Golden Drop~Barter.21~

志賀雅基

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第33話

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「逃げたいなら勝手に逃げればいいだろうが。厄介事は沢山だ」

 そう言ったときスイングドアが揺れて一人の人物が入ってきた。小柄で細身ということしか判別できない。暗い色のマントをまといフードを目深に被っていたからだ。
 その人物が用ありげにカウンターの三人に近づいてくる。霧島と京哉はやや緊張した。誰がヒットマンに弾かれても敵わない。もはや三人共に身に覚えがあるのだ。

 だがその人物はキーファの前にやってくると、あっさり暗い色のフードを外した。長く豊かな黒髪を背に流す。緑色の瞳を潤ませたフィオナ=ブレガーだった。

「独りで来たのか?」

 キーファの問いにフィオナは伏し目がちに答える。

「ええ、ローラに身代わりを頼んで。呼び出してくれて嬉しかった」
「無茶をする」
「無茶でも来たかったの。キーファ、貴方に会いたくて、わたし……」

 自分のグラスを差し出してキーファはフィオナに握らせた。

「少し飲むといい。落ち着くだろう」

 素直に受け取ったフィオナは立ったままグラスに口をつける。それでようやく緑色の瞳を上げた。しかし目元が上気し潤んだままなのはウィスキーのせいだけではなさそうだ。グラスを磨くマスターにキーファが声を投げた。

「上の部屋を借りる」

 返事を待たずスツールから降りたキーファはフィオナの華奢な手を取る。店の奥の階段へと向かった。キーファの態度は傲慢に思えたがフィオナは顔を赤らめながらも従った。

 幾らボディガードを仰せつかっても、追うほど二人は野暮でも下種でもない。

「うーん、まさにロミオとジュリエットの逢瀬じゃないですか。こういうのも見逃せってことなんでしょうね。燃え上がる二人をスクープするメディアもいないのは羨ましい限りですよね」
「雑誌記者はいなくてもこの小さな街だ、大炎上だぞ。マスター、ウィスキーくれ」

 何だかもう考えるのも馬鹿馬鹿しくなって霧島はウィスキーをストレートで飲み始め、京哉も二杯目は紅茶のカクテルを貰う。京哉は煙草を吸いつつ飲みながら霧島に訊いた。

「ねえ、忍さん。キーファのあれ、本気でしょうか?」
「渡りに舟が私たちか。参ったな、そこまで計算済みとは」
「両ファミリーとも、大騒ぎになるでしょうね」
「両……?」

「だってフィオナと遊びじゃなければ」
「あああ、勘弁してくれ――」

 唸って霧島はグラスのウィスキーを呷る。よその国の他人の恋愛なんかに全く興味がないので残念なまでに鈍いのだ。お蔭でこういった事実は京哉に指摘されなければ気付かないのが殆ど、喩え気付いたとしても計算予測能力はまるで発揮できない。

 EMP、電磁パルス兵器で攪乱され迷子になりかけたミサイルの如き状態である。

 げんなりして飲んでいると髪結いの亭主たちからカードゲームに誘われた。極力ルールを単純化したポーカーをしながら約二時間を二人は潰す。現職警察官ながら国外ということもあり飲み代を賭けたゲームだった。

 だがこの手のゲームはある程度計算可能な分野だ。おまけに鉄面皮でもある霧島の一人勝ちとなり、さほど面白くもなかった。

 やがてキーファと共に階段を降りてきたフィオナは真っ直ぐ前を向き毅然としていた。ただ身代わりを心配したのか急いだ様子でキーファの申し出も断り、独り車で帰って行った。人目を惹いて疑われては今後の密会もままならなくなると思ったのかも知れない。

 そうして案の定、帰りの車の中でキーファは宣言した。

「俺はフィオナと一緒に逃げる」

 落ち着いた運転を維持しつつ、霧島はルームミラーの中のキーファを見返す。

「どうやってだ?」
「サモッラ山脈を越えて海に向かう。海沿いの村づたいに軍の空港を目指す」
「ヘリの追っ手がすぐに掛かるぞ?」

「だからあんたたちに頼みたいんだ」
「ふん。私たちには私たちの都合があるというのに、簡単に言ってくれる」
「すまないが、頼む」

 返事はせず霧島は坂道の先に目をやった。キーファにとって屋敷はフェンスに囲まれた檻、だが檻の中の王を望まぬ男の決心を、小気味の良いものに感じないでもなかった。
 霧島自身が似たような境遇にあったので、余計に共感したのかと自分で思う。

「決行は明日だ」
「「ええええーっ!?」」

 ふざけるな、ウソでしょうとの抗議は一蹴された。

「明日の夜、昨日の襲撃のお礼参りを大規模作戦でやる。それに乗じる手だ」
「燃え上がるのも結構だが、もうちょっとしみじみ考えろ!」
「何年もの間、ずっと考えてきた。あとは実行するのみだ」

「ふ……ん。で、具体的にはどうする?」
「明日の昼過ぎに車で出る。バッカスでフィオナを拾って山脈越えだ。夜の作戦の準備でこちらに注意は向かないだろう。バレても翌日だ。その頃には海沿いに着く」

「くそう、そこまで織り込み済みか……」
「すまんが、頼む」

 ルームミラーの中で再び頭を下げられて霧島はムッとした。監督不行届を咎められるのは霧島と京哉の二人である。そしてまだ特別任務が【現状維持し待機】命令のままである以上、自分たちは戻ってこなければならないのだ。

 三者三様に考えを巡らせているうちに車は屋敷に着いた。
 二人はキーファを三階の私室まで送る。部屋に戻ろうとエントランスを出た途端、オットー=ベインに捕まった。
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