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第21話
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二十五階から一気に一階エレベーターホールに降り、この時間でも煌々とライトパネルが照らし出すエントランスを抜けた。
外から見上げると二十五階建てのうち、約半数ものフロアに明かりが残っており、民間企業の厳しさに改めて思いを馳せるシドだった。
ハイファと共にファイバの道をゆったり歩く。一歩ごとに発光素子が足元を照らし出す機能も本星と変わらす街灯も途切れなく明るい。ただ、まだ夜も浅いこの時間、走行しているコイルが格段に少ないという違いがあった。
ここバルナにある会社に勤めている者の殆どは、朝、本星から軌道エレベーターで通勤してくる。超一流企業が土地を奪い合うような商用衛星に住宅などないからだ。
見上げれば、暗いながらもボウッとと燐光を発しているようなテラ本星が、何処までも二人の頭上を覆っていた。見守られているような、いきなり吊っているワイアが切れて降り落ちバルナごと粉々にされそうな、不思議な気分である。
二十分ほど歩いてハイファが案内したのは映画館だった。電子看板には『スコットシネマシティ』と表示されている。AD世紀の遺産である映画をリメイクして配信する、本星でも有名な映画会社の見慣れたロゴが建物にペイントされていた。
二階と三階が一般客に開放する映画館、上が社屋として使われているようだ。
「へえ、こんな時間にこんな所で映画なんて採算合うのかよ」
「レイトショウは最近始めたばっかりみたいだよ。ちょっとした観光スポットってことで注目浴びてる。昨日、RTVで視て知ったんだけど」
中に入るとやや薄暗く、そこだけ明るいオートの売店が並び人影が散見された。それこそこんな時間に販売もオートではないのは珍しい。ホットドッグだのポップコーンだのの売り物たちと販売員の声がレトロな映画館の雰囲気を醸し出している。
「チケットは二階みたいだね」
早速二人分のアイスコーヒーを買ったハイファからひとつを受け取って、シドは螺旋状になったオートスロープで二階に上がった。
「『モーリス』って、おい、それどういう映画なんだ?」
券売機にリモータを翳しボタンを押そうとしたハイファを寸前でシドがとめる。
「ええと、恋愛モノだよ。学生の頃から愛し合った二人が別れて――」
「って、その二人とやらはまさか……」
「うん、男同士」
「何でバルナくんだりまで来て、俺がゲイの映画を観なくちゃならねぇんだよっ!」
「……シド。貴方はいつまで~も、そのままのシドでいてね」
ハイファはパンパンとシドの両肩を叩いた。
「何なんだ、それは。ってか他にねぇのか?」
呟きながらシドは、その映画を象徴する場面を描いた看板群を眺め回す。
「『プリティ・ウーマン』、シンデレラものとかならイケる?」
「恋愛モノに拘るなよ。『ブラックホークダウン』、軍モノか。でもBEL、いや、ヘリが墜ちるのもな……おっ、これがいいんじゃねぇか? 俺たちにぴったりだぜ」
ハイファの目論んだロマンチックなデートは一歩目でつまずいた。
シドが勝手にチケット購入したのは『HEAT』という刑事モノだったのだ。いにしえの監督はマイケル=マン、『AD世紀の映画史上に残る七分間の銃撃戦』という煽り文句が書いてあった。ロマンはロマンでも『真性・男のロマン』でハイファはがっかりする。
「あーた、実生活でお腹いっぱいじゃないの?」
「いいじゃねぇか、AD世紀の刑事がどんな捜査してたか気にならねぇ? 銃とか」
「銃は、まあ……」
始まるまであと十数分あって、シドは喫煙ルームに向かうと環境税の二十クレジットを払い、いそいそと煙草を二本吸って依存物質を補給した。
◇◇◇◇
「うーん、悔しいけどさ、面白かった」
「だろ? 恋愛モノにしなくて正解だぜ」
「昔っから刑事って、ホシを追いかけて走ったりしてたんだね」
「そりゃそうだろ。でも俺はやっぱり、あの銃撃戦だな」
ライフルか何かの長モノを構える振りをしてみせる、色気もへったくれもない愛し人に苦笑しつつハイファはそれでも満足だった。
元よりハイファはガンヲタの一面も持ち、別室からお呼びが掛かる前は超長距離射程を誇るスナイパーでもあったのだ。
