Blue Revolution[青の公転]~楽園2~

志賀雅基

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第42話

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「またお前は、ンなとこに嵌ってやがるのか?」
「だってあんな酷い暮らしの人たちと王の暮らしの違いを見ちゃったんだもん」

 膝枕をしたままハイファは唇を尖らせる。じっと見上げたシドは真顔になった。

「そりゃあ何処のテロリストも唱えるお題目ってのは極端にブレてさえいなきゃ、実現すりゃ何よりフェアに聞こえるようにできてるモンだ。だがその手段が問題でな。神様のために爆弾抱えて他人の中に突っ込んで行く奴も、こいつらも同じだ。まず人命ありきというのに気付いてねぇ。それがどれだけの可能性を摘み取ってしまうのかに気付いてねぇんだ」

 ハイファは星明かりで艶やかに光るシドの黒髪を撫でながら、先を促す。

「幾ら立派な言葉を叫ぼうが、他人の命を薪にしてテメェが暖まろうって奴が語る政治なんざ意味がねぇ。そいつの作った国は未来永劫栄えやしねぇと言い切れる。テメェん家の薪をくべ終えりゃ隣近所の薪をくべるしかねぇんだからな。いつかは潰されるし、その前に国民のいない国家なんざ笑えもしねぇだろ」
「そりゃあそうだけど……極端な手に出なきゃいられないほど絶望したのかも」

 FC本社社長として目に映した鉱区民の窮状は厳し過ぎたのだろうとシドも思う。だがシドには赤ん坊が生まれたばかりの父二人が助かって喜ぶ鉱区代表の笑顔が物語っているとも思ったのだ。幸いを素直に受け止め笑顔になれる間は決して絶望していないと。

 男は自分も学校に行きたそうだった。

「ハイファ……絶望は他人に測れねぇのかも知れねぇ。でも俺は他人の命で得しようって奴だけは最低ランクに値すると思ってる。在ったかも知れぬ生、在れば何を成したか知れぬ生を勝手にへし折り摘み取っておいて、何が自由を求めて命を懸ける戦士だよ。命を何かの供物と勘違いしてやがる」
「大昔はね、テラ本星にも命を神に捧げる儀式があって、とっても大切にしてたよ?」
「だからどうした、現代で俺たちの神は科学だ。だが実際に俺は奴らの行動の正誤は分からねぇし、じゃあどうしろと訊かれても答えは出せない。巨大テラ連邦でもいつか何処かで必ず戦争してる。けれど俺は、自分の目の前でだけは嫌なんだ。殺される側にとって無意味だと思う死を勝手に与える、そんな奴だけは許せねぇんだよ」

 電波帯バンドを切り替えた別室リモータから軍の特殊部隊が動き出したのを二人は知る。

「在ったかも知れない生を想うときほど、悔しい刻は俺にない」
「シド。貴方はやっぱり何処までも刑事なんだね」
「護衛にはなり切れてねぇか?」
「そういうんじゃないけどね。僕は刑事のシドが一番好きかもって」
「じゃあ今は二番か三番ってことか……」
「違うって。ほら――」

 膝の上の頭を持ち上げて支え、ハイファは静かにキスをした。シドの舌はもっとその先を求めたが、体勢が悪くて持ち込めない。焦れてシドは起き上がった。
 ハイファの上体を腕ごと抱き締めて唇を奪う。荒々しいそれにいつも抗えないハイファは、腕が解かれても求められるままに柔らかい舌を、唾液を与えて陶酔した。

 やがてシドの手がたくし込んであったドレスシャツを捲り上げる。素肌を直接まさぐられると、途端にハイファの思考は白熱して殆ど何も考えられなくなる。

「シド……んっ、だめだよ……今は……あんっ!」
「分かってる……ハイファ」
「なら離して、あっ……んっ……はぅんっ!」

 鎖骨を熱い舌でなぞられ、下降して小さな胸の突起にごく軽く歯を立てられ、ハイファは上体を起こしていられるギリギリまで追い詰められてからやっと解放された。

「ここじゃ、だめ。僕も我慢してるんだからね」
「そうか、そうだな。衛生状態も悪そうだしな」
「そういう問題なのかなあ?」

 まだ荒い息をつきながらハイファは身繕いをする。

「そういう問題でもなくなったみてぇだぞ、完全に」

 シドのリモータが発振していた。短く三回・長く三回・短く三回。これを繰り返している。モールス信号、トントントン・ツーツーツー・トントントン。

 テラ連邦共通のAD世紀から使われているモールス信号、SOSのサインだった。

◇◇◇◇

 結束バンドで後ろ手に縛られるとき、武藤千里は思い切り力を込めてなるべく両手首が離れるよう工作した。
 それでもリモータに一指が触れられるのは、最近よく使うので簡易入力設定したシドへの短縮ボタン一ヶ所だけだった。
 
