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第23話
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気付いて灰色の目に怒気を閃かせた霧島の左手を叩き、宥めて落ち着かせる。
「これくらいは慣れてますから、忍さんは暴れないで下さい」
「う……分かった。お前がそう言うなら私も耐えよう」
けれど自分はそう言っておきながら、明らかに飲まされ過ぎた香坂が霧島の腕に寄り掛かっただけでなく、潤んだ目で灰色の目を見上げるに至って京哉は苛立ちを隠せなくなった。反対側には小田切もいるのだ。どうしてわざわざ京哉を挑発するのか分からない。
煮魚の目玉をぶすぶすと箸でつついたが落ち着かないのでビール瓶を持ち、支社長以下部長たちに酌をしに行く。動いていれば気も紛れるかと思ったのだ。
そうして一巡りして戻ってきた京哉は誰に外されたのか伊達眼鏡も掛けず胸ポケットに突っ込まれていて、今度はずっと我慢していた霧島が明らかに機嫌を損なう。いつの間にか中身がストレートらしいウィスキーになったグラスを一気に干し唸った。
「京哉、お前はここに座っていろ!」
「それより忍さん、聞き込みの成果アリです。白藤支社の原材料研究部門では少量だけ自社の船便で化粧品の原材料を独自輸入して成分分析をしているって話なんです。これって香坂さんも以前に言っていた、銃や薬物密輸の恰好の抜け穴でしょう?」
「なるほど、確かに香坂の話と符合するな」
「あとは会計部長が言ってたんですが、去年の決算時に使途不明のマイナス金額が二億も発覚したとか。企業で二億は小さくても個人にとっては大きいですよね?」
「ふむ。そこまで聞き込んだとは、さすがは私の妻だ」
頭を撫でられた京哉は微笑んで伊達眼鏡を掛けた。そこで年上の男をわざと煽る。
「特に僕を気に入ってくれたのが原材料研究部長と会計部長で『今晩どう?』なんて言われちゃって。突っ込んで聞き込みするのにお付き合いしてきましょうか?」
霧島は切れ長の目で二名の部長を睨んだ挙げ句、その鋭い目を京哉にも向けた。
「お前は自分が何を言っているのか分かっているのか? 却下だ」
「付き合うったって二次会で飲むだけですよ?」
「だめだ。聞き込みで突っ込むどころかお前が突っ込まれたらどうする。却下だ」
ムッとした霧島は勢いそのまま立ち上がる。ここで京哉を野放しにするのは危険すぎると判断したのだ。霧島に凭れていた香坂が目を見開く。狸寝入りしていたと分かって京哉も霧島並みに機嫌を損ねた。腹を立てた二人の様子を見ながら香坂は大欠伸して笑った。
「ふあーあ、気持ち良かった。もう帰るのか?」
「ああ。明日も出勤だからな」
帰ると聞いて支社長も立ち上がり音頭を取って部長連中も立たせる。
「では若い四人の輝かしい前途を期待し、一本締めで見送ろうか」
拍手を背に四人は松風の間から出た。
だが背後でふすまが閉まるなり香坂がしゃがみ込む。霧島が額に手を当てるとかなりの熱が出ていた。一日中不調を押し隠しただけでなく飲まされたのだ。
そこで香坂は霧島を見る。霧島と京哉は小田切を見た。
「あとでまた平手打ちを食らうのは勘弁だぜ」
釘を刺しつつも香坂を抱き上げた小田切は嬉しそうである。高熱の香坂も今に限っては文句を垂れる気力もないらしい。廊下を辿って玄関で靴を履いた。早く帰って怪我人を寝かせなければならない。小さな石灯篭を横目にフロアを横切ろうとする。
しかしそこで追いついてきたのは飲み会の間ずっと黙っていた野坂だった。
小田切に横抱きにされた香坂にチラリと目をやって微妙な顔つきをしたが敢えて何も訊こうとせず、自分の言いたい事項を伝えるだけに留まるつもりらしい。
「待って下さい。明日は公共交通機関で通勤するようお願いします」
「ああ? 電車やバスなら多分二時間半は掛かるぜ、何言ってんだ?」
小田切が反射的に反論したが、野坂の断固とした態度は揺らがなかった。
「社長や秘書とはいえサラリーマンの初心を忘れないよう研修の一環です。支社長も承知されていますから。明日は自家用車ではなくバスか電車で。宜しいですね?」
言い捨てると野坂は松風の間へと戻って行ってしまう。四人は顔を見合わせた。
「マジかよ?」
「ならば白藤市駅近くのホテルに泊まるのもアリではないのか?」
「そんな下らない誤魔化しがバレて、ペナルティも情けないんじゃないですかね?」