だが何よりシドがこの趣向を喜んでくれたことが嬉しかった。
「や、景気悪いっつったら申し訳ないけどさ、お前の爺さんの葬式だし。でもこれで結構スカッとしたぜ。今度ウチに帰ったら手に入れようぜ、あの映画のデータ」
レトロな映画館を出て再びテラを頭上に頂きながら歩き出す。ハイファがさりげなく足を向けたのは、ファサルートコーポレーション社屋とは逆方向だった。
ひたすら映画について感想を述べるシドに頷きながら、ハイファは微笑みつつも黙って暫く歩き続けていたが、ふいに真顔になってシドを見つめると口を開いた。
「スカッとしすぎて悪いことなんてないよね」
足を止めてシドを窺ったのは、ちょっとした裏通りのビジネスホテルの前だった。
「……って、お前。もう大丈夫なのか?」
黙って頷いたハイファはエントランス脇のリモータチェッカに左手首を近づける。
解錠されたオートドアから入ってみると受付も何もかもが無人化されて、どうやらここはビジネスホテルの体裁を取った、そういう場所であるらしいとシドは気付く。
オフィスで出会った者同士の逢瀬にでも使われるのだろうか。
クレジットと引き替えにリモータに流し込まれた二〇一号室のキィロックコードを使い部屋に入る。バルナという立地条件の割に意外とフリースペースもあり、バスルームも広い。
ソフトスーツの上着をハンガーに掛けながらハイファが殊更明るい声を出した。
「ねえ、一緒にお風呂入らない?」
頷いたシドも対衝撃ジャケットを脱ぎながら目を眇めてハイファを見る。ドレスシャツの薄い肩から華奢な首筋。それに抱き寄せるとかなり腕が余ってしまうほど細い腰。今もスナイパーとして現役であろう澄んだ若草色の瞳が柔らかに微笑む。
互いに執銃を解くとボタンに手を掛けたハイファを待てず、シドはその躰を掻き抱く。外気に晒され少し冷たいハイファと抱擁を続けながら二人は唇を合わせた。
温かい湯に二人で浸かり、交互にリフレッシャを使う。柑橘系のソープの香りは悪くはなく、同じ香りを漂わせてバスルームをドライモードにし、抱き合ったままで互いの髪を梳き乾かした。
ハイファの長い後ろ髪はサラサラで、シドの艶やかな黒髪はやや猫っ毛で見た目より柔らかい。互いの髪に触れながら自然に笑みが溢れる。
「何だか子供みたいだね」
「子供な訳、ねぇだろ」
二人共に熱いものが下腹部に当たっていた。
バスルームから出て大きなベッドに二人はもつれ合うように倒れ込む。
外から見上げると二十五階建てのうち、約半数ものフロアに明かりが残っており、民間企業の厳しさに改めて思いを馳せるシドだった。
ハイファと共にファイバの道をゆったり歩く。一歩ごとに発光素子が足元を照らし出す機能も本星と変わらす街灯も途切れなく明るい。ただ、まだ夜も浅いこの時間、走行しているコイルが格段に少ないという違いがあった。
ここバルナにある会社に勤めている者の殆どは、朝、本星から軌道エレベーターで通勤してくる。超一流企業が土地を奪い合うような商用衛星に住宅などないからだ。
見上げれば、暗いながらもボウッとと燐光を発しているようなテラ本星が、何処までも二人の頭上を覆っていた。見守られているような、いきなり吊っているワイアが切れて降り落ちバルナごと粉々にされそうな、不思議な気分である。
二十分ほど歩いてハイファが案内したのは映画館だった。電子看板には『スコットシネマシティ』と表示されている。AD世紀の遺産である映画をリメイクして配信する、本星でも有名な映画会社の見慣れたロゴが建物にペイントされていた。
二階と三階が一般客に開放する映画館、上が社屋として使われているようだ。
「へえ、こんな時間にこんな所で映画なんて採算合うのかよ」
「レイトショウは最近始めたばっかりみたいだよ。ちょっとした観光スポットってことで注目浴びてる。昨日、RTVで視て知ったんだけど」
中に入るとやや薄暗く、そこだけ明るいオートの売店が並び人影が散見された。それこそこんな時間に販売もオートではないのは珍しい。ホットドッグだのポップコーンだのの売り物たちと販売員の声がレトロな映画館の雰囲気を醸し出している。
「チケットは二階みたいだね」
早速二人分のアイスコーヒーを買ったハイファからひとつを受け取って、シドは螺旋状になったオートスロープで二階に上がった。
「『モーリス』って、おい、それどういう映画なんだ?」
券売機にリモータを翳しボタンを押そうとしたハイファを寸前でシドがとめる。
