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第17話
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冷めた紅茶を飲み干した四人は県警本部長室を辞すと、まず組織犯罪対策本部に出向いた。組対の薬物銃器対策課の箱崎課長は霧島と知己で京哉も見知った人物だ。
本部長から直接連絡を受けていた箱崎警視は余計なことは何も訊かずに四人に銃を貸し出してくれた。香坂堂コーポレーションの不祥事は未だ極秘案件であり、本来なら本庁のハムが手を付けた、彼らが対処すべきヤマである。この県警内で洩れてしまうのは色々と拙い。
「霧島、また厄介事とはお前らしくもご苦労さんだな」
「何故私らしいのか分からんが、労いは素直に受け取っておこう」
貸して貰った銃はシグ・ザウエルP226なる代物だ。薬室一発ダブルカーラムマガジン十五発の合計十六発を発射可能で使用弾は九ミリパラベラムという、画像にあったベレッタM92Fに対抗可能なセミ・オートマチック・ピストルである。
懐に吊っているP230JPより銃も弾薬も大きい。新たに貸与されたこれは弾薬も五発だけではなくフルロードにしてあった。当然重くなるが己の命の重みと思うと京哉は軽く感じた。
ショルダーホルスタごと借り受けて四人は一旦機捜の詰め所に戻る。
「栗田さんたちの三班が上番日じゃなくて良かったですよね」
「香坂を見られると拙いからな。さっさと元の銃を返却して今日は保養所に帰るぞ」
京哉と霧島が武器庫係の警部補にP230JPを返却してから霧島隊長は機捜本部の指令台に就いた二班長の田上警部補に、また暫く出張で留守にすると告げた。
「すまんが私と副隊長に鳴海まで出張だ。なるべく早く戻るつもりだが事態は流動的で確たることは言えん。不在中は各班長を中心にいつも通り、宜しくやってくれ」
「はいはい、あとは頼まれますから必ず元気で帰っておいでなさい」
ここでも謎な出張に突っ込む者はいない。誰もがもう『知る必要のないこと』だと悟っている。田上班長の年季の入った身を折る敬礼に霧島は答礼し、京哉と小田切に香坂を促して詰め所をあとにした。階段を降りて曇り空の駐車場に出る。
タクシーでやってきた小田切と香坂は白いセダンの後部座席、助手席に京哉でステアリングを握るのは霧島という配置は既に決まっていた。発車させ順調に貝崎市の海岸通りに出る。けれどそこで後部座席の異変に京哉が気付いた。
どうやら怪我を押して動いた香坂が発熱したらしい。
焦った小田切が薄い肩を抱き寄せようとして拒否され凹んでいる。
「鎮痛解熱剤、お医者さんから貰ってこなかったんですか?」
「貰ったけれど往きのタクシーの中で飲んでしまった」
「なら忍さん、自販機で停めて下さい。小田切さん、これを飲ませてあげて下さい」
差し出された掌の上の白い錠剤ふたつを小田切は京哉の顔と見比べた。
「もしかして京哉くんって、生理痛が酷いタイプ……ぐがっ!」
無言で霧島が投げた車載用の灰皿は見事に小田切の額にヒットした。霧島は路肩の自販機の前にセダンを停める。京哉がスポーツ飲料を買って戻った。香坂はその飲料で京哉が入院時に貰っていた錠剤を飲み下す。そこから保養所まで十分ほどだった。
だが辿り着いても香坂は自力で歩けず、小田切が抱き運ぼうとしたが拒否する。
「下心のある奴なんかに触られたくないね」
「んなこと言ってる場合じゃないだろ!」
「揉めてる場合でもないと思いますけど……」
そうは言っても京哉が自分より重い香坂を背負うのは無理で、必然的に霧島が運ぶことになった。仕方ないと分かっていながらも素直な感想として京哉は面白くない。
おまけに背負わず横抱きにしたのも気に食わなかった。いわゆるお姫さま抱っこされた香坂が自由になる左腕を霧島の首に巻きつけたとなれば尚更だ。
小田切も微妙な空気を醸している。
迎えに出てきた今枝やメイドと共にエレベーターで四階に上がると、香坂のゲストルームに団体様で入って霧島は香坂をベッドに着地させる。既に医師と看護師も待機していて香坂の着ていたジャケットとドレスシャツを引っぺがすと診察だ。
「わたしの仕事なので縫合は完璧ですが熱は要注意、絶対安静二日に点滴の刑です」
「そこを何とか。明日から僕も出張でね。出来れば右腕も動くようにして欲しい」