「けど貝崎市の海岸通りのバスは一時間に一本、始発は五時半だった」
ここ暫く貝崎市の海岸通り近くに仮住まいしていた香坂が皆に暗い表情をさせた。
「これくらいは慣れてますから、忍さんは暴れないで下さい」
「う……分かった。お前がそう言うなら私も耐えよう」
けれど自分はそう言っておきながら、明らかに飲まされ過ぎた香坂が霧島の腕に寄り掛かっただけでなく、潤んだ目で灰色の目を見上げるに至って京哉は苛立ちを隠せなくなった。反対側には小田切もいるのだ。どうしてわざわざ京哉を挑発するのか分からない。
煮魚の目玉をぶすぶすと箸でつついたが落ち着かないのでビール瓶を持ち、支社長以下部長たちに酌をしに行く。動いていれば気も紛れるかと思ったのだ。
そうして一巡りして戻ってきた京哉は誰に外されたのか伊達眼鏡も掛けず胸ポケットに突っ込まれていて、今度はずっと我慢していた霧島が明らかに機嫌を損なう。いつの間にか中身がストレートらしいウィスキーになったグラスを一気に干し唸った。
「京哉、お前はここに座っていろ!」
「それより忍さん、聞き込みの成果アリです。白藤支社の原材料研究部門では少量だけ自社の船便で化粧品の原材料を独自輸入して成分分析をしているって話なんです。これって香坂さんも以前に言っていた、銃や薬物密輸の恰好の抜け穴でしょう?」
「なるほど、確かに香坂の話と符合するな」
「あとは会計部長が言ってたんですが、去年の決算時に使途不明のマイナス金額が二億も発覚したとか。企業で二億は小さくても個人にとっては大きいですよね?」
「ふむ。そこまで聞き込んだとは、さすがは私の妻だ」
頭を撫でられた京哉は微笑んで伊達眼鏡を掛けた。そこで年上の男をわざと煽る。
「特に僕を気に入ってくれたのが原材料研究部長と会計部長で『今晩どう?』なんて言われちゃって。突っ込んで聞き込みするのにお付き合いしてきましょうか?」
霧島は切れ長の目で二名の部長を睨んだ挙げ句、その鋭い目を京哉にも向けた。
「お前は自分が何を言っているのか分かっているのか? 却下だ」
「付き合うったって二次会で飲むだけですよ?」
「だめだ。聞き込みで突っ込むどころかお前が突っ込まれたらどうする。却下だ」
ムッとした霧島は勢いそのまま立ち上がる。ここで京哉を野放しにするのは危険すぎると判断したのだ。霧島に凭れていた香坂が目を見開く。狸寝入りしていたと分かって京哉も霧島並みに機嫌を損ねた。腹を立てた二人の様子を見ながら香坂は大欠伸して笑った。
「ふあーあ、気持ち良かった。もう帰るのか?」
「ああ。明日も出勤だからな」
帰ると聞いて支社長も立ち上がり音頭を取って部長連中も立たせる。
「では若い四人の輝かしい前途を期待し、一本締めで見送ろうか」
拍手を背に四人は松風の間から出た。
だが背後でふすまが閉まるなり香坂がしゃがみ込む。霧島が額に手を当てるとかなりの熱が出ていた。一日中不調を押し隠しただけでなく飲まされたのだ。
そこで香坂は霧島を見る。霧島と京哉は小田切を見た。
「あとでまた平手打ちを食らうのは勘弁だぜ」
釘を刺しつつも香坂を抱き上げた小田切は嬉しそうである。高熱の香坂も今に限っては文句を垂れる気力もないらしい。廊下を辿って玄関で靴を履いた。早く帰って怪我人を寝かせなければならない。小さな石灯篭を横目にフロアを横切ろうとする。
しかしそこで追いついてきたのは飲み会の間ずっと黙っていた野坂だった。
小田切に横抱きにされた香坂にチラリと目をやって微妙な顔つきをしたが敢えて何も訊こうとせず、自分の言いたい事項を伝えるだけに留まるつもりらしい。
「待って下さい。明日は公共交通機関で通勤するようお願いします」
「ああ? 電車やバスなら多分二時間半は掛かるぜ、何言ってんだ?」
小田切が反射的に反論したが、野坂の断固とした態度は揺らがなかった。
「社長や秘書とはいえサラリーマンの初心を忘れないよう研修の一環です。支社長も承知されていますから。明日は自家用車ではなくバスか電車で。宜しいですね?」
言い捨てると野坂は松風の間へと戻って行ってしまう。四人は顔を見合わせた。
「マジかよ?」
「ならば白藤市駅近くのホテルに泊まるのもアリではないのか?」
「そんな下らない誤魔化しがバレて、ペナルティも情けないんじゃないですかね?」
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