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第35話
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翌日もカンカン照りだった。
ホテルから出てコイルまで、コイルを降りて宙港施設までの、ほんのちょっとした間にピリピリと肌が灼かれる。
そんな中で制服を着続けるド根性を失くした官品二人は私服だ。シドは対衝撃ジャケットでハイファはソフトスーツ、おまけにそれぞれ貰ったパナマ帽付きという、センリーに言わせれば、まるきりチンピラの風体で視察行に出掛けた。
ハイファはそれに買ったカラーコンタクト目薬で若草色の瞳をシドのように黒く染めている。数時間で効果が切れるのでこれはこまめに差さなくてはならない。
とにかくホテルで二人の格好を見たセンリーは巨大な溜息をついたがもう何も言わなかった。言うべきことが多すぎて消化不良を起こしたらしい。マクリスタル支社長は二人を面白そうに見つめ、レアメタル輸入部門部長は眉をひそめ首を振っていた。
久々に刑事のバディに戻ったような気がして、身軽になった二人は意に介さない。
「セフェロⅥではまずFCセフェロ支社統括の出張所に入って頂き、そのあとBELにて三ヶ所の鉱山を視察。三ヶ所を巡ったのち本日中にセフェロⅤに戻る予定です」
いつもの堅苦しいセンリーの口調が更に堅い気がして見ればその額にはふつふつと汗が浮かんでいる。いったい何事かと考えて皆が同時に思い至りハイファが言った。
「あ、もしかしてセフェロⅥまでショートワープ……」
「そうですが、何か?」
((((『何か?』じゃねぇだろ!))))
本人以外の全員がの中で突っ込みを入れながら、本当に今日中に戻れるのだろうかと、ワープ宿酔症という業を背負ったセンリーの青い顔を眺めた。
やってきた時の大型巡察艦級宙艦ではなく、支社の持つ小型宙艦で皆がワープ用の薬を嚥下する。その白い錠剤をセンリーは飲むというより食う、いや、貪っていた。
反重力装置により音もなく上昇する宙艦内は羽毛を詰めた袋の如き静けさ、ハイファの隣のシートに収まったシドは、どんどん暗くなってゆく窓外に見入る。
漆黒の空間に星がシンチレーション、瞬きを止めてくっきりと煌めき始める瞬間をシドは気に入っていた。今回の視察行がなければ、なかなか見られない光景だった筈だ。
六歳まで民間交易宙艦で育ったせいか輝く星々に妙な郷愁を感じたシドは、艦内モニタにも目をやった。モニタには遠ざかるセフェロⅤが映し出されている。
茶色い砂の大地が丸くなる頃には所々に青く湖が残っているのに気付いた。鏡のような湖水付近にはかなりの緑がある。昔ながらの特産物である果物を細々と作っている畑だろうか。王宮で飲んだ酒もあそこで獲れた果実を使っているのかも知れない。
そんなことを考えているうちにショートワープを知らせる赤ランプが点灯する。十人がやっと乗れる程度の小型艦なのでキャビンアテンダントはいない。
目を閉じるとほんの僅かな眩暈と共に一瞬、五体が砂の如く四散するような不可思議な感覚を味わう。次に目を開いた時には既にセフェロⅥであろう緑・黒っぽい茶・青が複雑な斑になった星がモニタに浮かんでいた。
同時に最後部座席でセンリーの発する異音が聞こえ、皆があらぬ方向に視線を投げて溜息をついた。
◇◇◇◇
宙艦が到着したのは宙港というよりタダの広場だった。ファサルートコーポレーション・セフェロ支社・セフェロⅥの第一出張所の前庭である。
陽はシドたちの部屋があるテラ本星北半球中緯度にすれば十五時頃といった傾き具合、だが自転周期が極めて遅いここではこの状態が数十日も続く。
