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第50話
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消耗を抑えているのか霧島の返事はない。吐息は不規則で荒く、支えた躰は熱かった。また発熱しているようだ。かなりの高熱で早く休ませてやりたかった。
それでも強行軍は禁物である。あくまで霧島のペースに合わせ、ときに無理をして歩調を上げようとする男に鋭く注意を飛ばした。
わざと無理をしたがっているのではなく、危機から脱するため本能的にペースを上げてしまうのだと分かっていたが、甘く宥めたくらいでは今の霧島が京哉の指示に従うとは思えない。
叱り飛ばしては励ましながら主導権を握った京哉は霧島の心身を支え続けた。ゆっくりだが確実に進めたのは、これもバディシステムが上手く機能したからだろう。
途中で一度休憩してペットボトルのアイスティーを分け合い飲んだ。座ってしまうと立てなくなりそうな霧島は砂の壁に凭れたままだ。
再出発して百メートルも行かないうちに直径五十センチ足らずの穴が壁に開けられていてこれが下水道への入り口らしかった。この脱出路を掘った奴は相当小柄だったとみえる。苦労して長身の霧島を押し込んでから京哉も壁の穴を抜けた。
異常なまでに匂いに敏感な京哉は覚悟していたが、下水道といってもドブのような臭いがあるものの強烈な悪臭はなくてホッとする。
あまりに臭いが厳しいと京哉まで眩暈を起こすハメになり、病人・怪我人コンビで身動きが取れなくなるからだ。幸い臭いの元としてベルジュラックの世話にならずに済み下水の流れの脇道に立つ。
そうして何処に出ようかと悩んだ。今の自分たちを誰が匿ってくれるというのか。
けれどここにいつまでもいられない。携帯のGPS感知アプリを起動し現在の自位置をマップ上で見つめながら意を決した京哉は霧島に肩を貸し、数百メートルを歩いた。すると出口へのスロープを発見する。ゆっくりと上り始めた。
酷く重たいマンホールのフタを持ち上げるのは非力な京哉にとって難事業だった。それでも特殊な工具が要らないのは幸いで、何とかやり遂げフタをずらす。
銃を手に警戒しながら外を静かに見渡してみた。するとそこは裏通りで、陽が燦々と照ってはいるが人影はない。更にフタをずらすと素早く這い出し、霧島を引っ張り出す。
フタを戻すと出来る限り急いで霧島と共に傍にある店の壁に張りついた。
日陰となった店の裏を辿って勝手口のドアをノックする。あまり響かないよう落ち着いた調子ながら、意味ありげに何度か同じリズムで繰り返すと中からドアが開いた。
「お客さん、よくご無事で」
目を瞠って声を上げたのはバー・バッカスのマスターだった。
「一度、どの部屋も何もかも引っ繰り返して行きましたからね、連中は。灯台もと暗しってヤツで暫くは大丈夫でしょう」
そう言って案内してくれたのは三階の角部屋だった。火急の際は隣の雑貨屋の屋根伝いに逃げられる部屋である。
京哉に縋って階段と廊下を何とかクリアした霧島は、部屋に入ると意外にも涼しい顔を取り戻したが、その鉄面皮のまま頭から被った砂を大雑把に払い落とすなり、セミダブルのベッドに倒れ込んだ。
驚いたように見ていたマスターは頭を一振りすると部屋を出て行った。
几帳面な仕事をするマスターが何もかも引っ繰り返された部屋をまた一人で整えたのだ。シーツも糊の利いたベッドを砂だらけにしたくなかった霧島の気分は京哉にも分かる。だが他人の前だからといって表情まで作るのは、いかにも霧島らしい。
天より高いプライドを捨てられないのと格好つけたがるのは、まるで意味が違うように京哉は思うが、妙に子供のようなところのある霧島は混同している部分が多々あって、それこそ年上の愛し人のプライドを護るために口が裂けても言えないが結構可愛い時がある。
その霧島は安堵したからか『限界の二歩手前』を忘れてしまったらしく、既にベッドに伸びて朦朧としていた。
当然ながら京哉は自分を後回しにして霧島の装備を解いてやり、あの程度では砂を全ては払い落とせなかった衣服を脱がせ、宿に備え付けの櫛で髪を梳いて砂を落とし、絞ったタオルで顔と躰を拭いて水差しの水を飲ませる。
