Black Mail[脅迫状]~Barter.23~

志賀雅基

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第31話

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 小型機から降りた二人は送迎用大型バスに駆け込んだ。とはいえ京哉は昨夜もホテルでいい歳をした男の低い甘え声に屈してしまったので思うほど足取りが捗らない。自分のせいと重々承知している霧島に半ばぶら下げられての移動である。

 扉を開け放してあった大型バスの車内はさほど涼しくなかったが、表で突っ立っているのとは雲泥の差だ。京哉は空いたシートに着地させて貰って溜息をついた。

 エーサ国際空港から小型機に乗り三時間掛けてやってきたアマラ空港である。

 あれから京哉はしぶしぶ検索してみたが、アマラ空港便は既に最終便が出航したあとだったのだ。そこで京哉は一晩掛けて霧島を説得し、ガチのホットゾーン行きを回避しようと意気込んだが、片や霧島は耳を貸す貸さない以前に京哉の口を強引に塞ぐ手に出た。

 結果としてヒマになった時間を霧島は京哉相手に最大限有効に使い、京哉はホテルでの二晩目も存分に体力酷使させられた上、アレをナニしている最中に『アマラに行く』との言質まで取られるという卑怯極まりない手段にまんまと引っ掛かってしまったのである。

 それで仕方なく根性で起き出し、霧島の手も借りつつアマラに来るハメになった。

 国内便なので面倒な入国審査もなく、ターミナルビル前のロータリーでバスから降ろされると、もう自由の身である。二人はターミナルビルの一階ロビーで携帯に表示した小さなマップを眺めたのち、クインラン社の所在地をホームページで確かめた。

 そうして調べながらも霧島は力強い腕を差し出し、ごく自然に腰を支えてくれるのが少し嬉しい京哉だった。けれど騙し討ちのような真似を許した訳ではない。
 京哉が苦労して怒りをかき立てている間に、ホームページ掲載のバナーに『兵士募集』なるページの英語表記版を霧島が見つけた。

「ふむ。この案内によると傭兵の募集はアマラ本社ではなく少々離れたユガル支社でやっているようだな。ユガルにも定期便が出ているらしい。次の便に乗るぞ」
「でも忍さん、僕はクインランの傭兵なんかになるつもりはないんですけど」
「それは残念だな。私はクインランの傭兵になるつもりだ。つまりバディは解消か」
「……本気で言っているんですか? ってゆうか、バディ解消は今だけですよね?」

「当然だ。だが戦闘のプロ集団でも単独任務はあるまい。普通はツーマンセル以上での行動だろう。特定のバディを組むかも知れん」
「僕じゃない誰かと忍さんがバディを……貴方はそれで平気なんですか?」

「平気ではないからお前に頼んでいる。私は今回の戦闘薬について、どうしても答えを知りたい。いや、戦闘薬だけならゲーム会社など噛まん。敢えてゲーム会社が噛んでいる、そちらの方こそが今回の案件の主眼だと思えてならないんだ」

 勿論、戦闘薬密輸も大ごとだが、それより大ごとを霧島は予測しているということだ。まだ形にならないそれを知るには、今から取ろうとしている方法が一番効率いいと京哉も分かっている。
 だがこれまで幾度となく心身に傷を負ってきた自分たちが任務から外れてまでやるべきことなのかと、京哉の中に疑問が湧き続けて納得できない。

「こう言ったら幻滅されそうですけど、世の中の悪を僕ら二人で一掃なんてできないんですよ。それどころか見えている範囲の悪さえ見過ごさなきゃならないことだってこの先、幾らでもあるでしょう。きっと僕らにできるのは目を開けて見ていることだけです。それを承知で言ってるんですか?」

「ああ、分かっている。だからこそ私の傍でお前にも一緒に見ていて欲しいんだ、この私が目を逸らしも瞑りもせずにいられるように。お前の傍でなら私は格好つけていられそうだからな」

 結局独りは心細いのだと遠回しに吐露されて、京哉は霧島に知られないよう俯き苦笑した。それに誰の前でも涼しい表情を崩さない男が京哉の前だけではヨダレを垂らして眠り、寝癖頭を掻きながら半裸で室内を徘徊するのに、何が格好つけだと思う。

「は~あ、仕方ありませんね。僕も男ですから二言はありません」
「行ってくれるのか、そうか!」
「そこまで喜ばれるとやっぱり言いづらいんですけど、他に手はないんですかね?」
「戦闘薬を扱うのは最前線と言ったのはお前だろう。堂々と潜り込む手だ」
「うーん、汗臭そうだし余計な仕事をさせられそうで嫌だけど、仕方ないか」

 すっかりその気になっている霧島は率先してカウンターに向かった。その広い背中を見つめながらゆっくりと歩いてついて行く京哉は、霧島が『その先』に傷つき刺さる茨道が待ち受けているかも知れないと予測していない訳ではなく、むしろ持ち前の人間離れした予測能力で最悪の事態すら考えつつも、歩みを止めず信じる道を行く男だと知っている。

 楽に生きようと望めば、これほど楽に生きられる男もいないのに、どうしてだか抱えるに至った人並外れた正義感のお蔭で貧乏くじを引かされているような気がしてならない。
 そんな男がこの自分に対して『傍にいて欲しい』と願い、一生涯を共にする誓いまでして『お前と二人なら一生は生きるに足るものと思えた』とまで言ったのだ。

 それならどんなに汚く『見なければ良かった』と思うようなものでも、寄り添い一緒に目をこじ開けて見てやろうじゃないかという気になってくる。
 カウンターの列に霧島が並び、その間は傍のベンチで京哉は足腰を休ませて、ようやくユガル便のチケットを手に入れた頃には京哉も自力歩行が可能になっていた。

 だがチケットを良く見ると次の便は十四時発で、これを逃すとまた明日になってしまうと判明し、チェックインすると予想していたセキュリティチェックも受けないまま慌ただしく外のロータリーに待ち受けていた大型バスの送迎最終便に乗り込むハメになる。

 バスは五分ほど走り、四つのプロペラがくっついた中型機の前に運ばれてポイと降ろされた。中型機にはボーディングブリッジもなく、辺りは一面コンクリートの照り返しだ。

 暑さから逃れるように中型機のタラップドアを上った二人だったが、中型機の中は一層暑苦しく感じた。ちゃんとエアコンは利いていたが、乗客の殆どが戦闘服やそれに準じた格好をした体格のいい者ばかりだったからだ。おまけに彼らの大多数が武装していて腰や脇に銃を吊っている。大ぶりのナイフを下げている者もいた。

「何これ、軍用機に乗っちゃったみたいですね」
「ユガルはPSC数社の拠点になっているから売り込みにきた人間も多いのだろう」
「ふうん。航空機が武装を受け入れてるなんて、いよいよ最前線めいてきましたね」

 まもなくタラップドアが閉められ、アナウンスが入って出航である。
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