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第41話
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この星のこの辺りは季候も温暖で、密に生えた緑が放つ匂いも濃い。
後部貨物庫の出し入れ口、出張所施設とは反対側の外に通じている扉からまんまと逃げおおせた二人は五分ほど森の中を歩いた結果、水溜まりに毛が生えたような池のふちで倒木に腰掛けていた。倒木も端は朽ちかけているので二人は真ん中で寄り添っている。
シドは煙草を吸っていた。煙は鬱蒼とした木々や絡んだ蔓の隙間を通るうちに薄まり遠目には分からなくなっていて、テロリスト一味に見咎められる恐れはない。
「六名プラス出張所の駐在員が十名くらいか」
「多く見積もって約二十名ってとこかな。で、どうするの?」
「どうしようもねぇ。BELかコイルを盗んでも電波の網に引っ掛かるのがオチだ」
「他の出張所は遠すぎるし結局、僕らも逃げられないってことだよね?」
「奴らは籠城戦を前提で事を構えてやがる。こっちも可能なら見方を見つけておかねぇと長引いたら腹が減るからな。出張所か現地人の家屋に食料泥棒は勘弁だぞ」
「そうだよねえ。今更だけどカタツムリでも食べておけば良かったのかも」
「イモムシは食感が何となく想像できるだけに余計に嫌だよな」
顔をしかめたシドと違い、宇宙を駆け巡ってきたスパイはタフだった。
「フカフカでクチャって、それでいてしっとり……」
「だから具体的表現はやめてくれって」
要請に従ったが、スパイのタフさに変わりはない。
「まあいいや。この際、贅沢は言ってられないよね」
「ふん。お前は食え、俺は嫌だ。そうなる前に何とか片をつけたい。現地でオルグ、思想を吹き込まれた奴はともかく、本ボシが何人かくらいは知りたくねぇか?」
「じゃあ偵察に行く? でも威力偵察がそのまま殲滅戦になりそうな予感」
「この優しい俺の目を見てそれを言うか? ……って、発振だな、誰だ?」
シドのリモータが震えていた。見れば発振人はセンリー、だが通信内容なしのリモータ発振は断続的に十二回の振動で切れる。次に八回の発振でまた切れた。
「暗号的合図だろうな、これは。すげぇな、あいつ」
「さすがは元軍人だよね。これって十二時にご飯が出るって合図じゃなければ、テロリスト側は最低でも十二人いるって解釈でいいのかな? 八回は――」
「おやつの時間でなければ、鉱区民でシンパになった奴らの数じゃねぇか?」
「わあ、そっちも合わせて二十人かあ。ちょっと手に余るかも」
「だよな、人質付きじゃあな。この星に駐留してるテラ連邦軍が動くのを待つか?」
「それも動きは鈍いみたいだよ」
ハイファはシャンパンゴールドの別室リモータを振ってみせた。リモータから傍受した通信が、小さな空電音と共に流れ続けている。空電音があるということはデジタル変調ではなくアナログの電波を飛ばしている訳で非常にレトロだ。
《……すぐに人質を解放し……速やかなる投降を……》
《これは自分たち『紅い虹』のみの要求ではなくセフェロⅥの鉱区民全てに……》
《……呑める要求ならば全てを呑むので安心し落ち着いて欲しい。けれども人質を解放するのが先……同じテーブルで話し合いにつきたければ――》
《セフェロⅥの鉱区民全てに参政権を、そして現在の搾取体制の撤廃と、過去に遡っての奴隷制廃止……さもなくば人質を一人ずつ殺してそちらのメディアに……》
暫く耳を澄ませていたが二人は同時に溜息を洩らした。
「アテになりそうにないね」
拾った土塊をポチャンと池に投げ入れながらシドは吐き捨てる。
「救いたいふりして殺人者に堕とすとは、大した主張だぜ」
「そうかもだけど、それよりも解決策だよ。お腹が空いちゃうよ?」
「じゃあさ、別室とダイレクトワープ通信して別室戦術コンにエレア=カシスの前歴を洗って貰うってのはどうだ? それでピックアップした係累を味方に引き入れる」
即座にハイファは首を横に振った。
「それができてたら、そもそも僕だってこんな所まで来てないよ。このセフェロⅥは個人ID管理を一切やってないんだから。ピックアップすべきIDがない」
「そうか、そうだよな」
