Blue Revolution[青の公転]~楽園2~

志賀雅基

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第26話

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 価格カルテルの意味くらいはシドも知ってはいる。
 本来なら消費者獲得のため競争して価格を安くする努力をするのが企業だ。需要と供給のバランスをそれぞれが工夫し安価で提供して消費者を獲得しシェアを握るのである。

 だが価格カルテルは参加した企業が話し合いにより価格を一律に決定することで、競争せず不当に利益をあげる手段だ。
 自由主義経済を掲げるテラ連邦ではAD世紀の昔から違法とされた手段であり、それを行った企業に対するペナルティも大きい。

「こうして集う二十二名が席を置く会社は皆が皆レアメタルを、量の違いはあれど輸入・加工輸出しておる。そしてその価格をこの場で決定し、揺るぎない安定供給を図ってきたのじゃ。消費者は知らぬが仏……とは言わん。今更の競争価格は恐慌を生むじゃろう」

 誰も損はしていないとばかりに唾を飛ばして語る老人にシドは呆れた。

「何をどう言っても違法は違法です。俺にはモノが安く買えるようになったからって市民の生活に恐慌が生まれるとは思えませんしね。ただ、スケールが違いすぎて一介の刑事がいきなりパクる訳にもいきませんが」
「そしてそのレアメタル、宝の山のような星系とはセフェロ星系ですね?」

 またしてもバディの声にシドはハッとする。

 誰も損はしていないなどとは嘘だ。高度文明圏に暮らし高額の製品を売りつけられるユーザーはともかくハイファの母親の出身星系、その鉱区民は一律に決められた最低の買い取り価格により『劣悪な環境下、最低の賃金で』現在も働かされ続けているのだ……。

 だが一片の感情も混じらぬ声で中央情報局第二部別室員は言った。

「おそらくこの件のみでは別室は貴方がたに干渉しないでしょう。ですがその事実は伝えますので皆さん早々にカルテルから抜けられる事をお勧めします」

 その場の皆は慌てて首を縦に振る。古くからある置物の赤べこのようで面白い。

「それとファサルートコーポレーション現社長として申し上げます。FCは現時点を以てレアメタルにおける価格カルテルを抜け、何れこの事実を公にして企業体としての姿勢を正す所存ですので今後はそのように扱い下さい。更にこのテラ連邦エネルギー財団・幹部会の会員権は現会長チェンバーズ=ファサルートに移行いたします」

 すらすらと述べると控え室のセンリーをリモータで呼び出して帰る旨を告げる。

「話がデカくて一般的な捜査の基本に当て嵌めていいのか分からねぇんだがな――」

 部屋を出ると待ち受けていたセンリーにまず絶縁体で包まれたリモータを預けて別室に送るよう依頼する。歩き出しながらシドは続けてハイファに訊いた。

「――第一、電撃リモータの犯人と今日の件は繋がっているのか? もしそうなら犯人は価格カルテルの事実とセフェロの現状を知っていて、改善したいと願う者ってことでいいのか?」
「それってまるで今の僕みたいだよね。それともチェンバーズ氏とかサ」
「やっぱりお前もお袋さんの星系は放っておけねぇのか?」
「僕の場合は傍目そう見えるだろうって意味。僕自身は善人でも偽善者でもないからねえ。どうかなあ」
「いっぺん現地に行ってみれば鉱区民の困窮具合も分かるしチェンバーズ氏のロマンスについても本人語り以外の何かが掴めるかも知れねぇけどな。セフェロは殺人現場でもねぇが初めの死人が出た原因は例のロマンスだ。実際詳しく知りてぇとこだな」

 途端にハイファの表情がパッと明るくなった。

「それいいね! シドと旅行したのって、ここ止まりだもんね。行きたいなあ」

 言いつつ後ろのセンリーの顔を見たがその鉄壁の無表情からは何も窺えない。

「ねえセンリー、どうかな」
「現在の状況で旅行などと仰るのですか? とんでもありませんね」
「何もハネムーンだとは言ってないじゃない」
「余計にとんでもないことです」