出張所はテラ連邦規格の成形ユニット建築を組み合わせた二階建てだ。土を固めた前庭といい、積み木の如き建物といいAD世紀の田舎の小学校の如き雰囲気だった。
屋上には宙艦の離着陸を支援するためのささやかな管制塔とアンテナが設置され、今回の視察で使用するのであろうBELも駐機されている。
迎えに出てきたのはセフェロVの支社から派遣され一定期間ごとに交代する駐在員と、現地採用のセフェロ人だと思われる頭に布を巻いて口元まで覆った女性が三名ずつ。それにヨレた白衣を着た医師らしい中年男が一人だった。
それだけで第一出張所のメンバー全員が揃い踏みらしい。とうとう巨大ファサルートコーポレーションも、最末端まで来たのだという感銘が沸いた。
取り敢えずセンリーを来訪者組全員で宙艦から担ぎ出し、出張所内の医務室へと放り込んだ。もうここまで来ると格好も格好であり、本社社長だからどうの支社長だからこうのといった特別な雰囲気は既に感じられなかった。
有能秘書官のワープ宿酔症はここでも知られているらしく、
「点滴したし、ショートワープ一回だ。二、三時間で起きてくるだろう」
と、ヨレた白衣にボサボサの濃い茶髪の医師は煙草を咥えた。
それに誘われてシドも煙草を咥えて火を点けながら訊く。
「ここは長いんですか? ええと……」
「マルチェロだ。ああ、俺は交代しないからな。テラ標準歴で八年になる」
「八年も? そんなに居心地がいいようには見えないんだけど」
「社長業よかマシだと思いますがね」
「それはそうかも。でも、不思議な感じ」
「腹一杯、飯が食えて煙草が吸えりゃあ天国ですよ。セフェロⅤより気候はいいし。幸せの形は人それぞれってモンです。本社社長のあんたが一番分かってるって顔してますよ」
「わあ、もうバレた。先生って占いか何かが趣味とか?」
マクリスタル支社長と部長が業務上のあれこれをしている間、何もやることのないシドとハイファは女性社員が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、マルチェロ医師とヒマ潰しにダベっているのだ。
相手が殆ど本社社長サマ扱いしないのも気が楽でいい。
ホテルから出てコイルまで、コイルを降りて宙港施設までの、ほんのちょっとした間にピリピリと肌が灼かれる。
そんな中で制服を着続けるド根性を失くした官品二人は私服だ。シドは対衝撃ジャケットでハイファはソフトスーツ、おまけにそれぞれ貰ったパナマ帽付きという、センリーに言わせれば、まるきりチンピラの風体で視察行に出掛けた。
ハイファはそれに買ったカラーコンタクト目薬で若草色の瞳をシドのように黒く染めている。数時間で効果が切れるのでこれはこまめに差さなくてはならない。
とにかくホテルで二人の格好を見たセンリーは巨大な溜息をついたがもう何も言わなかった。言うべきことが多すぎて消化不良を起こしたらしい。マクリスタル支社長は二人を面白そうに見つめ、レアメタル輸入部門部長は眉をひそめ首を振っていた。
久々に刑事のバディに戻ったような気がして、身軽になった二人は意に介さない。
「セフェロⅥではまずFCセフェロ支社統括の出張所に入って頂き、そのあとBELにて三ヶ所の鉱山を視察。三ヶ所を巡ったのち本日中にセフェロⅤに戻る予定です」
いつもの堅苦しいセンリーの口調が更に堅い気がして見ればその額にはふつふつと汗が浮かんでいる。いったい何事かと考えて皆が同時に思い至りハイファが言った。
「あ、もしかしてセフェロⅥまでショートワープ……」
「そうですが、何か?」
((((『何か?』じゃねぇだろ!))))
