Black Mail[脅迫状]~Barter.23~

志賀雅基

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第35話

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 歓声を上げ、興奮醒めやらぬギャラリーの中からアーマーベストの男が進み出た。

「で、キリシマ。あんたの腕も見せて貰いたいんだが」

 今度は京哉が素早く標的システムを操作、霧島は無造作に懐のシグ・ザウエルP226を抜き撃つ。速射でトリプルショット。八十メートル先の標的の頭部が砕け散った。せいぜい狙えても五十メートル前後のハンドガンでこれは、皆が息を呑んで沈黙する。

「これでいいか?」
「なるほど。今日はいいものを拾ったようだ。全員を仮採用とする」

 スーツの一人が宣言し全員に笑顔が戻った。通訳され京哉もホッとする。皆が同じ配属ではないだろうが仲間は明るい方がいい。霧島は京哉の微笑みを見て頷いた。

「では早速基地に移動だ。ドミニク、パット、ウィノナ、サイラス、ナルミ、キリシマ。以上、我が社において新兵の六名はA2基地に配属する。ヘリで一時間の旅だ」
「残りの人員は山向こうの演習場で……」

 借り物銃を扱った五名は小屋に戻って手早く銃の手入れをし、何処でも手に入る銃を選んだ四名は返却した。京哉だけが組み上げ直した狙撃銃と当座の弾薬をソフトケースに収めて担ぎ上げる。ここで霧島と京哉は自前の銃の九ミリパラも満タンにさせて貰った。

 そのまま六人にはスーツとアーマーベスト一人ずつが付き添い、外に出ると中型ヘリに乗機した。いつの間にか中型ヘリにはパイロットとコ・パイロットが待機していて、全員が乗り込むとすぐにテイクオフさせる。時間設定が結構タイトらしい。

 地上からの攻撃を避け、高度を取って舞い上がると空以外何も見えなくなった。
 窓外を眺めながら霧島は嘆息する。京哉を説き伏せてまで自分で言い出したことだが、またも特別任務で内戦の地だ。幾ら目前に転がっている悪を放置できない性格とはいえ、自身でも度し難く過剰なまでの正義感に振り回されている感があった。

 それでも己の意志で決め、実行する以上は半端な真似はできない。全て知りこの目で見て、なお自分たちの手に負えないようならその時に考えればいい。割とその辺りは京哉より余程楽天的だ。けれどナルコムの戦闘薬関与の是非のみを探る筈が、こんな所で傭兵稼業である。いい加減にしないと運も尽きそうだと思う。

 考え込む端正な横顔を眺めながら京哉は、霧島が言う処の今回の案件の核とも云える、自分たちが知ったらドン引きしそうな『何か』を本当に探り当ててしまってもいいのかと迷っていた。中高生まで蝕む戦闘薬の流入ルートを壊滅させなければならないのは事実だが、それと霧島の言う『何か』はおそらく性質がかなり違う。

 だからなのか、どうも知ってしまう、暴いてしまうことに抵抗があるのだ。堂本一佐は自衛隊の情報屋、つまりスパイ的組織の親玉らしい。内閣の人間ですら内情を詳らかにして霧島と京哉に特別任務を依頼するというのに、あの男は依頼のたびに隠し事満載、あとで知らされるか探り当てるかしては、こちらは予測が全て崩れてドえらい目に遭わされる。

 ドえらい目も勿論、嫌だが今回はそれどころじゃないレヴェルの秘密が隠されているんじゃないかと京哉は思っていた。何故なら霧島が傭兵としてクインランに潜入すると言い出したきっかけが沢井雅人の『父さん、殺してごめん』だったからだ。
 もしその言葉が嘘でなければ霧島はまた心に傷を負うだろう。京哉はそれが怖い。