「無茶を仰いますね。まあ、貴方の命ですから、はっきり言ってわたしは関知しません。武士の情けで動くようにはして差し上げましょう。超強力鎮痛剤を処方しますが特殊条件下で医師の許可がなければ本来使えない、成分は麻薬同様の薬ですので考えてお使い下さい」
さらさらと言うと若い医師は見守っていたギャラリーたちに指示して香坂をパジャマに着替えさせ、検査用の採血をしてから点滴をセットして医療品類を片付ける。
「明日の朝、診察時にブツは届けます」
そう告げて医師は看護師を引き連れ去った。飲んだ薬と点滴の作用で香坂が寝入るのを待ち、小田切は香坂から預かったマンションのキィをポケットに霧島のセダンを借りて外出だ。
一ノ瀬本部長から呼ばれて慌てたために、往きは香坂が破れた衣服を着替えに帰ったのみだったのだ。明日から動くなら香坂と小田切自身の着替えなどを取ってこなければならない。
「今夜は雨だぞ。事故るな、副隊長」
片手を挙げて出て行く背を見送って霧島と京哉はロビーのソファに落ち着く。そこに今枝執事がワゴンを押したメイドを伴って現れ、遅い茶の支度を始めた。
メントール香の引き立つウバ茶が淹れられる。ロウテーブルに置かれた三段のケーキスタンドには野菜サンドや上品なサイズの洋菓子が盛りだくさんだ。
「わあ、美味しそうですね」
「本日のお勧めはこのマロンクリームのミルフィーユでございますよ、鳴海さま」
熱いお絞りで手を拭いて早速頂く。まずはキュウリのサンドウィッチから食し始めた。旺盛な食欲で食べ進めた二人はお勧めのミルフィーユも味わう。シェフの力作は甘さ控えめで非常に美味だ。しっかり味わってから話題を明日からのことに戻す。
「予定も急遽変更になって、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「私に訊かれても知らん。それこそ香坂と小田切だけで潜入すれば良いものを」
最初は霧島と京哉だけが香坂堂白藤支社に潜入する予定だったが、そこで連絡を取った警視庁から『待った』が掛けられたのである。
警視庁は大金星を奪われるのが癪だったのではなくサッチョウ上層部に『待った』を掛けられただけ、サッチョウ上層部は森本議員から『待った』、森本議員は香坂堂本社から……という段階が踏まれたらしい。
つまり香坂堂サイドとしては、洩れてはならない事実を掘り起こされた場合に本庁公安の香坂警視ではなく、香坂堂本社社長御曹司としての香坂怜の判断に期待したのだ。
機捜の霧島警視に踏み込まれた霧島カンパニーの轍を踏まぬように。
お蔭で香坂は霧島と同じく将来の会社役員として、香坂を心配し名乗りを上げた小田切は京哉と同じく秘書候補として研修に参加・潜入する運びとなったのである。
元々『待った』を掛けた逆順を辿って情報が遡り、香坂堂本社サイドは白藤支社のキナ臭さをかなり初期の段階から承知している訳だった。
本社総務からスパイまで潜入させ殺されたのである。そこに『将来の役員』イコール『安全な立場の潜入要員』として最適な香坂怜とおまけが増えたからといって文句はないらしかった。
複数の死人を出し、香坂怜本人も二回に渡り狙撃されて何処にも安全など無いように思われる霧島と京哉だが、上は暢気な方々が多いようである。
「けど僕ら二人はともかくこんなメンバーで、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「訊かれても困るが、確かにイレギュラーな要素が最大限に膨らんだ気がするな」
「ですよね。大体、研修しながら密輸や密売を探れるものなんでしょうかね?」
「だから私に訊くなと言っている。何とか探り当てなければ研修が続くだけだろう」
年上の愛しい男が口の端につけた生クリームを京哉は指先で拭いて舐める。そうしながらも消極的な発言をする霧島が、じつは本部長の言った通り自分と似通った境遇の香坂の力になろうとしているのを見抜いていた。
だが前回の件で京哉が死線を彷徨ったのも忘れられず、進んで任務を受ける気になれなかったのだろう。
そもそも霧島はヘロインや武器弾薬の密輸・密売の事実を知りつつ黙って見過ごせる男ではない。暗殺肯定派が瓦解した時の霧島カンパニーと同じく、悪事を暴き白日の下に晒して香坂堂コーポレーションにも企業体としての体力があるうちに襟を正させ、世論という名の高いハードルを越えさせて禊をさせようと思っているに違いなかった。
