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第49話(最終話)
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目を覚ました霧島が時計を見ると十五時過ぎだった。まだ眠っている京哉を起こさないように朝飯の準備でもと思ったが、視線を感じたのか京哉はパチリと目を開く。
「おはようございます、忍さん。何だか昼夜反転しちゃいましたね」
「ああ、おはよう。それより京哉お前、調子はどうだ?」
「怠いだけです。お蔭さまですっかり抜けたみたい」
「そうか、ならいいが」
「たった二日で抜けるなんて貴方のお蔭です。忍さんは名医ですね」
「お前限定の名医だ。だがあとで離脱症状が出ることもある。まだ無理はするな」
あまりに京哉がやつれた顔をしているのでそう言ったが、微笑む京哉の目は非常に穏やかな色をしていて本当に大丈夫なようだった。
それよりやつれているのはお互い様だったらしく、京哉の側も霧島をまじまじと見つめている。
「お腹空きましたよね」
「ああ、そうだな。何か見繕ってくるか?」
「いいえ、僕が……あっ、つうっ!」
「あれだけのことをやったんだ、一日二日は起きられん筈だぞ」
「そんな気がします。ううう、すみません」
今更ながら頬を染めて俯いた年下の恋人が愛しくて堪らず、霧島は思い切り抱き締めてからベッドを滑り降りてキッチンに向かった。
その足取りを見て京哉も心配になったが動けない。仕方なく待つこと十五分、霧島がトレイを手に戻ってくる。
「結局いつもの朝飯になってしまった。悪いな」
「それも何だか久しぶりで嬉しいですよ」
霧島の定番朝メニューはバゲットのフレンチトーストに冷凍ほうれん草と京哉の好きな赤いウインナー炒め、それにカップスープが今日は手作りのコーンスープだ。
早速コーンスープをスプーンで「あーん」して貰う。
優しい味に京哉は涙が出そうになるのを危うく堪えてスープと一緒に呑み込んだ。
◇◇◇◇
京哉の回復を待ち、様子を見て機捜に二人が出勤したのは翌週の月曜日だった。
出てきた二人に皆は余計なことを訊かず笑顔で迎えてくれる。本日の上番は機捜の長老である田上警部補の率いる二班で、皆が揃うと小田切の号令で敬礼された。
「気を付け! 出張から戻られた隊長と鳴海巡査部長に敬礼!」
相互に気合いの入った敬礼を交わすとすぐに日常が戻ってきて隊員の引き継ぎ交代やお茶汲みに掃除、書類仕事などに忙しくなった。左鎖骨骨折という重傷を負いながら隊長不在の間は頑張ってくれた小田切も早々にサボり始める。
「隊長に副隊長! 麻雀対戦なんかやってないで仕事仕事仕事!」
「俺様が頑張ったお蔭で、そんなに書類は溜まっていないじゃないか」
「明日は明日の書類が降るんです。今日の分は今日終わらせて下さい」
「何だが京哉くんはどんどん逞しくなっていくなあ」
「鍛えてくれる上司が二人もいますからね」
「我々二人はサンドバッグということか」
「吊るされたくなければ仕事!」
仕方なく上司二人が仕事を始めたのを確認し、京哉はお茶の第二弾を在庁している皆に配った。着席すると携帯にメールが入って見れば京哉を案じる御前からだった。回復したとメールで返してから思いついて、非常につまらなそうに仕事をする上司たちをエサで釣る。
「今日は定時で帰れたらすき焼きですよ~」
「えっ、本当かい?」
「ちゃんと大根と玉ねぎに竹輪も入れてあげますから」
俄然張り切りだした小田切は片手ながら猛スピードでノートパソコンのキィを打ち始めた。そうして時間は経過し定時を迎えたが、今日は滑り込みの同報も入らず京哉と霧島に小田切の三人は機捜の詰め所から出ることができた。
