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第32話
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もう、いったいナニをしにきたのか曖昧模糊とする中で翌日の午後、霧島と京哉はキーファから迎えに来るようメールを受けた。
初仕事のような気はしないが、一応は命令で動く初仕事だ。
屋敷の三階に二人は上がりキーファの私室の前でガードを引き継ぐ。脇を固めて一階に下りると車寄せから車に乗った。ドライバーは霧島、後席にキーファと京哉だ。
「行き先はバー・バッカスか。昼間からいいご身分だな」
「まあな」
歯に衣着せぬ霧島の物言いにもキーファは堪えた様子もなく、咎めることすらしない。何事かを考えているようで、元々そういう性質なのかも知れないが口数は少なかった。ルームミラーで霧島はレアードファミリーの跡継ぎを観察する。
長身で細いがそこそこ鍛えられた体つき。薄い色の金髪にサンドベージュのスーツが似合っている。思案しながらも薄い茶色の瞳は堂々と前を向いていた。
バッカスに着くとキーファは以前と同じくカウンター席のスツールに座る。霧島と京哉も肩を並べて腰掛けた。早速バーボンを頼んだキーファが二人にも声を投げる。
「あんたらも飲んでくれ」
昼間というのも考慮した二人はマスターにビールを頼んだ。僅かながら遠慮した訳だが、飲酒運転で捕まるような土地でもない上に、霧島はビールなどで酔わない。
客は前もいた髪結いの亭主が二人。マイルズとネッドという名だ。それと相変わらずへべれけになっているシェリフ・パイク=ノーマンだ。幸いチンピラはいない。
「で、よそ者の私たちをわざわざガードに仕立てた理由を教えて貰えるか?」
ビールを半分ほど一気飲みして霧島が切り出すとキーファはチラリと二人を見た。
「ふんぞり返ったファミリーに馬鹿げた戦争……もう、真っ平だ」
「その恩恵を受けてるのはあんただろう、総領息子」
「総領息子に生まれついたのは俺のせいじゃない」
「確かにそうだな。だが逃げられる立場でないのも確かだろう。運不運も人生だぞ」
「運不運か。あんたらは何処の人間なんだ?」
「日本国だ。極東にある」
「そこはいいところか?」
「取り敢えず今のところ戦争はないな。治安の良さは先進国でダントツだ。海外旅行でもしようというのか?」
「旅行に行って行方不明というのも有りだろう?」
思わず二人はキーファの横顔を見た。冗談を言っている訳ではなさそうだ。
「まさか、逃げ出す気なのか?」
「そのまさかだったらどうする?」
「よそ者の私たちなら黙って見逃すとでも?」
琥珀色の液体を揺らしてキーファは薄く微笑んだ。
「……本気か?」
改めて霧島はキーファを眺める。切羽詰まった風でなくごく静かな薄い微笑みだ。
今は至極穏やかに見えるが自分のファミリーの手下とはいえ、チンピラのあしらいは苛烈さすら感じられるものだった。霧島や京哉と同じくらいの歳でそれなりの風格も備わっている。長じればファミリーのドンとして君臨するに相応しい人物となりえるだろう。
だが与えられたそれを捨てたいというのも頷ける話だ。独りで立てない男には見えない。バカ殿でもなければ意味のない争いに嫌気がさしても不思議ではなかった。
「俺はいつか足を洗おうと思ってきた。生まれた瞬間から浸かった泥を俺自身の手で洗い流したいと……この閉鎖された街であんたたちと会えたのもそれこそ運だろう」
「おまけに手伝えと言うのか?」
イレギュラーな事態の連続攻撃に霧島は頭を抱えたくなった。かつて某大国の戦略軍事行動シミュレーションに特化したスパコン『エージェントPAX』と殆ど互角に渡り合った頭脳ですら、何ひとつ先のことが予測不能な状態に陥っていた。
そんなバディを横目に見て京哉は他人事のように気の毒な思いに駆られる。霧島の手に負えないのに自分に打開策が浮かぶ訳がないという理屈で、別の言い方をすれば思考放棄だった。何故なら芥子畑を目にしておいて帰れないと内心意地を張っているのは霧島なのである。
何とかしたいのも分かるが、とっとと無理と断じて帰っても京哉は構わないのだ。
