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第50話
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翌日、三人はブレナン基地を経由して首都ラチェンに戻ってきた。
京哉がネット検索して調べたところスチュアート=ブレナンは日々の行動予定を自分のホームページに上げていて、ここ暫くはラチェンでの遊説にいそしんでいると分かったからだ。
朝八時にラチェン第一基地に到着し、そこで霧島は手洗いに駆け込みクスリを二本射った。大型ヘリ内で始まった耐え難い焦燥感が融け消えて安堵する。クスリに慣れたか眠気はこなくなり、焦燥感に炙られるインターバルが短くなってきていた。
クスリが効くと怪我の痛みは消えるがその分、気遣わしげな京哉の視線が痛い。
相変わらずの掠れ声ながら霧島は殊更明るく京哉に訊いた。
「それでスチュアート=ブレナンは何処にいるんだ?」
「今日もあちこちで遊説ですよ。でも場所は幾つか考えてありますから」
「そうか、ならば今度はもっと楽勝だな」
根拠のない安請け合いをして笑ってやると、それでやっと憂い顔の白い頬に笑みが浮かぶ。薄い肩を抱いてやり二人して手洗いから出るとコージが廊下で待っていた。三人は基地内の食堂に飛び込んで朝食を摂り、二名の依存症患者は煙草を吸う。
落ち着いたところでラチェン第一基地を出てタクシーで都市部に向かった。
どうしても重たくなりがちな気分を載せていたがタクシーは快調に走って十時前にラチェンの都市に入った。そのまま京哉は下見を兼ねて都市をぐるぐると走らせる。
結果として京哉が選んだのはこれも超高層ビルの一棟だった。
「アパレルで有名なファンリントン株式会社ビオーラ支社ビルか、高いな」
「そうですね。この辺りでは一番高い筈です」
「ビルからビルを狙うのか?」
「ええ、逃げやすさも考慮しました。スナイプ自体は少し難しくなりますけど」
「お前は失敗しない。大丈夫だ、問題ない」
料金精算してタクシーを降りると辺りはオフィス街で、林立する超高層ビルの谷間を忙しく人々が行き交っていた。人波の中で霧島はぐるりと仰ぎ見たが京哉が何処を狙おうとしているのか全く分からない。
その間にコージが気を利かせて傍のコンビニで昼食を買ってくる。見ると日本発祥のチェーン店で味も安心だ、たぶん。
「じゃあ人目を惹くと何ですから、動いていいですか?」
三人はそそくさと茶色い外観をしたビルのエントランスに足を踏み入れた。
「入居者はファンリントンの支社だけではない、雑居ビルか」
「そうです、会社だけじゃなくて色んな店舗や専門学校まで入ってますね」
まずエレベーターに乗る。他にも客が乗ったが三人は日本語、構うことはない。
「ここは六十二階建て、選定したのは五十五階ですから」
五十三階のボタンを押しながら京哉が言った。残りは階段を使うのだろう。
途中で何人も乗り降りしたが五十三階で降りた客は霧島たち三人だけだった。
ハードケースに入った得物は一見して楽器のようだ。誰も強力な殺傷兵器が入っているとは思うまい。特に提げているのは小柄で女性と見紛うような男である。
それでも三人は不審に思われない程度の早足で廊下を辿り、階段を二階分上った。通路に出ると何度か角を曲がりつつ霧島は非常時における逃走経路を頭に叩き込みながら歩を進める。同階に入居する企業関係者らしい通行人と幾度かすれ違った。
そうして辿り着いた自動でないドアには札が下がっていた。入居者募集中らしい。
何処の誰が物件を見に来てもいいようにドアはロックもされていなかった。ラッキィだ。下がった札を取り外した京哉は霧島とコージが中に入ると不意の来訪者を排除するために内側からドアをロックする。
室内は機捜の詰め所の半分ほどの広さで、事務用デスクが並んだままのスタンダードなオフィスだった。一部の壁が丸ごと窓で伏射で狙える絶好の狙撃ポイントである。
「京哉お前、こんな物件をよく探してきたな」
「なかなかでしょう? 他の検索候補二ヶ所はもっと近かったんですが、せっかく二キロを狙えるバレットXM500ですからね。危険度の少ないこっちにしたんです」
窓に近寄った京哉はガラスを叩きながら言い、ハードケースを下ろした。
「スチュアート=ブレナンはニックス=イヴァンやマフィアとの関係をあくまで否定する気らしくて、十二時からの後援会パーティーを決行するんですって」
「あと五十五分、いい時間だな。ターゲットポイントは何処だ?」
「あれ、あそこのちょっとだけ見えてる白いビルです」
窓越しに眺めると、七、八百メートル先の茶色いビルとビルの間から僅かに一部だけ見えている白っぽいビルがあった。だが本当に遠い。霞んで見えるくらいだった。
「遠すぎじゃないのか?」
「心配になっちゃいました? まあ見てて下さい」
まさかと思ったのかコージも白いビルを眺めてから京哉を凝視している。
