俺の何気ない日常が少し重くなった。

志賀雅基

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第13話・数日後の仕事の後

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 さて、今日も大過なく仕事が終わった。皆と同じく大和もそう思ってデスク上のノートパソコンの電源を落とした途端、課長が大声を張り上げた。

「よーし、そろそろ旨い『油を差す』時期だろう。行くぞ!」

 景気のいい声だったが、対して皆は「喜んで見せなければ!」といった、複雑かつ悲壮な感じすら漂う笑顔といった、なかなか自然には作るのが難しい表情になる。

 大和たちは上司に恵まれていた。特にこの課長は気前も人柄も良く、大らかで鷹揚ながら、部下の失敗の責任もちゃんと一緒に取ってくれるような、上司にしたいタイプのベスト3入り確実な男である。
 だが、ただひとつ欠点を上げるとすると「大らかすぎる」のだ。大雑把とも云えるかも知れない。細かいことに拘らないのは大和たちにとって有難いことだった。

 しかし課長自身がヒマで飲みたくなったタイミングで、皆のタイミングなどカケラも気に留めず、こうして突然の『飲み会』が一方的に通達される。用事があるなら断ればいいのだが、まだ新しい彼氏も出来ていない大和には断る理由が見つからなかった。

 他の者たちも『課長の厚意』を蹴飛ばしてまで予定を優先するのはためらわれるといった雰囲気が充満している。そのくらい『愛される上司』である課長なので、苦笑いしつつも皆がこっそり携帯であちこちに連絡を入れ出すというのも、既に大和にしても馴染みとなった光景だ。

 その大和は母に「飲み会、入った。餌を頼む」とだけ連絡し、このフロアで全てを心得ている年配の女性社員が課長の行きつけの店に急な大人数の予約を取るのを眺める。

 幸か不幸か予約はあっさり取れたらしく、課長を先頭に全員でフロアを出た。

 課長の行きつけは会社のビルを出てから歩いて10分くらいの近場にある居酒屋だ。本当は店名に『バル』などと洒落た文字がくっついているので目指したのは洋風酒場だったのかも知れないが、実際には洋風の料理も少しはメニューに載っている、あくまで普通の居酒屋だった。

 入店するなり空けられていた『予約席』の座敷へと誘導され、何となく仕事の時のデスク配置に似た並びで皆が着席する。真っ先に課長が大声で訊いた。

ナマ、何人だ?」
「あ、わたしも」
「俺も生がいいです」

 課長自らが数えて若いバイトらしい女性店員に「生ビール7とウーロン5ね!」と頼む。
 こんな風に過剰な気遣いも要らない飲み会というか、課長の奢りでの夕食会みたいな雰囲気なので、皆は『気紛れ』にも嫌がらずについてくるのだ。

 おまけに酔っ払わない程度のアルコールで緩みつつも、次に上から降りてくるプロジェクトの概要なども話してくれたり、『あの仕事はパーフェクトだ』とか『あれはちょっと弄った方がいい』等のお褒めの言葉や貴重なアドヴァイスも貰えるので外せない。

 大和は自家用車なのでウーロン茶を飲みつつ、焼き鳥に唐揚げ、ポテトフライとシーザーサラダを次々と食いながら、そろそろ小さなプロジェクトのチームリーダーでも務めてみるか? と訊かれて笑顔を返しておいた。
 これが『詰め』の段階なら、この後の二次会に否が応でも誘われる。だが今はもう課長は隣の席の課長補佐と焼酎の銘柄の話で盛り上がっていた。急な話ではなさそうで大和はホッとした。

 良く飲み良く食べて、それほど遅くない時間に一旦お開きになった。
 店を出て皆が課長に「ごちそうさまでした!!」と唱和する。

 社長の采配で懇親会にも使える交際費めいたものが各課に分配されているのは皆が知るところだが、菓子を配って終わりという課もある中で皆が飲み会に参加すること自体、ウチの課長の人徳だろうなと大和は朗らかに笑う課長を眺めた。こうして電車の時間をさりげなく気に掛ける辺りもデキる上司だ。

 と、その向こうにあるライブハウスから丁度、楽器ケースを担いだ一団が吐き出された。全体的に衣装は黒っぽいのに露出した肌や髪は原色系に染め分けられ、三日以上徹夜したかの如く目の周りは黒く塗られている。いわゆるパンクというヤツだろうか。大和は詳しくないので分からない。

 そんな彼らが攻撃的だと思い込むこと自体、今どきは流行らないどころか人権侵害とでも言われそうだ。

 しかし黒っぽい衣装に多数くっついた銀色の円錐形の飾りや、どうしたらその状態を維持できるのか不思議な、髪を固めたモノであろう、プー助が怒った時の如きトゲトゲのレインボーカラーなどは見慣れないと威嚇的に思えてしまう。

 そのパンク集団のほぼ全員が喋りながらも駅方向に歩いてゆくのを見て、暫し距離を置いてからこちらの電車通勤組も帰途に就いた。あとは課長の声がかりでの二次会組と会社の駐車場に戻る素面の自家用車通勤組に分かれる。

 飲んでもいないのに『チームリーダー』を仄めかされたことで火照った頬を冷ますのに、大和は皆が捌けてしまってから、のんびりと社のビルへと歩き始めた。
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