「何だ、何をニヤニヤ笑っている?」
「笑っていませんよ、怒ってるんです。僕以外の人をあんな風に抱き上げるなんて」
「ほう。嫉妬とは嬉しいことをしてくれるものだな」
「笑い事じゃないですよ。妻たる僕の目前で、よくも見せつけてくれましたよね」
「何故、私が責められなければならないんだ? 悪いのはヘタレの小田切だろう」
「分かっています。でも……」
膨れっ面で俯いた京哉だったが、さらりとした髪を指先で嬲られて顔を上げる。
「じゃあ『研修』期間中に小田切さんと香坂警視をくっつけちゃいましょうよ」
「あの二人は一度破局したんだぞ、忘れたのか?」
勿論、人タラシの小田切を相手に香坂はたった三ヶ月しか保たなかったと知っていた。大体、小田切という男は付き合う相手という相手が不幸のドン底に堕ちるという非常に縁起の悪いジンクスを背負っているのだ。
「忘れてはいませんし、小田切さんが人タラシなだけじゃなくて不吉な男だというのも知ってます。けど香坂警視と縒りを戻せば、もう機捜で僕にちょっかいを出すこともなくなるんですよ? これポイント高いと思いません?」
なるほどと霧島は思い、今枝執事から二杯目の紅茶を貰いながら考えた。
小田切は意外にも京哉が思っている以上に京哉に対して本気だ。
ただ異動してきた日の夜に京哉を官舎の自室に誘い込んで首筋にキスマークを付けるという所業に及んだため、霧島から殆ど一方的に制裁を加えられて以来、ジョークめかしたアプローチしかできなくなっている。
それでも日々悪戯を仕掛けては京哉に触れようとしているのだ。そんな幼稚な男に京哉が転ぶとは全く思っていないが、鬱陶しく目障りなのは確かである。
「分かった。人柱のようで香坂には気の毒だが、私も乗ろう」
「なら、まずは潜入時に二人をバディにするところからですね」
「それは違うな」
「何処が違うんですか?」
「まずはお前のジェラシーを解消し、私たちがより仲良くするところからだ」
言うなり立ち上がった霧島は京哉を両腕ですくい上げた。居合わせたメイドたちが黄色い声を上げるも構うことなくエレベーターに乗って四階の京哉の部屋に向かう。
セミダブルベッドに京哉を着地させた霧島はドアロックをしてスーツを脱ぎ始めた。
本部長から直接連絡を受けていた箱崎警視は余計なことは何も訊かずに四人に銃を貸し出してくれた。香坂堂コーポレーションの不祥事は未だ極秘案件であり、本来なら本庁のハムが手を付けた、彼らが対処すべきヤマである。この県警内で洩れてしまうのは色々と拙い。
「霧島、また厄介事とはお前らしくもご苦労さんだな」
「何故私らしいのか分からんが、労いは素直に受け取っておこう」
貸して貰った銃はシグ・ザウエルP226なる代物だ。薬室一発ダブルカーラムマガジン十五発の合計十六発を発射可能で使用弾は九ミリパラベラムという、画像にあったベレッタM92Fに対抗可能なセミ・オートマチック・ピストルである。
懐に吊っているP230JPより銃も弾薬も大きい。新たに貸与されたこれは弾薬も五発だけではなくフルロードにしてあった。当然重くなるが己の命の重みと思うと京哉は軽く感じた。
ショルダーホルスタごと借り受けて四人は一旦機捜の詰め所に戻る。
「栗田さんたちの三班が上番日じゃなくて良かったですよね」
「香坂を見られると拙いからな。さっさと元の銃を返却して今日は保養所に帰るぞ」
京哉と霧島が武器庫係の警部補にP230JPを返却してから霧島隊長は機捜本部の指令台に就いた二班長の田上警部補に、また暫く出張で留守にすると告げた。
「すまんが私と副隊長に鳴海まで出張だ。なるべく早く戻るつもりだが事態は流動的で確たることは言えん。不在中は各班長を中心にいつも通り、宜しくやってくれ」
「はいはい、あとは頼まれますから必ず元気で帰っておいでなさい」
ここでも謎な出張に突っ込む者はいない。誰もがもう『知る必要のないこと』だと悟っている。田上班長の年季の入った身を折る敬礼に霧島は答礼し、京哉と小田切に香坂を促して詰め所をあとにした。階段を降りて曇り空の駐車場に出る。
タクシーでやってきた小田切と香坂は白いセダンの後部座席、助手席に京哉でステアリングを握るのは霧島という配置は既に決まっていた。発車させ順調に貝崎市の海岸通りに出る。けれどそこで後部座席の異変に京哉が気付いた。
