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第51話
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事務用椅子の埃を払って三人は座り、サンドウィッチとペットボトルの紅茶を味わう。あらかた食って残った謎な果物と肉のサンドウィッチを互いに押し付け合いながら霧島が言った。
「ところでコージ、あんたはこれを食ったらカメラの選定もしておいてくれ」
「僕はこれを食わないし、レジナG2以外は要らない」
「まだ言うのか、本当に呆れた土鍋性格だな。とにかく食って機種を決めろ」
「土鍋で結構。それが見つかるまでは霧島さん、あんたは僕の下僕だ。食えよ」
「食わん。大体、下僕は五日間と言っていただろうが」
「言ったかな?」
「もう忘れたのか、呆けるには早いだろう!」
言い争いはどんどん低レヴェル化して十五分も続き、体格と体術の差を活かし霧島がコージの口に謎サンドを無理矢理突っ込むに至って見かねた京哉が宣言する。
「二十五分前、準備に入ります」
「二十五分前、ラジャー」
「忍さん、貴方はコージとそれを半分こで食べたら任務の前に注射して下さい」
「う……アイ・サー」
この狙撃チームではスナイパーが絶対なのだ。そしてコージは仕事を見せて貰っている身で逆らえない。仕方なく二人で何やら産毛の生えたサンドを分け合い、もそもそと頬張って咀嚼もせず飲み込む。斬新な味はちょっと形容しがたく忘れがたい。
そして霧島は早めに一本だけクスリを射った。仕損じてはならない。確かに霧島は得物を撃てないスポッタだが、ここ暫く二人はチームでやってきた実績がある。スナイパーとスポッタが冷静に協力し合うことで狙撃は成功率が大幅に違ってくる繊細な仕事なのだ。
更には『共にトリガを引く』という己の誓いも護りたかった。何も意地になっているのではなく、この男の傍が自分の居場所と思えるだけだ。細くなよやかに見えるが芯の強いこの男と同じ所にいると、とても自然に呼吸できる。
ハードケースからXM500を出す京哉の隣で霧島は青空とビル群とのコントラストを鑑賞した。目標のビルは五十階建てで下層にはショッピングモールが入居し、三十一階から四十九階までがホテルになっていると京哉から聞いている。
最上階の高級フレンチレストランを借り切って後援会パーティーは行われるらしい。
改めてレーザースコープを目に当てた。フォーカスを合わせる。
「レストランで立食パーティー、あの見えている右から三番目の大きな窓か?」
「三枚目から七枚目です。何処に現れるか分かりません。積極的に指示を頼みます」
「ラジャー。しかし、おい、千六百二十メートルもあるぞ。大丈夫か?」
「千六百二十、コピー。大丈夫でなければ困るでしょう」
言いつつ京哉は基地で拝借してきたガラスカッターとダクトテープを取り出した。
「ちょっと荒っぽい手に出ますからね」
窓にガラスカッターで直径約五十センチの円を二つ描く。その上からダクトテープを幾重にも貼り付けて京哉はシグ・ザウエルP226を抜いた。屋内射撃特有の尾を引くような撃発音が二度反響したがこのビルは防音設計である。
次に霧島が交代してヒビ割れた分厚い窓ガラスをダクトテープごと、力業で引き剥がした。窓に意外なくらい綺麗な穴が二つ開く。途端に強風が吹き込んできた。
「くっ、風が強い上に都会の空気は不味いな」
文句を垂れながら霧島はガラスで手を切らないよう気を付けつつ、取り出した気象計を窓に開いた片方の穴から外に突き出す。機器に表示されるデータを掠れ声で読み上げ始めた。
それらの数値を今度こそ携帯の弾道計算アプリに入力した京哉は、計算結果と自分の予想した数値が近かったらしく満足そうに頷いて伊達眼鏡を外した。
