あなたがここにいてほしい~Barter.7~

志賀雅基

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第16話

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 プリンタで打ち出し手書き部分を埋めて霧島に代理提出する。霧島は無造作にハンコを押して決裁済み書類入れにポイと放り込んだ。そして半荘ハンチャン途中のゲーム麻雀を再開する。京哉も分かっていたが朝からガミガミ言うのは控えていた。

 少しばかり自発的に書類に手も付けていたし、今日は大して書類も溜まっていない。

 それでも京哉が霧島の方を見るのは既にクセと化している。テンポ良くクリックする長い指が明け方まで自分の体内を探り、擦り上げてはこじ開けたのを思い出してしまい赤面した。

「どうした京哉、顔が赤いぞ。風邪でも引いたのか?」
「いえ、大丈夫です。何でもありません」
「それならいいが。具合が悪ければ素直に申告しろ」
「はいはい」

 やがて昼になって隊員たちが飯休憩で警邏から戻ってきた。皆に茶を配っておいて京哉は霧島と幕の内弁当を食す。今日は秋刀魚の竜田揚げが秋らしさを醸していた。

 食し終えて洗い物も済ませ、京哉は煙草タイムだ。そうして窓外を眺めると朝は晴れていたのに今はグレイの雲が空を席捲している。ノーパソのブラウザを立ち上げて天気予報を確認すると、秋雨前線を押し退けて今度は遅い台風が近づいているとのことだった。

「今夜も雨、ってゆうか嵐かあ」
「そう腐るな。雨音を聞きながら私に抱かれるのもいいだろう」
「ちょ、霧島警視!」

 灰色の目を睨むも霧島は微笑むばかりだ。そこで霧島のデスクで警電が鳴った。

「こちら機捜の霧島」
《一ノ瀬だ。たびたびで悪いが、鳴海くんと一緒にきてくれ。では待っている》
 
 それだけで切れた。霧島はじっと受話器を見つめる。
 つい今し方までの微笑みは消え眉間には濃く不機嫌を溜めていた。京哉もうんざりしている。この流れで本部長の用件が香坂の抱えた案件と無関係とは思えなかったからだ。
 また特別任務かと思うと二人は眩暈どころか吐き気がした。

 だが蹴飛ばせる相手ではない。

 仕方なく二人は重い腰を上げた。五分後には秘書室に顔を出して取り次ぎを頼む。
 本部長室に踏み入るなりソファに腰掛けた男に霧島は低い声で唸った。

「小田切、貴様はどうして出てきた!」

 本部長の向かいのソファには警視監を前にして緊張しきった表情の小田切だけでなく、アームホルダーで右腕を吊った香坂までもが鎮座していたのである。

「俺は単なる怜の付き添いなのに、何で責められなきゃならないんだい?」
「貴様が香坂警視を連れてきたのだろう、貴様がいなければこんなことにはなっていなかった筈だ。有休の奴は消えて失せろ! 何なら富士の樹海で行方不明になれ!」

 酷い暴言に一ノ瀬本部長も苦笑する。そこで制服婦警がティーカップを二客運んできてロウテーブルに置いたので二人も座らざるを得ない。
 頬を染めた婦警は総務部と警務部の婦警を中心に結成され、五十名ほどが会員となっている『鳴海巡査部長を護る会』のメンバーで、京哉に極上の微笑みを投げて退出する。

 これも霧島の不機嫌を加速させた。
 年上の男としてプライドは捨てられないが、ナイスバディで結構美人の婦警が京哉にちょっかいを出すのではないかと心配で仕方ないのだ。元々こういう性癖の自分と違って京哉は女性がだめではない。唯一の存在として愛し大切にし、悦ばせている自信はあるが……女かと思う。

 ムッとしてドスンとソファに腰を下ろした。京哉は霧島の隣にそっと腰掛ける。

「まあまあ、霧島くん。そう尖らずにこのクッキーでも食べてくれたまえ」
「私は太りに来たのではありません。用件を早く仰って下さい」

 本部長に対する無礼な科白と態度に、京哉が霧島を肘で突く。だが不機嫌も度を越した霧島の鉄面皮は揺らがない。再び苦笑した本部長はテノールで秘書官を呼んだ。

「おーい、例のものを持ってきてくれ!」

 ロウテーブルに置かれたのはノートパソコンとUSBメモリが一個だった。USBメモリは秘書官がノーパソにセットして去る。本部長に見られて京哉がノーパソを操作した。中には画像フォルダがひとつだけ入っていた。フォルダを開く。

