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第17話
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バスと電車を乗り継いで都内を経由し、霧島と京哉が成田国際空港に着いたのは十五時前だった。他人が振り向くような音を腹から発する霧島と恥ずかしさで赤くなった京哉はレストランで遅いランチを済ませ、その後は当然のように京哉は喫煙ルームに直行する。
意地汚くチェーンスモークする依存症患者を霧島は生温かい目で見守った。
「だがドバイでのトランジットも含めて、たったの十七時間だぞ?」
「ドバイで煙草は吸えるんでしょうか?」
「いや、一時間のトランジットだ。おそらく機内待機になるだろう」
哀しい顔をして京哉は再び煙草を咥えようとする。霧島がその煙草のパッケージを素早く奪い取ってオイルライターと一緒にショルダーバッグに押し込んだ。
「タイムアップだ、京哉。もうチェックインしないと間に合わん」
カウンターの行列に並び出発前一時間というギリギリでチケットのチェックインをする。ここでとっととカウンターのお姉さんに政府発行の武器所持許可証を見せた。
すると面倒な客に悶着を起こされる前に専属の係員がついてくれて、二人は懐に銃を吊ったままセキュリティチェックと出国審査もクリアする。
あっさりと搭乗ゲートに並んで航空機に乗り込んだ。座席に収まると京哉は不貞寝の構えである。霧島は京哉に毛布を掛けたのち映画鑑賞を始めた。
機内食を食す以外はやたらと京哉は眠り、アラブ首長国連邦にあるドバイ空港でのトランジットも殆ど記憶に残らないまま、カランドの首都エーサの国際空港に着いたのが日本時間で十一時、六時間の時差があるので現地時間は朝の五時だった。
隣の霧島も寝起きで二人は眠い目とヨダレを擦り拭いつつ立ち上がる。焦ることなく京哉が毛布を畳むと客列の最後尾で降機した。ボーディングブリッジを渡りながら京哉は欠伸を噛み殺す。伝染したように霧島が大欠伸をかました。
歩調が緩んだその時、霧島の背に誰かがぶつかる。自分たちが最後尾だと思って暢気にしていたら客がもう一人いたらしい。二人して振り返るとそれは少年だった。
「あ……ごめんなさい」
「いや、すまん。私が悪い」
日本語で謝り合いながら霧島は少年をそれとなく観察する。
小柄で痩せた少年はジーンズに紺のジャケットという少し背伸びした大人の装いだったが、歳はまだ十五、六だと思われた。一人旅とは洒落ているが、顔つきは硬く外国に緊張しているようだ。それともこわばった表情は起きたら機内に誰もいなくて焦ったのかも知れない。荷物は小ぶりのショルダーバッグがひとつきりという潔さだ。
「忍さん、どうかしましたか?」
「ん、ああ、今行く」
ボーディングブリッジを渡ってターミナルビルに移ると入国審査である。ここは英語を話せる霧島の仕事だ。成田国際空港の時と同じく役人に対してパスポートの他に日本・カランド両政府の発行した正式書類を見せる。僅かな緊張を強いられる時だ。
何故かと言えばお国柄によっては役人に賄賂を要求される瞬間だからだが、幸いここでは役人の目も節穴ではなくキチンと書類が見えているようだった。
却って面倒な客とはさっさと縁を切りたいらしく、早々に二人揃って釈放となる。受け取る荷物もないのでもう自由だ。そこでまず向かったのは喫煙ルームである。
二本を立て続けに吸って京哉は脳ミソが固まったような気がした。
「あー、しみじみ美味しいかも。禁煙のあとの煙草は格別ですよ」
「そうか、ならば私にも一本くれるか?」
「一本と言わず、どうぞ」
京哉の煙草から貰い火した霧島は元々大学時代まで吸っていた上に、特別任務に就かされると悪癖を再開してしまうストレス性の喫煙症である。だがその事実に気付いているのは本人を差し置いて京哉だけだった。機捜に帰ると吸わないので敢えて黙っている。
