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第6話
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「お二人とも空戦ゲームなんかに嵌ってないで、仕事仕事仕事っ!」
「何だ、鳴海か。今は手が離せん。それに書類は腐らん」
「たった一通の報告書くらい仕上げてから遊んで下さい。キャリアの名が泣きますよ」
「あと数分見逃してくれ。このオペレーションに上級幹部昇進が懸かっているんだ」
「貴方がたに回した書類には貴方がたの命が懸かっていますが、いいんですか?」
「どういうことだ?」
「捜一課長の剛田警視に回す書類です。今日中に上げないと絞め殺されますからね」
「そういうところをフォローするのが秘書たるお前の……くそう!」
会話に気を取られた瞬間ゲーム内で霧島の機にミサイルが直撃、木っ端微塵に爆散していた。ゲームオーバーになり本気で毒づく上司に京哉は呆れて流し目をくれる。
そのまま席に戻って自分の書類を進めることにした。自分の書類といっても上司たちの代書なのだが、それはともかく一緒に遊んでいる訳にもいかない。何せ三通しか溜まっていなかった督促メールは先週の分で、今週分の書類には手もつけていないのである。煙草を吸いつつ黙々とキィを打ち続けた。
やがて十二時を過ぎ、昼食休憩で隊員たちもポツポツ戻ってくる。京哉は出来上がった報告書を関係各所にメールで送ってから席を立った。皆に茶を淹れようと給湯室に向かいかけた時、室内のスピーカーが共振したのを感じて動きを止める。皆も身を凍らせ耳を澄ましていた。流れ出したのは同時通報、通称同報と呼ばれる事件の知らせである。
《指令部より各局へ。白藤市駅東口近くのアイリスビルにおいて屋上から男女二名が転落したとの一般入電。関係各局は直ちに現場に急行されたし。繰り返す――》
隊員らが一斉に出入り口に殺到した。転落が事故や自殺とは限らない。もし事件なら、これこそ初動捜査がものをいう案件である。京哉が振り向くと霧島も立ち上がっていた。
「隊長も出張るんですか?」
「ああ。今は一台でも多く警邏が欲しい。小田切、あとは任せた。行くぞ、鳴海」
コートを掴み駆け出した霧島を京哉は追う。階段を走り降りて裏口を抜けるとメタリックグリーンの覆面パトカーに滑り込んだ。運転はより巧みな霧島、助手席の京哉は無線で緊急走行の許可を取る。全面が駐車場となった庁舎前庭を縦断して、大通りに出る際に緊急音を出しパトライトを上げた。霧島はスムーズに通りの車列を割って緊走し始める。
「駅の東口なら七、八分ですかね」
「そうだな。アイリスビルは暴力団に地上げされて殆ど無人の筈だ」
「海棠組でしたっけ?」
「最初はな。だが海棠組は私たちと喧嘩しただろうが。そのあとどうなった?」
「あああ、すみません、実況見分中に捜一や組対の目前でアレでした」
「私を拉致って嬲った組長はクソ親父の怒りを買って、雇われた元自のスナイパーに狙撃された。誰かはその事実をクソ親父から聞いていながら私に隠し立てして――」
「――すみません、すみません! それもう、終わった話でしょう?」
涼しい顔でネチこく怒りを再燃させている霧島に京哉は必死で謝った。一度こじれると互いに頑固で折れないため、雰囲気が悪くなる程度では済まず職務にも支障をきたす。取り敢えず今はアイリスビルの案件だと思い出してくれたようで霧島は話を戻した。
「あとを新興勢力の高輪組が買い取ったらしいが」
「何れにせよ暴力団絡みですか、なるほど」
自殺と見せかけて殺すなら最適な舞台という訳だ。
まもなく覆面はアイリスビルの根元に辿り着く。野次馬の海を割って現着した。
張られた黄色いバリケードテープの規制線ギリギリ手前に覆面を停めて降車する。長身の霧島が持ち上げたテープをくぐり、歩きながら捜査帽を被り白手袋を嵌めた。目隠しのブルーシートを捲りつつ京哉は腕時計で時刻を確認、同時に人並み外れた嗅覚で生臭さを嗅いでいる。
