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第11話
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またしても呆けてしまったような目つきの小田切に車を貸してくれと言われ、霧島と京哉は当然ながら渋って救急要請を提案したが、香坂本人が嫌がったらしく小田切は聞き入れない。
そこで霧島が速攻で折衷案を出した。
「車を貸すのは構わんが私たちの同行が条件だ」
「それでいいから急いでくれるかい?」
一班長の竹内警部補に挨拶だけすると、三人は慌ただしく詰め所を出て裏の駐車場に走り白いセダンに乗り込んだ。
車を貸すといっても混乱中の小田切は後部座席、ドライバーを務めるのは霧島である。京哉はいつもの助手席で霧島の見事な運転を眺めていた。
帰宅ラッシュを避けて入り組んだ狭い路地を利用し都市部を通り抜け、逮捕の日にも駐めたマンションA2号棟裏の駐車場に白いセダンを滑り込ませたのは出発して約四十五分後だった。
三人は降車してマンションの階段を駆け上る。
いったいどんな怪我か、どうして怪我したのかまでは香坂も告げなかったようで、だがたった三ヶ月付き合っただけの元カレである小田切にSOSとは穏やかではない状況を伺わせた。
出来るだけ急いだが三階まで駆け上ると通路で歩調を落とす。近所が騒ぎに加わるのは誰も望まない。京哉が三〇二号室のチャイムを鳴らした。
待ちきれずに小田切はインターフォンに声を吹き込む。焦りで息が上がっていた。
「怜、俺だ。基生だ。開けてくれ。怜!」
逮捕時と同じく、すぐにドアチェーンとロックが外される。聞いていた京哉は自力で動ける程度の怪我だと知り少々の安堵を得た。
霧島が積極関与したのは香坂本人の口から今回の件についての釈明を求めるためだと知っていたからだ。喋れないとそれも叶わない。
小田切がドアを引き開ける。三人して断りもなく中に入り込んだ。
だが足を踏み入れると玄関口に立っていた香坂怜は顔面蒼白だった。
「何だ、あんたらまで来たのか。仕方ないな、上がってくれ」
血の気が引いて余計に人形のように見える整った顔でぶっきらぼうに言い、自分もキッチンを縦断しかけた香坂は身をふらつかせる。すかさず小田切が手を貸した。
匂いに対し異常なまでに敏感な京哉は濃い血生臭さを嗅ぎ取っている。
リビングに案内され明るい蛍光灯の下で改めて見てみると、香坂は黒いドレスシャツの右腕をべったり濡らしていた。間違いなく血だ。上腕の付け根付近をネクタイで縛り上げてある。
異状はそれだけではない。フローリングにも血が撒き散らされベランダに面したサッシのガラスが割れ落ちていた。
お蔭で風通しの良すぎる室内は冷え切っている。
ガラスの破片を踏まないよう気を付けながら京哉は霧島と共に窓外を窺った。駐車場を眼下にした窓からは裏にも建っているマンションが眺められた。
狙うには絶好のロケーションだ。その距離、プロの目測で三百五十メートル。
「もしかして忍さんも同じことを考えてるんじゃないですか?」
「かも知れんな。スナイプか?」
「おそらく。この距離ならお手軽に狙えますよ。腕を撃って脅したのか、命を狙って外したのかは分かりませんが。それで機捜に連絡するんですよね?」
けれど会話を聞いていた香坂が携帯を手にした京哉たちを留める。
「止めてくれ。今は警察沙汰にする段階じゃないんだ」
「しかし医者に診せれば銃創だとバレて通報されるのがオチだ。結果は変わらんぞ」
「だから基生を呼んだんだ」
「私には小田切にも何かができるとは思えんのだがな」
言いつつ霧島は香坂の右上腕を見た。締め上げ止血処置はしてあるが傷はかなり深そうだ。そこで何処からか小田切がタオルを持ってきて香坂の腕に巻きつける。
しかし霧島の言葉通りそれ以上の何ができる訳でもなく、途方に暮れた顔をしていた。
「とにかくこれは狙撃案件だ。機捜本部に連絡するぞ。治療も受けねばなるまい」
「それは困ると言ってる。あんたらは僕が抱えた箱の中を覗きたいんだろう?」
「興味はあるが治療と狙撃のホシの確保が最優先だ」
「そのふたつのどちらを優先するんだ?」
「勿論、治療だ」
「なら話は早い。あんたらの誰でもいい、知り合いに医者はいないのか?」
「そんな便利なものは――」
いる訳がないと言いかけ霧島は思い出した。ここから十五分と離れていない場所に知り合いの医者がいることを。同時に京哉もその事実に思い当たり霧島を見上げた。
