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第38話
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出て行こうとする霧島を健司が眼鏡の奥からじっと見て訊いた。
「ヘロインで相当やられたのなら、霧島さんも気分が悪いんじゃないのか?」
溜息をついたのち、霧島はいらいらともう一本の煙草に火を点けて逆に訊き返す。
「あんたの専門だ、教えてくれ。このヘロインの不調を治すにはどうすればいい?」
「依存症にでもならなければ、あと何時間か経てば自然に治まる」
「そんなに待っていられるか!」
まだ長い煙草を霧島はデスクの灰皿に叩きつけた。
京哉のプライドは高い。その京哉の高貴なまでに美しく白い肌が、あの下卑た男たちに嬲られ、汚され続ける画が脳裏から離れず霧島を苦しめていた。このまま数時間も待っていては京哉が保たないかも知れない。
前回だって酷く暴行された結果が危うく死にかけて二回に及ぶ手術だったのだ。そうでなくても霧島自身も精神的に保ちそうになかった。
だが再び部屋を出て行こうとするスーツの右腕を健司が掴む。
「待ってくれ、霧島さん。あんた良く見えていないだろう? 眩暈は?」
「もう見えている。充分だ」
そこで強く腕を引いた健司が霧島の黒髪の頭を両手で挟みぐらぐらと揺さぶった。
「おい、こら、何をする!」
数歩下がってベッドにぶつかった霧島は酷い回転性の眩暈で仰向けに倒れる。そこに健司がのしかかるような動きをして霧島はギョッとした。
想像の埒外で硬直している間にジャケットの前ボタンを外されたかと思うと撫でるような手つきでタイを緩められる。
「なっ、健司、止せ! 血迷うな!」
「あのなあ。あんたこそふざけた勘違いをするなよ、霧島さん。自分で脱いで風呂に入れ。今は汗をかいてヘロインを躰から排出するしかないからな。俺はスポーツドリンクを買ってくる」
「何だ、そうか。そういうことなら最初から言ってくれ」
かくして霧島は焦燥感と戦いつつ熱い湯に浸かりながら、スポーツドリンクを大量に飲むこと約一時間、ふやけた躰で出てみればかなり気分はすっきりしていた。健司の言い分にも頷けるほど視界も良好になり、やや貧血気味で頭が軽いのを除けば眩暈もない。
バスルームから出ると健司がホテルマンに命じてクリーニングさせた清潔な衣服を身に着ける。さすがにドレスシャツは血が落ちなかったのか新品だった。
そこで健司がショルダーホルスタで銃を吊っているのを霧島は初めて見る。慣れた手つきでホルスタから銃を抜き薬室にまで装填されているのをチェックしていた。
「そういや麻取は制式拳銃といっても殆どバラバラだったな。ベレッタあり、シグあり。それはオーストリア製のグロックか。樹脂ポリマー多用で軽いヤツだな」
「ああ。チャンバ一発ダブルカーラムマガジン十七発、合計十八発のモデルだ。ストライカー方式で速射に向いているんで気に入っている。幸い使用弾はあんたのシグと同じ九ミリパラベラム、そこでこいつは二つめの貸しにしてやる」
そう言って健司が持ち込んだ紙袋から出したのは弾薬の紙箱が二つだった。開封すると一箱に九ミリパラが五十発入っている。有難く霧島は自分のシグ・ザウエルP226にフルロードし、残りを健司と分け合ってジャケットのポケットに移した。
「これで行ける、あんたのお蔭だ。では失礼する」
「『失礼する』って霧島さん、ここにきて独りで行くつもりか?」
掴まれた右腕をじっと見たのち、霧島は眼鏡の奥の目を見据える。
「離してくれ、京哉が待っているんだ」
「俺はものの数に入らないとでも言うのか、それこそ失礼だな」
「幾ら麻取でもカチコミに率先参加はどうかと思うのだがな」
「霧島さん、あんたは冗談でなく全員斬りしそうだからな。せめて西尾組と部長たちを繋いでいた坂下と本木の身柄だけでも押さえないと俺は立つ瀬がないんだ」
「ふん、勝手にしろ」
部屋を出るとエレベーターで地階に直行した。スリードア・ハッチバックに乗り込み健司の運転で駐車場から出る。公道に出ると健司はアクセルを踏み込んだ。
疾走する車の助手席で霧島は常と変わらぬ涼しい顔をしながらも、腹の底を炙られるような焦燥感に叫び出したくなるのを堪えていた。奥歯が痛むほど噛み締めつつ前方を睨みつける。そうしながら無意識に傷ついた左腕を何度もドアに叩きつけた。
