56 / 59
第56話
しおりを挟む
ナルコム社の前に立つと銃撃で破られた窓は綺麗に入れ替えられ、壁の穴も巧妙に塞がれ修復されて、カチコミを思い出させる痕跡は何ひとつ残ってはいなかった。
ドアの前に立つと京哉が雅人の肩をそっと叩く。霧島も笑って促した。
「ほら、雅人。自分の無罪は自分で勝ち取れ」
押し出されて少年は深呼吸をひとつ、ドアチャイムを押してインターフォンに名前をはっきりと告げた。霧島と京哉が続けて名乗るとすぐに応答がくる。
《サワイさん、キリシマさん、ナルミさんですね。お待ち下さい》
ドアのロックが解かれた。雅人がドアを引き開ける。すると中はもう事務所だ。笑顔の男性事務員に事務室奥の応接セットにつれて行かれ、また雅人を挟んで三人は並び、ソファに腰掛ける。向かいに男性事務員が座ると絶やさぬ笑顔で訊いた。
「弊社に何の御用でしょうか?」
ここからは霧島が双方向通訳を務める。
大きく息を吸い込んだ雅人が白い顔をして、だがためらいなく一息で言った。
「僕は……ハンターキラーの中で人を殺しました」
「……はあ」
「でもそれはゲームじゃなかった……本当に人を、それに父さんまで――」
こぶしと声を震わせて言葉を継ごうとした少年に男性事務員が慌てた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。それは勘違いというか……そういうことなら社長を呼びますので、ゆっくりお話し下さい。ああ、ああ、泣かないで」
すぐに社長のビル=スレーダーが呼ばれる。女性事務員が紅茶を置いていった。
「わたしが社長のスレーダーですが、弊社のソフトを御愛顧下さいまして有難うございます。そして今回は大変な思いをさせてしまい本当に申し訳ありませんでした」
茶色いスーツを着た細身の男はそう言いながらソファに腰を下ろす。
「僕はここで作られたゲームで何人も、父さんも本当に殺して……」
「いいえ、待って下さい。まずは話を聞いて頂けますか?」
穏やかな物腰の社長の落ち着きを見て雅人は口を閉じると肩で息をした。だが黒い目はまだ涙に濡れたままで社長から上等そうなハンカチを差し出される。
「では真相をお話しましょう。ハンターキラーは特定のオンラインゲーマーのレヴェルになると、とあるサーヴィスがなされる場合がありましてね。平たく云えば『家族向けサーヴィス』です。ゲームに熱中して離れられない人の、ね」
「家族向け……?」
「はい。苦情がくるんですよ、『うちの子の成績が下がった』とか、酷くなると『会社に行かなくなった』とか。そういうゲーム依存といいますか、ヘヴィーユーザーの家族に我々が勧めたサーヴィスが『ゲームに登場してゲーマーを驚かせるサーヴィス』なんです」
安堵させるように微笑んでビル=スレーダーは説明した。
苦情を寄越した家族の画像を送って貰い、それをゲーマー本人が熱中しているハンターキラーの登場人物として混ぜるのだ。難しくはない。出てくる人間の数が元々少ないこともある。バザールなどのモブキャラは適当な合成だ。
ゲーマーが見るのは殆どがターゲットが近くなってからの登場人物か、ターゲットそのものの顔である。元々ゲームにプログラムされている人物の顔と、少々加工した家族だの望むなら酷い話だがゲーマー本人の画像を入れ替えるだけで完了だ。
階級だのレヴェルだのと躍起になって学校も会社も忘れてしまったゲーマーは家族とナルコム社が手を組んだ悪戯で、吃驚仰天して我に返る訳である。
「そこまでやり込んでいるゲーマーだと近接戦ならUAVオルトロスのカメラ・アイのみに頼らず、『テロリスト』がブリーフィング通りかどうかをご自分の目でも確かめる場合が多いですからね。そういった統計から始めた上級者の家族向けサーヴィスですが……どうです、沢井さん。まだご心配なら貴方がクリアしたゲームのログをもう一度見てみませんか?」
「……お願いします、見せて下さい」
まだ疑心暗鬼といった顔つきをした少年の前にノートパソコンと専用コントローラが置かれる。事務員がログを探すのに少し手間取ったが、まもなく準備は整った。
「では、貴方がやったゲームをもう一度見て下さい」
パソコンと接続した専用コントローラを雅人が操作しログが再生された。短く編集されたそれには空戦シーンはなく、いきなり低空から地上に向けての降下が始まる。
三百フィートから更に降下しアタック。カメラ・アイと同調した霧島の目が複雑に絡み合うパイプラインの間に白いヘルメットを捉えた。それを二十五ミリチェーンガンが照準する。隣で身を固くした少年の手を左右から霧島と京哉が握った。相手がUAV・RQ三五〇Aオルトロスに気付いて振り仰ぐ。その顔が映ったところでスレーダー社長がスチルモードに切り替えた。
「ここですね、これを良く見て下さい」
スレーダー社長がそう言い、更に手元のキィボードを叩く。エクセラゼネラル重工社員の沢井義久の日に焼けた顔が拡大される。画面いっぱいになったところでゆっくりと再生。父が息子に白い歯を見せた。その口が素早く何かを呟く。
「もっとゆっくり動かしてみましょう」
だがもう動体視力のいい少年には分かっていた。