霧島自身は年下の恋人が絡まない限り大概泰然としている非常に安定した精神の持ち主だが、これまでの特別任務はどれも洩れなく京哉と自分の命がビリヤードの球にされているようなものばかりだったのだ。今回だけハッピーだとは思っていない。
「内戦の国になど長居してもロクなことはないが、意外にここは綺麗だな」
「忍さん、また資料を読んでないでしょう。内戦は主に砂漠地帯の油田や石油化学コンビナートやパイプラインの通ってる町が舞台ですから。あとはガリア地区でゲリラ的な攻撃の応酬がなされてるだけで、この首都エーサは今はセーフゾーンですよ」
あとはこの首都エーサに目的のナルコム社があることや、今のエーサは避暑地とされるくらい季候もいいことなどを霧島は真面目に資料を読んだ京哉から聞く。
「ふむ。それで何故今どき内戦なんだ?」
「本部長が言ってたでしょう、企業がお互いにガリアの鉱山の利権を主張して揉めたのが発端だって。結構、色んな種類のレアメタルが採れるらしいですよ」
「始めてからもう十七年か、飽きんものだな」
「需要は高まる一方ですからね。おまけに今ではバックに他国が後押しする多数の企業が絡んで、それこそ精確に敵味方を把握できる人もいないんですって」
「いる筈の国軍はどうなっているんだ?」
チラリと眺めた資料に国軍の存在が書かれていたのを思い出して訊いた。
「勿論ありますけど、それこそ企業には他国がバックについてますからね。幾らでも買収できちゃうし、お蔭で自ら内戦に参加してるみたいですよ」
「何だ、それは。腐っているな」
「まあ、ひとことで斬り捨てるのは簡単ですけど、我が国だって他人事じゃないかも知れませんし。それにカランド国軍が文字通りの企業間戦争の片方に肩入れするのは恒常的なものじゃないし、企業は殆どPSCを雇ってるそうですから」
「プライヴェート・セキュリティ・カンパニー、つまり民間の代理戦争屋か」
「ええ。プロは戦い方もスマートで今は滅多に一般人の被害者は出ないって話です」
「そう願いたいものだ」
一本で霧島は納得し、煙草を消した二人は喫煙ルームを出るとここの季候に合わせてコートを脱いだ。持ち歩くとかさばるので観光客用のコインロッカーに押し込む。ついでに携帯電話もロッカーに放り込んだ。
何度も壊れて懲りていて現地調達が鉄則である。
意地汚くチェーンスモークする依存症患者を霧島は生温かい目で見守った。
「だがドバイでのトランジットも含めて、たったの十七時間だぞ?」
「ドバイで煙草は吸えるんでしょうか?」
「いや、一時間のトランジットだ。おそらく機内待機になるだろう」
哀しい顔をして京哉は再び煙草を咥えようとする。霧島がその煙草のパッケージを素早く奪い取ってオイルライターと一緒にショルダーバッグに押し込んだ。
「タイムアップだ、京哉。もうチェックインしないと間に合わん」
カウンターの行列に並び出発前一時間というギリギリでチケットのチェックインをする。ここでとっととカウンターのお姉さんに政府発行の武器所持許可証を見せた。
すると面倒な客に悶着を起こされる前に専属の係員がついてくれて、二人は懐に銃を吊ったままセキュリティチェックと出国審査もクリアする。
あっさりと搭乗ゲートに並んで航空機に乗り込んだ。座席に収まると京哉は不貞寝の構えである。霧島は京哉に毛布を掛けたのち映画鑑賞を始めた。
機内食を食す以外はやたらと京哉は眠り、アラブ首長国連邦にあるドバイ空港でのトランジットも殆ど記憶に残らないまま、カランドの首都エーサの国際空港に着いたのが日本時間で十一時、六時間の時差があるので現地時間は朝の五時だった。
隣の霧島も寝起きで二人は眠い目とヨダレを擦り拭いつつ立ち上がる。焦ることなく京哉が毛布を畳むと客列の最後尾で降機した。ボーディングブリッジを渡りながら京哉は欠伸を噛み殺す。伝染したように霧島が大欠伸をかました。
歩調が緩んだその時、霧島の背に誰かがぶつかる。自分たちが最後尾だと思って暢気にしていたら客がもう一人いたらしい。二人して振り返るとそれは少年だった。
「あ……ごめんなさい」
「いや、すまん。私が悪い」
