あなたがここにいてほしい~Barter.7~

志賀雅基

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第40話

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 郊外の高級住宅地を暫く走り、洋館を取り囲んだ生け垣のシルエットが見える頃になって、改めて霧島はステアリングを握った健司のツーポイント眼鏡を窺った。

「おい、健司。本当にあんたまでカチコミをかけてもいいのか?」
「俺が殴り込みに参加すると何か問題でもあるのか?」
「京哉の薬物中毒を周囲から隠したい私と違って、あんたは援軍を呼べるだろう?」
「援軍はもう呼んであるが少々時間が掛かる。それより口を閉じていた方がいいぞ」

 言うなり健司は生け垣に囲まれた小径にスリードアを乗り入れる。そのままスピードを落とすどころか加速して庭の手前に来たかと思うと、一旦車を停めて様子を窺うといったセオリーも無視し、庭を突っ切り芝生を踏みしだいて車はプールの脇を走り抜けた。

 洋館の二階の窓から明かりが洩れていて、まだ律儀にも霧島を探しているのか十人ばかりの男たちが集まっているのが判別できた。彼らは唸りを上げて近づく車に戸惑ったようだった。何せ車寄せに向かう小径ではなく、荒れ放題の庭を突っ走ってくるのだ。

 そこでサイドウィンドウを下げた健司がグロックを引き抜くなり発砲する。九ミリパラをホールドオープン一歩手前の十七発、連射でぶち込んだ。男たちが弾け散る。

 素早くスペアマガジンを出してマグチェンジをした健司は更にアクセルを踏んだ。

「おい、それは無茶だ! 健司、お前いったい何を――」
「だから黙ってろ、舌噛むぞ!」

 大概の事態に対して驚かない、いや、周囲を驚かせる側に立ってきた霧島ですらまさかと思った次の瞬間、スリードアは軒を支える円柱の間から洋館の玄関に突っ込んでいた。元々襲撃なんぞに備えていない木製の観音扉が内側に吹っ飛ぶ。

 とんでもない衝撃と物音がしてフロントガラスが砕け散った。同時に車内のエアバッグが作動したが、見た目より熱くなっているらしい健司はそれをも撃って視界を確保する。

 そのまま玄関ホールを突っ切った車は健司にギアを下げられ、勢い良く大階段を駆け上った。足回りを強化しているスリードアはトルクの大きな低いエンジン音を響かせ車体を手すりに擦りつつ二階へと突進、遠心力で壁に車体をぶつけながらも廊下を左に曲がる。 

 目的地は外から見えた窓に明かりの点いている部屋だと分かっていた。

 急減速させた健司がいる運転席は目的の部屋の反対側、ドアの前で見張りをしていた男らに今度は霧島がためらいなく銃弾を叩き込んだ。

 あっさり壊滅した見張りの半死体を乗り越え、健司は車を切り返して一旦バックさせると大きなドアに叩きつける。ドアを木っ端微塵のガラクタに変えてスリードアごと霧島と健司は室内に乗り込んだ。

 先にドアを開け飛び降りた霧島は、呆然としている半裸の男たちに九ミリパラを放つ。速射で四人の右肩にぶち込んだ。一人は健司がこれも右肩に当てている。そして霧島はソファでガラスパイプを咥えたままの本木を、健司はブランデーを飲んでいた坂下を同時に照準した。

 主犯格の二人は何が起こったのか事態を掴めず固まっている。

 荒っぽいにも程があるが、虚を突いたお蔭でここまで辿り着くことができた。
 ひとめで状況を見取った健司が手錠を出して坂下を捕縛した。倣って霧島も手錠を出すと本木の手首にしっかり掛ける。そこで銃口を下げた健司が霧島の背を叩いた。

「ここからは援軍が来るまで籠城戦だ。俺は侵入者を食い止めるからな」
「ああ、頼む」

 撃たれた男たちが泣き叫ぶ大合唱の中、破壊した部屋の出入り口で健司が外を見張る。その間に霧島は主犯格二人の腹に容赦のない蹴りを見舞っておいて、呻いて藻掻く男たちの傍に倒れている京哉に駆け寄った。力を失った上体を抱え起こす。

「京哉、京哉! おい、大丈夫か! しっかりしてくれ!」

 一見して外傷はない。だが可哀相に責め抜かれた華奢な躰はさらりとした髪まで見るも無残に汚されていた。何度呼んでも反応せず霧島を恐怖が襲う。
 しかしきつく抱き締めると、ようやく鈍い目が霧島を見返した。時間を掛けてフォーカスを合わせたのち頷く。

「僕は、平気です。忍さんは耳、怪我したんですね」
「掠り傷だ。迎えが遅くなって悪かったな。ちょっと待っていろ」

 ロウテーブルに置かれていたキィで京哉の両手首を縛めた手錠を外した。

 それだけではない。体内から細いコードが伸びているのにも気付いた。未だ動いている小さな機器のスイッチを切っておいて、大量の白濁が溢れ出しているそこから引き抜いてやる。ずぷりと抜けた責め具には白濁と血液が付着していた。

 華奢な躰を支えて散らばった衣服を身に着けるのを手伝った。可能な限り身なりを整えてやると、酷く責められ立つこともできない京哉を抱き上げソファに座らせる。

 男たちの残党が現れたのか時折健司の銃声が轟いていた。

 そちらは任せて霧島は京哉の固まった髪を指で梳いてやり、思い切りその身を抱き締めると九ミリパラをジャケットのポケットから出してやる。
 ロウテーブルから自分のシグ・ザウエルP226を取り上げた京哉はマガジンに九ミリパラを詰め込んだ。

 まだ薬物が効いている筈の京哉は至極ゆっくりとした動作で十五発満タンにする。そのマガジンを銃のマガジンインレットに叩き込んでスライドを引き、チャンバにまで一発を装填した。
 マガジンキャッチを押して手の中にマガジンを落とすと、減った一発を足してから再びマガジンを叩き込んで十六発フルロードにする。

 ショルダーホルスタには収めず、抜き身のシグを膝に置いて昂然と顔を上げる。真っ向から坂下と本木に向かい合う形だ。
 デコッキングもせず即発射できる状態のシグを膝に置いた京哉がいつ発砲するかと霧島は横目で見ながら身構えていたが、ただ静かに座っているのみでアクションを起こす風ではない。

 その横顔は無表情で肌は白さを通り越し透けるようだった。
 そんな京哉が訊く。

「誰が香坂堂の部長たちにヘロインや武器弾薬の密輸をさせたんでしょうか?」

 唖然とするような方法でカチコミされたショックと、嗄れた声ではあったが静かな丁寧語の京哉が相当怖かったらしい。坂下と本木は泣きながら我先に吐いた。
 それに依ると西尾組の組長と若頭が直々に部長たちを嵌めただけでなく、鈴吉山中にて遺体で見つかった二名と大釜部長も殺すよう二人の部長に命じたという。

「健司、聞いたな?」
「ああ、確かに聞いた。それと予想より援軍が早く到着するらしい」
「では私たちはどうすればいい?」
「好きにしてくれ。潜入専門の俺はなるべく顔を売りたくないからな。退散する」
「退散って、あんたの所はそれで通るのか?」

 答えずに健司は部屋から出て行ってしまった。慌てて霧島は京哉を抱き上げると健司のあとを追う。階段で追いつくと三人一緒に外に出た。
 すると芝生には既に複数の車が停まり、厚生局の所属らしい人間たちが降りてくるところだった。
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