本人以外の全員がの中で突っ込みを入れながら、本当に今日中に戻れるのだろうかと、ワープ宿酔症という業を背負ったセンリーの青い顔を眺めた。
やってきた時の大型巡察艦級宙艦ではなく、支社の持つ小型宙艦で皆がワープ用の薬を嚥下する。その白い錠剤をセンリーは飲むというより食う、いや、貪っていた。
反重力装置により音もなく上昇する宙艦内は羽毛を詰めた袋の如き静けさ、ハイファの隣のシートに収まったシドは、どんどん暗くなってゆく窓外に見入る。
漆黒の空間に星がシンチレーション、瞬きを止めてくっきりと煌めき始める瞬間をシドは気に入っていた。今回の視察行がなければ、なかなか見られない光景だった筈だ。
六歳まで民間交易宙艦で育ったせいか輝く星々に妙な郷愁を感じたシドは、艦内モニタにも目をやった。モニタには遠ざかるセフェロⅤが映し出されている。
茶色い砂の大地が丸くなる頃には所々に青く湖が残っているのに気付いた。鏡のような湖水付近にはかなりの緑がある。昔ながらの特産物である果物を細々と作っている畑だろうか。王宮で飲んだ酒もあそこで獲れた果実を使っているのかも知れない。
そんなことを考えているうちにショートワープを知らせる赤ランプが点灯する。十人がやっと乗れる程度の小型艦なのでキャビンアテンダントはいない。
目を閉じるとほんの僅かな眩暈と共に一瞬、五体が砂の如く四散するような不可思議な感覚を味わう。次に目を開いた時には既にセフェロⅥであろう緑・黒っぽい茶・青が複雑な斑になった星がモニタに浮かんでいた。
同時に最後部座席でセンリーの発する異音が聞こえ、皆があらぬ方向に視線を投げて溜息をついた。
◇◇◇◇
宙艦が到着したのは宙港というよりタダの広場だった。ファサルートコーポレーション・セフェロ支社・セフェロⅥの第一出張所の前庭である。
陽はシドたちの部屋があるテラ本星北半球中緯度にすれば十五時頃といった傾き具合、だが自転周期が極めて遅いここではこの状態が数十日も続く。
出張所はテラ連邦規格の成形ユニット建築を組み合わせた二階建てだ。土を固めた前庭といい、積み木の如き建物といいAD世紀の田舎の小学校の如き雰囲気だった。
屋上には宙艦の離着陸を支援するためのささやかな管制塔とアンテナが設置され、今回の視察で使用するのであろうBELも駐機されている。
迎えに出てきたのはセフェロVの支社から派遣され一定期間ごとに交代する駐在員と、現地採用のセフェロ人だと思われる頭に布を巻いて口元まで覆った女性が三名ずつ。それにヨレた白衣を着た医師らしい中年男が一人だった。
それだけで第一出張所のメンバー全員が揃い踏みらしい。とうとう巨大ファサルートコーポレーションも、最末端まで来たのだという感銘が沸いた。
取り敢えずセンリーを来訪者組全員で宙艦から担ぎ出し、出張所内の医務室へと放り込んだ。もうここまで来ると格好も格好であり、本社社長だからどうの支社長だからこうのといった特別な雰囲気は既に感じられなかった。
有能秘書官のワープ宿酔症はここでも知られているらしく、
「点滴したし、ショートワープ一回だ。二、三時間で起きてくるだろう」
と、ヨレた白衣にボサボサの濃い茶髪の医師は煙草を咥えた。
それに誘われてシドも煙草を咥えて火を点けながら訊く。
「ここは長いんですか? ええと……」
「マルチェロだ。ああ、俺は交代しないからな。テラ標準歴で八年になる」
「八年も? そんなに居心地がいいようには見えないんだけど」
「社長業よかマシだと思いますがね」
「それはそうかも。でも、不思議な感じ」
「腹一杯、飯が食えて煙草が吸えりゃあ天国ですよ。セフェロⅤより気候はいいし。幸せの形は人それぞれってモンです。本社社長のあんたが一番分かってるって顔してますよ」
「わあ、もうバレた。先生って占いか何かが趣味とか?」
マクリスタル支社長と部長が業務上のあれこれをしている間、何もやることのないシドとハイファは女性社員が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、マルチェロ医師とヒマ潰しにダベっているのだ。
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