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第36話
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まもなく中型ヘリは減速して降下を始め、窓外の眼下にA2基地が見えてきた。
倉庫か格納庫らしいカマボコ型の巨大な建物が三棟並んでいる。他にはプレハブを積み上げたような建物が幾つも見受けられた。対空兵器の高射砲もある。だが基地としては小規模だと云えるだろう。長辺でもせいぜい三キロくらいで非常時でも長距離を駆け回らなくてもよさそうである。隣接して小さな町があった。
町の傍には湖があり鏡のように高く青い空を映し込んでいる。大層美しいその光景に暫し霧島と京哉は見入ったのち、周囲に目をやった。
遠目に山脈と銀色の塊があった。そこから長い長いパイプが伸びて基地の脇を掠め湖の傍を通って見えなくなるまで続いている。もう視認不能となった銀色の塊は原油の油田とそれを加工する石油化学コンビナート、パイプは企業が躍起になって護っているパイプラインだろうと思われた。海まで延び、港から他国へと輸出されるのだ。
それら以外はいっそ見事に茶色い岩砂漠が広がっている。
どんどん降下した中型ヘリはカマボコ型の巨大な建物の前にランディングした。
「全員、降機だ。アルバート、出迎えご苦労」
狙撃銃のソフトケースを担いだ京哉が霧島に続いて駐機場に降り立つと、傾いた陽の下でスーツの男が茶系のデジタル迷彩の戦闘服を着た男と握手を交わしていた。アルバートなる迷彩男も見事な体格で担いだライフルが小さく見えるほどだった。
「みんな、このアルバートとは仲良くしておけよ、一応の上司だからな」
「一応は酷いな。優しくて理解のある上司、あんたたちと同じしがないサラリーマンだ。上司ったって仮想階級しかないからな、アルと呼んでいい」
そこで全員が携帯ナンバーとメアドを交換する。アルが話を聞いて声を上げた。
「ほう、鳴海と霧島はスナイパーにスポッタか。そいつは有難いな」
そこでドミニクが白い歯を見せて主張する。
「俺たちだって大したもんだぜ。転戦に転戦を重ねてきたつわもの、食堂の冷蔵庫とPXの酒蔵を空にするのは任せとけって」
皆が笑ってぞろぞろと移動を始めた。アルの言う通り正式な階級のない傭兵は上司に対してもラフでいいらしいと霧島は見取り安堵する。
階級社会で日々職務を遂行しているために、当然ながらそれなりの言葉遣いも心得ている上に、それに沿って英語でも話せるのだが、元々霧島カンパニーの跡継ぎとして帝王学まで学んだからか、はたまた図体がデカいからか、何故か態度まで大きく思われてしまうことが多いのだ。だからといって本人にも必要以上に謙遜し、へりくだる気などない。
日本ならトラブルの元にもなり得るが、国外では霧島程度に自己主張できる方が丁度いいのだろう。それは承知している京哉だが、バディが一気に緩んだのを察知し釘を刺す。
「安心するのは勝手ですが、階級がないと却って人間関係が難しいんですからね。特にこういった経験がものを言う職場では。口の悪い人は気を付けて下さい」
「私は気が弱いからな。借りてきた猫のように大人しくしているつもりだ」
「忍さんの気が弱いなら、発情期のロバだっておしとやかだと思いますけど」
「ふん。お前こそ二枚の舌を結んでおいた方が良くないか?」
汗をかきつつ一行は格納庫らしいカマボコ型の建物の脇を通り抜け、小ぶりの管制塔を仰いで更に五分ほど歩いた。辿り着いたのはプレハブのような建物を積み上げた一角で、そこにポツリと立っていた女性兵士が近寄り、ウィノナだけを別の棟につれていく。どうやらこの辺りは兵舎が集まった一角らしく男五人は傍の三階建てに案内された。