 エレベーターに乗り込んでハイファは暫し考える。

「ええと、そう……視察だよ、視察。何たって我が社の最主力部門・セフェロ星系のレアメタル採掘の現状をこの社長サマが知らなくちゃ話にならないでしょ?」
「……視察」
「そう。若き日の前社長・チェンバーズ氏も行ったっていうじゃない」
「そうですね……社長には既に若宮氏がいらっしゃいますから、前社長のように採掘試料の代わりに女性を持ち帰るようなことはなさらないでしょうし」

 ジョークが通じるのか通じないのかよく分からない男だった。

 それにセンリーの年齢からいえば何故そんなことに詳しいのか謎な上に、そもそもシドとハイファの関係も語ったことなどないのだが、ともかくあとワンプッシュだ。

「ご存じのように軍中央情報局から直接セフェロの政情等の情報は得られますよ」

 そのシドの言葉を受けて立つかのようにセンリーは不敵な表情を見せる。

「我が社の情報部門とて、まんざらでないのをお知りになりたいのですか? いいでしょう、一週間後にこちらを発てるように取り計らいます」

 エレベーターから踏み出す足を止めハイファは鼻で嗤った。

「一週間? へええ~っ。ファサルートコーポレーションがそこまで暢気だとは知らなかったよ。民間企業もデカいと動きが鈍くなるんだね。別室経由だったら三日もあれば発てるかな~っと」
「三日ですって? ならば我がファサルートコーポレーションは二日ですっ、二日下さいっ! 二日で乗り心地最低の軍艦ではなく、我が社が誇る巡察艦級旅客用宙艦と目的のセフェロ星系第五惑星セフェロファイブでの逗留先その他全てを準備して御覧にいれますっ!」

 センリーは途端に二人を急き立てるようにぐいぐい歩きコイルに乗り込むと、もの凄い勢いで自分のリモータを操作し始めた。もう他のことは頭にないようだ。
 
 どうやら秘書殿の扱いを会得したようで後部座席の二人は顔を見合わせニヤリとした。

◇◇◇◇

 二日間は、やはり訳の分からない会議と書類漬けだった。

 だがテラ連邦エネルギー財団の会員権をチェンバーズに押しつけ、そのあと社内会議で幹部クラスに価格カルテルを抜けた事実を告げ、新たにセフェロのレアメタルについての調査及び適正価格の弾き出しなどを命じたハイファは、シドの目から見ても充分に巨大ファサルートコーポレーション社長としての威厳が備わりつつあった。

 ハードコア・カルテルなんぞ会長一人で結べる筈もなく、幹部クラスの殆どが知りつつ自社の利益のために行っていたことであり、叱責こそしなかったが中央情報局第二部別室の名と意地のように着続けている制服とでやんわり脅しまでかけていた。

 お蔭で社の経営全般において幹部らはハイファの意見にも耳を傾け始めるようになっていた。ハイファ自身が社のことを知らなすぎるので教授する幹部連はかつて馬鹿にした笑いを浮かべていたのに、今はハイファの機嫌を損なわないよう必死である。

「板についてきたよなあ」

 何だかどんどん以前の生活が遠くなったようでシドの言葉は少々淋しげに響いた。

 隣の秘書室から湯気の立つコーヒーカップをふたつ持ってきたシドは、椅子に腰掛けてハイファにひとつを手渡す。
 この椅子はハイファの背に立ち続けていたシドにセンリーが用意してくれたものだ。装飾的ではないが事務用でもなく座り心地がいい。

 それはともかくシドは確かに淋しさを感じていた。ハイファは『軍も刑事も辞めるつもりはない』と言ってはいたが、やはり社長を背負っての兼業なんぞ、どだい無理だったのだ。
 いつ辞表を出すのか知らないが、それに合わせて自分も辞表を出す。そう決めてはいたものの、この一抹の淋しさを消せはしない。

 毎朝一緒に出勤し、一緒に帰って二人の刻を過ごすといった流れは変わらずとも、何故ここまで違ってしまったように感じるのか。

「板についたってカマボコみたいに……って、あー、これね」

 軽く口で言っていたほど最初から内容も掴めていなかった訳ではないのだ。現に社内の書類からハイファは価格カルテルの存在を予想・確信までしていた。
 別室員として巨大な犯罪に対する目の付け所が違うのかも知れないが、シドが自分と同じ程度だと思っていたFCという大会社への思いがハイファにとっては全く違ったのである。

 自ら離れてもこうして戻った以上は実家だ、当たり前かも知れないが。
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