どうやら怪我を押して動いた香坂が発熱したらしい。
焦った小田切が薄い肩を抱き寄せようとして拒否され凹んでいる。
「鎮痛解熱剤、お医者さんから貰ってこなかったんですか?」
「貰ったけれど往きのタクシーの中で飲んでしまった」
「なら忍さん、自販機で停めて下さい。小田切さん、これを飲ませてあげて下さい」
差し出された掌の上の白い錠剤ふたつを小田切は京哉の顔と見比べた。
「もしかして京哉くんって、生理痛が酷いタイプ……ぐがっ!」
無言で霧島が投げた車載用の灰皿は見事に小田切の額にヒットした。霧島は路肩の自販機の前にセダンを停める。京哉がスポーツ飲料を買って戻った。香坂はその飲料で京哉が入院時に貰っていた錠剤を飲み下す。そこから保養所まで十分ほどだった。
だが辿り着いても香坂は自力で歩けず、小田切が抱き運ぼうとしたが拒否する。
「下心のある奴なんかに触られたくないね」
「んなこと言ってる場合じゃないだろ!」
「揉めてる場合でもないと思いますけど……」
そうは言っても京哉が自分より重い香坂を背負うのは無理で、必然的に霧島が運ぶことになった。仕方ないと分かっていながらも素直な感想として京哉は面白くない。
おまけに背負わず横抱きにしたのも気に食わなかった。いわゆるお姫さま抱っこされた香坂が自由になる左腕を霧島の首に巻きつけたとなれば尚更だ。
小田切も微妙な空気を醸している。
迎えに出てきた今枝やメイドと共にエレベーターで四階に上がると、香坂のゲストルームに団体様で入って霧島は香坂をベッドに着地させる。既に医師と看護師も待機していて香坂の着ていたジャケットとドレスシャツを引っぺがすと診察だ。
「わたしの仕事なので縫合は完璧ですが熱は要注意、絶対安静二日に点滴の刑です」
「そこを何とか。明日から僕も出張でね。出来れば右腕も動くようにして欲しい」
「無茶を仰いますね。まあ、貴方の命ですから、はっきり言ってわたしは関知しません。武士の情けで動くようにはして差し上げましょう。超強力鎮痛剤を処方しますが特殊条件下で医師の許可がなければ本来使えない、成分は麻薬同様の薬ですので考えてお使い下さい」
さらさらと言うと若い医師は見守っていたギャラリーたちに指示して香坂をパジャマに着替えさせ、検査用の採血をしてから点滴をセットして医療品類を片付ける。
「明日の朝、診察時にブツは届けます」
そう告げて医師は看護師を引き連れ去った。飲んだ薬と点滴の作用で香坂が寝入るのを待ち、小田切は香坂から預かったマンションのキィをポケットに霧島のセダンを借りて外出だ。
一ノ瀬本部長から呼ばれて慌てたために、往きは香坂が破れた衣服を着替えに帰ったのみだったのだ。明日から動くなら香坂と小田切自身の着替えなどを取ってこなければならない。
「今夜は雨だぞ。事故るな、副隊長」
片手を挙げて出て行く背を見送って霧島と京哉はロビーのソファに落ち着く。そこに今枝執事がワゴンを押したメイドを伴って現れ、遅い茶の支度を始めた。
メントール香の引き立つウバ茶が淹れられる。ロウテーブルに置かれた三段のケーキスタンドには野菜サンドや上品なサイズの洋菓子が盛りだくさんだ。
「わあ、美味しそうですね」
「本日のお勧めはこのマロンクリームのミルフィーユでございますよ、鳴海さま」
熱いお絞りで手を拭いて早速頂く。まずはキュウリのサンドウィッチから食し始めた。旺盛な食欲で食べ進めた二人はお勧めのミルフィーユも味わう。シェフの力作は甘さ控えめで非常に美味だ。しっかり味わってから話題を明日からのことに戻す。
「予定も急遽変更になって、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「私に訊かれても知らん。それこそ香坂と小田切だけで潜入すれば良いものを」
最初は霧島と京哉だけが香坂堂白藤支社に潜入する予定だったが、そこで連絡を取った警視庁から『待った』が掛けられたのである。
警視庁は大金星を奪われるのが癪だったのではなくサッチョウ上層部に『待った』を掛けられただけ、サッチョウ上層部は森本議員から『待った』、森本議員は香坂堂本社から……という段階が踏まれたらしい。
