Black Mail[脅迫状]~Barter.23~

志賀雅基

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第37話

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 配置図では四棟並ぶ兵舎の真ん中に食堂はあるらしい。鈴なりの星空の下、二人は配置図通りに足を運んだ。食堂は二階建てだが二次元的に大きかった。

 入り口で二ドル払わされたのはクインランのケチさだが、オバちゃんからカウンター越しに手渡されたトレイの夕食は盛りも良く旨そうだったので霧島も文句はない。

 二人は広い食堂でふたつ並んだ席を確保し食事にありついた。

「あ、このスープ美味しいかも。何だろ、変わった野菜が入ってますね」
「この揚げ物も結構旨いぞ」
「食生活には恵まれたみたいですね。作戦中はどうせレーションでしょうけど」
「レーション、携行糧食だって今どきそれほど不味くはないだろう?」
「あれもピンからキリまであるらしいですよ」

 そこにドミニクとパットがやってきた。京哉の左隣にトレイを置いて並んで座る。

「部屋に誘いに行ったらもういないときたもんだ。つれなすぎるぜ」
「それは悪かったな」

 見ればドミニクのプレートは溢れるほどの大盛りだ。巨体を維持するには必要なのだろう。それを片端から片付けていくのは、いっそ気持ちがいいくらいだった。

 一方でパットは食欲がないようでフォークを持ったまま神経質に身を揺らし、せわしなく辺りに目を泳がせている。おまけにエアコンの利いた中で汗を滴らせていた。

 二人の視線に気付いたドミニクは少々憂い顔となる。

「ずっと保たせてたんだが、例のクスリが在庫切れになっちまって……」
「例のって、戦闘薬か?」
「ああ。早いとこ手に入れないと拙いんだ」
出撃ソーティがないと手に入らないのか?」
「普通はな。そこで余分に貰うんだ。なあ、パット。もう少し頑張ってくれよ」

 頑張れと言ってどうにかなるものでもないだろう。霧島は京哉越しに漂ってくるパットの尋常でない緊迫感に自分も少々緊張する。神経を尖らせたまま、どうしてこの国のドレッシングはこんなに酸っぱいのかと思いながら野菜をパリパリ噛み締めた。

 京哉が食事を終えるのを待ち「お先に」とだけ言って立ち上がる。そこでまだ緊張の糸を解いていなかった霧島の反射神経が二人を救った。

 流れるように閃いた銀光から京哉を突き飛ばして避けさせる。返す刀で襲った食事用のナイフから霧島はスウェーバックで危うく逃れた。切れ味の鈍い得物でも肉が切れるのだから当然、人も切れるだろう。襲ったナイフは的確に頸動脈を狙っていた。

 食事用のナイフを振り回しているのは立ち上がったパットだった。その目は瞳孔が開いて、ここではない異世界の恐怖と対峙しているようである。瞬時に霧島は間合いを詰め、上段回し蹴りでパットの手首を打った。取り落としたナイフがカシャーンと床で鳴り響いている間にバディのドミニクがパットを背後から羽交い締めにしている。

「だめだ、ドミニク。医務室につれて行こう」
「それしかないか。パット、我慢させてごめんな」

 誰の目も惹いていない今のうちだと霧島と京哉はそれぞれ二人分のトレイを手にして移動し、返却口に戻してドミニクたちと共に表に出た。殆ど足が浮いた状態で運んでいたパットをドミニクが降ろす。だが油断はせず腰の弾帯を掴んでいた。

 運良く一番近い医務室は食堂の隣で、そこに向かって四人は足早に歩いた。だが暴れるパットを運ぶのは難儀で、またもドミニクは抱え上げようとする。抵抗して言葉にならない奇声を発するパットに誰かが気付くのも時間の問題だ。そこにアンラッキィ、直属上司のアルバートが通りかかる。一瞥して事態を察したアルは霧島たちに短く命令した。

「こっちだ、こい」

 つれて行かれたのは向かっていた医務室だった。そこもプレハブのような小屋で、鍵も掛かっていないドアを開けるとアルが明かりのスイッチを入れる。主は何処に行ったか無人で、そのまま五人は足を踏み入れ最後尾の京哉がロックした。

 アルは慣れているのか幾つかの薬品棚を通り過ぎ、これも鍵の掛かっていない一番奥のスチルロッカーを無造作に開ける。勝手に中から大きな段ボール箱を抱え出してくるとドミニクに羽交い締めにされたパットの足元にドサリと投げ出した。

「必要なだけ持って行け」

 段ボール箱には分包になったクスリがぎっしりと入っていた。
 流し台で京哉がコップに水を汲む。霧島が分包をひとつ開封した。分包にはオレンジ色と白い錠剤が一個ずつ入っている。ドミニクが開けさせたパットの口に霧島が錠剤を放り込んだ。羽交い締めから逃れたパットが京哉の手渡した水をがぶ飲みする。

 焦がれるほど欲していたクスリを飲み込み、パットは肩で息をしながら、まだ汗を滴らせていた。様子を看るのはドミニクに任せ、霧島と京哉は何気ないふりで開けっ放しのロッカーを覗く。中には四つの段ボール箱がクスリをぎっしり詰め込まれて鎮座していた。

「ふうん、同じロッカーが三つもありますね」
「もしいっぱいなら一箱千として約一万五千回分ということか」
「ここはそんなに兵員がいるんでしょうか?」
「ここの人員は整備兵も入れて三千前後だ」

 答えたアルを霧島と京哉が振り返って見上げる。アルは肩を竦めた。

「そんなに飲ませないから安心しろ。どうせ明日辺り『上』が回収していくからな」
「その『上』は回収してどうするんだ?」
「言いたくないが……カネに替えてるんだ。安く買って高く売る、商売の基本だな」

 吐き捨てるように言ったアルは自嘲の笑みと嫌悪感を片頬に浮かべている。だがまだ何か言いたげなのを霧島と京哉は見抜いていた。霧島が考える隙を与えずに訊く。

「高く買ってくれるのはマフィアくらいだろう?」
「ああ、その通り。この国では最大手のマクミランファミリーに流してるんだ」
「そこまで困窮してる風には見えんのだがな」
「内情は火の車さ。カネになるモノなら何でも売る、何でも利用するのがクインランのやり方だ。クインランの錬金術は子供の魂だってカネに替える勢いだからな」

 やけに舌の滑りがいいと思えばアルは酔っている。そこで京哉が誘ってみた。

「アル、僕たちも就職祝いに少し飲みたいんですけど」
「食堂の二階がPXになっている。シケた呑み場だが付き合うか?」
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