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第29話

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 ダイレクトワープ通信でセフェロⅤにあるファサルートコーポレーション・セフェロ支社にちゃんと連絡が届き、有能な秘書を一時的に失くしても事が運ぶのには助かった。
 それでも視察人員のうち一人が欠けた分、まさか担架が追加されるような事態に陥るとは思ってもみなかったので皆が少々焦った。

 想像していたより立派だった宙港で通関を経たのち、激しく手を振るスーツの二人が出迎えの社員だと知れた時には誰もが心底ホッとした。

「すみません、こんな夜中に急に来て。一応、僕が本社社長のハイファスです」
「いえいえ、そんな。真っ先に当支社をご視察頂けるとは光栄でございます。私はエデンス=マクリスタルと申します。こちらは私の補佐でジョン=ダニエラ。あと私たちは今夜のシフトですからお気遣い無用です。お荷物こちらのオートバスケットへ」
「そこまで準備して貰えて有難いです。それにしてもセンリーがこんなにワープに酔うとは思わなかったんで、変な物でも拾い食いしたのかと僕らも吃驚しちゃって」
「センリー……ああ、武藤千里さんね。この人はいつものことなんですよ。食中毒じゃないですからご心配なさらずとも一晩で元通りです」
「良かった、あそこまで酷いのをうつされたらどうしようかと」

 やや心配の方向性が違ったが、既に準備されていた自走担架に乗せられて白茶けた顔色のセンリーは文句を言うどころか身動きひとつ……と、ふいに上体を起こすと手にした袋に顔を突っ込んでエボーっとやり、また元通りガックリと横になった。

「ああ、そうそう、お食事はまだ大丈夫ですか?」

 恨めしい目をセンリーに向けながら、テラ組全員が溜息と共に首を横に振る。

「そうですか。では時間を後にずらして……ああ、それからここセフェロⅤは自転周期が三十六時間三分二秒ですから、テラの三日がここでの二日と考えれば簡単です。生体時間は変わらないので、食事も睡眠もどんどんずれていきますが、テラの時計上では四日目に起きれば元通りの朝という訳です」
「じゃあ現地の人も、夜中に仕事とかしてるの?」
「いえ、私どもはテラ本星に合わせるためにそういうサイクルにしていますけれど現地人は住んで既に二十五世紀ですからね、一日約三十六時間、大体二十から二十五時間起きていて、きちんと夜の十数時間寝るっていう生活パターンですね」
「へえ、何だか混乱するね」
「まあ、私どもはシフト制ですし、昼間に寝るのも慣れました」

 はきはき答える様子は言葉通りに眠たげではないものの、ハイファは首を傾げた。

「なんか、すっごく躰に負担掛かりそう。手当ては出てるの?」
「時差手当も他星に行った際のワープラグ手当てもきちんと頂戴しておりますのでご心配なく。それにセフェロⅥに至っては自転周期が酷く遅いんで昼夜関係なし、現地人の一日の概念が約三十六時間なのには変わりがないんですよ」
「ふうん。そういえばセフェロⅥの一日、自転周期はテラ標準歴で約五百日だって資料に書いてあったっけ。昼はともかく、夜が二百日以上も続くのって大変そう」
「まあ、それも現地人は慣れているようですよ。Ⅵの出張所の駐在員はさすがになるべく短いサイクルで交代するようにしていますけれど」

 時間的に利用客がちらほらとしかいない宙港施設内をスライドロードで移動し、外に出る。ダニエラが先回りして用意し待ち構えていたのはお馴染みのコイルで、本当に本星と変わりがない文化形態のようだとシドは思う。

 涼やかな風に少しだけ、埃っぽいような匂いが混ざっていた。

「支社自体には宿泊施設がありませんので、いつも懇意にしているホテルを取らせて頂きました。先に支社の視察をされますか?」
「そうしたいんだけど、この『荷物』を一旦、ホテルに置いてきたいんで」

 ハイファが言うと全員の視線が自走担架に集まった。

「では一応こちらとしましても、ささやかながら新社長様の歓迎の食事会をさせて頂く予定ですので、一休みされて落ち着かれた頃にお迎えを差し上げます」
「じゃあ、それで頼もうかな。……えーと、マクリスタルさんでしたっけ?」
「はい」
「こちらは僕の親友で護衛で相棒のシドです」

 初めての他星に忙しく周囲を見回していたシドは急に呼ばれて現実感を取り戻す。

「若宮志度です、宜しく」
「ああ、護衛。それで惑星警察の制服……って、どういうことでしょう?」

 そこで濃緑の制服の男は黒い制服の左腕に巻きつき、満面の笑みで頬ずりした。

「こういうことなんで、シングル四つのうちのふたつはキャンセル、ダブルを一部屋追加でお願いしま~す♪」

◇◇◇◇

 三十七階建てビルが一個丸ごとファサルートコーポレーション・セフェロ支社となっていた。その他セフェロⅥには至る処に出張所があるらしい。

 最上階から見えた光景は、シドが最初に感じたものと随分違った印象だった。

 現地での夜中ということもありさほどはっきりと見えた訳ではないが、何だか砂っぽい。砂漠にいきなりオフィス街が出現したかのように、遠く都市と砂地との境目らしきものがあった。それに街の所々には背の高い椰子のような植物が生えている。

 砂の上にこれらのビルを建てるのはかなり難儀しただろうと思われた。

 勿論、建築技術もAD世紀以来格段に進歩はしたものの、元々テラ本星の砂漠化した土地は三千年前の大陸大改造計画で土壌改良しており、砂上に建築物を造るという発想はないに等しい。独自開発した技術でここまで発達したのは、やはりレアメタル鉱床のお蔭だろう。

 鉱区民にとってはともかく、レアメタルそのものは確かに宝に違いないのだ。

 別室・センリー情報ともに書いてあったのだが、レアメタル鉱床が発見されるまでのセフェロ星系は、元々特産の果物などを細々と輸出していたらしい。
 だがその頃は他星系に比べまさに極貧の星系だったという。ウェザコントローラも打ち上げられず天候不順によって簡単に死者すら出るほど貧していたというから相当なものだ。

 植民星系としてそのままいられれば良かったのだろうが、せっかくのテラフォーミングに対して採算があまりに合わなかったため幾多の星系で同時に起こった第二次主権闘争に巻き込まれる形で、都合良くポイとテラ連邦議会から見放されたのである。

 そこから辛抱すること約十世紀、異星への果物の輸出等で何とかしのぎ、やがて反物質機関や反重力装置、G制御装置などに欠かせないレアメタル・トリアナチウムの鉱床がようやく当時のFC社長・ザイド=ファサルート百九十二世の指揮の下で発見開発され、一躍テラ連邦内だけでなく汎銀河レヴェルでも注目されるに至ったのだ。

「外ばっかり見てる」

 透明樹脂の窓に映ってハイファが背後に来ていたのは知っていた。左肩に寄り添うようにして細い制服姿が立つ。その場の皆が二人の関係を知らない時、涼しい顔をして極度に照れ屋のシドはハイファから少し距離を置くことが多い。
 だがここでは護衛という肩書があるので堂々と開き直れた。そうでなくても雰囲気と『ダブル』で皆が悟っている。

 食事会が終わり、ここは隣のホールに用意されていた懇親会場だった。テーブルにはささやかながらつまみの菓子類とアルコール飲料が並んでいる。
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