Blue Revolution[青の公転]~楽園2~

志賀雅基

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第31話

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「何これ、暑っつーい!」
「マジかよこれは! お前、薄っぺらいから煮えるぞ」
「うう、冗談に聞こえないよ、それ」

 センリーの監視が始まる前にと、こっそり散策に出た二人だったが待ち受けていたのはまさかの炎熱地獄だったのだ。砂漠の星の暑さを二人は舐めていた。昨夜が涼しかったせいもある。

 テラ本星の北半球中緯度の三月からやってきたシドとハイファは刑事の時と同じ普段着で対衝撃ジャケットとソフトスーツという格好だった。この照りつけヒリヒリするような暑さに即したスタイルではない。堪らずホテルを出るなりビルの影に走り込んだ。

「これで僕ら、あとで冬制服を着なくちゃいけないんだよ、どうする?」
「どうするって、お前。大体、他星経験の多い筈のお前が何でこういう基本的なことに気が付かなかったんだよ?」
「面目ない。何だかそれどころじゃなかったからサ」

 言い訳しながらハイファはリモータで地理を探る。マップは昨夜のうちに支社の端末からダウンロード済みだ。暑さでボーッとしながら地図上の道を辿った。

「あ、この砂漠の島みたいなオフィス街、裏手にはバザールがあるって。取り敢えずそこで帽子くらい買おうよ。熱射病か干物になる前に」
「あと、冷たい飲み物な。それと涼しそうなもんなら何でもいい、ペンギンとか」
「ご飯のお魚は貴方が買って世話してね。じゃあ、行くよ。GO!」

 びっしりと並ぶビルの谷間を目指し、ワンブロック二百メートルほどを走りきる。
 時折生えている椰子のような木やビジネスマン然とした人々を避け、コンクリートから砂地にたびたび変わる地面を蹴って燦々と降り注ぐ陽光の中、ようやく裏通りへの細い通路に辿り着いた。すると表通りよりは風があり余程涼しくてマシだった。

 だが二人共に走ってきたのに、あまりの暑さに殆ど汗も出せない。

「はあーっ、すっかり躰がなまっちまったぜ」
「シドは髪が黒いから、余計に暑そうだしね」
「久々に走ったな、ホシも追いかけねぇし」
「うん、平和が一番。ああ、暑くても気持ちいいね、自由っぽくて」

 走り込んだ通りの先には、大勢の人々が行き交っているのが見える。
「行こうぜ」
「うん。でもペンギンはいそうにないよ」

 そこには、まさに他星情緒漂う風景が広がっていた。

 狭い裏通りの両側は砂色の煉瓦が積まれた五階建て前後のフラットが建ち並び、それらを背にして様々な果物や野菜を売る露店がずらりと勢揃いしていた。
 その露店の殆どが移動型で、それもこの現代に木材で出来た車輪の上に箱やカゴが乗っかっているのだ。店開きしている今は四隅に支柱を立て、テントだかタープだか分からないが分厚い生地の屋根を張って影をより濃くしている。

 辺りには串刺しにした肉や野菜を焼く香ばしい匂いが立ち込め、これも植物の皮か蔓を編んで作ったかごを持った女性たちが、砂埃と日よけのためであろう薄い布を頭から被り口元まで覆って歩いていた。
 彼女たちの衣服もテラ本星ではあまり見かけない原色の幾何学模様が描かれた上衣に、細かなストライプのズボンやスカートで祭りのようだ。

 男たちは一様に赤黒く日焼けして力強そうな筋肉を晒し、声を張り上げて客に品物を勧めている。こちらは上半身に衣服を着けていない者も多かった。

「ここの通貨もクレジット、それもリモータリンクで払えばいいんだよな?」
「そう書いてあった。でも現地通貨の『ベンズ』でもいいみたい」
「現金、リアルマネーか。俺は初めてだな、そういうの」
「じゃあ何か買って、おつりをベンズで貰ったら? 記念にサ」
「それもいいな。おっ、あそこで何か飲み物売ってるぞ」

 生き生きと人波を泳ぎ渡っていくシドに、自然とハイファは笑みを零していた。

 そうして水分にありつき、数枚のコインとおまけに貰った十枚集めて一回引ける抽選券をポケットに収めた二人は、ようやく自分たちの周囲に人の輪が幾重にも出来上がっていることに気付く。