つまり香坂堂サイドとしては、洩れてはならない事実を掘り起こされた場合に本庁公安の香坂警視ではなく、香坂堂本社社長御曹司としての香坂怜の判断に期待したのだ。
機捜の霧島警視に踏み込まれた霧島カンパニーの轍を踏まぬように。
お蔭で香坂は霧島と同じく将来の会社役員として、香坂を心配し名乗りを上げた小田切は京哉と同じく秘書候補として研修に参加・潜入する運びとなったのである。
元々『待った』を掛けた逆順を辿って情報が遡り、香坂堂本社サイドは白藤支社のキナ臭さをかなり初期の段階から承知している訳だった。
本社総務からスパイまで潜入させ殺されたのである。そこに『将来の役員』イコール『安全な立場の潜入要員』として最適な香坂怜とおまけが増えたからといって文句はないらしかった。
複数の死人を出し、香坂怜本人も二回に渡り狙撃されて何処にも安全など無いように思われる霧島と京哉だが、上は暢気な方々が多いようである。
「けど僕ら二人はともかくこんなメンバーで、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「訊かれても困るが、確かにイレギュラーな要素が最大限に膨らんだ気がするな」
「ですよね。大体、研修しながら密輸や密売を探れるものなんでしょうかね?」
「だから私に訊くなと言っている。何とか探り当てなければ研修が続くだけだろう」
年上の愛しい男が口の端につけた生クリームを京哉は指先で拭いて舐める。そうしながらも消極的な発言をする霧島が、じつは本部長の言った通り自分と似通った境遇の香坂の力になろうとしているのを見抜いていた。
だが前回の件で京哉が死線を彷徨ったのも忘れられず、進んで任務を受ける気になれなかったのだろう。
そもそも霧島はヘロインや武器弾薬の密輸・密売の事実を知りつつ黙って見過ごせる男ではない。暗殺肯定派が瓦解した時の霧島カンパニーと同じく、悪事を暴き白日の下に晒して香坂堂コーポレーションにも企業体としての体力があるうちに襟を正させ、世論という名の高いハードルを越えさせて禊をさせようと思っているに違いなかった。
「何だ、何をニヤニヤ笑っている?」
「笑っていませんよ、怒ってるんです。僕以外の人をあんな風に抱き上げるなんて」
「ほう。嫉妬とは嬉しいことをしてくれるものだな」
「笑い事じゃないですよ。妻たる僕の目前で、よくも見せつけてくれましたよね」
「何故、私が責められなければならないんだ? 悪いのはヘタレの小田切だろう」
「分かっています。でも……」
膨れっ面で俯いた京哉だったが、さらりとした髪を指先で嬲られて顔を上げる。
「じゃあ『研修』期間中に小田切さんと香坂警視をくっつけちゃいましょうよ」
「あの二人は一度破局したんだぞ、忘れたのか?」
勿論、人タラシの小田切を相手に香坂はたった三ヶ月しか保たなかったと知っていた。大体、小田切という男は付き合う相手という相手が不幸のドン底に堕ちるという非常に縁起の悪いジンクスを背負っているのだ。
「忘れてはいませんし、小田切さんが人タラシなだけじゃなくて不吉な男だというのも知ってます。けど香坂警視と縒りを戻せば、もう機捜で僕にちょっかいを出すこともなくなるんですよ? これポイント高いと思いません?」
なるほどと霧島は思い、今枝執事から二杯目の紅茶を貰いながら考えた。
小田切は意外にも京哉が思っている以上に京哉に対して本気だ。
ただ異動してきた日の夜に京哉を官舎の自室に誘い込んで首筋にキスマークを付けるという所業に及んだため、霧島から殆ど一方的に制裁を加えられて以来、ジョークめかしたアプローチしかできなくなっている。
それでも日々悪戯を仕掛けては京哉に触れようとしているのだ。そんな幼稚な男に京哉が転ぶとは全く思っていないが、鬱陶しく目障りなのは確かである。
「分かった。人柱のようで香坂には気の毒だが、私も乗ろう」
「なら、まずは潜入時に二人をバディにするところからですね」
「それは違うな」
「何処が違うんですか?」
「まずはお前のジェラシーを解消し、私たちがより仲良くするところからだ」
言うなり立ち上がった霧島は京哉を両腕ですくい上げた。居合わせたメイドたちが黄色い声を上げるも構うことなくエレベーターに乗って四階の京哉の部屋に向かう。
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