しかし裏の駐車場に出てみると日も暮れた中で白いセダンに凭れている人影がある。
近づいてみるとその人物は片手を挙げた。身構えたが何のことはない香坂だ。
「何だ、香坂。本庁のハムはヒマなのか?」
「霧島さんたちは基生から聞いていないのか?」
「何のことだ?」
「香坂堂コーポレーションは白藤支社から複数の逮捕者と死者まで出して大騒ぎ、麻取のお蔭でメディアにも洩れて株価も大暴落している。かつての暗殺肯定派実行本部摘発での発砲騒ぎが洩れた時の霧島カンパニーと同じ轍を踏んだ形になった」
「それくらいは知っている」
「その事態を防げなかった僕は議員先生の機嫌を損ねて本庁から追い出され、この県警本部にトバされたんだ。配属先は生活安全部、本日より生活保安課長を拝命した」
聞いて霧島と京哉は顔を見合わせた。振り返ると小田切が頭を掻いている。
「もしかして香坂警視は小田切さんと縒りを戻したんですか?」
「戻すつもりもなかったんだけどね。引っ越してみたら官舎は同じだし、基生は骨折していて独りじゃ風呂に入るのも困難な状態だし、その、あれだよ。鳴海巡査部長に殴られ蹴られた上に二キロ先から頭を割られたくもないしさ。だから保険ということで……」
語尾を濁してそっぽを向く香坂は、どうやら照れているらしい。
「じゃあ着任祝いをしなきゃなりませんね」
「今日はすき焼きなんだろ、それに参加させてくれ。肉は割り勘でいいから」
「なあんだ、小田切さんから連絡済みですか。なら早く、乗って乗って!」
帰りにスーパーカガミヤですき焼きの材料を買い込んでマンションに帰り着く。
だが四人の思い描いたすき焼きはそれぞれ大きく食い違い、丸く収めるため全て取り入れた結果、闇鍋状態となった。
更には途中からお祭り好きの御前までが京哉の快気祝いと称して最高級松阪牛のすき焼き肉を土産に乱入し、エラい騒ぎとなる。
挙げ句にシメのうどん派とおじや派で壮絶なバトルが勃発することになった。
了
「おはようございます、忍さん。何だか昼夜反転しちゃいましたね」
「ああ、おはよう。それより京哉お前、調子はどうだ?」
「怠いだけです。お蔭さまですっかり抜けたみたい」
「そうか、ならいいが」
「たった二日で抜けるなんて貴方のお蔭です。忍さんは名医ですね」
「お前限定の名医だ。だがあとで離脱症状が出ることもある。まだ無理はするな」
あまりに京哉がやつれた顔をしているのでそう言ったが、微笑む京哉の目は非常に穏やかな色をしていて本当に大丈夫なようだった。
それよりやつれているのはお互い様だったらしく、京哉の側も霧島をまじまじと見つめている。
「お腹空きましたよね」
「ああ、そうだな。何か見繕ってくるか?」
「いいえ、僕が……あっ、つうっ!」
「あれだけのことをやったんだ、一日二日は起きられん筈だぞ」
「そんな気がします。ううう、すみません」
今更ながら頬を染めて俯いた年下の恋人が愛しくて堪らず、霧島は思い切り抱き締めてからベッドを滑り降りてキッチンに向かった。
その足取りを見て京哉も心配になったが動けない。仕方なく待つこと十五分、霧島がトレイを手に戻ってくる。
「結局いつもの朝飯になってしまった。悪いな」
「それも何だか久しぶりで嬉しいですよ」
霧島の定番朝メニューはバゲットのフレンチトーストに冷凍ほうれん草と京哉の好きな赤いウインナー炒め、それにカップスープが今日は手作りのコーンスープだ。
早速コーンスープをスプーンで「あーん」して貰う。
優しい味に京哉は涙が出そうになるのを危うく堪えてスープと一緒に呑み込んだ。
◇◇◇◇
京哉の回復を待ち、様子を見て機捜に二人が出勤したのは翌週の月曜日だった。
