダーに収め、連写モードで頽れる男を撮る。
しかし抜群の動体視力で視認した、対物ライフルでまともに頭部を撃たれた男は酷い有様だった。首から上が消し飛んでいて、これはメディアに流せないなと思いながら霧島の掠れた囁き声を耳にする。
「ヒット、ヘッドショット。ターゲットKILL」
溜息を洩らしながら京哉が肩から得物を外した。
その溜息が一発きりで終わらせた悔しさだとは霧島ですら知らない。
ともかく三者三様にスコープを覗いている間に、広場には鬨の声を上げて南軍兵士がなだれ込んでいる。現代では殆ど行われない白兵戦が始まっていた。侵入する南軍兵士に向かって重機関銃が吼える。弾丸に身を裂かれて兵士が吹っ飛ぶ。
「おい、あれだけでも潰せないのか?」
コージの問いは唐突だったが何を訊かれたのか京哉は瞬時に理解したようだった。
「僕が見ず知らずの人を撃ち殺したがっているとでも思ってるんですか?」
予想してしかるべき返答だった筈なのに冷たい響きがコージにショックを与えた。
「……すまない」
あとから様々な反論が脳裏に渦巻いたがコージには謝るしか手立てはなかった。
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