日本語で謝り合いながら霧島は少年をそれとなく観察する。
小柄で痩せた少年はジーンズに紺のジャケットという少し背伸びした大人の装いだったが、歳はまだ十五、六だと思われた。一人旅とは洒落ているが、顔つきは硬く外国に緊張しているようだ。それともこわばった表情は起きたら機内に誰もいなくて焦ったのかも知れない。荷物は小ぶりのショルダーバッグがひとつきりという潔さだ。
「忍さん、どうかしましたか?」
「ん、ああ、今行く」
ボーディングブリッジを渡ってターミナルビルに移ると入国審査である。ここは英語を話せる霧島の仕事だ。成田国際空港の時と同じく役人に対してパスポートの他に日本・カランド両政府の発行した正式書類を見せる。僅かな緊張を強いられる時だ。
何故かと言えばお国柄によっては役人に賄賂を要求される瞬間だからだが、幸いここでは役人の目も節穴ではなくキチンと書類が見えているようだった。
却って面倒な客とはさっさと縁を切りたいらしく、早々に二人揃って釈放となる。受け取る荷物もないのでもう自由だ。そこでまず向かったのは喫煙ルームである。
二本を立て続けに吸って京哉は脳ミソが固まったような気がした。
「あー、しみじみ美味しいかも。禁煙のあとの煙草は格別ですよ」
「そうか、ならば私にも一本くれるか?」
「一本と言わず、どうぞ」
京哉の煙草から貰い火した霧島は元々大学時代まで吸っていた上に、特別任務に就かされると悪癖を再開してしまうストレス性の喫煙症である。だがその事実に気付いているのは本人を差し置いて京哉だけだった。機捜に帰ると吸わないので敢えて黙っている。
霧島自身は年下の恋人が絡まない限り大概泰然としている非常に安定した精神の持ち主だが、これまでの特別任務はどれも洩れなく京哉と自分の命がビリヤードの球にされているようなものばかりだったのだ。今回だけハッピーだとは思っていない。
「内戦の国になど長居してもロクなことはないが、意外にここは綺麗だな」
「忍さん、また資料を読んでないでしょう。内戦は主に砂漠地帯の油田や石油化学コンビナートやパイプラインの通ってる町が舞台ですから。あとはガリア地区でゲリラ的な攻撃の応酬がなされてるだけで、この首都エーサは今はセーフゾーンですよ」
あとはこの首都エーサに目的のナルコム社があることや、今のエーサは避暑地とされるくらい季候もいいことなどを霧島は真面目に資料を読んだ京哉から聞く。
「ふむ。それで何故今どき内戦なんだ?」
「本部長が言ってたでしょう、企業がお互いにガリアの鉱山の利権を主張して揉めたのが発端だって。結構、色んな種類のレアメタルが採れるらしいですよ」
「始めてからもう十七年か、飽きんものだな」
「需要は高まる一方ですからね。おまけに今ではバックに他国が後押しする多数の企業が絡んで、それこそ精確に敵味方を把握できる人もいないんですって」
「いる筈の国軍はどうなっているんだ?」
チラリと眺めた資料に国軍の存在が書かれていたのを思い出して訊いた。
「勿論ありますけど、それこそ企業には他国がバックについてますからね。幾らでも買収できちゃうし、お蔭で自ら内戦に参加してるみたいですよ」
「何だ、それは。腐っているな」
「まあ、ひとことで斬り捨てるのは簡単ですけど、我が国だって他人事じゃないかも知れませんし。それにカランド国軍が文字通りの企業間戦争の片方に肩入れするのは恒常的なものじゃないし、企業は殆どPSCを雇ってるそうですから」
「プライヴェート・セキュリティ・カンパニー、つまり民間の代理戦争屋か」
「ええ。プロは戦い方もスマートで今は滅多に一般人の被害者は出ないって話です」
「そう願いたいものだ」
一本で霧島は納得し、煙草を消した二人は喫煙ルームを出るとここの季候に合わせてコートを脱いだ。持ち歩くとかさばるので観光客用のコインロッカーに押し込む。ついでに携帯電話もロッカーに放り込んだ。
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