 それだけでも儲けものである。お蔭で出張所内一階食堂に一堂に集められた人質の様子を見張るテロリストの人数だけはシドに送ることができた。二度に分けての発振の違いから勘のいい彼らなら気が付いてくれるだろう。

 それでもあまり何度も送信すると却って重要な情報を判別しづらくなると考え、そのあとの送信はじっと我慢し控えていたのだ。

 だが皆にわざと聞かせながら行われていたセフェロⅤ首脳部との双方向通話で何の成果も得られなかったテロリストの一人が激昂し、いきなり現地採用の女性従業員の頭を覆った布を引き剥がし、現れたその長い髪をレーザーガンの省電力モードで切り出したのには、耐え難い憤りを感じた。

 しかし憤りを感じただけならまだマシだったのだが、その髪の焦げる臭いで、右隣に座らされていたレアメタル輸入部門部長が顔を真っ青にし、ごとんと床に倒れたのだ。呼吸による胸の上下も止まり、左隣に座ったマルチェロ医師が小声で言った。

「心臓やられたかもな」
「どうすれば……?」
「セフェロⅤの病院に速攻で送るしかねぇよ」
「リミットは?」
「二、三時間ってところか」
「何を勝手に喋ってやがるんだ、お前ら!」

 怒号が飛び、次には銃の台尻で頬をしたたか殴られていた。マルチェロ医師もだ。

 だがマルチェロ医師は負けてはいなかった。プッと血の混ざった唾を吐くと、

「よう、シンパ作りたかったら、もう少しばかり人質に優しくしておくモンだぜ? AD世紀の昔から言う『ストックホルム症候群』を知ってるか? 馴染みになった人質があとからあとからテメェらの弁護をすることもあるんだからよ。ってところで、ここに病人が一人いる。先に解放してやっちゃくれねぇか?」
「病人だと? 今は個を云々している場合ではない。我々はこの星系における全ての人間の尊厳を問題にしているのだ。その価値が分からないのか?」

 リーダーらしき迷彩服の大男が真面目腐ってそう言い、手にした銃を振り上げた。

 首を横に振りつつマルチェロ医師は超荒技を持ち掛ける。

「じゃあ俺にレーザー貸せっつーのは無理だろうから、俺の指示で隣のこいつに誰かスタンモードでレーザーかけてやってくれねぇか? それで心臓が動く場合もある」

 立ちはだかった男たちは耳がないかのように誰も動かない。

「そうかい、テメェらの言う人の尊厳てモンはそんなもの――」
「黙れっ!」

 再びの怒号と共に発射されたのはレーザーの一射だった。

 マルチェロ医師は白衣の左肩にスタンではないレーザーを浴び、それは貫通して白衣の前後に焦げ穴と血の染みを作った。
 高出力ながら超高温のために出血も殆どないレーザーだが、バッテリ温存のためか中途半端な威力で放たれた光条は赤い染みをじわじわ広げてゆく。それでもまだマルチェロ医師は意気軒昂とばかりに叫んだ。

「おい、お前らが乗せられたのはこういう奴らなんだぞ! こんなやり方でこの星を乗っ取られてもいいのか、目を覚ませ、この馬鹿野郎たちがっ!」
「もうあまり刺激しない方が……」

 センリーの助言にも耳を貸さない白衣の中年男は、とうとう男たちの一人が履いたごついブーツで蹴り上げられ、挙げ句に背後の壁に思い切り頭をぶつけて沈黙する。
 どうやらセンリーに凭れるようにして気絶したようだった。

 そして隣の部長の顔が草色になっているのを見たセンリーは、女性社員の啜り泣きを耳にしながら、一縷の望みをかけてSOS信号を発振したのだった。

 不思議と『伝わったからといって、どうなる?』という疑問は持たなかった。
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