「ええと、恋愛モノだよ。学生の頃から愛し合った二人が別れて――」
「って、その二人とやらはまさか……」
「うん、男同士」
「何でバルナくんだりまで来て、俺がゲイの映画を観なくちゃならねぇんだよっ!」
「……シド。貴方はいつまで~も、そのままのシドでいてね」
ハイファはパンパンとシドの両肩を叩いた。
「何なんだ、それは。ってか他にねぇのか?」
呟きながらシドは、その映画を象徴する場面を描いた看板群を眺め回す。
「『プリティ・ウーマン』、シンデレラものとかならイケる?」
「恋愛モノに拘るなよ。『ブラックホークダウン』、軍モノか。でもBEL、いや、ヘリが墜ちるのもな……おっ、これがいいんじゃねぇか? 俺たちにぴったりだぜ」
ハイファの目論んだロマンチックなデートは一歩目でつまずいた。
シドが勝手にチケット購入したのは『HEAT』という刑事モノだったのだ。いにしえの監督はマイケル=マン、『AD世紀の映画史上に残る七分間の銃撃戦』という煽り文句が書いてあった。ロマンはロマンでも『真性・男のロマン』でハイファはがっかりする。
「あーた、実生活でお腹いっぱいじゃないの?」
「いいじゃねぇか、AD世紀の刑事がどんな捜査してたか気にならねぇ? 銃とか」
「銃は、まあ……」
始まるまであと十数分あって、シドは喫煙ルームに向かうと環境税の二十クレジットを払い、いそいそと煙草を二本吸って依存物質を補給した。
◇◇◇◇
「うーん、悔しいけどさ、面白かった」
「だろ? 恋愛モノにしなくて正解だぜ」
「昔っから刑事って、ホシを追いかけて走ったりしてたんだね」
「そりゃそうだろ。でも俺はやっぱり、あの銃撃戦だな」
ライフルか何かの長モノを構える振りをしてみせる、色気もへったくれもない愛し人に苦笑しつつハイファはそれでも満足だった。
元よりハイファはガンヲタの一面も持ち、別室からお呼びが掛かる前は超長距離射程を誇るスナイパーでもあったのだ。
だが何よりシドがこの趣向を喜んでくれたことが嬉しかった。
「や、景気悪いっつったら申し訳ないけどさ、お前の爺さんの葬式だし。でもこれで結構スカッとしたぜ。今度ウチに帰ったら手に入れようぜ、あの映画のデータ」
レトロな映画館を出て再びテラを頭上に頂きながら歩き出す。ハイファがさりげなく足を向けたのは、ファサルートコーポレーション社屋とは逆方向だった。
ひたすら映画について感想を述べるシドに頷きながら、ハイファは微笑みつつも黙って暫く歩き続けていたが、ふいに真顔になってシドを見つめると口を開いた。
「スカッとしすぎて悪いことなんてないよね」
足を止めてシドを窺ったのは、ちょっとした裏通りのビジネスホテルの前だった。
「……って、お前。もう大丈夫なのか?」
黙って頷いたハイファはエントランス脇のリモータチェッカに左手首を近づける。
解錠されたオートドアから入ってみると受付も何もかもが無人化されて、どうやらここはビジネスホテルの体裁を取った、そういう場所であるらしいとシドは気付く。
オフィスで出会った者同士の逢瀬にでも使われるのだろうか。
クレジットと引き替えにリモータに流し込まれた二〇一号室のキィロックコードを使い部屋に入る。バルナという立地条件の割に意外とフリースペースもあり、バスルームも広い。
ソフトスーツの上着をハンガーに掛けながらハイファが殊更明るい声を出した。
「ねえ、一緒にお風呂入らない?」
頷いたシドも対衝撃ジャケットを脱ぎながら目を眇めてハイファを見る。ドレスシャツの薄い肩から華奢な首筋。それに抱き寄せるとかなり腕が余ってしまうほど細い腰。今もスナイパーとして現役であろう澄んだ若草色の瞳が柔らかに微笑む。
互いに執銃を解くとボタンに手を掛けたハイファを待てず、シドはその躰を掻き抱く。外気に晒され少し冷たいハイファと抱擁を続けながら二人は唇を合わせた。
温かい湯に二人で浸かり、交互にリフレッシャを使う。柑橘系のソープの香りは悪くはなく、同じ香りを漂わせてバスルームをドライモードにし、抱き合ったままで互いの髪を梳き乾かした。
ハイファの長い後ろ髪はサラサラで、シドの艶やかな黒髪はやや猫っ毛で見た目より柔らかい。互いの髪に触れながら自然に笑みが溢れる。
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