「十二時二十六分、臨場と。うわあ、やっぱり。やっちゃってますね」
「仕方あるまい、二十階建てのビル屋上から真っ逆さまだからな」
何気なく二人でアイリスビルを見上げた。そこで捜一の三係長が声を掛けてくる。
「おや、機捜は隊長さんとお秘書さんまで出動ですか」
「ご苦労様です。身元は?」
「正確な姓名はまだ。ですがマル目の証言で高輪組の若衆とイロちゅう話でしてな」
「チンピラクラスとはいえ筋者が自殺、いや、心中の線ですか?」
「その辺りに落ち着きそうな気配ですなあ。両名ともヤク中のようですし」
言いつつ三係長は無造作に死体の腕を捲って見せる。男女共に肘の内側の皮膚は注射痕で真っ青な内出血だ。鋭い嗅覚で京哉はアルコール臭も嗅ぎ取っている。
「クスリをキメて、酒で景気づけて飛び降りた……というストーリーか」
「ぶっちゃけ心中じゃなく背中を押された線が濃厚ですけど、組関係ですからなあ」
「この一帯は高輪組のシマ、マル被はまず出てこないだろうな」
喩え背中を押した奴がいて目撃通報され直後に警邏が駆け付けても、所属する組のシマならどの店だって飛び込めば口裏合わせくらいしてくれるという寸法だ。
「内部抗争ってほどお洒落でもなく厄介者の始末……ですかね?」
呟いた京哉を含め三人で溜息をついた。実際、幻覚に惑わされるくらいキメていたなら心中も事故もあり得るが、正気のヤクザ者カップルと自死なる現象を繋げるのはスチルワイアと羽毛を結びつけるほど困難だった。だがヤク中だったのは事実。すると当然浮かぶ筋書きは売り物に手を出した末端の売人と、クスリのルートを吐かれたくない組という画だ。
そこで捜一のワンボックスカーがやってきて、ブルーシートの囲いの中にバックで乗り入れ停止する。当番制かジャンケンかで決められた、解剖に立ち会う刑事たちが鑑識作業を終えた二名の死体をワンボックスの後部に運び入れ、白藤大学付属病院の法医学教室に運び去った。
続けて鑑識がローラーを掛け始め、霧島と京哉は覆面に退散だ。
「何だ、鳴海か。今は手が離せん。それに書類は腐らん」
「たった一通の報告書くらい仕上げてから遊んで下さい。キャリアの名が泣きますよ」
「あと数分見逃してくれ。このオペレーションに上級幹部昇進が懸かっているんだ」
「貴方がたに回した書類には貴方がたの命が懸かっていますが、いいんですか?」
「どういうことだ?」
「捜一課長の剛田警視に回す書類です。今日中に上げないと絞め殺されますからね」
「そういうところをフォローするのが秘書たるお前の……くそう!」
会話に気を取られた瞬間ゲーム内で霧島の機にミサイルが直撃、木っ端微塵に爆散していた。ゲームオーバーになり本気で毒づく上司に京哉は呆れて流し目をくれる。
そのまま席に戻って自分の書類を進めることにした。自分の書類といっても上司たちの代書なのだが、それはともかく一緒に遊んでいる訳にもいかない。何せ三通しか溜まっていなかった督促メールは先週の分で、今週分の書類には手もつけていないのである。煙草を吸いつつ黙々とキィを打ち続けた。
やがて十二時を過ぎ、昼食休憩で隊員たちもポツポツ戻ってくる。京哉は出来上がった報告書を関係各所にメールで送ってから席を立った。皆に茶を淹れようと給湯室に向かいかけた時、室内のスピーカーが共振したのを感じて動きを止める。皆も身を凍らせ耳を澄ましていた。流れ出したのは同時通報、通称同報と呼ばれる事件の知らせである。
《指令部より各局へ。白藤市駅東口近くのアイリスビルにおいて屋上から男女二名が転落したとの一般入電。関係各局は直ちに現場に急行されたし。繰り返す――》
隊員らが一斉に出入り口に殺到した。転落が事故や自殺とは限らない。もし事件なら、これこそ初動捜査がものをいう案件である。京哉が振り向くと霧島も立ち上がっていた。
「隊長も出張るんですか?」
「ああ。今は一台でも多く警邏が欲しい。小田切、あとは任せた。行くぞ、鳴海」