「あそこに行くしかないんじゃないですかね?」
眉間にシワを寄せた霧島だったが結局は携帯でメールを打った。
そこで霧島が速攻で折衷案を出した。
「車を貸すのは構わんが私たちの同行が条件だ」
「それでいいから急いでくれるかい?」
一班長の竹内警部補に挨拶だけすると、三人は慌ただしく詰め所を出て裏の駐車場に走り白いセダンに乗り込んだ。
車を貸すといっても混乱中の小田切は後部座席、ドライバーを務めるのは霧島である。京哉はいつもの助手席で霧島の見事な運転を眺めていた。
帰宅ラッシュを避けて入り組んだ狭い路地を利用し都市部を通り抜け、逮捕の日にも駐めたマンションA2号棟裏の駐車場に白いセダンを滑り込ませたのは出発して約四十五分後だった。
三人は降車してマンションの階段を駆け上る。
いったいどんな怪我か、どうして怪我したのかまでは香坂も告げなかったようで、だがたった三ヶ月付き合っただけの元カレである小田切にSOSとは穏やかではない状況を伺わせた。
出来るだけ急いだが三階まで駆け上ると通路で歩調を落とす。近所が騒ぎに加わるのは誰も望まない。京哉が三〇二号室のチャイムを鳴らした。
待ちきれずに小田切はインターフォンに声を吹き込む。焦りで息が上がっていた。
「怜、俺だ。基生だ。開けてくれ。怜!」
逮捕時と同じく、すぐにドアチェーンとロックが外される。聞いていた京哉は自力で動ける程度の怪我だと知り少々の安堵を得た。
霧島が積極関与したのは香坂本人の口から今回の件についての釈明を求めるためだと知っていたからだ。喋れないとそれも叶わない。
小田切がドアを引き開ける。三人して断りもなく中に入り込んだ。
だが足を踏み入れると玄関口に立っていた香坂怜は顔面蒼白だった。
「何だ、あんたらまで来たのか。仕方ないな、上がってくれ」
血の気が引いて余計に人形のように見える整った顔でぶっきらぼうに言い、自分もキッチンを縦断しかけた香坂は身をふらつかせる。すかさず小田切が手を貸した。
匂いに対し異常なまでに敏感な京哉は濃い血生臭さを嗅ぎ取っている。
リビングに案内され明るい蛍光灯の下で改めて見てみると、香坂は黒いドレスシャツの右腕をべったり濡らしていた。間違いなく血だ。上腕の付け根付近をネクタイで縛り上げてある。
異状はそれだけではない。フローリングにも血が撒き散らされベランダに面したサッシのガラスが割れ落ちていた。
お蔭で風通しの良すぎる室内は冷え切っている。
ガラスの破片を踏まないよう気を付けながら京哉は霧島と共に窓外を窺った。駐車場を眼下にした窓からは裏にも建っているマンションが眺められた。
狙うには絶好のロケーションだ。その距離、プロの目測で三百五十メートル。
「もしかして忍さんも同じことを考えてるんじゃないですか?」
「かも知れんな。スナイプか?」
「おそらく。この距離ならお手軽に狙えますよ。腕を撃って脅したのか、命を狙って外したのかは分かりませんが。それで機捜に連絡するんですよね?」
けれど会話を聞いていた香坂が携帯を手にした京哉たちを留める。
「止めてくれ。今は警察沙汰にする段階じゃないんだ」
「しかし医者に診せれば銃創だとバレて通報されるのがオチだ。結果は変わらんぞ」
「だから基生を呼んだんだ」
「私には小田切にも何かができるとは思えんのだがな」
言いつつ霧島は香坂の右上腕を見た。締め上げ止血処置はしてあるが傷はかなり深そうだ。そこで何処からか小田切がタオルを持ってきて香坂の腕に巻きつける。
しかし霧島の言葉通りそれ以上の何ができる訳でもなく、途方に暮れた顔をしていた。
「とにかくこれは狙撃案件だ。機捜本部に連絡するぞ。治療も受けねばなるまい」
「それは困ると言ってる。あんたらは僕が抱えた箱の中を覗きたいんだろう?」
「興味はあるが治療と狙撃のホシの確保が最優先だ」
「そのふたつのどちらを優先するんだ?」
「勿論、治療だ」
「なら話は早い。あんたらの誰でもいい、知り合いに医者はいないのか?」
「そんな便利なものは――」
いる訳がないと言いかけ霧島は思い出した。ここから十五分と離れていない場所に知り合いの医者がいることを。同時に京哉もその事実に思い当たり霧島を見上げた。
「あそこに行くしかないんじゃないですかね?」
眉間にシワを寄せた霧島だったが結局は携帯でメールを打った。
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