 頭から布で覆っている女性はともかく人々の髪は殆どが茶色や黒で、一人だけ浮いているハイファの明るい金髪が珍しいのかと最初は思った。
 だが妙に静かになってしまった人々の囁きから察するに若草色の瞳が問題だったらしい。

 戸惑っていると突如として人々が膝を折って跪き二人はギョッとする。囲んだ大勢の人々は次々とハイファに対してうやうやしく頭を垂れていた。
 いわゆる跪拝された状態で静まり返ってしまい、ハイファと一緒に立っているシドにすら数人の者が上目遣いで言外に『跪拝せよ』と咎めている。

「ちょ、何? え、や、ちょっと!?」

 さすがのハイファもどうしていいのか分からない。混乱して焦り立ち尽くした。
 しんとした中で自分まで『ハイファを拝め』と目で言われたシドが囁く。

「たぶんさ、王族っつーことなんじゃねぇの?」
「じゃあ、どうしろって?」
「さあな。声でも掛けりゃいいんじゃねぇか?」
「声ったって、そういう作法は習ってないよ、どうしよう……」
「そういうときはな、『苦しゅうない、オモテをあげい』ってのが常套なんだがな」
「それ、いったい何のネタ? ええと、ゴホン。……皆さーん、僕はただの旅行者ですので、申し訳ないですけど、そういうのはやめて貰えませんかあ!」

 しかし誰もが跪いたまま動かなかった。それでもハイファは縋る思いで最前列にいた、露天絵描きの老人に視線を向ける。気付いた老人がそろそろと顔を上げた。

「これほどエンジュ様に似ていらっしゃるのは縁ある御方と拝見いたします。そのような有難い御方をどうして拝めずにいられましょう。お声も勿体のうございます」

 確かに王族という点は間違いなかった訳だが、ああ、そうかと二人は合点する。

 次期王として公的にも顔を晒していたであろうエンジュ=セフェロがこの星を去ったのは、テラ標準歴でたかだか二十三、四年前である。まだ見覚えている者も多いのだろう。それにメディアになら現在でも登場していてもおかしくないのだ。

 けれど、だからといってこのまま拝み続けられているのではいたたまれない。

「でも、僕はハイファス=ファサルート、セフェロじゃないんです。どうか皆さん、僕を放っておいてくれませんか。これじゃあ僕はここにいられない。お願いです、僕はあと少しここにいさせて欲しいだけ、この星を見たいだけなんです――」

 殆ど半泣き状態で逆に頭を下げたハイファの態度に人々はざわめきながらも、やっとぽつりぽつりと立ち上がり始めた。
 国賓扱いされるファサルートも名を知られてはいるだろうが、一企業の社長を拝みはしないようで物分かりの良い人々に感謝しつつ大きく安堵の溜息をつく。

「大変だな、御曹司の次は王子様で」
「ぜんっぜん想定してなかったよ、こんな事態は。このまま歩いたら同じことの繰り返しかな? もっと見たいのに、さっさとホテルに戻った方がいいのかな?」

 こういうことが何処にいても発生するのなら観光どころの騒ぎではなくなる。

「せっかくここまでシドと一緒に来られたのに……」

 力なく呟いたところにテラ標準歴で七、八歳かと思われる栗色のおさげの女の子が走り寄ってきた。手にしていたのは植物繊維で織られた帽子がふたつだ。
 二人を見上げると背伸びしてツバのある帽子を差し出した。

「これ、僕らに? お金払わなきゃ」
「ううん、いいの。お母さんがいいって」
「売り物なんでしょう? お金、ちゃんと払うよ」
「……いいの。被って、ここをもっと沢山見ていって」

 しゃがんで言ったハイファに対し女の子は、はにかみ小声ながらも思いを伝えた。やってきた方向を見ると、衣料品の露店の前で母親らしい女性が深くお辞儀をした。

 礼を返して帽子を受け取る。粗く織られた風通しの良いパナマ帽というやつだ。それをハイファは粋ではないが深く被る。
 これなら強い日差しの下、目元が陰になって瞳の色も顔立ちも分かりづらい。目立つ明るい金髪もかなり隠れた。

 まだあと少し、愉しんでゆけそうだった。
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