「戦闘薬の横流しでクインランとマクミランファミリーの仲がいいとすれば――」

 乗員のお喋りに紛れた、ほんの小さな囁きに京哉は応じた。

「――上客のリライ事務もマクミランファミリーと仲がいいと言いたいんですね?」
「ああ。麻取を殺ったのもナルコム社へのカチコミもヤクザやマフィアの手口だ」
「それって別口じゃなくて絡んでる?」

「と、私は思う。六つのワードもあるしな。麻取の件は見せしめ的、ナルコムのカチコミも派手だが本気ではない。結果の違いはともかく両方脅しということだ。けれど例えば日本のヤクザ自身が脅しでなく消すなら、文字通り死体は出ないことが多い」

「ふうん。両方脅し、それもマフィア自身に理由のない……依頼されてのこと?」
「たぶんな。依頼したのは六つのワードから言えばリライ事務ではないのか?」

 暫し京哉は首を傾げて考え、常識的な返答をする。

「リライは国際的にも名の通った大手、そんな危ないことに手を出しますかね?」
「そこにマフィアと仲のいいクインランが噛んでいたらどうだ?」

「うーん、リライはクインランに依頼し、クインランはマフィアに依頼した。マフィアは日本の高輪組に麻取を見せしめ的殺し方をするよう依頼し、自分たちはナルコムを襲ってガラス割り程度で済ませた、と。何で日本じゃ死人が出てナルコムは出ないんです?」

「ナルコムにはまだ利用価値があるから、あの程度で済ませたかった。違うか?」

 同じ脅しであっても『これ以上は手を出すな』という排除のための脅しもあれば、『今まで通りに言うことを聞け』という単なるメッセージの場合もある。日本の高輪組やリライ事務に潜入し消された者は前者でナルコムは後者だと霧島は言いたいのだろう。

「じゃあナルコム社の利用価値って何でしょうね?」
「まだ分からん。ただ予測としてナルコムを襲わせたのはリライ、日本で六名もの死人を作るよう依頼したのも同じくリライだ。兵器産業に手を出し、このカランドで企業間戦争にも関わっているとはいえ、大手優良企業で通っているリライ事務が何故自社に潜入したスパイ二名だの高輪組の麻取だのまで殺す必要があったのか」
「ナルコムへのカチコミといい動機が全く見えませんよ」

「それを今から探りに行く。今回の主眼はそこだ」
「なるほど。音声ファイルでは《戦闘薬程度ではたかが知れて》るんでしたよね。きっともっと大きく稼げる秘密がクインランにはあるかも知れない。それを内部から探るために潜入する訳ですね……あ、メールだ」

 京哉の携帯が震えだしていた。ポケットから取り出して操作する。

「一ノ瀬本部長から沢井雅人についての調査報告です。良かった、雅人は日本で父親殺しなんかしていません。ただ父親は最近亡くなったばかりですね」
「どれ……父親の沢井義久よしひさはカランドで死亡。この国でとは、本当か?」

 顔を見合わせた二人は再び小さな画面を覗き込んだ。

「沢井義久、四十五歳。エクセラゼネラル重工の情報部門に在籍。約三週間前、ライバル企業複数が立ち上げた石油化学コンビナートにゴーザーラ化学工業の調査部員を装い潜入って、ちょ、もしかして産業スパイだったってことですか?」
「そして潜入したまま姿を消し、十日前にコンビナートで他殺死体として発見か」
「それで雅人はこのカランドまで来たんでしょうか?」

「だがどうして雅人は父親の死んだ地ではなく、ナルコム社にこだわったんだ?」
「それは……さあ?」
「大体、この国で他国人である父親を殺したのは何処の誰なんだ?」
「他国人だろうが宇宙人だろうが、文字通りの企業間戦争をしている地で産業スパイですよ? 順当に考えて潜入されたライバル企業でしょう」

「産業スパイに『殺してごめん』、か……」

 考え込んでしまった霧島の隣で京哉は足元に置いていた狙撃銃を持ち上げた。腕に抱いていると、絡み合う事実と推測に疲れた脳が冷静になってゆく気がするのだ。
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