「画像ファイルが三枚ですね」

 皆で画面を覗き込んだ。全てが非常に暗い画像だったが何が写っているのかは判別可能だった。一枚目は銀色の台の上にずらりと並べられた銃である。

 京哉にはそれがイタリアのピエトロ・ベレッタ社製ベレッタM92Fと分かった。フルロードで十六発の九ミリパラベラムを発射可能な、以前に米軍がM9という名で制式採用していた品である。

 それが写っているだけでも都合十二丁あった。全てバラの部品ではなく組み上げられた完品で見る分には真正品らしい。一緒に弾薬の紙箱も積み上げられ写っている。マニアが銃を密輸することもあるが、弾薬をこれだけ手に入れるのは難しい。

 二枚目の画像は同じく銀色の台に置かれた白い粉状の物が入った袋だった。スーパーで売っている一キロ入り粉砂糖と似たような大きさの物体が四袋並べられている。

 そして三枚目は狙撃銃を担いだ男だった。隠し撮りらしくぶれている上に顔は半分しか写っていない。しかしスナイパーとして京哉の興味は狙撃銃の方にあった。

「オーストリアのステアーSSG69だ。各国の警察も使ってるヤツですよ」
「フルで六発の7.62ミリNATO弾を撃てるボルトアクションだな」
「オプションのダブルカーラムマガジンなら一発プラス十発もアリですね」
「ああ。開発はドえらい古いが、今でも競技会で通用する集弾率だぜ?」

 SAT狙撃班員の小田切と京哉は話し合う。鉄面皮の霧島が本部長に訊いた。

「武器弾薬も薬物も少量どころではないな。これの出処は?」
「先週金曜に発覚した真城市の二名殺害、その片割れの村西某が小さな密封袋にマイクロSDカードを入れて呑み込んでいたのだ。これは司法解剖で胃から発見されたそのコピーになる。香坂堂白藤支社に潜入した彼らの遺産ということだね」
「なるほど、香坂堂白藤支社での悪事が事実と確定した訳ですね。それなら我々が金星を横取りするまでもない、警視庁にガサ入れさせたらいいでしょう」

 またも命をすり減らすような潜入捜査というお洒落な事態を回避したくて霧島は言ったが、首を横に振った一ノ瀬本部長は尤もなことを口にする。

「この画像だけで香坂堂白藤支社の悪事と判ずることはできない。そこで警視庁から今回の件で香坂警視の手助けをしてくれと内密ながら依頼が来たのだ。香坂警視の立場は霧島警視、きみと非常に似通っている。どうか手を貸してやってくれんかね?」
「申し訳ありませんが、私も鳴海巡査部長もお断りします」
「それでは仕方ない。……霧島警視と鳴海巡査部長に特別任務を下す。香坂堂コーポレーション白藤支社における武器弾薬及び違法薬物の密輸・密売について捜査し、疑惑を解明せよ」

 命令ならば仕方ない。頷いた霧島が鋭い号令を発し、京哉も起立し姿勢を正した。

「気を付け、敬礼! 霧島警視以下二名は特別任務を拝命します。敬礼!」

 直立不動を保ったままの二人に対して一ノ瀬本部長はさも同情した風に言う。

「すまない。本庁とサッチョウの上までが森本議員の件で五月蠅くてね。意に染まない任務できみたちをまた危険に晒すのは心苦しい限りだが、必ずや成果が上がると期待している。まずは霧島会長から『将来の霧島カンパニー本社社長及び秘書として香坂堂白藤支社総務部に出向し研修せよ』との有難いお膳立てを頂いた」

 聞いた途端に京哉の危惧した通り、霧島の鉄面皮にヒビが入った。

「あんたはあのクソ親父の部下じゃないだろう!」

 警視監に対する『あんた』呼ばわりに場が凍り付く。だが鷹揚にも一ノ瀬本部長本人だけは平然として大きな丸い缶に入ったクッキーを摘んでは口に放り込んで指を舐め、制服に擦りつけた。そのクッキー缶を下級者たちに押しやり勧める。

「きみたちも遠慮せずに食べたまえ。甘いものは人間の心を丸くする。ほら」

 心だけじゃなくて躰まで丸くなるんじゃ、と思った京哉だったが余計なことを言う筈もない。朗らかなテノールで執拗に勧められ、京哉たち四人は仕方なくクッキーに手を伸ばす。
 意外に美味しい菓子を食しながら今回の潜入計画について細部を詰め始めた。
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