兵舎では基地の簡単な配置図を渡され、一階の倉庫で着替えを支給される。新しい茶系デジタル迷彩の戦闘服を掘り起こし霧島と京哉は自分に合うサイズのものを二揃いずつ手に入れた。腰に巻く弾帯やブーツまで抱える。狙撃銃や私物のショルダーバッグもあるので大荷物となった。そこで与えられた居室に向かったが、意外にも二人部屋である。
「ロックの掛かる二人部屋は有難いな」
「社の決めた仮想階級しかないだけに互いのキャリアも分かりませんから、大部屋にすると喧嘩が絶えなくなるんでしょう」
「なるほど。だが京哉……なあ、今晩、いいだろう?」
そう言って霧島は切れ長の目元に微笑みを浮かべ京哉をじっと見た。京哉は色っぽい灰色の目を見返して赤くなる。そんな京哉に近づいて霧島はソフトキスを奪った。
「昨日の晩だってあんなにして、今朝も僕は大変だったのに……」
文句は言ってみたが京哉の声は消え入ってしまい、年上の愛し人の微笑みを深くさせただけである。警察官にしては長めのさらりとした髪を撫でられ、そっと抱き締められて京哉は傭兵としての潜入というリスキーな状況下でやっと肩の力を抜いた。
ともあれ二人部屋は余計な気遣いが要らないので大歓迎だ。スチールロッカーにノートパソコンとデスクが全て二台ずつ、ベッドは二段でフリースペースの殆どない部屋だがシャワーブースとトイレも付いている。洗濯乾燥機だけが共用だった。
早速着替えてしまうと唐突にヒマがやってくる。メールで招集されるまで好きにしていいと言われたのだ。これも手に入れたばかりのブルゾンを羽織る。
「よし、クインランの誇るUAVを見に行くぞ」
「ゲームの実機を見たいんでしょう?」
「あくまで六つのキィワードの捜査だ」
だが京哉は見透かしたように笑った。弾みをつけてベッドから立ち上がる。
兵舎から出ると空は群青色からオレンジのグラデーションとなっていた。猫の爪のような三日月が白く輝いている。反射的に霧島は腕時計を見た。時刻は十九時近い。
「予定変更だ、食堂に転進する」
「ラジャー。お腹空いちゃいましたね」
倉庫か格納庫らしいカマボコ型の巨大な建物が三棟並んでいる。他にはプレハブを積み上げたような建物が幾つも見受けられた。対空兵器の高射砲もある。だが基地としては小規模だと云えるだろう。長辺でもせいぜい三キロくらいで非常時でも長距離を駆け回らなくてもよさそうである。隣接して小さな町があった。
町の傍には湖があり鏡のように高く青い空を映し込んでいる。大層美しいその光景に暫し霧島と京哉は見入ったのち、周囲に目をやった。
遠目に山脈と銀色の塊があった。そこから長い長いパイプが伸びて基地の脇を掠め湖の傍を通って見えなくなるまで続いている。もう視認不能となった銀色の塊は原油の油田とそれを加工する石油化学コンビナート、パイプは企業が躍起になって護っているパイプラインだろうと思われた。海まで延び、港から他国へと輸出されるのだ。
それら以外はいっそ見事に茶色い岩砂漠が広がっている。
どんどん降下した中型ヘリはカマボコ型の巨大な建物の前にランディングした。
「全員、降機だ。アルバート、出迎えご苦労」
狙撃銃のソフトケースを担いだ京哉が霧島に続いて駐機場に降り立つと、傾いた陽の下でスーツの男が茶系のデジタル迷彩の戦闘服を着た男と握手を交わしていた。アルバートなる迷彩男も見事な体格で担いだライフルが小さく見えるほどだった。
「みんな、このアルバートとは仲良くしておけよ、一応の上司だからな」
「一応は酷いな。優しくて理解のある上司、あんたたちと同じしがないサラリーマンだ。上司ったって仮想階級しかないからな、アルと呼んでいい」
そこで全員が携帯ナンバーとメアドを交換する。アルが話を聞いて声を上げた。
「ほう、鳴海と霧島はスナイパーにスポッタか。そいつは有難いな」