コートを掴み駆け出した霧島を京哉は追う。階段を走り降りて裏口を抜けるとメタリックグリーンの覆面パトカーに滑り込んだ。運転はより巧みな霧島、助手席の京哉は無線で緊急走行の許可を取る。全面が駐車場となった庁舎前庭を縦断して、大通りに出る際に緊急音を出しパトライトを上げた。霧島はスムーズに通りの車列を割って緊走し始める。
「駅の東口なら七、八分ですかね」
「そうだな。アイリスビルは暴力団に地上げされて殆ど無人の筈だ」
「海棠組でしたっけ?」
「最初はな。だが海棠組は私たちと喧嘩しただろうが。そのあとどうなった?」
「あああ、すみません、実況見分中に捜一や組対の目前でアレでした」
「私を拉致って嬲った組長はクソ親父の怒りを買って、雇われた元自のスナイパーに狙撃された。誰かはその事実をクソ親父から聞いていながら私に隠し立てして――」
「――すみません、すみません! それもう、終わった話でしょう?」
涼しい顔でネチこく怒りを再燃させている霧島に京哉は必死で謝った。一度こじれると互いに頑固で折れないため、雰囲気が悪くなる程度では済まず職務にも支障をきたす。取り敢えず今はアイリスビルの案件だと思い出してくれたようで霧島は話を戻した。
「あとを新興勢力の高輪組が買い取ったらしいが」
「何れにせよ暴力団絡みですか、なるほど」
自殺と見せかけて殺すなら最適な舞台という訳だ。
まもなく覆面はアイリスビルの根元に辿り着く。野次馬の海を割って現着した。
張られた黄色いバリケードテープの規制線ギリギリ手前に覆面を停めて降車する。長身の霧島が持ち上げたテープをくぐり、歩きながら捜査帽を被り白手袋を嵌めた。目隠しのブルーシートを捲りつつ京哉は腕時計で時刻を確認、同時に人並み外れた嗅覚で生臭さを嗅いでいる。
「十二時二十六分、臨場と。うわあ、やっぱり。やっちゃってますね」
「仕方あるまい、二十階建てのビル屋上から真っ逆さまだからな」
何気なく二人でアイリスビルを見上げた。そこで捜一の三係長が声を掛けてくる。
「おや、機捜は隊長さんとお秘書さんまで出動ですか」
「ご苦労様です。身元は?」
「正確な姓名はまだ。ですがマル目の証言で高輪組の若衆とイロちゅう話でしてな」
「チンピラクラスとはいえ筋者が自殺、いや、心中の線ですか?」
「その辺りに落ち着きそうな気配ですなあ。両名ともヤク中のようですし」
言いつつ三係長は無造作に死体の腕を捲って見せる。男女共に肘の内側の皮膚は注射痕で真っ青な内出血だ。鋭い嗅覚で京哉はアルコール臭も嗅ぎ取っている。
「クスリをキメて、酒で景気づけて飛び降りた……というストーリーか」
「ぶっちゃけ心中じゃなく背中を押された線が濃厚ですけど、組関係ですからなあ」
「この一帯は高輪組のシマ、マル被はまず出てこないだろうな」
喩え背中を押した奴がいて目撃通報され直後に警邏が駆け付けても、所属する組のシマならどの店だって飛び込めば口裏合わせくらいしてくれるという寸法だ。
「内部抗争ってほどお洒落でもなく厄介者の始末……ですかね?」
呟いた京哉を含め三人で溜息をついた。実際、幻覚に惑わされるくらいキメていたなら心中も事故もあり得るが、正気のヤクザ者カップルと自死なる現象を繋げるのはスチルワイアと羽毛を結びつけるほど困難だった。だがヤク中だったのは事実。すると当然浮かぶ筋書きは売り物に手を出した末端の売人と、クスリのルートを吐かれたくない組という画だ。
そこで捜一のワンボックスカーがやってきて、ブルーシートの囲いの中にバックで乗り入れ停止する。当番制かジャンケンかで決められた、解剖に立ち会う刑事たちが鑑識作業を終えた二名の死体をワンボックスの後部に運び入れ、白藤大学付属病院の法医学教室に運び去った。
続けて鑑識がローラーを掛け始め、霧島と京哉は覆面に退散だ。
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