そんな霧島に視線を投げた健司は、更にアクセルを踏み込んでスピードを上げた。
「ヘロインで相当やられたのなら、霧島さんも気分が悪いんじゃないのか?」
溜息をついたのち、霧島はいらいらともう一本の煙草に火を点けて逆に訊き返す。
「あんたの専門だ、教えてくれ。このヘロインの不調を治すにはどうすればいい?」
「依存症にでもならなければ、あと何時間か経てば自然に治まる」
「そんなに待っていられるか!」
まだ長い煙草を霧島はデスクの灰皿に叩きつけた。
京哉のプライドは高い。その京哉の高貴なまでに美しく白い肌が、あの下卑た男たちに嬲られ、汚され続ける画が脳裏から離れず霧島を苦しめていた。このまま数時間も待っていては京哉が保たないかも知れない。
前回だって酷く暴行された結果が危うく死にかけて二回に及ぶ手術だったのだ。そうでなくても霧島自身も精神的に保ちそうになかった。
だが再び部屋を出て行こうとするスーツの右腕を健司が掴む。
「待ってくれ、霧島さん。あんた良く見えていないだろう? 眩暈は?」
「もう見えている。充分だ」
そこで強く腕を引いた健司が霧島の黒髪の頭を両手で挟みぐらぐらと揺さぶった。
「おい、こら、何をする!」
数歩下がってベッドにぶつかった霧島は酷い回転性の眩暈で仰向けに倒れる。そこに健司がのしかかるような動きをして霧島はギョッとした。
想像の埒外で硬直している間にジャケットの前ボタンを外されたかと思うと撫でるような手つきでタイを緩められる。
「なっ、健司、止せ! 血迷うな!」
「あのなあ。あんたこそふざけた勘違いをするなよ、霧島さん。自分で脱いで風呂に入れ。今は汗をかいてヘロインを躰から排出するしかないからな。俺はスポーツドリンクを買ってくる」
「何だ、そうか。そういうことなら最初から言ってくれ」
かくして霧島は焦燥感と戦いつつ熱い湯に浸かりながら、スポーツドリンクを大量に飲むこと約一時間、ふやけた躰で出てみればかなり気分はすっきりしていた。健司の言い分にも頷けるほど視界も良好になり、やや貧血気味で頭が軽いのを除けば眩暈もない。
バスルームから出ると健司がホテルマンに命じてクリーニングさせた清潔な衣服を身に着ける。さすがにドレスシャツは血が落ちなかったのか新品だった。
そこで健司がショルダーホルスタで銃を吊っているのを霧島は初めて見る。慣れた手つきでホルスタから銃を抜き薬室にまで装填されているのをチェックしていた。
「そういや麻取は制式拳銃といっても殆どバラバラだったな。ベレッタあり、シグあり。それはオーストリア製のグロックか。樹脂ポリマー多用で軽いヤツだな」
「ああ。チャンバ一発ダブルカーラムマガジン十七発、合計十八発のモデルだ。ストライカー方式で速射に向いているんで気に入っている。幸い使用弾はあんたのシグと同じ九ミリパラベラム、そこでこいつは二つめの貸しにしてやる」
そう言って健司が持ち込んだ紙袋から出したのは弾薬の紙箱が二つだった。開封すると一箱に九ミリパラが五十発入っている。有難く霧島は自分のシグ・ザウエルP226にフルロードし、残りを健司と分け合ってジャケットのポケットに移した。
「これで行ける、あんたのお蔭だ。では失礼する」
「『失礼する』って霧島さん、ここにきて独りで行くつもりか?」
掴まれた右腕をじっと見たのち、霧島は眼鏡の奥の目を見据える。
「離してくれ、京哉が待っているんだ」
「俺はものの数に入らないとでも言うのか、それこそ失礼だな」
「幾ら麻取でもカチコミに率先参加はどうかと思うのだがな」
「霧島さん、あんたは冗談でなく全員斬りしそうだからな。せめて西尾組と部長たちを繋いでいた坂下と本木の身柄だけでも押さえないと俺は立つ瀬がないんだ」
「ふん、勝手にしろ」
部屋を出るとエレベーターで地階に直行した。スリードア・ハッチバックに乗り込み健司の運転で駐車場から出る。公道に出ると健司はアクセルを踏み込んだ。
疾走する車の助手席で霧島は常と変わらぬ涼しい顔をしながらも、腹の底を炙られるような焦燥感に叫び出したくなるのを堪えていた。奥歯が痛むほど噛み締めつつ前方を睨みつける。そうしながら無意識に傷ついた左腕を何度もドアに叩きつけた。
そんな霧島に視線を投げた健司は、更にアクセルを踏み込んでスピードを上げた。
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