シーツに散った砂を丹念に払ってから再び全身を拭いた。さっぱりと乾いたら宿の清潔なガウンを霧島に着せてやる。気付くとまだ砂がシーツに落ちていたり、思いついて一番怪我が酷い胸に湿布を貼ったりと、次々やることが湧いた。
それでも強行軍は禁物である。あくまで霧島のペースに合わせ、ときに無理をして歩調を上げようとする男に鋭く注意を飛ばした。
わざと無理をしたがっているのではなく、危機から脱するため本能的にペースを上げてしまうのだと分かっていたが、甘く宥めたくらいでは今の霧島が京哉の指示に従うとは思えない。
叱り飛ばしては励ましながら主導権を握った京哉は霧島の心身を支え続けた。ゆっくりだが確実に進めたのは、これもバディシステムが上手く機能したからだろう。
途中で一度休憩してペットボトルのアイスティーを分け合い飲んだ。座ってしまうと立てなくなりそうな霧島は砂の壁に凭れたままだ。
再出発して百メートルも行かないうちに直径五十センチ足らずの穴が壁に開けられていてこれが下水道への入り口らしかった。この脱出路を掘った奴は相当小柄だったとみえる。苦労して長身の霧島を押し込んでから京哉も壁の穴を抜けた。
異常なまでに匂いに敏感な京哉は覚悟していたが、下水道といってもドブのような臭いがあるものの強烈な悪臭はなくてホッとする。
あまりに臭いが厳しいと京哉まで眩暈を起こすハメになり、病人・怪我人コンビで身動きが取れなくなるからだ。幸い臭いの元としてベルジュラックの世話にならずに済み下水の流れの脇道に立つ。
そうして何処に出ようかと悩んだ。今の自分たちを誰が匿ってくれるというのか。
けれどここにいつまでもいられない。携帯のGPS感知アプリを起動し現在の自位置をマップ上で見つめながら意を決した京哉は霧島に肩を貸し、数百メートルを歩いた。すると出口へのスロープを発見する。ゆっくりと上り始めた。
酷く重たいマンホールのフタを持ち上げるのは非力な京哉にとって難事業だった。それでも特殊な工具が要らないのは幸いで、何とかやり遂げフタをずらす。
銃を手に警戒しながら外を静かに見渡してみた。するとそこは裏通りで、陽が燦々と照ってはいるが人影はない。更にフタをずらすと素早く這い出し、霧島を引っ張り出す。
フタを戻すと出来る限り急いで霧島と共に傍にある店の壁に張りついた。
日陰となった店の裏を辿って勝手口のドアをノックする。あまり響かないよう落ち着いた調子ながら、意味ありげに何度か同じリズムで繰り返すと中からドアが開いた。
「お客さん、よくご無事で」
目を瞠って声を上げたのはバー・バッカスのマスターだった。
「一度、どの部屋も何もかも引っ繰り返して行きましたからね、連中は。灯台もと暗しってヤツで暫くは大丈夫でしょう」
そう言って案内してくれたのは三階の角部屋だった。火急の際は隣の雑貨屋の屋根伝いに逃げられる部屋である。
京哉に縋って階段と廊下を何とかクリアした霧島は、部屋に入ると意外にも涼しい顔を取り戻したが、その鉄面皮のまま頭から被った砂を大雑把に払い落とすなり、セミダブルのベッドに倒れ込んだ。
驚いたように見ていたマスターは頭を一振りすると部屋を出て行った。
几帳面な仕事をするマスターが何もかも引っ繰り返された部屋をまた一人で整えたのだ。シーツも糊の利いたベッドを砂だらけにしたくなかった霧島の気分は京哉にも分かる。だが他人の前だからといって表情まで作るのは、いかにも霧島らしい。
天より高いプライドを捨てられないのと格好つけたがるのは、まるで意味が違うように京哉は思うが、妙に子供のようなところのある霧島は混同している部分が多々あって、それこそ年上の愛し人のプライドを護るために口が裂けても言えないが結構可愛い時がある。
その霧島は安堵したからか『限界の二歩手前』を忘れてしまったらしく、既にベッドに伸びて朦朧としていた。
当然ながら京哉は自分を後回しにして霧島の装備を解いてやり、あの程度では砂を全ては払い落とせなかった衣服を脱がせ、宿に備え付けの櫛で髪を梳いて砂を落とし、絞ったタオルで顔と躰を拭いて水差しの水を飲ませる。
シーツに散った砂を丹念に払ってから再び全身を拭いた。さっぱりと乾いたら宿の清潔なガウンを霧島に着せてやる。気付くとまだ砂がシーツに落ちていたり、思いついて一番怪我が酷い胸に湿布を貼ったりと、次々やることが湧いた。
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