どれほどクリティカルな刑事稼業をやっていてもシドは本星育ち、今どき高度文明圏で丸ごとIDのない有人惑星があるなどとは思ってもみなかったのだ。
「そういや現地人の髪だけどさ、センリーは昔の奴隷制度の名残りがどうのって言ってたよな、さっきのテロリストの演説でも。けど俺が異星系人との混血って言ったの根拠があるんだぜ、別室資料。確かかなり混血は進んでるって書いてあったぞ」
「そうだね。じゃあもしかしたら僕も完全テラ人じゃない可能性があるんだ」
自分の胸から下、つま先までを見下ろしてハイファが言う。
「前にビーム浴びて一回死んだときも、もしかして長命系星人の細胞賦活能力があったから助かったのかも知れねぇし、何が幸いするか分かんねぇもんだな」
並んで倒木に腰掛けたシドは上体を倒し隣のハイファの膝にごろりと頭を載せる。仰いだ夜空に手を伸ばして星を掴むように握り締めた。
「幸いか、不幸か……俺といると、こんなのばっかりだぞ」
「それはお互い様、言いっこなしでしょ」
「まあなあ。で、どうする? 動きの鈍いセフェロの軍だか惑星警察だかが来るまで待つか、それとも二人で強攻策に出るか。やるなら乗るぜ?」
「うーん、どうしようかな。どっちにしても質に取られたのはFC従業員、特に現在は僕って国賓が来星してるからセフェロⅤのお偉方はテロリストに対して強い姿勢に出られない。このまま膠着状態が続けばFC本社社長に何らかの打診がある筈」
次にシドの手はハイファの白い頬に触れる。
すべすべの頬を撫でた。
「何れにせよ決めるのはお前か。それこそ本当に社員の命を預かってるんだな」
「そこで一発、自ら乗り込む社長とその護衛!」
「意外とノッてんな。なら俺は切り込み隊長を務めるか。センリー言うところのチンピラファッション、もとい、このジャケットだしな。頭に食らわなきゃ何とかなる」
「そんな怖いこと言わないでよ。大体、奴隷から殺人者に堕とす説は頷けないけど、あの演説だってしみじみ聞いてると放っといた方がいい気がしてくるんだから」
実際、ハイファは放っておきたいのと人質救出に動きたいのと半々くらいだった。シドが人質救出派として揺らがないので倣っているようなものである。
「放っとくって、あのテロリストたちに好き放題やらせるつもりなのか?」
「だから全面的に認める訳じゃないよ、でもご説ご尤もな部分もあるんじゃない?」
後部貨物庫の出し入れ口、出張所施設とは反対側の外に通じている扉からまんまと逃げおおせた二人は五分ほど森の中を歩いた結果、水溜まりに毛が生えたような池のふちで倒木に腰掛けていた。倒木も端は朽ちかけているので二人は真ん中で寄り添っている。
シドは煙草を吸っていた。煙は鬱蒼とした木々や絡んだ蔓の隙間を通るうちに薄まり遠目には分からなくなっていて、テロリスト一味に見咎められる恐れはない。
「六名プラス出張所の駐在員が十名くらいか」
「多く見積もって約二十名ってとこかな。で、どうするの?」
「どうしようもねぇ。BELかコイルを盗んでも電波の網に引っ掛かるのがオチだ」
「他の出張所は遠すぎるし結局、僕らも逃げられないってことだよね?」
「奴らは籠城戦を前提で事を構えてやがる。こっちも可能なら見方を見つけておかねぇと長引いたら腹が減るからな。出張所か現地人の家屋に食料泥棒は勘弁だぞ」
「そうだよねえ。今更だけどカタツムリでも食べておけば良かったのかも」
「イモムシは食感が何となく想像できるだけに余計に嫌だよな」
顔をしかめたシドと違い、宇宙を駆け巡ってきたスパイはタフだった。
「フカフカでクチャって、それでいてしっとり……」
「だから具体的表現はやめてくれって」
要請に従ったが、スパイのタフさに変わりはない。
「まあいいや。この際、贅沢は言ってられないよね」
「ふん。お前は食え、俺は嫌だ。そうなる前に何とか片をつけたい。現地でオルグ、思想を吹き込まれた奴はともかく、本ボシが何人かくらいは知りたくねぇか?」
「じゃあ偵察に行く? でも威力偵察がそのまま殲滅戦になりそうな予感」
「この優しい俺の目を見てそれを言うか? ……って、発振だな、誰だ?」
シドのリモータが震えていた。見れば発振人はセンリー、だが通信内容なしのリモータ発振は断続的に十二回の振動で切れる。次に八回の発振でまた切れた。
「暗号的合図だろうな、これは。すげぇな、あいつ」