音声こそなかったが、父は笑って囁いていた。『強くなれよ』と。
ドアの前に立つと京哉が雅人の肩をそっと叩く。霧島も笑って促した。
「ほら、雅人。自分の無罪は自分で勝ち取れ」
押し出されて少年は深呼吸をひとつ、ドアチャイムを押してインターフォンに名前をはっきりと告げた。霧島と京哉が続けて名乗るとすぐに応答がくる。
《サワイさん、キリシマさん、ナルミさんですね。お待ち下さい》
ドアのロックが解かれた。雅人がドアを引き開ける。すると中はもう事務所だ。笑顔の男性事務員に事務室奥の応接セットにつれて行かれ、また雅人を挟んで三人は並び、ソファに腰掛ける。向かいに男性事務員が座ると絶やさぬ笑顔で訊いた。
「弊社に何の御用でしょうか?」
ここからは霧島が双方向通訳を務める。
大きく息を吸い込んだ雅人が白い顔をして、だがためらいなく一息で言った。
「僕は……ハンターキラーの中で人を殺しました」
「……はあ」
「でもそれはゲームじゃなかった……本当に人を、それに父さんまで――」
こぶしと声を震わせて言葉を継ごうとした少年に男性事務員が慌てた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。それは勘違いというか……そういうことなら社長を呼びますので、ゆっくりお話し下さい。ああ、ああ、泣かないで」
すぐに社長のビル=スレーダーが呼ばれる。女性事務員が紅茶を置いていった。
「わたしが社長のスレーダーですが、弊社のソフトを御愛顧下さいまして有難うございます。そして今回は大変な思いをさせてしまい本当に申し訳ありませんでした」
茶色いスーツを着た細身の男はそう言いながらソファに腰を下ろす。
「僕はここで作られたゲームで何人も、父さんも本当に殺して……」
「いいえ、待って下さい。まずは話を聞いて頂けますか?」
穏やかな物腰の社長の落ち着きを見て雅人は口を閉じると肩で息をした。だが黒い目はまだ涙に濡れたままで社長から上等そうなハンカチを差し出される。
「では真相をお話しましょう。ハンターキラーは特定のオンラインゲーマーのレヴェルになると、とあるサーヴィスがなされる場合がありましてね。平たく云えば『家族向けサーヴィス』です。ゲームに熱中して離れられない人の、ね」
「家族向け……?」
「はい。苦情がくるんですよ、『うちの子の成績が下がった』とか、酷くなると『会社に行かなくなった』とか。そういうゲーム依存といいますか、ヘヴィーユーザーの家族に我々が勧めたサーヴィスが『ゲームに登場してゲーマーを驚かせるサーヴィス』なんです」
安堵させるように微笑んでビル=スレーダーは説明した。
苦情を寄越した家族の画像を送って貰い、それをゲーマー本人が熱中しているハンターキラーの登場人物として混ぜるのだ。難しくはない。出てくる人間の数が元々少ないこともある。バザールなどのモブキャラは適当な合成だ。
ゲーマーが見るのは殆どがターゲットが近くなってからの登場人物か、ターゲットそのものの顔である。元々ゲームにプログラムされている人物の顔と、少々加工した家族だの望むなら酷い話だがゲーマー本人の画像を入れ替えるだけで完了だ。
階級だのレヴェルだのと躍起になって学校も会社も忘れてしまったゲーマーは家族とナルコム社が手を組んだ悪戯で、吃驚仰天して我に返る訳である。
「そこまでやり込んでいるゲーマーだと近接戦ならUAVオルトロスのカメラ・アイのみに頼らず、『テロリスト』がブリーフィング通りかどうかをご自分の目でも確かめる場合が多いですからね。そういった統計から始めた上級者の家族向けサーヴィスですが……どうです、沢井さん。まだご心配なら貴方がクリアしたゲームのログをもう一度見てみませんか?」
「……お願いします、見せて下さい」
まだ疑心暗鬼といった顔つきをした少年の前にノートパソコンと専用コントローラが置かれる。事務員がログを探すのに少し手間取ったが、まもなく準備は整った。
「では、貴方がやったゲームをもう一度見て下さい」
パソコンと接続した専用コントローラを雅人が操作しログが再生された。短く編集されたそれには空戦シーンはなく、いきなり低空から地上に向けての降下が始まる。
三百フィートから更に降下しアタック。カメラ・アイと同調した霧島の目が複雑に絡み合うパイプラインの間に白いヘルメットを捉えた。それを二十五ミリチェーンガンが照準する。隣で身を固くした少年の手を左右から霧島と京哉が握った。相手がUAV・RQ三五〇Aオルトロスに気付いて振り仰ぐ。その顔が映ったところでスレーダー社長がスチルモードに切り替えた。
「ここですね、これを良く見て下さい」
スレーダー社長がそう言い、更に手元のキィボードを叩く。エクセラゼネラル重工社員の沢井義久の日に焼けた顔が拡大される。画面いっぱいになったところでゆっくりと再生。父が息子に白い歯を見せた。その口が素早く何かを呟く。
「もっとゆっくり動かしてみましょう」
だがもう動体視力のいい少年には分かっていた。
音声こそなかったが、父は笑って囁いていた。『強くなれよ』と。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる