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第13話
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ただ、ビル=スレーダー自身は当然ながらマフィアのドンと飲んでも、高級ウィスキーの味も分からないくらいに話も合わず、それなのに話が合っているふりをするのも結構きつかったので誘われるたびに気が重かった。
おまけに飲んだ帰り際には必ず『足代』と称してタクシー代の数十倍ものカネを握らされるのも苦痛でしかなかった。ドンが一度出したカネを引っ込める訳もなく、顔を潰さないように迎合の薄笑いで大金を懐に入れるのも情けないものだ。
暫く経つとマクミランのドンも飽きたのか、誘ってこなくなった。有難いと思っていた矢先に届き始めたのがこの封筒である。そして同じ封筒が毎週届き始めてもう七通目とくれば、中身など見なくても分かっていた。
マクミランファミリーのドンはビル=スレーダーに飽きた訳ではなかった。何度も飲みに誘っては少しずつ口を割らせ、あのバス事故について知っている事実を引き出していたのだ。マフィアが得にもならない接待などする筈もなく、何も考え及ばずに酔わされて『面白い話のネタ』とばかりに洩らした自分は本当に馬鹿みたいだった。
そして放り出されたと思えば届き始めたのがこの封筒だ。中身は無機的なプリンタ文字の並んだ便箋がいつも一枚。内容は自分が握ったあのバス事故についての調査ファイルを公表しないよう迫る文章が事務的に淡々と綴られているのである。
端的に言えば脅迫で、それと同封されているのは貸金庫のキィだ。
ダイナ銀行の貸金庫には十万ドルものカネが毎回入っている。いつまで続くのかは知らないが、この小さな事務所なら誰も何もせずともやっていけるほどだ。
飴とムチでまさに自分はコントロールされてしまっている。
気弱な性格を嫌という自覚していて、ジェマに決断を告げることすらできない。
フレームの中で笑う妻と息子……生きていた頃は煩わしいと思ったことすらあるのに無い物ねだりの性格はどうしようもない。きっとこうしている間にジェマも去る。
手紙を手で破いて開封する。だが今回は手紙の他にふたつのものが入っていた。
ひとつは貸金庫のキィ、もうひとつはUSBフラッシュメモリだ。いつもと同じ手紙の内容を読み流したのちキィをポケットに入れてUSBメモリを立ち上げたままのPCに挿す。フォルダを開いてファイルに目を通すと、そこにあったのは――。
「……ボス、ボス?」
「えっ、ああ、何だ?」
「酷く顔色がお悪いようですが、どうかなさいましたか?」
「い、いや。何でもないよ。書類だったな、待っててくれ」
可笑しいくらいに声が震える。ビル=スレーダーは本当のムチにおののいていた。
とうとうマフィアがマフィアらしく牙を剥いたのである。だが自分はいったいどの段階で嵌められていたのだろうかと自問した。単にPCのトラブルシュートに来た男に対して『こいつはカネになる秘密を握っている』などとは思わないだろうし、悟られそうな会話もしなかった筈である。なら酔ってたまたま口が滑り、ターゲットにされたのか。
自分の指先の震えが面白いくらい止まらずビル=スレーダーは暫しそれを眺める。
そこでノックがしてジェマが社長室のドアを開けた。入ってきたのは起業時からの仲間である四人だった。皆が一様に表情を失くしていて、騒ぐこともできないほどの重大事が起こったのだと悟る。そのまま皆にデスクを囲まれた。ジェマすら蚊帳の外だ。
「社長……サーバーなんですが、一部の機器のプログラムが本来の物と書き替えられ、残りも殆ど内容がプロキシを経由するようシステムが組み換えられています」
「復旧は?」
「勿論、試みましたが書き換えられたプログラムも、プロキシを経由するシステムもそれこそ復旧があまりに早くてですね……端的に言えば歯が立ちません。敵がその気になれば即、乗っ取りが可能な状態です」
「――乗っ取り」