出てきた二人に皆は余計なことを訊かず笑顔で迎えてくれる。本日の上番は機捜の長老である田上警部補の率いる二班で、皆が揃うと小田切の号令で敬礼された。
「気を付け! 出張から戻られた隊長と鳴海巡査部長に敬礼!」
相互に気合いの入った敬礼を交わすとすぐに日常が戻ってきて隊員の引き継ぎ交代やお茶汲みに掃除、書類仕事などに忙しくなった。左鎖骨骨折という重傷を負いながら隊長不在の間は頑張ってくれた小田切も早々にサボり始める。
「隊長に副隊長! 麻雀対戦なんかやってないで仕事仕事仕事!」
「俺様が頑張ったお蔭で、そんなに書類は溜まっていないじゃないか」
「明日は明日の書類が降るんです。今日の分は今日終わらせて下さい」
「何だが京哉くんはどんどん逞しくなっていくなあ」
「鍛えてくれる上司が二人もいますからね」
「我々二人はサンドバッグということか」
「吊るされたくなければ仕事!」
仕方なく上司二人が仕事を始めたのを確認し、京哉はお茶の第二弾を在庁している皆に配った。着席すると携帯にメールが入って見れば京哉を案じる御前からだった。回復したとメールで返してから思いついて、非常につまらなそうに仕事をする上司たちをエサで釣る。
「今日は定時で帰れたらすき焼きですよ~」
「えっ、本当かい?」
「ちゃんと大根と玉ねぎに竹輪も入れてあげますから」
俄然張り切りだした小田切は片手ながら猛スピードでノートパソコンのキィを打ち始めた。そうして時間は経過し定時を迎えたが、今日は滑り込みの同報も入らず京哉と霧島に小田切の三人は機捜の詰め所から出ることができた。
しかし裏の駐車場に出てみると日も暮れた中で白いセダンに凭れている人影がある。
近づいてみるとその人物は片手を挙げた。身構えたが何のことはない香坂だ。
「何だ、香坂。本庁のハムはヒマなのか?」
「霧島さんたちは基生から聞いていないのか?」
「何のことだ?」
「香坂堂コーポレーションは白藤支社から複数の逮捕者と死者まで出して大騒ぎ、麻取のお蔭でメディアにも洩れて株価も大暴落している。かつての暗殺肯定派実行本部摘発での発砲騒ぎが洩れた時の霧島カンパニーと同じ轍を踏んだ形になった」
「それくらいは知っている」
「その事態を防げなかった僕は議員先生の機嫌を損ねて本庁から追い出され、この県警本部にトバされたんだ。配属先は生活安全部、本日より生活保安課長を拝命した」
聞いて霧島と京哉は顔を見合わせた。振り返ると小田切が頭を掻いている。
「もしかして香坂警視は小田切さんと縒りを戻したんですか?」
「戻すつもりもなかったんだけどね。引っ越してみたら官舎は同じだし、基生は骨折していて独りじゃ風呂に入るのも困難な状態だし、その、あれだよ。鳴海巡査部長に殴られ蹴られた上に二キロ先から頭を割られたくもないしさ。だから保険ということで……」
語尾を濁してそっぽを向く香坂は、どうやら照れているらしい。
「じゃあ着任祝いをしなきゃなりませんね」
「今日はすき焼きなんだろ、それに参加させてくれ。肉は割り勘でいいから」
「なあんだ、小田切さんから連絡済みですか。なら早く、乗って乗って!」
帰りにスーパーカガミヤですき焼きの材料を買い込んでマンションに帰り着く。
だが四人の思い描いたすき焼きはそれぞれ大きく食い違い、丸く収めるため全て取り入れた結果、闇鍋状態となった。
更には途中からお祭り好きの御前までが京哉の快気祝いと称して最高級松阪牛のすき焼き肉を土産に乱入し、エラい騒ぎとなる。
挙げ句にシメのうどん派とおじや派で壮絶なバトルが勃発することになった。
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