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第23話
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「あの、失礼します」
真後ろに立ったのは女性二人、殺気がまるでなかったので警戒もせず霧島と京哉が振り向くと、そこにはフィオナ=ブレガーとお付きらしい女がいて唖然とする。
ファミリー代表として娘自らがお礼参りかと思ったのだ。
「うちの者に車を壊されたのは貴方たちですね?」
口を利いたのはお付きの女性、京哉は様子を窺いながら黙って頷く。
「お嬢様がお詫びしたいと仰っております」
間近で見るフィオナ=ブレガーはマスターの言葉そのままに『いい女』が実体化したようだった。美人だが冷たくなく柔らかな雰囲気は性格から滲み出るものか。プロポーションも特級品、世界のプレタポルテを身にまとうモデルほど痩せてもいない。
その姿をまたしても京哉がガン見していると、霧島が京哉の太腿をつねり上げる。
(あ痛たた、何するんですか!)
(ビョーキにつけるクスリもないのだからな!)
カウンター下の攻防は誰にも悟られない。霧島は涼しい顔に僅かな微笑み、京哉は少し涙目になりながらもグッと堪えて平静を装っている。微笑み仮面のまま霧島が英語で言った。
「詫びとは、それはどうもご丁寧に」
「怖い思いをおさせした上に車まで壊してしまって、本当にすみませんでした」
「私たちがここにいることは誰から?」
「街の人づてに聞いて参りました」
小さく閉鎖的な街でよそ者は既に有名人らしい。
「せめて僅かなりとも車代を。ローラ、お出しして差し上げて」
フィオナに言われてお付きのローラがバッグから財布か何かを出そうとする。だがそこで邪魔が入った。ローラが腕を掴まれたのだ。
同時にフィオナまで背後から細い肩を無理矢理抱かれる。手を出してきたのはお約束でテーブル席にいたドブ色の男たちだった。
仕事中でも本性は隠しきれなかったらしく、下卑た嗤いを洩らしている。
「どえらい美人じゃねぇか」
「まさに掃きだめに鶴だな」
「こっちに来て俺たちに酌してくれよ」
店を掃きだめと言われたマスターは眉をひそめた。揉め事はご免だろうが、まだ割って入るまでもないと思ったのか、頭を振ってマスターは溜息をついている。
チンピラたちが女性二人の腕を掴み、強引にテーブルにつれて行こうとするに及んで、霧島は実力行使に出ようとした。多少なりとも腕の立つ相手が八人は厄介だが、気の毒なご婦人たちを捨て置けない。マスターには悪いが最悪、京哉が撃つだろう。
だがそのとき初めてアイボリーのスーツを着た若い男が口を開いた。
「やめろ、お前たち。女子供に手を出すとは、レアードの名も堕ちたものだな」
決して大声ではなかったが、低めのそれは店内によく響いた。
「レアード……」
呟いたのはフィオナだった。ファミリーの仇同士である。そんな渦中に不用意に飛び込んでしまい驚いているようだ。狭い街だが仇の跡継ぎ同士は顔を合わせたこともないらしい。
確かに後継ぎ同士でも憎み合っているとは限らないし、逆に相手の顔を頭に叩き込んでおいて見かけたら撃ち合う関係というのも現実的ではない。
そんなことを霧島と京哉は同時に考え、なるほどと思う。街のこちら半分はレアードファミリーの仕切り、故にマスターも男たちに強い物言いができなかったのだ。
考えつつ観察していると若い男がグラスを置いて立ち上がる。そして何の気負いもなく固まっていた男たちに近づき、女性二人の腕を掴んでいた男らの手を離させると男らの頬を次々に張り倒した。
「その汚い手で二度と触るな」
「キーファ坊ちゃん、申し訳ありません……うっ!」
頭を下げて謝った男も蹴り飛ばすと、低めの声を荒げることなく男らに命令する。