「さすがは元軍人だよね。これって十二時にご飯が出るって合図じゃなければ、テロリスト側は最低でも十二人いるって解釈でいいのかな? 八回は――」
「おやつの時間でなければ、鉱区民でシンパになった奴らの数じゃねぇか?」
「わあ、そっちも合わせて二十人かあ。ちょっと手に余るかも」
「だよな、人質付きじゃあな。この星に駐留してるテラ連邦軍が動くのを待つか?」
「それも動きは鈍いみたいだよ」
ハイファはシャンパンゴールドの別室リモータを振ってみせた。リモータから傍受した通信が、小さな空電音と共に流れ続けている。空電音があるということはデジタル変調ではなくアナログの電波を飛ばしている訳で非常にレトロだ。
《……すぐに人質を解放し……速やかなる投降を……》
《これは自分たち『紅い虹』のみの要求ではなくセフェロⅥの鉱区民全てに……》
《……呑める要求ならば全てを呑むので安心し落ち着いて欲しい。けれども人質を解放するのが先……同じテーブルで話し合いにつきたければ――》
《セフェロⅥの鉱区民全てに参政権を、そして現在の搾取体制の撤廃と、過去に遡っての奴隷制廃止……さもなくば人質を一人ずつ殺してそちらのメディアに……》
暫く耳を澄ませていたが二人は同時に溜息を洩らした。
「アテになりそうにないね」
拾った土塊をポチャンと池に投げ入れながらシドは吐き捨てる。
「救いたいふりして殺人者に堕とすとは、大した主張だぜ」
「そうかもだけど、それよりも解決策だよ。お腹が空いちゃうよ?」
「じゃあさ、別室とダイレクトワープ通信して別室戦術コンにエレア=カシスの前歴を洗って貰うってのはどうだ? それでピックアップした係累を味方に引き入れる」
即座にハイファは首を横に振った。
「それができてたら、そもそも僕だってこんな所まで来てないよ。このセフェロⅥは個人ID管理を一切やってないんだから。ピックアップすべきIDがない」
「そうか、そうだよな」
どれほどクリティカルな刑事稼業をやっていてもシドは本星育ち、今どき高度文明圏で丸ごとIDのない有人惑星があるなどとは思ってもみなかったのだ。
「そういや現地人の髪だけどさ、センリーは昔の奴隷制度の名残りがどうのって言ってたよな、さっきのテロリストの演説でも。けど俺が異星系人との混血って言ったの根拠があるんだぜ、別室資料。確かかなり混血は進んでるって書いてあったぞ」
「そうだね。じゃあもしかしたら僕も完全テラ人じゃない可能性があるんだ」
自分の胸から下、つま先までを見下ろしてハイファが言う。
「前にビーム浴びて一回死んだときも、もしかして長命系星人の細胞賦活能力があったから助かったのかも知れねぇし、何が幸いするか分かんねぇもんだな」
並んで倒木に腰掛けたシドは上体を倒し隣のハイファの膝にごろりと頭を載せる。仰いだ夜空に手を伸ばして星を掴むように握り締めた。
「幸いか、不幸か……俺といると、こんなのばっかりだぞ」
「それはお互い様、言いっこなしでしょ」
「まあなあ。で、どうする? 動きの鈍いセフェロの軍だか惑星警察だかが来るまで待つか、それとも二人で強攻策に出るか。やるなら乗るぜ?」
「うーん、どうしようかな。どっちにしても質に取られたのはFC従業員、特に現在は僕って国賓が来星してるからセフェロⅤのお偉方はテロリストに対して強い姿勢に出られない。このまま膠着状態が続けばFC本社社長に何らかの打診がある筈」
次にシドの手はハイファの白い頬に触れる。
すべすべの頬を撫でた。
「何れにせよ決めるのはお前か。それこそ本当に社員の命を預かってるんだな」
「そこで一発、自ら乗り込む社長とその護衛!」
「意外とノッてんな。なら俺は切り込み隊長を務めるか。センリー言うところのチンピラファッション、もとい、このジャケットだしな。頭に食らわなきゃ何とかなる」
「そんな怖いこと言わないでよ。大体、奴隷から殺人者に堕とす説は頷けないけど、あの演説だってしみじみ聞いてると放っといた方がいい気がしてくるんだから」
実際、ハイファは放っておきたいのと人質救出に動きたいのと半々くらいだった。シドが人質救出派として揺らがないので倣っているようなものである。
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