「左からの横風がかなり強いからな、気を付けろ」
「ラジャー」
横風だけが成功を阻むのではない。マルカ島行きの船上でも話したが、超長距離狙撃だと地球に働くコリオリの力まで弾道に影響することもある。
そんな要素も計算せねばならないストレスは弾道計算アプリやスポッタのサポートが軽減するが、銃付属のスコープをダイアル調整する時に信じるものはスナイパー自身の経験と勘だ。
ある程度の距離までなら知識と道具で補えるが、条件が厳しくなると必ず向き不向きが現れるのがスナイピングである。全ては狙撃手のセンスに委ねられるのだ。
ゆるゆると時間は経過して十一時四十分になると、京哉はショルダーホルスタごと銃を外しジャケットを着直して伏射姿勢を取った。スコープ内の視界はクリアだ。しかしこの遠距離で人物は米粒ほどしかない。けれど厳しい条件は覚悟の上である。
抜群の視力で次々と黒服のレストラン従業員を照準しながら息を整え、神経を研ぎ澄ませて精神集中し始めた。全部終わって手配されるまで敵がないのは幸いである。
やがてアラームセットしていた腕時計が震え、京哉は宣言した。
「五分前。作戦行動に入る」
「アイ・サー、作戦行動開始」
既にパーティー会場には人々が集まり始めていた。霧島の持つ高倍率レーザースコープでさえ、ゆらゆらと動く豆粒以下の人影を判別するのは一苦労である。
それでも可能性として一度も訪れないかも知れないチャンスを待ち、集中力を維持させ注視し続けた。
ここでも見事なまでに気配を消しているが二人の背後ではコージもデジタルカメラを構え、望遠機能で同じく窓を見つめている筈である。
驚異的な集中力を発揮し、それぞれがレンズ越しの世界を食い入るように見つめていた。パーティーは三時間の予定、その三分の二が経過し更に刻々と時間が過ぎる。
時折スコープを気象計に持ち替える霧島は気圧が上がり、横風もやや収まってきたと京哉に報告した。京哉は一挙動でスコープのダイアルを微調整し再び動かなくなる。
「ところでコージ、あんたはこれを食ったらカメラの選定もしておいてくれ」
「僕はこれを食わないし、レジナG2以外は要らない」
「まだ言うのか、本当に呆れた土鍋性格だな。とにかく食って機種を決めろ」
「土鍋で結構。それが見つかるまでは霧島さん、あんたは僕の下僕だ。食えよ」
「食わん。大体、下僕は五日間と言っていただろうが」
「言ったかな?」
「もう忘れたのか、呆けるには早いだろう!」
言い争いはどんどん低レヴェル化して十五分も続き、体格と体術の差を活かし霧島がコージの口に謎サンドを無理矢理突っ込むに至って見かねた京哉が宣言する。
「二十五分前、準備に入ります」
「二十五分前、ラジャー」
「忍さん、貴方はコージとそれを半分こで食べたら任務の前に注射して下さい」
「う……アイ・サー」
この狙撃チームではスナイパーが絶対なのだ。そしてコージは仕事を見せて貰っている身で逆らえない。仕方なく二人で何やら産毛の生えたサンドを分け合い、もそもそと頬張って咀嚼もせず飲み込む。斬新な味はちょっと形容しがたく忘れがたい。
そして霧島は早めに一本だけクスリを射った。仕損じてはならない。確かに霧島は得物を撃てないスポッタだが、ここ暫く二人はチームでやってきた実績がある。スナイパーとスポッタが冷静に協力し合うことで狙撃は成功率が大幅に違ってくる繊細な仕事なのだ。
更には『共にトリガを引く』という己の誓いも護りたかった。何も意地になっているのではなく、この男の傍が自分の居場所と思えるだけだ。細くなよやかに見えるが芯の強いこの男と同じ所にいると、とても自然に呼吸できる。