「俺の見張りはもういい、お前たちは事務所か屋敷に帰れ」
「ドン・ハイラムに叱られます」
「俺がいいと言っている。目障りだ、消えろ」
突き放されたフィオナを腕に抱き取った形で若い男は言った。暫しチンピラたちは迷っていたようだったが、結局は従ってしぶしぶスイングドアから出て行った。
腕から離したフィオナに若い男は薄い茶色の瞳で見入る。フィオナも緑の瞳でそれを見返した。ふいにフィオナは目を伏せる。白い小さな顔が紅潮していた。
「……助けて頂きました。有難うございます」
「助けた訳じゃない、監督不行届を謝るのはこちらの方だ。申し訳なかった」
「いいえ、そんな……あの、わたし、フィオナ=ブレガーと申します」
ブレガーの名に若い男は僅かに考えを巡らせたようだったが、それだけだった。
「キーファ=レアード、それが俺の名だ」
「キーファ=レアード……ドン・レアードの一人息子!」
お付きのローラが小さく叫ぶ。だがキーファ本人は何ら表情を変えない。若くともマフィアの跡継ぎだ、こんな反応には慣れているのかも知れない。そう巨大霧島カンパニーの跡継ぎとして育てられ、扱われ、周囲からも見られてきた霧島は思った。
そんな風に考えていると、人目も気にせずキーファがフィオナの右手を取って軽くキスをする。フィオナは再び驚いたようだが手は引っ込めない。キーファが僅かに微笑む。
「キーファと呼んで貰いたい。どうかお見知り置きを」
一歩間違うと一連の行動はとんでもない気障野郎になるところだが、キーファの物腰はごく自然でスマートだった。そのまま伏せられた緑の瞳を覗き込む。
「もし良ければメールアドレスを送らせて欲しいのだが」
更に頬を紅潮させながらも迷うことなく頷いたフィオナは、キーファと携帯のメアドを交換した。これでキーファとフィオナは連絡が取り合えるようになった訳だ。
「どうやってここまで?」
「歩いてきました」
「女性二人で勇ましい真似をする。だが帰りも無事とは限らない。分かれ道まで車で送ろう。外は物騒だが、俺たち二人に銃を向ける奴らもいまい」
ここにきてローラが目の色を変え、フィオナを留めようと声を張り上げる。
「お嬢様、いけません! 相手はレアードの総領息子ですよ!」
「いいえ、キーファの言う通りよ。……わたしのこともフィオナとお呼びになって」
「では、フィオナ。他に用件があれば俺がボディガードを務めよう」
自然な動きでキーファはフィオナの背に手をやった。フィオナもされるがままで完全に二人の世界を構築している。
そうして二人はうろたえるローラをくっつけスイングドアから出て行ってしまった。置き去りにされた霧島と京哉は呆然と立ち尽くす。
「何だったんだ、あれは?」
「何って見たまんまじゃないですか。あ、また車代取り損ねちゃいましたよ」
仕方なく霧島と京哉は再びアイスティーをチュウチュウ吸った。
京哉は煙草を咥えて火を点ける。
ドスンと音がしてシェリフ・パイク=ノーマンがスツールから落っこちた。
真後ろに立ったのは女性二人、殺気がまるでなかったので警戒もせず霧島と京哉が振り向くと、そこにはフィオナ=ブレガーとお付きらしい女がいて唖然とする。
ファミリー代表として娘自らがお礼参りかと思ったのだ。
「うちの者に車を壊されたのは貴方たちですね?」
口を利いたのはお付きの女性、京哉は様子を窺いながら黙って頷く。
「お嬢様がお詫びしたいと仰っております」
間近で見るフィオナ=ブレガーはマスターの言葉そのままに『いい女』が実体化したようだった。美人だが冷たくなく柔らかな雰囲気は性格から滲み出るものか。プロポーションも特級品、世界のプレタポルテを身にまとうモデルほど痩せてもいない。
その姿をまたしても京哉がガン見していると、霧島が京哉の太腿をつねり上げる。
(あ痛たた、何するんですか!)
(ビョーキにつけるクスリもないのだからな!)
