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第52話
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銃口角度の六十分の一度のぶれが百メートル先の着弾点を二十九ミリずれさせる。
十倍の一キロメートルで二十九センチ、今回の距離なら約四十七センチもの致命的なずれだ。ターゲットを逃すだけではなく無辜の第三者を誤射しかねない。
霧島の視界にグレイの髪をした男が入り込んだ。瞳の色までは分からない。だが警察官の目で見て頭に叩き込んであった写真の人物像が甦る。特徴は完全に一致。
「真ん中、五番目の窓にターゲットが現れた……いや、待て、京哉!」
標的は子供を抱き上げていたのだ。しかし千載一遇のチャンスを逃さず京哉はトリガを引いていた。霧島はスコープの中で少女が頭から標的の血と脳漿を浴びるのを見た。結果を知らないでもなかろうに既に次弾発射の構えを取っていた京哉に告げる。
「ヒット、ヘッドショット。任務は成功だ、くそったれ!」
「任務完了、撤収する」
感情のない声で京哉は宣言し立ち上がるとショルダーホルスタを身に帯びた。ジャケットを着直し伊達眼鏡をかける。何はともあれ狙撃ポイントから速やかに撤収せねばならない。これを二桁も繰り返してきた京哉はセオリー通りに準備を進めていた。
けれど霧島はまだスコープのアイピースから目を離せないでいた。
人々が駆け付け頭部の吹き飛んだターゲットを囲み、白いドレスを真っ赤に染めて床に尻餅をついた少女が見えなくなって、ようやく霧島は呪縛が解けた身を起こす。
「すみません、忍さん」
「私に謝っても仕方ないだろう……いや、すまん」
「いいえ、僕も貴方に謝ったんです。気を悪くさせましたから」
さらりと言った京哉は悪気もなく本気と知り、また霧島は京哉の心の壊れた部分を見せられて暫し黙り込んだ。当の京哉はそこら中を布で拭って三人分の痕跡を消している。第三者の立場を貫きながら全てを見ていたコージも絶句していた。
微妙な空気の中で霧島と目が合う。
「コージ。これが私たちの背負った特別任務だ、分かったか」
「……ああ」
バレットXM500やその他の機材は基地に戻さず、全てここに残していくことにしたので撤収準備は早かった。足がつくことよりも持ち歩く方が危険と京哉が判断したのだ。尤もこんなブツを持っていてはホテルにも泊まれず空港にも入れない。
十分後には三人は表通りを歩いていた。赤信号で歩を止めた際に霧島が訊く。
「コージはまたリンド島か?」
「そうだな、第一基地にコネも出来たし。国連が介入しても暫く内戦は続くからな」
「活躍を祈っている」
「サンキュ。だが下僕、僕に借りがあるのを忘れるなよ」
「ふん、本当にネチこい男だ」
「この職業には有難い褒め言葉だよ。あんたらには他にも貴重なものを沢山貰った。見せて貰って僕は本気で腹を決めたんだ、投げ与えられたものに満足しないってね」
コージの不敵な笑いに霧島も僅かに表情を崩す。
「なるほど。強敵になったな」
「躰には気を付けて下さい。コージがどんな写真を撮るか僕らも見てますから」
「そうか。あんたらにもいい画を撮らせて貰った。感謝してる」
雑踏の中で三人は握手を交わした。歩き出したコージに再び霧島が声を投げる。
「おい、カメラマン・間宮孝司」
コージはストラップで提げたカメラを手にして振って見せた。
「あんたは静かに暮らそうと考えたことは?」
「ない。僕は命ある限りシャッターを切り続ける。あーあ、早く僕が失業する日がこればいいんだけどな。ロバート=キャパもそう言ってる」
「……そうだな」
「じゃあ二人いつまでも仲良く、必ず二人で仲良くな」
十倍の一キロメートルで二十九センチ、今回の距離なら約四十七センチもの致命的なずれだ。ターゲットを逃すだけではなく無辜の第三者を誤射しかねない。
霧島の視界にグレイの髪をした男が入り込んだ。瞳の色までは分からない。だが警察官の目で見て頭に叩き込んであった写真の人物像が甦る。特徴は完全に一致。
「真ん中、五番目の窓にターゲットが現れた……いや、待て、京哉!」
標的は子供を抱き上げていたのだ。しかし千載一遇のチャンスを逃さず京哉はトリガを引いていた。霧島はスコープの中で少女が頭から標的の血と脳漿を浴びるのを見た。結果を知らないでもなかろうに既に次弾発射の構えを取っていた京哉に告げる。
「ヒット、ヘッドショット。任務は成功だ、くそったれ!」
「任務完了、撤収する」
感情のない声で京哉は宣言し立ち上がるとショルダーホルスタを身に帯びた。ジャケットを着直し伊達眼鏡をかける。何はともあれ狙撃ポイントから速やかに撤収せねばならない。これを二桁も繰り返してきた京哉はセオリー通りに準備を進めていた。
けれど霧島はまだスコープのアイピースから目を離せないでいた。
人々が駆け付け頭部の吹き飛んだターゲットを囲み、白いドレスを真っ赤に染めて床に尻餅をついた少女が見えなくなって、ようやく霧島は呪縛が解けた身を起こす。
「すみません、忍さん」
「私に謝っても仕方ないだろう……いや、すまん」
「いいえ、僕も貴方に謝ったんです。気を悪くさせましたから」
さらりと言った京哉は悪気もなく本気と知り、また霧島は京哉の心の壊れた部分を見せられて暫し黙り込んだ。当の京哉はそこら中を布で拭って三人分の痕跡を消している。第三者の立場を貫きながら全てを見ていたコージも絶句していた。
微妙な空気の中で霧島と目が合う。
「コージ。これが私たちの背負った特別任務だ、分かったか」
「……ああ」
バレットXM500やその他の機材は基地に戻さず、全てここに残していくことにしたので撤収準備は早かった。足がつくことよりも持ち歩く方が危険と京哉が判断したのだ。尤もこんなブツを持っていてはホテルにも泊まれず空港にも入れない。
十分後には三人は表通りを歩いていた。赤信号で歩を止めた際に霧島が訊く。
「コージはまたリンド島か?」
「そうだな、第一基地にコネも出来たし。国連が介入しても暫く内戦は続くからな」
「活躍を祈っている」
「サンキュ。だが下僕、僕に借りがあるのを忘れるなよ」
「ふん、本当にネチこい男だ」
「この職業には有難い褒め言葉だよ。あんたらには他にも貴重なものを沢山貰った。見せて貰って僕は本気で腹を決めたんだ、投げ与えられたものに満足しないってね」
コージの不敵な笑いに霧島も僅かに表情を崩す。
「なるほど。強敵になったな」
「躰には気を付けて下さい。コージがどんな写真を撮るか僕らも見てますから」
「そうか。あんたらにもいい画を撮らせて貰った。感謝してる」
雑踏の中で三人は握手を交わした。歩き出したコージに再び霧島が声を投げる。
「おい、カメラマン・間宮孝司」
コージはストラップで提げたカメラを手にして振って見せた。
「あんたは静かに暮らそうと考えたことは?」
「ない。僕は命ある限りシャッターを切り続ける。あーあ、早く僕が失業する日がこればいいんだけどな。ロバート=キャパもそう言ってる」
「……そうだな」
「じゃあ二人いつまでも仲良く、必ず二人で仲良くな」
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