「とにかく、まずは飯を食うとするか」
クスリはさておき飯がなければ霧島が稼働しないのを既にコージも心得ていた。
京哉がネット検索して調べたところスチュアート=ブレナンは日々の行動予定を自分のホームページに上げていて、ここ暫くはラチェンでの遊説にいそしんでいると分かったからだ。
朝八時にラチェン第一基地に到着し、そこで霧島は手洗いに駆け込みクスリを二本射った。大型ヘリ内で始まった耐え難い焦燥感が融け消えて安堵する。クスリに慣れたか眠気はこなくなり、焦燥感に炙られるインターバルが短くなってきていた。
クスリが効くと怪我の痛みは消えるがその分、気遣わしげな京哉の視線が痛い。
相変わらずの掠れ声ながら霧島は殊更明るく京哉に訊いた。
「それでスチュアート=ブレナンは何処にいるんだ?」
「今日もあちこちで遊説ですよ。でも場所は幾つか考えてありますから」
「そうか、ならば今度はもっと楽勝だな」
根拠のない安請け合いをして笑ってやると、それでやっと憂い顔の白い頬に笑みが浮かぶ。薄い肩を抱いてやり二人して手洗いから出るとコージが廊下で待っていた。三人は基地内の食堂に飛び込んで朝食を摂り、二名の依存症患者は煙草を吸う。
落ち着いたところでラチェン第一基地を出てタクシーで都市部に向かった。
どうしても重たくなりがちな気分を載せていたがタクシーは快調に走って十時前にラチェンの都市に入った。そのまま京哉は下見を兼ねて都市をぐるぐると走らせる。
結果として京哉が選んだのはこれも超高層ビルの一棟だった。
「アパレルで有名なファンリントン株式会社ビオーラ支社ビルか、高いな」
「そうですね。この辺りでは一番高い筈です」
「ビルからビルを狙うのか?」
「ええ、逃げやすさも考慮しました。スナイプ自体は少し難しくなりますけど」
「お前は失敗しない。大丈夫だ、問題ない」
料金精算してタクシーを降りると辺りはオフィス街で、林立する超高層ビルの谷間を忙しく人々が行き交っていた。人波の中で霧島はぐるりと仰ぎ見たが京哉が何処を狙おうとしているのか全く分からない。
その間にコージが気を利かせて傍のコンビニで昼食を買ってくる。見ると日本発祥のチェーン店で味も安心だ、たぶん。
「じゃあ人目を惹くと何ですから、動いていいですか?」
三人はそそくさと茶色い外観をしたビルのエントランスに足を踏み入れた。
「入居者はファンリントンの支社だけではない、雑居ビルか」
「そうです、会社だけじゃなくて色んな店舗や専門学校まで入ってますね」
まずエレベーターに乗る。他にも客が乗ったが三人は日本語、構うことはない。
「ここは六十二階建て、選定したのは五十五階ですから」
五十三階のボタンを押しながら京哉が言った。残りは階段を使うのだろう。
途中で何人も乗り降りしたが五十三階で降りた客は霧島たち三人だけだった。
ハードケースに入った得物は一見して楽器のようだ。誰も強力な殺傷兵器が入っているとは思うまい。特に提げているのは小柄で女性と見紛うような男である。
それでも三人は不審に思われない程度の早足で廊下を辿り、階段を二階分上った。通路に出ると何度か角を曲がりつつ霧島は非常時における逃走経路を頭に叩き込みながら歩を進める。同階に入居する企業関係者らしい通行人と幾度かすれ違った。
そうして辿り着いた自動でないドアには札が下がっていた。入居者募集中らしい。
何処の誰が物件を見に来てもいいようにドアはロックもされていなかった。ラッキィだ。下がった札を取り外した京哉は霧島とコージが中に入ると不意の来訪者を排除するために内側からドアをロックする。
室内は機捜の詰め所の半分ほどの広さで、事務用デスクが並んだままのスタンダードなオフィスだった。一部の壁が丸ごと窓で伏射で狙える絶好の狙撃ポイントである。
「京哉お前、こんな物件をよく探してきたな」
「なかなかでしょう? 他の検索候補二ヶ所はもっと近かったんですが、せっかく二キロを狙えるバレットXM500ですからね。危険度の少ないこっちにしたんです」
窓に近寄った京哉はガラスを叩きながら言い、ハードケースを下ろした。
「スチュアート=ブレナンはニックス=イヴァンやマフィアとの関係をあくまで否定する気らしくて、十二時からの後援会パーティーを決行するんですって」
「あと五十五分、いい時間だな。ターゲットポイントは何処だ?」
「あれ、あそこのちょっとだけ見えてる白いビルです」
窓越しに眺めると、七、八百メートル先の茶色いビルとビルの間から僅かに一部だけ見えている白っぽいビルがあった。だが本当に遠い。霞んで見えるくらいだった。
「遠すぎじゃないのか?」
「心配になっちゃいました? まあ見てて下さい」
まさかと思ったのかコージも白いビルを眺めてから京哉を凝視している。
「とにかく、まずは飯を食うとするか」
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