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第39話
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「朝ご飯に間に合わなかったら貴方のせいですからね、もう!」
「そう怒鳴るな、良かっただろう?」
「……知りませんっ!」
急いでシャワーを浴びて着替えた二人は飽かず言い争いつつ階段を一階まで駆け下り、兵舎の外に出ると食堂へと足早に向かった。とはいえ京哉はまともに走れず、霧島が弾帯を握って細い腰を支えてやっている状態である。
あれでも優しく且つ手加減したつもりなのだがな……などと思いながら霧島は京哉をぶら下げて走り、食堂が閉まるギリギリの時間にドアから滑り込んだ。
既に片付けを始めていた食堂ではオバちゃんたちに「仲がいいねえ」と声を掛けられニヤニヤされる。からかわれた代償にメニューにないオレンジも一個受け取った。人のごく少ない食堂に知った顔はおらず、手近なテーブルに着いて食し始める。
運動が効いて空腹だった霧島はさっさと食してしまうと、セルフサーヴィスのコーヒーを紙コップふたつに注いで持ってきた。京哉は煮詰まり気味のコーヒーに顔をしかめる。
「で、今日こそUAVを見に……ってゆうか、見たくて堪らないんでしょう?」
「ああ。だがその前に調べてくれるか?」
「ビル=スレーダーが調べ上げて、ただ一人だけ確証を得ていたっていうバス事故の『ドカーン!』ですよね。もう、誰かが悪さをしなきゃとっくに調べて――」
「――分かった分かった、悪かった」
そそくさとコーヒーを飲んでしまうと腰を上げた。兵舎三階の居室に戻って京哉は咥え煙草でデスクのパソコンに向かった。その間、霧島はベッドに寝転がっている。京哉に英語を実地で勉強させるためと言い訳することもあるが、基本的に霧島は怠惰なだけであった。代わりに必要な時には超計算能力に裏付けられた、殆ど現実となる予測を弾き出す。
しかしその予測もこの目茶苦茶かつ何でもアリの特別任務では弾き出すのも難しそうだった。故に幾度も窮地に陥るのを回避できずに痛い思いをさせられている。それでも二人して今でも生きていられる上に、決定的な失敗による後悔をせずに済んでいるのは霧島の予測能力のお蔭だろう。
ならば今回も予測が事実に近づいているのだろうか。
そんなことを思いながら京哉はいい加減に慣れた検索を進め、やがて声を掛けた。
「忍さん、出ましたよ。ちょっと分かりづらい資料でしたけど」
「ん、ああ、ご苦労。それで?」
「これはビル=スレーダーが調べ上げたバス事故側からじゃなくて、ターゲット・ドローンが事故原因だと仮定した、僕独自の推論でしかありません。でもあの当時にあの地域で無人標的機が墜ちたとすれば、飛ばしてた『某PMC』はひとつしかないんですよ」
「クインラン社、そうなんだな?」
「何だ、分かってたんですか」
ベッド上で起き上がってあぐらをかくと、霧島は切れ長の目を煌めかせた。京哉はまさに機捜隊長の顔を取り戻した霧島の表情に思わず見入る。
「それこそ推論だがな。バス事故から本人の限りなく怪しい小型機の事故……ナルコム・コーポレーション社長のビル=スレーダーは最初から嵌められたのではないかと思う」
「嵌められたって、どうしてですか?」
「これも推論にすぎんのだが、オーソン安全保障というPMCの事務屋をやっていたビル=スレーダーはおそらく選ばれたんだ、妻子のバス事故の真相に辿り着ける人材としてな。そして見事にビル=スレーダーは真相に辿り着いてしまった。第二のステップが小型機の怪しい事故だ。これでビル=スレーダーは心の底から震え上がった」
「恐怖で支配し隷属させるための第一歩ですね」
「そうだ。そこに莫大な保険金が下りた。カネを手にしたビル=スレーダーはタイミング良く誰かにそそのかされたんだ。『ゲーム会社でも作らないか』とな」
「ナルコム社までが最初から何者かの計画によって作られたってことですか、それもビル=スレーダーを利用するために無人標的機を墜としバス事故まで演出して?」
頷いた霧島はデスク上に転がされたオレンジを指差して意思表示しつつ続けた。
「クインラン、マフィアのマクミランファミリー、それにクインランと組んだリライ事務も候補だ」
「その全部が組んだってことも有り得ますよね。でもそこまで込み入ったことを仕組まなくても、ゲーム会社だかIT企業だかくらい自分たちで作ればいいのに」