ボーッとそれを聞いて呟いたのち、ビル=スレーダーは再びPC画面に目を向ける。セットしたままのUSBメモリのフォルダ、それには便箋とは違ってバス事故には触れられておらず、『サーバの身代金』なる脅迫が新たに加えられていたのだった。
おまけに飲んだ帰り際には必ず『足代』と称してタクシー代の数十倍ものカネを握らされるのも苦痛でしかなかった。ドンが一度出したカネを引っ込める訳もなく、顔を潰さないように迎合の薄笑いで大金を懐に入れるのも情けないものだ。
暫く経つとマクミランのドンも飽きたのか、誘ってこなくなった。有難いと思っていた矢先に届き始めたのがこの封筒である。そして同じ封筒が毎週届き始めてもう七通目とくれば、中身など見なくても分かっていた。
マクミランファミリーのドンはビル=スレーダーに飽きた訳ではなかった。何度も飲みに誘っては少しずつ口を割らせ、あのバス事故について知っている事実を引き出していたのだ。マフィアが得にもならない接待などする筈もなく、何も考え及ばずに酔わされて『面白い話のネタ』とばかりに洩らした自分は本当に馬鹿みたいだった。
そして放り出されたと思えば届き始めたのがこの封筒だ。中身は無機的なプリンタ文字の並んだ便箋がいつも一枚。内容は自分が握ったあのバス事故についての調査ファイルを公表しないよう迫る文章が事務的に淡々と綴られているのである。
端的に言えば脅迫で、それと同封されているのは貸金庫のキィだ。
ダイナ銀行の貸金庫には十万ドルものカネが毎回入っている。いつまで続くのかは知らないが、この小さな事務所なら誰も何もせずともやっていけるほどだ。
飴とムチでまさに自分はコントロールされてしまっている。
気弱な性格を嫌という自覚していて、ジェマに決断を告げることすらできない。
フレームの中で笑う妻と息子……生きていた頃は煩わしいと思ったことすらあるのに無い物ねだりの性格はどうしようもない。きっとこうしている間にジェマも去る。
手紙を手で破いて開封する。だが今回は手紙の他にふたつのものが入っていた。
ひとつは貸金庫のキィ、もうひとつはUSBフラッシュメモリだ。いつもと同じ手紙の内容を読み流したのちキィをポケットに入れてUSBメモリを立ち上げたままのPCに挿す。フォルダを開いてファイルに目を通すと、そこにあったのは――。
「……ボス、ボス?」
「えっ、ああ、何だ?」
「酷く顔色がお悪いようですが、どうかなさいましたか?」
「い、いや。何でもないよ。書類だったな、待っててくれ」
可笑しいくらいに声が震える。ビル=スレーダーは本当のムチにおののいていた。
とうとうマフィアがマフィアらしく牙を剥いたのである。だが自分はいったいどの段階で嵌められていたのだろうかと自問した。単にPCのトラブルシュートに来た男に対して『こいつはカネになる秘密を握っている』などとは思わないだろうし、悟られそうな会話もしなかった筈である。なら酔ってたまたま口が滑り、ターゲットにされたのか。
自分の指先の震えが面白いくらい止まらずビル=スレーダーは暫しそれを眺める。
そこでノックがしてジェマが社長室のドアを開けた。入ってきたのは起業時からの仲間である四人だった。皆が一様に表情を失くしていて、騒ぐこともできないほどの重大事が起こったのだと悟る。そのまま皆にデスクを囲まれた。ジェマすら蚊帳の外だ。
「社長……サーバーなんですが、一部の機器のプログラムが本来の物と書き替えられ、残りも殆ど内容がプロキシを経由するようシステムが組み換えられています」
「復旧は?」
「勿論、試みましたが書き換えられたプログラムも、プロキシを経由するシステムもそれこそ復旧があまりに早くてですね……端的に言えば歯が立ちません。敵がその気になれば即、乗っ取りが可能な状態です」
「――乗っ取り」
ボーッとそれを聞いて呟いたのち、ビル=スレーダーは再びPC画面に目を向ける。セットしたままのUSBメモリのフォルダ、それには便箋とは違ってバス事故には触れられておらず、『サーバの身代金』なる脅迫が新たに加えられていたのだった。
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