ハードケースからXM500を出す京哉の隣で霧島は青空とビル群とのコントラストを鑑賞した。目標のビルは五十階建てで下層にはショッピングモールが入居し、三十一階から四十九階までがホテルになっていると京哉から聞いている。
最上階の高級フレンチレストランを借り切って後援会パーティーは行われるらしい。
改めてレーザースコープを目に当てた。フォーカスを合わせる。
「レストランで立食パーティー、あの見えている右から三番目の大きな窓か?」
「三枚目から七枚目です。何処に現れるか分かりません。積極的に指示を頼みます」
「ラジャー。しかし、おい、千六百二十メートルもあるぞ。大丈夫か?」
「千六百二十、コピー。大丈夫でなければ困るでしょう」
言いつつ京哉は基地で拝借してきたガラスカッターとダクトテープを取り出した。
「ちょっと荒っぽい手に出ますからね」
窓にガラスカッターで直径約五十センチの円を二つ描く。その上からダクトテープを幾重にも貼り付けて京哉はシグ・ザウエルP226を抜いた。屋内射撃特有の尾を引くような撃発音が二度反響したがこのビルは防音設計である。
次に霧島が交代してヒビ割れた分厚い窓ガラスをダクトテープごと、力業で引き剥がした。窓に意外なくらい綺麗な穴が二つ開く。途端に強風が吹き込んできた。
「くっ、風が強い上に都会の空気は不味いな」
文句を垂れながら霧島はガラスで手を切らないよう気を付けつつ、取り出した気象計を窓に開いた片方の穴から外に突き出す。機器に表示されるデータを掠れ声で読み上げ始めた。
それらの数値を今度こそ携帯の弾道計算アプリに入力した京哉は、計算結果と自分の予想した数値が近かったらしく満足そうに頷いて伊達眼鏡を外した。
「左からの横風がかなり強いからな、気を付けろ」
「ラジャー」
横風だけが成功を阻むのではない。マルカ島行きの船上でも話したが、超長距離狙撃だと地球に働くコリオリの力まで弾道に影響することもある。
そんな要素も計算せねばならないストレスは弾道計算アプリやスポッタのサポートが軽減するが、銃付属のスコープをダイアル調整する時に信じるものはスナイパー自身の経験と勘だ。
ある程度の距離までなら知識と道具で補えるが、条件が厳しくなると必ず向き不向きが現れるのがスナイピングである。全ては狙撃手のセンスに委ねられるのだ。
ゆるゆると時間は経過して十一時四十分になると、京哉はショルダーホルスタごと銃を外しジャケットを着直して伏射姿勢を取った。スコープ内の視界はクリアだ。しかしこの遠距離で人物は米粒ほどしかない。けれど厳しい条件は覚悟の上である。
抜群の視力で次々と黒服のレストラン従業員を照準しながら息を整え、神経を研ぎ澄ませて精神集中し始めた。全部終わって手配されるまで敵がないのは幸いである。
やがてアラームセットしていた腕時計が震え、京哉は宣言した。
「五分前。作戦行動に入る」
「アイ・サー、作戦行動開始」
既にパーティー会場には人々が集まり始めていた。霧島の持つ高倍率レーザースコープでさえ、ゆらゆらと動く豆粒以下の人影を判別するのは一苦労である。
それでも可能性として一度も訪れないかも知れないチャンスを待ち、集中力を維持させ注視し続けた。
ここでも見事なまでに気配を消しているが二人の背後ではコージもデジタルカメラを構え、望遠機能で同じく窓を見つめている筈である。
驚異的な集中力を発揮し、それぞれがレンズ越しの世界を食い入るように見つめていた。パーティーは三時間の予定、その三分の二が経過し更に刻々と時間が過ぎる。
時折スコープを気象計に持ち替える霧島は気圧が上がり、横風もやや収まってきたと京哉に報告した。京哉は一挙動でスコープのダイアルを微調整し再び動かなくなる。
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