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第23話
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ゆっくりと風呂でリラックスし、柑橘系のソープの香りですっきりとして気分も良くなった京哉がガウンを着て出てみると、霧島は既に専用コントローラをロウテーブルに放り出し、三人掛けソファにゴロ寝していた。出てきた京哉を見て身を起こす。ミネラルウォーターの瓶を手にして京哉も霧島の隣に腰掛けた。
「どうしたんですか、顔色が悪いですよ。忍さんも酔ったとか?」
「かも知れん。これは完全に上級者向きだ。レヴェルが違って歯が立たん」
「歯が立たないって、ログの中でも被撃墜王ですか?」
「いや、墜とされなかった。というよりラストまでログを落とせていなかった。作戦成功を確認した時点でRTBになる筈が、そこまでの記録はなかった」
「ふうん。でも明らかな作戦失敗じゃなかったんでしょう? 失敗した作戦より成功した作戦を見られて良かったじゃないですか」
軽い気持ちで訊いた京哉を霧島は切れ長の目に複雑な色を浮かべて見る。
「確かに成功例から得るものは多い。だがな、私は喩え敵が産業スパイでも二十五ミリチェーンガンでミンチにする趣味はないからな」
放り出すような言い方に京哉は思わず霧島を見返した。
「何です、それは。ハンターキラーってR指定じゃないですよね?」
頷いて霧島はゲームの流れを説明する。
「――で、おびき出した産業スパイを殺った直後でログは尻切れトンボだ」
「へえ、どうしたんでしょうね。ゲーマーが途中で放り出したとか?」
「かも知れん。途中で放り出しても機体にRTBするだけの能力が残されていたら、乗員も一緒に連れ帰ってくれるからな。その場合はゲーマーが干渉した部分のみ記録される。故に本当に放り出した場合はログは尻切れトンボでもおかしくはない訳だ」
「はあ。それで、ナルコム社が怪しいから探れという僕らの任務にそれが関係あるんですかね?」
さらりと訊いた京哉に霧島は僅かに機嫌を悪くした。
「上級者だけに与えられる特権が、たぶんこの超リアルヴァージョンなんだろう」
「そんなにすごいんだ。でも、だからってナルコムとマフィアとクスリの関係は?」
「嫌味ばかり言わんでもいいだろう。何がヒントになるか分からんとお前自身が言ったのだぞ。取り敢えず私はひとつ得た。ハンターキラーには超上級者向け極秘ヴァージョンが存在する。世界中でブームだがこれに辿り着いた奴は一握りに違いない」
「僕には全然ヒントに思えないんですけど……まあいいや。でもゲームとはいえあんまりリアルに人を殺すと一般人は下手すると精神的にダメージ食らいすぎるんじゃないですかね、PTSDになるとか。だってリアルにスパイをミンチなんでしょう?」
「大いに有り得るな、これなら。この元になったゲームのログを完全再生可能なら頼む。スパイを殺した辺りも画像が乱れていてな、それこそゲーマーが動揺して機体制御が疎かになったのかも知れん。スパイ側のモデルの人定も見ておきたい」
「やってあげてもいいですけど、それで何か得られるんですか?」
「だから意地の悪いことを言うな。私がこうして頼んでいるのだぞ?」
そうは言われても京哉にしてみればゲームが主体ではない、それよりナルコム社の悪行を暴くことが重要なのだ。マクミランファミリーとクスリで繋がっている証拠を挙げることが。それなのに霧島はゲーム内容なんぞに気を取られっ放しだ。
霧島の勘が時に恐ろしいほど事実に近づくのを京哉は今まで目の当たりにしてきたが、今回に限ってはゲームなど勘弁、それどころか二度とやりたくなかった。
ナルコムを追い詰めるなら京哉だって強力なヒントを得ている。帳簿だ。裏帳簿ではなくても内容をもっと詰めるべきなのに愛し人はまだゲームに拘り続けていた。
「このハンターキラーはおかしい、シビアすぎて面白くないんだ」
「うーん……面白くないのに見たがる貴方が分からないんですけど。『リアルさが半端』じゃないなら、より現実世界に近いから面白いんじゃないんですか?」
「いや、違う。ゲームはゲームという架空世界だからこそ、荒唐無稽な魔法が使えたり、普段モデルガンすら持ったことのない子供が銃を手にゾンビを倒したりする訳だろう? 現実にはありえない事象でゲームと分かっているから面白い、楽しめる」
「じゃあそのログにあった超リアル版ハンターキラーは『ゲームの筈なのにゲームではなく戦争体験』になり得るシビアさがある、そういうことでしょうか。のめり込んでしまったら『本物っぽくて凄い』では済まなくて『本物の体験』になる。本当の殺し合い……だから面白くない?」
霧島の考えのかなり近い線を言い当てたようで、大きな図体をした男は嬉しくなったのかソファの後ろから京哉の首に腕を巻き付けた。体毛の薄い象牙色の滑らかな肌が覗いている。柔らかく巻かれた腕を意識しつつ、京哉は言われたログを落とそうとした。ノートパソコンに伸ばした両手首を片手で掴んで留められる。
「あとでいい……なあ、京哉。現実界に引き戻してくれ」
手首の戒めが緩んだので妙に気恥しいのを誤魔化そうとミネラルウォーターの瓶を取って残りを飲んだが、その間にソファの前に移動した霧島に薄い肩を抱かれた。
「現実界ったって、この国で僕らの行為がバレたらそれこそ――」
「これだけ壁も厚いんだ、聞こえはせん。大丈夫だ、心配するな」
「貴方の『大丈夫だ、心配するな』ほど信用できないものはないんですが」