応えながら京哉はオレンジを剥き始める。霧島は白い指を眺めながら再び頷いた。
「その通りだが、そこまで込み入ったことをしたい事情があったのだろう」
「他人に絶対に辿られたくないとか?」
「ただ辿られたくないだけならば幾らでも隠れて物事は上手く運べる。まだ予想でしかないのだが……例えば『自然な形で皆に知られたい』とかな」
「確かにナルコム・コーポレーションはハンターキラーで世界的に知られましたが」
そう答えてみたが京哉は霧島がまたしてもゲームにこだわり出したぞという思いが先に立ち、警戒して灰色の目を睨む。霧島は「分かった」と目で答えて話を戻した。
「そうしてナルコム社の社長室で悠々自適のビル=スレーダーに対し、更に脅迫がなされる。方法は何でもいい、嫌がらせのメールや手紙でも。そこにプラスして送られたのがお前の探り出したナルコム社の帳簿の『毎週十万ドルプレゼント』だ」
「受け取っちゃって、カネと脅しとの飴とムチ?」
「ああ。それはバス会社を相手に訴訟を起こした遺族仲間に対する裏切りでもあるだろう?」
「事実を明かさないどころか、敵からカネまで受け取ったんですもんね」
部屋中に爽やかなオレンジの香りが漂った。剥いた果実の房を差し出されベッドから立ってきた霧島は屈んで京哉から口に入れて貰う。甘い。
「明るみに出ればビル=スレーダー自身だけでなくIT企業としてせっかく軌道に乗ったナルコム社も社会的に危ない。カネなど最初から返せば良かった気もするが、マフィアが一度出したカネを受け取る訳がないのは日本のヤクザの面子と同じだ」
「厄介ですよね。受け取るしかないカネを勝手に積み上げられたんですから」
「確かに厄介かつ気の毒な話ではあるが、断固とした態度を取らなかったビル=スレーダーにも非はあるんだ。全てを司法機関に持ち込んで戦うべきだったんだ、仮にも企業体のトップならな。だがそれをせず曖昧に放置したばかりに今度はムチを振り上げられた。『言うことを聞かないとバラすぞ』とな。完全にマフィアの手口に嵌められている」
「なるほど、それらしいですね。でも、その『言うこと』って何ですか?」
「それが問題だ。ゲーム会社に可能なことは限られるからな」
交互に自分の口にも果実を運びながら京哉は思いつきを言ってみる。
「そう怒鳴るな、良かっただろう?」
「……知りませんっ!」
急いでシャワーを浴びて着替えた二人は飽かず言い争いつつ階段を一階まで駆け下り、兵舎の外に出ると食堂へと足早に向かった。とはいえ京哉はまともに走れず、霧島が弾帯を握って細い腰を支えてやっている状態である。
あれでも優しく且つ手加減したつもりなのだがな……などと思いながら霧島は京哉をぶら下げて走り、食堂が閉まるギリギリの時間にドアから滑り込んだ。
既に片付けを始めていた食堂ではオバちゃんたちに「仲がいいねえ」と声を掛けられニヤニヤされる。からかわれた代償にメニューにないオレンジも一個受け取った。人のごく少ない食堂に知った顔はおらず、手近なテーブルに着いて食し始める。
運動が効いて空腹だった霧島はさっさと食してしまうと、セルフサーヴィスのコーヒーを紙コップふたつに注いで持ってきた。京哉は煮詰まり気味のコーヒーに顔をしかめる。
「で、今日こそUAVを見に……ってゆうか、見たくて堪らないんでしょう?」
「ああ。だがその前に調べてくれるか?」
「ビル=スレーダーが調べ上げて、ただ一人だけ確証を得ていたっていうバス事故の『ドカーン!』ですよね。もう、誰かが悪さをしなきゃとっくに調べて――」
「――分かった分かった、悪かった」
そそくさとコーヒーを飲んでしまうと腰を上げた。兵舎三階の居室に戻って京哉は咥え煙草でデスクのパソコンに向かった。その間、霧島はベッドに寝転がっている。京哉に英語を実地で勉強させるためと言い訳することもあるが、基本的に霧島は怠惰なだけであった。代わりに必要な時には超計算能力に裏付けられた、殆ど現実となる予測を弾き出す。
しかしその予測もこの目茶苦茶かつ何でもアリの特別任務では弾き出すのも難しそうだった。故に幾度も窮地に陥るのを回避できずに痛い思いをさせられている。それでも二人して今でも生きていられる上に、決定的な失敗による後悔をせずに済んでいるのは霧島の予測能力のお蔭だろう。
ならば今回も予測が事実に近づいているのだろうか。
そんなことを思いながら京哉はいい加減に慣れた検索を進め、やがて声を掛けた。