カウンター下の攻防は誰にも悟られない。霧島は涼しい顔に僅かな微笑み、京哉は少し涙目になりながらもグッと堪えて平静を装っている。微笑み仮面のまま霧島が英語で言った。
「詫びとは、それはどうもご丁寧に」
「怖い思いをおさせした上に車まで壊してしまって、本当にすみませんでした」
「私たちがここにいることは誰から?」
「街の人づてに聞いて参りました」
小さく閉鎖的な街でよそ者は既に有名人らしい。
「せめて僅かなりとも車代を。ローラ、お出しして差し上げて」
フィオナに言われてお付きのローラがバッグから財布か何かを出そうとする。だがそこで邪魔が入った。ローラが腕を掴まれたのだ。
同時にフィオナまで背後から細い肩を無理矢理抱かれる。手を出してきたのはお約束でテーブル席にいたドブ色の男たちだった。
仕事中でも本性は隠しきれなかったらしく、下卑た嗤いを洩らしている。
「どえらい美人じゃねぇか」
「まさに掃きだめに鶴だな」
「こっちに来て俺たちに酌してくれよ」
店を掃きだめと言われたマスターは眉をひそめた。揉め事はご免だろうが、まだ割って入るまでもないと思ったのか、頭を振ってマスターは溜息をついている。
チンピラたちが女性二人の腕を掴み、強引にテーブルにつれて行こうとするに及んで、霧島は実力行使に出ようとした。多少なりとも腕の立つ相手が八人は厄介だが、気の毒なご婦人たちを捨て置けない。マスターには悪いが最悪、京哉が撃つだろう。
だがそのとき初めてアイボリーのスーツを着た若い男が口を開いた。
「やめろ、お前たち。女子供に手を出すとは、レアードの名も堕ちたものだな」
決して大声ではなかったが、低めのそれは店内によく響いた。
「レアード……」
呟いたのはフィオナだった。ファミリーの仇同士である。そんな渦中に不用意に飛び込んでしまい驚いているようだ。狭い街だが仇の跡継ぎ同士は顔を合わせたこともないらしい。
確かに後継ぎ同士でも憎み合っているとは限らないし、逆に相手の顔を頭に叩き込んでおいて見かけたら撃ち合う関係というのも現実的ではない。
そんなことを霧島と京哉は同時に考え、なるほどと思う。街のこちら半分はレアードファミリーの仕切り、故にマスターも男たちに強い物言いができなかったのだ。
考えつつ観察していると若い男がグラスを置いて立ち上がる。そして何の気負いもなく固まっていた男たちに近づき、女性二人の腕を掴んでいた男らの手を離させると男らの頬を次々に張り倒した。
「その汚い手で二度と触るな」
「キーファ坊ちゃん、申し訳ありません……うっ!」
頭を下げて謝った男も蹴り飛ばすと、低めの声を荒げることなく男らに命令する。
「俺の見張りはもういい、お前たちは事務所か屋敷に帰れ」
「ドン・ハイラムに叱られます」
「俺がいいと言っている。目障りだ、消えろ」
突き放されたフィオナを腕に抱き取った形で若い男は言った。暫しチンピラたちは迷っていたようだったが、結局は従ってしぶしぶスイングドアから出て行った。
腕から離したフィオナに若い男は薄い茶色の瞳で見入る。フィオナも緑の瞳でそれを見返した。ふいにフィオナは目を伏せる。白い小さな顔が紅潮していた。
「……助けて頂きました。有難うございます」
「助けた訳じゃない、監督不行届を謝るのはこちらの方だ。申し訳なかった」
「いいえ、そんな……あの、わたし、フィオナ=ブレガーと申します」
ブレガーの名に若い男は僅かに考えを巡らせたようだったが、それだけだった。
「キーファ=レアード、それが俺の名だ」
「キーファ=レアード……ドン・レアードの一人息子!」
お付きのローラが小さく叫ぶ。だがキーファ本人は何ら表情を変えない。若くともマフィアの跡継ぎだ、こんな反応には慣れているのかも知れない。そう巨大霧島カンパニーの跡継ぎとして育てられ、扱われ、周囲からも見られてきた霧島は思った。
そんな風に考えていると、人目も気にせずキーファがフィオナの右手を取って軽くキスをする。フィオナは再び驚いたようだが手は引っ込めない。キーファが僅かに微笑む。
「キーファと呼んで貰いたい。どうかお見知り置きを」
一歩間違うと一連の行動はとんでもない気障野郎になるところだが、キーファの物腰はごく自然でスマートだった。そのまま伏せられた緑の瞳を覗き込む。
「もし良ければメールアドレスを送らせて欲しいのだが」
更に頬を紅潮させながらも迷うことなく頷いたフィオナは、キーファと携帯のメアドを交換した。これでキーファとフィオナは連絡が取り合えるようになった訳だ。
「どうやってここまで?」
「歩いてきました」
「女性二人で勇ましい真似をする。だが帰りも無事とは限らない。分かれ道まで車で送ろう。外は物騒だが、俺たち二人に銃を向ける奴らもいまい」
ここにきてローラが目の色を変え、フィオナを留めようと声を張り上げる。
「お嬢様、いけません! 相手はレアードの総領息子ですよ!」
「いいえ、キーファの言う通りよ。……わたしのこともフィオナとお呼びになって」
「では、フィオナ。他に用件があれば俺がボディガードを務めよう」
自然な動きでキーファはフィオナの背に手をやった。フィオナもされるがままで完全に二人の世界を構築している。
そうして二人はうろたえるローラをくっつけスイングドアから出て行ってしまった。置き去りにされた霧島と京哉は呆然と立ち尽くす。
「何だったんだ、あれは?」
「何って見たまんまじゃないですか。あ、また車代取り損ねちゃいましたよ」
仕方なく霧島と京哉は再びアイスティーをチュウチュウ吸った。
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