そこでドミニクが白い歯を見せて主張する。
「俺たちだって大したもんだぜ。転戦に転戦を重ねてきたつわもの、食堂の冷蔵庫とPXの酒蔵を空にするのは任せとけって」
皆が笑ってぞろぞろと移動を始めた。アルの言う通り正式な階級のない傭兵は上司に対してもラフでいいらしいと霧島は見取り安堵する。
階級社会で日々職務を遂行しているために、当然ながらそれなりの言葉遣いも心得ている上に、それに沿って英語でも話せるのだが、元々霧島カンパニーの跡継ぎとして帝王学まで学んだからか、はたまた図体がデカいからか、何故か態度まで大きく思われてしまうことが多いのだ。だからといって本人にも必要以上に謙遜し、へりくだる気などない。
日本ならトラブルの元にもなり得るが、国外では霧島程度に自己主張できる方が丁度いいのだろう。それは承知している京哉だが、バディが一気に緩んだのを察知し釘を刺す。
「安心するのは勝手ですが、階級がないと却って人間関係が難しいんですからね。特にこういった経験がものを言う職場では。口の悪い人は気を付けて下さい」
「私は気が弱いからな。借りてきた猫のように大人しくしているつもりだ」
「忍さんの気が弱いなら、発情期のロバだっておしとやかだと思いますけど」
「ふん。お前こそ二枚の舌を結んでおいた方が良くないか?」
汗をかきつつ一行は格納庫らしいカマボコ型の建物の脇を通り抜け、小ぶりの管制塔を仰いで更に五分ほど歩いた。辿り着いたのはプレハブのような建物を積み上げた一角で、そこにポツリと立っていた女性兵士が近寄り、ウィノナだけを別の棟につれていく。どうやらこの辺りは兵舎が集まった一角らしく男五人は傍の三階建てに案内された。
兵舎では基地の簡単な配置図を渡され、一階の倉庫で着替えを支給される。新しい茶系デジタル迷彩の戦闘服を掘り起こし霧島と京哉は自分に合うサイズのものを二揃いずつ手に入れた。腰に巻く弾帯やブーツまで抱える。狙撃銃や私物のショルダーバッグもあるので大荷物となった。そこで与えられた居室に向かったが、意外にも二人部屋である。
「ロックの掛かる二人部屋は有難いな」
「社の決めた仮想階級しかないだけに互いのキャリアも分かりませんから、大部屋にすると喧嘩が絶えなくなるんでしょう」
「なるほど。だが京哉……なあ、今晩、いいだろう?」
そう言って霧島は切れ長の目元に微笑みを浮かべ京哉をじっと見た。京哉は色っぽい灰色の目を見返して赤くなる。そんな京哉に近づいて霧島はソフトキスを奪った。
「昨日の晩だってあんなにして、今朝も僕は大変だったのに……」
文句は言ってみたが京哉の声は消え入ってしまい、年上の愛し人の微笑みを深くさせただけである。警察官にしては長めのさらりとした髪を撫でられ、そっと抱き締められて京哉は傭兵としての潜入というリスキーな状況下でやっと肩の力を抜いた。
ともあれ二人部屋は余計な気遣いが要らないので大歓迎だ。スチールロッカーにノートパソコンとデスクが全て二台ずつ、ベッドは二段でフリースペースの殆どない部屋だがシャワーブースとトイレも付いている。洗濯乾燥機だけが共用だった。
早速着替えてしまうと唐突にヒマがやってくる。メールで招集されるまで好きにしていいと言われたのだ。これも手に入れたばかりのブルゾンを羽織る。
「よし、クインランの誇るUAVを見に行くぞ」
「ゲームの実機を見たいんでしょう?」
「あくまで六つのキィワードの捜査だ」
だが京哉は見透かしたように笑った。弾みをつけてベッドから立ち上がる。
兵舎から出ると空は群青色からオレンジのグラデーションとなっていた。猫の爪のような三日月が白く輝いている。反射的に霧島は腕時計を見た。時刻は十九時近い。
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