「忍さん、出ましたよ。ちょっと分かりづらい資料でしたけど」
「ん、ああ、ご苦労。それで?」
「これはビル=スレーダーが調べ上げたバス事故側からじゃなくて、ターゲット・ドローンが事故原因だと仮定した、僕独自の推論でしかありません。でもあの当時にあの地域で無人標的機が墜ちたとすれば、飛ばしてた『某PMC』はひとつしかないんですよ」
「クインラン社、そうなんだな?」
「何だ、分かってたんですか」
ベッド上で起き上がってあぐらをかくと、霧島は切れ長の目を煌めかせた。京哉はまさに機捜隊長の顔を取り戻した霧島の表情に思わず見入る。
「それこそ推論だがな。バス事故から本人の限りなく怪しい小型機の事故……ナルコム・コーポレーション社長のビル=スレーダーは最初から嵌められたのではないかと思う」
「嵌められたって、どうしてですか?」
「これも推論にすぎんのだが、オーソン安全保障というPMCの事務屋をやっていたビル=スレーダーはおそらく選ばれたんだ、妻子のバス事故の真相に辿り着ける人材としてな。そして見事にビル=スレーダーは真相に辿り着いてしまった。第二のステップが小型機の怪しい事故だ。これでビル=スレーダーは心の底から震え上がった」
「恐怖で支配し隷属させるための第一歩ですね」
「そうだ。そこに莫大な保険金が下りた。カネを手にしたビル=スレーダーはタイミング良く誰かにそそのかされたんだ。『ゲーム会社でも作らないか』とな」
「ナルコム社までが最初から何者かの計画によって作られたってことですか、それもビル=スレーダーを利用するために無人標的機を墜としバス事故まで演出して?」
頷いた霧島はデスク上に転がされたオレンジを指差して意思表示しつつ続けた。
「クインラン、マフィアのマクミランファミリー、それにクインランと組んだリライ事務も候補だ」
「その全部が組んだってことも有り得ますよね。でもそこまで込み入ったことを仕組まなくても、ゲーム会社だかIT企業だかくらい自分たちで作ればいいのに」
応えながら京哉はオレンジを剥き始める。霧島は白い指を眺めながら再び頷いた。
「その通りだが、そこまで込み入ったことをしたい事情があったのだろう」
「他人に絶対に辿られたくないとか?」
「ただ辿られたくないだけならば幾らでも隠れて物事は上手く運べる。まだ予想でしかないのだが……例えば『自然な形で皆に知られたい』とかな」
「確かにナルコム・コーポレーションはハンターキラーで世界的に知られましたが」
そう答えてみたが京哉は霧島がまたしてもゲームにこだわり出したぞという思いが先に立ち、警戒して灰色の目を睨む。霧島は「分かった」と目で答えて話を戻した。
「そうしてナルコム社の社長室で悠々自適のビル=スレーダーに対し、更に脅迫がなされる。方法は何でもいい、嫌がらせのメールや手紙でも。そこにプラスして送られたのがお前の探り出したナルコム社の帳簿の『毎週十万ドルプレゼント』だ」
「受け取っちゃって、カネと脅しとの飴とムチ?」
「ああ。それはバス会社を相手に訴訟を起こした遺族仲間に対する裏切りでもあるだろう?」
「事実を明かさないどころか、敵からカネまで受け取ったんですもんね」
部屋中に爽やかなオレンジの香りが漂った。剥いた果実の房を差し出されベッドから立ってきた霧島は屈んで京哉から口に入れて貰う。甘い。
「明るみに出ればビル=スレーダー自身だけでなくIT企業としてせっかく軌道に乗ったナルコム社も社会的に危ない。カネなど最初から返せば良かった気もするが、マフィアが一度出したカネを受け取る訳がないのは日本のヤクザの面子と同じだ」
「厄介ですよね。受け取るしかないカネを勝手に積み上げられたんですから」
「確かに厄介かつ気の毒な話ではあるが、断固とした態度を取らなかったビル=スレーダーにも非はあるんだ。全てを司法機関に持ち込んで戦うべきだったんだ、仮にも企業体のトップならな。だがそれをせず曖昧に放置したばかりに今度はムチを振り上げられた。『言うことを聞かないとバラすぞ』とな。完全にマフィアの手口に嵌められている」
「なるほど、それらしいですね。でも、その『言うこと』って何ですか?」
「それが問題だ。ゲーム会社に可能なことは限られるからな」
交互に自分の口にも果実を運びながら京哉は思いつきを言ってみる。
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