Blue Revolution[青の公転]~楽園2~

志賀雅基

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第18話

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 葬儀はつつがなく執り行われた。
 ただ参列者が昨夜の倍はいて、立っている者は勿論、幸い座れた者も結構な苦痛であっただろうと思われた。

 だがその長い長い間もずっとハイファの背後に立ち続けたシドにとっては、大したことではなかった。ポリスアカデミー時代の二年も入れれば十六歳から七年間の警察官生活、実際には十八歳で任官してから二十三の現在まで五年の刑事稼業では式典だのお偉いさんの観閲だの、もっと悪条件下での張り込みなど幾らでもあったのだ。

 Gフィールドで制御され1Gを割る環境下では、周囲を警戒するだけでなく個人をじっくり観察する余裕まであった。今日はテラ連邦エネルギー財団二十二名中、生き残っている十五名全員が参列していて、読み上げられる名前で面割りも確実だ。

 しかし誰が何故、どうやって故人メッテルニヒ=ファサルートのリモータに細工したのか。いや、細工自体は簡単だ。プログラムを流し込むだけである。
 故にこの件は『誰が・何故』というところに集約される訳だ。エネルギー財団のメンバーは無論、資源の開発や採掘関係の大会社のトップかそれに準ずる者。

 恨みなど心当たりがありすぎるだろう。それでも本当に片っ端から殺すほどの恨みなど尋常ではない。

 そういや減った財団員は各社から補充されるんだろうか。自身の宿題だ。

 午後一時から始まった葬儀は夕方近くなってようやく終わり、今日はその後の宴席もなかったので乾いた雰囲気が充満していた会場から皆、三々五々散っていった。

 目前で席についていたファサルート家の主要メンバーのうち、ミランダ=ファサルートは隣にハイファが座っていることさえ気に食わないらしく、底冷えのするような目で義理の息子を一瞥したのち、さっさと二十四階の居間に引き上げて行く。

 ハイファとシドもゲストルームに戻ろうとしたがチェンバーズに引き留められた。

「わたしの部屋で一杯らないか?」
「……そうですね。お相伴に与ります」

 硬い口調でハイファはチェンバーズと共に二十五階へ向かう。シドは黙ってついて行くだけだ。自分自身が訊きたいことは既にあらかた聞いたので、父子二人の会話に首を突っ込みたくなかったが、訃報を聞いてからこちら、どうも危なっかしいハイファを独りにするのは憚られたので流れのままに同席する。

 別にハイファがチェンバーズを撃ち殺すとは思っていないが、ここはやはり『ずっと傍にいる』と口にも出した自分の決意を実行すべき時だと強く感じたのだ。

 いや、そんな自分勝手な決意なんかどうでもいい。おそらく愉しい話ではないであろうハイファが『伺いたいこと』の答えを聞く際には一緒にいて、もし揺らいだら支えてやるのがパートナーの務めであり存在意義だとシドは思う。

 廊下を歩きつつハイファの手にそっと触れると、しっとり汗ばんでいた。

 部屋に招き入れられると、様々な酒瓶の収められたどっしりとしたサイドボードを背にしてチェンバーズ氏は臙脂色の革張りソファに座り、向かいの白いソファに制服二人組は腰掛ける。チェンバーズ氏は僅かに首を傾げてこちらを眺め、極めて真面目に言った。

「こうしてみると、本当に対のような似合いの二人だね」

 ゲホゲホと咳き込んでハイファはチェンバーズではなくシドに食って掛かる。

「シド、貴方は昨日ここで何を言ったんですか、もう!」
「何って、『パートナー』。拙かったか?」
「……ううん。漫才師じゃないのに『相方』なんて言われるより嬉しい」
「ほら、やっぱりお似合いだよ。息子に彼氏ができるとは考えても見なかったが」
「本当に『パートナー』だけ?」
「だけだ」
「あ、目、逸らした。他にも言ったんでしょ、余計なことを沢山」
「言ってねぇって。……そりゃあ説明が惚気たみてぇになったかも知れねぇけどさ」
「えっ、シドが惚気って明日はバルナに猫が降るかも! でも恥ずかしいなあ」
「まあまあ、いいじゃないか。幸せそうで何よりだよ」

 とチェンバーズが笑った。するとまたハイファの表情が頑なになる。

「訊きたいことがあったんだろう?」
「……はい」
「何でも訊いてくれ。わたしに答えられることなら何でも……ハイファス、お前には聞く権利がある。ずっと申し訳なく思っていた。詫びて済むなら幾らでも詫びるが、今更そうもいくまい。父と思わず大人同士、知り合いだとでも割り切って貰えないだろうか?」
「知り合い……都合のいい、当たり障りのない関係ですか」

 尖った言葉を吐いてチェンバーズの表情すら硬く変えたハイファに、シドは煙草を咥えてオイルライターで火を点けると紫煙を燻らせながら口を挟んだ。

「なあ、ハイファ。それじゃあ何にも変わらないぜ? あんまり口出しはしたくねぇが、訊きたいことがあるって言ったのはお前の方だろ」

 言われてハイファはいきなり目前のグラスを引っ掴み、注がれたウィスキーを一息に飲み干した。ダンッとロウテーブルにグラスを置くと、チェンバーズに切り出す。

「僕の実の母、エンジュ=セフェロはセフェロ星系の王族だった。レアメタル鉱山の視察に訪れた貴方はそこで母を見初め半ば強引にテラ本星に連れてきて住まわせた。でも母は環境の激変について行けず徐々に体調を悪くして……ミランダ=ファサルートが送り付けてきた薬を飲み過ぎた事故という死因は本当のことなんですか?」

(おいおい、ファサルートの次は王族かよ!?)

 シドはまじまじと隣の男の若草色の瞳を見る。セフェロも勿論テラ人が住むテラ連邦加盟星系だが、異星の血がかなり入っていると聞いたことがあった。

 改めてシドはもっともっとハイファと時間を共有したいと願う。

 グラスを手にしたチェンバーズは、僅かに沈痛な色を灰色の目に浮かべていた。

「……事実は不変でただそこに在るものだが、真実というものは個人それぞれによって見え方が違う。つらい事実など知らなくても生きて行ける。お前自身が信じる真実に添って生きたいのならそれは訊かなかったことにして欲しいが、どうかね?」

 黒のタイを緩め、ボタンを外して襟元をくつろげながら、チェンバーズはハイファを通して遠い過去を見つめるような目をしていた。
 言いたくないという頑なな目ではなく、まるでハイファに対しかつて己が愛したエンジュ=セフェロを重ねるように。

 しかしハイファは父を父とも思わぬ冷ややかな視線で現在を突き付ける。

「僕が調べられたのは、そこまででした。その続きがあるのなら僕は知りたい。貴方も僕には聞く権利があると言った。勝手な個人の真実に振り回されるのは沢山です」
「そうか――」
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