「いちいち文句を言うな。それとも京哉、お前は私が欲しくはないのか?」
甘えの混じった低い囁きを耳元に吹き込まれ、京哉は僅かに身を震わせる。
「なあ、いいだろう、京哉?」
「どうしたんですか、顔色が悪いですよ。忍さんも酔ったとか?」
「かも知れん。これは完全に上級者向きだ。レヴェルが違って歯が立たん」
「歯が立たないって、ログの中でも被撃墜王ですか?」
「いや、墜とされなかった。というよりラストまでログを落とせていなかった。作戦成功を確認した時点でRTBになる筈が、そこまでの記録はなかった」
「ふうん。でも明らかな作戦失敗じゃなかったんでしょう? 失敗した作戦より成功した作戦を見られて良かったじゃないですか」
軽い気持ちで訊いた京哉を霧島は切れ長の目に複雑な色を浮かべて見る。
「確かに成功例から得るものは多い。だがな、私は喩え敵が産業スパイでも二十五ミリチェーンガンでミンチにする趣味はないからな」
放り出すような言い方に京哉は思わず霧島を見返した。
「何です、それは。ハンターキラーってR指定じゃないですよね?」
頷いて霧島はゲームの流れを説明する。
「――で、おびき出した産業スパイを殺った直後でログは尻切れトンボだ」
「へえ、どうしたんでしょうね。ゲーマーが途中で放り出したとか?」
「かも知れん。途中で放り出しても機体にRTBするだけの能力が残されていたら、乗員も一緒に連れ帰ってくれるからな。その場合はゲーマーが干渉した部分のみ記録される。故に本当に放り出した場合はログは尻切れトンボでもおかしくはない訳だ」
「はあ。それで、ナルコム社が怪しいから探れという僕らの任務にそれが関係あるんですかね?」
さらりと訊いた京哉に霧島は僅かに機嫌を悪くした。
「上級者だけに与えられる特権が、たぶんこの超リアルヴァージョンなんだろう」
「そんなにすごいんだ。でも、だからってナルコムとマフィアとクスリの関係は?」
「嫌味ばかり言わんでもいいだろう。何がヒントになるか分からんとお前自身が言ったのだぞ。取り敢えず私はひとつ得た。ハンターキラーには超上級者向け極秘ヴァージョンが存在する。世界中でブームだがこれに辿り着いた奴は一握りに違いない」
「僕には全然ヒントに思えないんですけど……まあいいや。でもゲームとはいえあんまりリアルに人を殺すと一般人は下手すると精神的にダメージ食らいすぎるんじゃないですかね、PTSDになるとか。だってリアルにスパイをミンチなんでしょう?」
「大いに有り得るな、これなら。この元になったゲームのログを完全再生可能なら頼む。スパイを殺した辺りも画像が乱れていてな、それこそゲーマーが動揺して機体制御が疎かになったのかも知れん。スパイ側のモデルの人定も見ておきたい」
「やってあげてもいいですけど、それで何か得られるんですか?」
「だから意地の悪いことを言うな。私がこうして頼んでいるのだぞ?」
そうは言われても京哉にしてみればゲームが主体ではない、それよりナルコム社の悪行を暴くことが重要なのだ。マクミランファミリーとクスリで繋がっている証拠を挙げることが。それなのに霧島はゲーム内容なんぞに気を取られっ放しだ。
霧島の勘が時に恐ろしいほど事実に近づくのを京哉は今まで目の当たりにしてきたが、今回に限ってはゲームなど勘弁、それどころか二度とやりたくなかった。
ナルコムを追い詰めるなら京哉だって強力なヒントを得ている。帳簿だ。裏帳簿ではなくても内容をもっと詰めるべきなのに愛し人はまだゲームに拘り続けていた。
「このハンターキラーはおかしい、シビアすぎて面白くないんだ」
「うーん……面白くないのに見たがる貴方が分からないんですけど。『リアルさが半端』じゃないなら、より現実世界に近いから面白いんじゃないんですか?」
「いや、違う。ゲームはゲームという架空世界だからこそ、荒唐無稽な魔法が使えたり、普段モデルガンすら持ったことのない子供が銃を手にゾンビを倒したりする訳だろう? 現実にはありえない事象でゲームと分かっているから面白い、楽しめる」
「じゃあそのログにあった超リアル版ハンターキラーは『ゲームの筈なのにゲームではなく戦争体験』になり得るシビアさがある、そういうことでしょうか。のめり込んでしまったら『本物っぽくて凄い』では済まなくて『本物の体験』になる。本当の殺し合い……だから面白くない?」
霧島の考えのかなり近い線を言い当てたようで、大きな図体をした男は嬉しくなったのかソファの後ろから京哉の首に腕を巻き付けた。体毛の薄い象牙色の滑らかな肌が覗いている。柔らかく巻かれた腕を意識しつつ、京哉は言われたログを落とそうとした。ノートパソコンに伸ばした両手首を片手で掴んで留められる。
「あとでいい……なあ、京哉。現実界に引き戻してくれ」
手首の戒めが緩んだので妙に気恥しいのを誤魔化そうとミネラルウォーターの瓶を取って残りを飲んだが、その間にソファの前に移動した霧島に薄い肩を抱かれた。
「現実界ったって、この国で僕らの行為がバレたらそれこそ――」
「これだけ壁も厚いんだ、聞こえはせん。大丈夫だ、心配するな」
「貴方の『大丈夫だ、心配するな』ほど信用できないものはないんですが」
「いちいち文句を言うな。それとも京哉、お前は私が欲しくはないのか?」
甘えの混じった低い囁きを耳元に吹き込まれ、京哉は僅かに身を震わせる。
「なあ、いいだろう、京哉?」
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