Black Mail[脅迫状]~Barter.23~

志賀雅基

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第5話

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 コートを掴んで降りると二人は古めかしくも重々しいレンガに似せたタイル張り十六階建ての本部庁舎に走り、裏口から入って階段で二階に駆け上った。左側一枚目のドア前で立ち止まり向かい合うと締めたタイの歪みをチェック、頷き合ってドアを開ける。

 そうして二人は二十二分間遅刻の八時五十二分、機捜の詰め所に出勤した。

 隊長の姿に気付いた隊員たちが身を折る敬礼をする。ラフな挙手敬礼で答礼した霧島は隊長のデスクに就いた。すると隣から副隊長の小田切おだぎり基生もとお警部が咥え煙草で訊いてくる。

「霧島さんたちが遅刻なんて珍しいけど、どうしたんだい?」
「貴様と違って珍しい遅刻は、ひったくりを捕縛していたからだ」
「何でそう一言多いかなあ。俺だってバスさえ遅れなきゃ定時に着くさ」
「ラッシュ時でも同じ官舎発のバス通勤隊員は定刻出勤しているのだがな」

 鉄面皮で振り向きもせず言われても小田切はニヤニヤしていた。食えないこの男も霧島同様キャリアで二期後輩に当たる。前の秋に異動してきて、その日のうちに霧島から京哉を奪う宣言をぶちかまし、霧島をイラつかせたツワモノだ。

 イラつかせただけでなく京哉と当人たちしか知らないが、乱闘までやらかして霧島からは痛い目に遭わされている。京哉から見て小田切も武道は相当な上段者だが霧島がその上をいった訳だ。京哉に手を出されかけてキレていたのもある。お蔭で霧島からは冷たくあしらわれているが、自称・他称『人タラシ』というのは本当だった。

 実際に男女問わない人間関係が問題視され、元いた警視庁警備部からも追い出されて、流れ流れた果てにこの機捜にやってきた。キャリアである以上、優秀には違いないだろうが霧島とは逆、同期中で成績はビリだったと自ら吹聴しているのは嘘でもないようだ。

 キャリアは入庁後七年で全員一斉に警視へと昇任する。その不文律にこの分では追い付かないぞと上層部が指折り数えて悩んだ結果、小田切警部が警視昇任に間に合うよう箔を付けさせるため、新たなポストを設けることに決めたのだ。

 白羽の矢が立ったのが機捜だった。隊長と秘書が謎な出張ばかりしている機捜に責任者を常駐させるという尤もらしい理由である。ついでにライフル射撃が特技で京哉と同じく非常勤のSAT狙撃班員の肩書も持っていた。

 腕は確かで京哉と張り合った挙げ句に凹んでいたようだが、立ち直りも早くスナイパー同士の会話で盛り上がり、たびたび霧島に殺意を抱かせていた。だが問題は隊長が副隊長の頭を銃でぶち抜かないかの心配ではなく、特別任務なる本来は県警レヴェルの案件ではない機密の内容を知っても絶対に口を滑らせない人物という点が重要だった。

 そこにきて国家公務員のキャリアで警視庁時代から狙撃手だった小田切は条件を満たしていると霧島も認めざるを得なかった。幾らお盛んでも寝物語に人質案件のマル被を狙撃したなどと洩らす奴に狙撃班員は間違っても務まらない。

 噂好きの部下たちに『三角関係』だと騒がれ喜ばれては図に乗る男に霧島も京哉も随分迷惑を被ってきたが、結局小田切は特別任務に絡んで再会した昔馴染みの同期で、現在はこの県警本部にて生活安全部せいあんの生活保安課長を張る香坂こうさかりょう警視と縒りを戻して以来、多少の落ち着きを見せて素行もマシになっていた。

 その小田切は本日上番の一班と下番する三班の隊員が揃ったのを見て腰を上げ、交代に立ち会う。日報に目を通して申し送りを済ませると、また副隊長席に戻って煙草を吸いながらノートパソコンに向かった。それを横目に霧島もノートパソコンを起動する。

 機捜隊員は普通の刑事と違い二十四時間交代という過酷な勤務体制で、覆面パトカーで警邏し、殺しや強盗タタキに放火その他の凶悪犯罪が起こった際に、いち早く駆けつけ初動捜査に就くのが職務だ。ここでは三班に分かれてローテーションを組んでいる。

 だが交代要員のいない隊長と副隊長に秘書は内勤が主で、勤務時間も定時の八時半から十七時半の日勤だ。大事件でも起こらない限り土日祝日も休みである。そしてホワイトボードを振り返ると本日を示す緑色のマグネットは金曜日にくっついていた。連休を前にして隊長と副隊長はしかつめらしくパソコン操作する。

 上司二人を横目に見ながら京哉は給湯室に駆け込み、トレイに湯呑みを並べて茶を淹れた。お茶汲みも秘書たる京哉の大事な仕事である。詰め所と三往復して在庁している隊員たちに茶を配り、最後に隊長と副隊長及び自分のデスクにも茶を配給した。

 茶を飲んで腹を温めた三班の隊員たちは三々五々帰って行き、一班の隊員たちは警邏に出て行く。あっという間に詰め所内は閑散とし、情報収集用に点けっ放しにしてあるTVの音声と、機捜本部の指令台に就いた一班長・竹内たけうち警部補が機捜専用無線の捜査専務系に早速飛び込んできた案件を各車に割り振る声が響くばかりとなった。

 空いた湯呑みを集め洗い物を終えると、京哉もアルミの灰皿一個を手にようやくデスクに就く。煙草を咥えてオイルライターで火を点け、紫煙を吐きつつノートパソコンを起動した。起動している間に「ニャー」と鳴いてオスの三毛猫ミケが足元に寄ってくる。

 過去の特別任務の付録として押しつけられたミケを本当は飼いたかったが、京哉と霧島が暮らすマンションはペット禁止だったため苦肉の策でここにつれ込んだ。ここは広い上に二十四時間必ず誰かは詰めていて、ミケが一匹だけになることはない。猫好きの同志を募って作ったトイレとエサの当番表も上手く機能していた。

 普段はえげつないほど気性が荒いミケだが今日は機嫌がいいらしい。足元で遊ばせながらメーラーを立ち上げてみると報告書の督促メールも三件しか溜まっておらず安堵する。一番急ぎの一件を自分が代書することにして、残りを一件ずつ上司二人に振り分けた。

 目を上げてみると上司たちは、やけに真面目な顔つきで頷いて見せる。
 だがそのくらいで京哉は騙されない。騙され続けて鍛えられたのだ。一本吸い終えてから、おもむろに立ち上がると上司たちの背後に回ってパソコンのディスプレイをチェックする。案の定ゲームで遊んでいたがいつもの麻雀対戦ではなく、今日は両方とも戦闘機らしきものがくるくるとロールを打っている。

 京哉は巨大な溜息を洩らした。背後に立ったのも気付かないほど上司たちは熱中しているのだ。いっそすがすがしいくらい子供に還ってしまっている。
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