Golden Drop~Barter.21~

志賀雅基

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第40話

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 ふたつあるマフィアファミリーの片方だけでも潰せる。それだけでも利がある分、マシだと思っていた自分は、何処までものが見えていなかったのかと愚かすぎて吐き気がした。

 幾らイレギュラーな出来事ばかりで先読みができない状況とはいえ、この無法地帯で倫理など持ち合わせない男どもが取る行動など考えずとも分かる筈だった。

 同じ光景を目に映して霧島の気分を察したらしく、京哉がチンピラたちに見られないよう素早く、だがそっと優しく霧島の左手を一瞬だけ握ってくれる。その一瞬にペアリングを撫でられて霧島は己に腹が立ちすぎ頭に上り切った血が僅かながら下がった気がした。

 だからといって事態は何も変わらないが、あの女性たちを解放するという宿題ができ、実行する未来の自分も見えた。
 本当なら未来ではなく何より優先して今すぐやるべきことだが、現状況では無理だと分かっている。悔しいがここで無茶をして暴れても、京哉まで付き合わせて二人、蜂の巣になっては元も子もない。

 一団は坂道を下り、丘を横切って芥子畑を踏み荒らし、レアード側の坂を上った。屋敷の向こうの茶畑では茶摘みをしている者がぽつぽつといて風景だけはのどかだ。すぐ傍で何十人もの人間が死んだとは思えない。

 屋敷の敷地に入ると霧島と京哉は取り敢えず解放されたが、見張りの若いチンピラ二人が鬱陶しいので食堂でアイスティーを満たした紙コップを手に入れると部屋に籠もった。
 二人して減った弾を装填しながら重い溜息をつく。

「あーあ、落とし前ですって。ヤな感じ」
「一生マフィアの下っ端やっていろとでもいうのか? ふざけるなと言いたいな」
「古式ゆかしく『指詰め』でしょうかね、落とし前。小指なくなると不便ですよ」

「確かに不便だな、麻雀するのに牌を積みづらくなる」
「忍さんってパソコンのゲーム麻雀しかしないんじゃないんですか?」
「ちょっと前までは、たまにだが同期だの本部の知り合いだので卓を囲んでいた」

「へえ。でも小指なくなって本当に困るのは隊長と副隊長の報告書類まで代書している僕ですよ、キィを打ちづらくなるし。大体、貴方も自分の書類は自分で……」

「その平常運転ぶりから京哉、お前は感心すべき大物だと思うがな。それに何度も言ってきたように書類は腐らん。だが人間は腐るんだぞ、喩え死体でなくとも一定の状況下に置かれたらな。ベルジュラックに安心サポートされたくなければ他に考えることがあるだろう?」

「……逃げるなら暗くならないと難しいですよね」
「分かっているならいい。私は下らんことを忘れて寝る」

 現実逃避て昼寝する霧島に溜息をつき、京哉も上着を脱ぎ霧島の抱き枕になる。

◇◇◇◇
 
 何時間経ったのか定かではなかったが、妙に密やかにドアを開ける気配で二人はベッドから滑り降り、同時に枕元の銃を手にして構えた。何の断りもなくロックを外して他人の部屋に侵入してきた男ら四人が反射的に両手を挙げる。

 ビビって両手を挙げながらも数で勝る男らは居直り、居丈高に二人に命じた。

「オットー=ベインの言いつけだ、武装を解いて出てこい!」

 二人はうんざりして顔を見合わせる。腕時計を見れば十八時過ぎだった。

 仕方なくシグ・ザウエルP226をそれぞれキャビネットの上に置く。二人ともにベルトパウチのスペアマガジンも全て抜かれた。
 京哉は伊達眼鏡さえかけるヒマもなく壁に手をつかされ、それぞれが二人掛かりで身体検査をされ、部屋の外につれ出される。

 夕暮れの空は分厚い雲に覆われ、どんよりと湿気を溜めていた。

 ジャケットを着る余裕も与えられなかった京哉はドレスシャツとスラックス姿で、僅かに身を震わせる。同じくドレスシャツの霧島から気遣う目を向けられ、首を左右に振って見せた。確かに気温は低く感じるが、身を震わせたのは近い将来を予測したからだ。

 つれ込まれたのは食堂の二階だった。ここも幾つかの居室となっているらしく、ドアが四つ並んでいる。小突かれながらその一番奥の部屋まで歩かされた。

 急に待遇が悪くなった原因は、室内に入ってみて分かった。
 そこでは二人の髪結いの亭主、バー・バッカスでいつもビールを飲んでいたマイルズとネッドが男たちに囲まれていたのだ。彼らならキーファとフィオナの仲も知っている。霧島と京哉が駆け落ちの事実を知り、おそらく加担したであろうことも想像がつく筈だった。

 二人と入れ違いに気まずそうな顔をしたマイルズとネッドは部屋から出て行った。

 七、八人の男らを除けば部屋の中はがらんとしている。入り口に椅子が一脚と奥にシーツや毛布が積んであるだけ、血が流れても掃除がしやすそうなフローリングだ。

 壁に凭れてオットー=ベインがバニラの匂いの煙を漂わせていた。
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