けれどここにきて降って湧いたのがマフィアの総領息子の夜逃げ話である。こんな所で自分たちはいったいナニをしているのか、いよいよ分からなくなってきていた。
初仕事のような気はしないが、一応は命令で動く初仕事だ。
屋敷の三階に二人は上がりキーファの私室の前でガードを引き継ぐ。脇を固めて一階に下りると車寄せから車に乗った。ドライバーは霧島、後席にキーファと京哉だ。
「行き先はバー・バッカスか。昼間からいいご身分だな」
「まあな」
歯に衣着せぬ霧島の物言いにもキーファは堪えた様子もなく、咎めることすらしない。何事かを考えているようで、元々そういう性質なのかも知れないが口数は少なかった。ルームミラーで霧島はレアードファミリーの跡継ぎを観察する。
長身で細いがそこそこ鍛えられた体つき。薄い色の金髪にサンドベージュのスーツが似合っている。思案しながらも薄い茶色の瞳は堂々と前を向いていた。
バッカスに着くとキーファは以前と同じくカウンター席のスツールに座る。霧島と京哉も肩を並べて腰掛けた。早速バーボンを頼んだキーファが二人にも声を投げる。
「あんたらも飲んでくれ」
昼間というのも考慮した二人はマスターにビールを頼んだ。僅かながら遠慮した訳だが、飲酒運転で捕まるような土地でもない上に、霧島はビールなどで酔わない。
客は前もいた髪結いの亭主が二人。マイルズとネッドという名だ。それと相変わらずへべれけになっているシェリフ・パイク=ノーマンだ。幸いチンピラはいない。
「で、よそ者の私たちをわざわざガードに仕立てた理由を教えて貰えるか?」
ビールを半分ほど一気飲みして霧島が切り出すとキーファはチラリと二人を見た。
「ふんぞり返ったファミリーに馬鹿げた戦争……もう、真っ平だ」
「その恩恵を受けてるのはあんただろう、総領息子」
「総領息子に生まれついたのは俺のせいじゃない」
「確かにそうだな。だが逃げられる立場でないのも確かだろう。運不運も人生だぞ」
「運不運か。あんたらは何処の人間なんだ?」
「日本国だ。極東にある」
「そこはいいところか?」
「取り敢えず今のところ戦争はないな。治安の良さは先進国でダントツだ。海外旅行でもしようというのか?」
「旅行に行って行方不明というのも有りだろう?」
思わず二人はキーファの横顔を見た。冗談を言っている訳ではなさそうだ。
「まさか、逃げ出す気なのか?」
「そのまさかだったらどうする?」
「よそ者の私たちなら黙って見逃すとでも?」
琥珀色の液体を揺らしてキーファは薄く微笑んだ。
「……本気か?」
改めて霧島はキーファを眺める。切羽詰まった風でなくごく静かな薄い微笑みだ。
今は至極穏やかに見えるが自分のファミリーの手下とはいえ、チンピラのあしらいは苛烈さすら感じられるものだった。霧島や京哉と同じくらいの歳でそれなりの風格も備わっている。長じればファミリーのドンとして君臨するに相応しい人物となりえるだろう。
だが与えられたそれを捨てたいというのも頷ける話だ。独りで立てない男には見えない。バカ殿でもなければ意味のない争いに嫌気がさしても不思議ではなかった。
「俺はいつか足を洗おうと思ってきた。生まれた瞬間から浸かった泥を俺自身の手で洗い流したいと……この閉鎖された街であんたたちと会えたのもそれこそ運だろう」
「おまけに手伝えと言うのか?」
イレギュラーな事態の連続攻撃に霧島は頭を抱えたくなった。かつて某大国の戦略軍事行動シミュレーションに特化したスパコン『エージェントPAX』と殆ど互角に渡り合った頭脳ですら、何ひとつ先のことが予測不能な状態に陥っていた。
そんなバディを横目に見て京哉は他人事のように気の毒な思いに駆られる。霧島の手に負えないのに自分に打開策が浮かぶ訳がないという理屈で、別の言い方をすれば思考放棄だった。何故なら芥子畑を目にしておいて帰れないと内心意地を張っているのは霧島なのである。
何とかしたいのも分かるが、とっとと無理と断じて帰っても京哉は構わないのだ。
けれどここにきて降って湧いたのがマフィアの総領息子の夜逃げ話である。こんな所で自分たちはいったいナニをしているのか、いよいよ分からなくなってきていた。
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