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第27話

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「何処にどんな部門があって、何課があってっていうのが大体掴めてきたから」
「ふうん。でもマジで覚えるのも早いし社長業に嵌ってるぜ」
「うーん、それでもまだ、『青臭いガキが別室なんて武器を振り回しやがって』的な雰囲気は消せないけどね。嫌々従ってペコペコされるのも気分悪いよ?」

 当然だろうとはシドも思ったが、傍目には確実にハイファへの風当たりが変わってきているのだ。

「サイコパスなトップでもなければ、そいつで気分いい奴なんかいねぇだろ。でも普通なら馬鹿にされて終わりのところ嫌々でもこの巨大企業が動くんだ。若すぎて青臭くても真っ当だから、間違ってないから動くんだよ。大したもんだよ、お前」
「そうかなあ。脅されて動いてもいつか反動は来ると思うよ?」
「なら何でお前はその制服で脅してでもこのデカい会社を動かしてるんだ?」

 本当に不思議だったから素直に訊いただけだが、ハイファは考え込んでしまう。

「……うーん。何だろう? 別室で完璧な任務遂行を求められてきたから、それと似たようなものかなあ。今現在は僕が社長だからFCという船をちゃんとした航路に載せなきゃいけない、乗ってる従業員やその家族を見守らなくちゃならないって」
「やっぱり真っ当な社長じゃねぇか」
「そう見えるならいいけど貴方もあとで反動が来たりして」
「俺がか? 俺はお前を絶対裏切らないっつったろ。世界中、この汎銀河中が敵に回っても俺はお前の味方をする。今は背後に立ってるが、その時は楯になってやる」

 嬉しそうにすると思いきや、意外にもハイファは複雑な笑みを見せた。

「あ、そういや別室から資料が来てたから見ようよ。センリーを信じてない訳じゃないけど多角的に見といた方があとあと便利かも知れないからサ」

 明らかに話題を変えられたと分かったがハイファにはハイファの立場と考えがありシドには計り知れぬものでもハイファだってシドを裏切るような真似はしないと信じている。
 だから無理に訊き出すような真似はせず、件のセンリーが『新社長の現場視察』の準備で駆け回り留守なのをいいことに別室からの書類を眺めることにした。

 書類を放り出したハイファがリモータの十四インチホロスクリーンを立ち上げる。椅子を引き寄せたシドも一緒に覗き込んで読み始めた。

「ええと、言語は連邦標準語でいいのか。翻訳機使わねぇのは楽でいいな」
「そうだね。二十五世紀前にテラフォーミング後、テラ人入植。そのあと第二次主権闘争でテラ連邦議会の植民地委員会から王政として独立――」

 本星と同じG2V型スペクトルを持つ恒星を中心に十二の惑星を持ち、人類が住んでいるのはセフェロファイブシックス、レアメタルが産出されるのはⅥの方だ。王族や貴族はⅤに住み、平民との違いはAD世紀中世の階級社会の如く歴然としている。

 文化形態は殆ど本星と変わらずカルチャーダウン、つまり故意に文化程度を落とすことはしていない。にも関わらず王政という古風な響きを持つものが二十五世紀もの間、変わらず支持され続けていた。

 ただ、現在の王族は政治を動かしてはいない。立憲君主制と呼称されてはいるが、実際には王族は象徴的な存在であり、選挙で選ばれた首相を王が形骸的に承認する形の議会政治だ。

「なあ、この政情不安レヴェル『3』ていうのは何だ?」
「それは本星セントラルを最高の『5』としてみたときの政情的な不安……軍隊のあり方とかテロリストの横行なんかの具合を示したものだよ」
「二ランクも下か。じゃあ結構危ないんじゃねぇのか?」
「そんなことはないと思う。テラ本星が地下組織のひとつもない奇跡の星なだけで普通が3くらい。何処にだって地下組織のひとつや反政府勢力、極端なことを言えば与党に対する野党なんてのがあるじゃない? その程度に捉えていいと思う」

 視察の主人公であるハイファを危険な目に遭わせたくないシドは、やや安堵する。

「ふうん。でもセンリーはセフェロⅤとか言ってたよな。肝心の鉱区の視察はセフェロⅥでしかできねぇ筈だろ? 社長様は現地視察、鉱区を見に行くんだろうが」
「そうだけど、まずはⅤを訪問しなきゃ。一応、僕らって国賓になるんだよ」
「へえ、国賓なあ……国賓!?」

 シドは自分の耳とハイファの口を疑った。

「何で一介の企業の社長が国賓なんだ? 薄給サツカンの極貧と間違えてねぇか?」
「そんな大声出さなくても。それに警察官のお給料は言うほど安くない筈でしょ?」
「まあ、誘惑の多い職業だからな。でも何で国賓だよ?」
「セフェロはレアメタルが見つかるまでそれこそ極貧の星だった。そこでファサルートが百九十何世だかの時にレアメタルの鉱床を発見し、それから急激に外貨と文化の流入が始まった。お蔭で政治制度も整い物質的にも豊かになって文化的にも飛躍的に向上して今に至る。だからファサルートの名を持つ者は国賓なんだよ」

 そうか、なるほどとシドは納得した。

「だからチェンバーズ氏はお前の母親で王族のエンジュ=セフェロに会った訳で、強引ながらもテラ本星まで連れてくることができた、と」
「そういうことだね。そうすると僕はどういう位置でしょう?」
「もしかして王族の端くれ……王族のエンジュ=セフェロの息子だから、まさかお前まで王族の係累かよ! すげぇな、ファサルートとしては国賓でハイファスとしては王族だぜ? とんでもねぇ大歓迎、貴族扱いくらいは期待していいんじゃねぇか?」
「それはどうかなあ」 

 シニカルな笑いをハイファは片頬に浮かべる。

「どうかなって……そうか、セフェロ王にすれば駆け落ちした同族が余所で作った孫くらい無視もできるし鉱区のセフェロⅥに至っては恨まれてても仕方ねぇのか」

 これまでずっと違法カルテルで搾取し続けてきたのだ。喩えカルテルの事実を現地民が知らないとしても搾取者であるのは間違いない。

「鉱区民だって王政を支持している以上は表立って牙を剥くような行為には出ない、そうであってくれたらいいんだけど。でもねえ、ここまででBELジャックとお通夜の間抜けテロ以外、何もないのっておかしいと思わない? だってこっちはイヴェントストライカ付きなんだから絶対イヴェントが待ち構えてる気が……あっ!」
「おーまーえー、その仇名を言ったなハイファ!」

 シドは金髪頭をペシリとはたいて掌を差し出した。

「罰金だ、罰金! マジで俺が何があっても知らねぇからな!」
「罰金はいいけど嫌な予感がしてきちゃったよ、どうしよう?」
「知るか、バカ。俺は悪くねぇぞ、お前だからな言ったのは」 

 そっぽを向いたままのシドもここ数日のストライクのなさに対しては、まるで嵐の前の静けさのように感じていたのでダメ押しされたようで非常に気分を害していた。

「ごめん、つい……罰金、幾ら?」
「取り敢えず十クレジット寄越せ。喫煙所、行ってくる」
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