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第44話

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 シドはオートドアが完全に開くまで待つなどということはしなかった。

 自分が先と言った通り三秒よりゼロコンマ数秒早く立ち上がると、ドアごと吹き飛ばす勢いでマックスパワーの巨大レールガンをぶちかます。フルオートでバラ撒かれたフレシェット弾が立っている者のことごとくに当たり血飛沫を上げさせた。

 室内でのマックスパワー・フルオートで当たったテロリストたちは殆どが人の形を成さなくなり、その背後の壁や物は爆発的に壊れて粉砕され大穴を開けた。

 片や室内に踏み込んだハイファもテミスコピーで援護、シドの連射で倒れなかった男たちの腹に、確実にダブルタップを叩き込みながらセンリーを見やる。

 何故か両手の自由を取り戻し、数名と協力して人質を護るテーブルの盾を作っていた秘書にベルトのヒップホルスタから小型レーザーガンを引き抜くと放り投げた。

「センリー、援護して!」

 その隙に敵の撃った旧式銃の銃弾が厨房の金属板に当たって跳弾となり、チュインと音を立ててハイファの左こめかみを掠る。厨房傍のカウンターに転がり込みながらも衝撃波で一瞬の眩暈感じ、だが振り払って手と目は確実に敵を捉え、撃つ。

 敵の一部もテーブルを倒して盾にしていたが、レーザーからコンマ数秒だけ保たせるならともかく、マックスパワーのフレシェット弾やフルメタルジャケット・九ミリパラベラムは防げない。それらを爆発的に散らし貫通して敵を薙ぎ倒していた。 

 センリーは人質たちを護る構え、こちらもテーブルから銃口を突き出しては発射、敵意を向けてくる者には容赦のない熱線を浴びせている。
 混乱の銃撃戦で隙を狙い人質を盾にしようと近づいてきた一人の敵の首を、マルチェロ医師が立ち上がりざまにメスで切り裂いた。

 シドはもう一度だけフルオートで薙いでおいて、流れ弾での被害が味方に出ぬよう早々に単射をセレクト、パワーも下げた。左腕で顔と頭を庇っただけでその身を晒し真正面から殴り合うが如くダブルタップとヘッドショットを浴びせている。

 そんな中でいきなり迷彩服の大男が吼えた。同時にレーザーライフルを鉈のように振り回しつつセンリーたち人質に向かい走ってくる。高出力でもレーザーにマン・ストッピング・パワーはなく、脳内麻薬にでも冒されたようなその勢いを止めることができない。

 大男はレーザーライフルをテーブルの盾に叩き付け、髪を焼かれた女子社員の肩を掴むと腰に下げた大型コンバットナイフを引き抜いて突き付け、ダミ声で叫んだ。

「動くんじゃねえ!」

 シドとハイファが突入して十秒足らず。立っていた敵はその大男のみだった。

「銃を下ろせ、こいつを殺すぞ!」

 シド、ハイファ、センリーを視界に収め大男は唸る。だが誰も銃を下ろさない。

「この女の顔を切り刻んでもいいのか、ええ?」

 膠着状態のふりをシドたちは続けた。大男の視界外で完全ノーマークだったマルチェロ医師がメスを片手に静かに、滑るように大男の死角から忍び寄っている。
 次の瞬間ためらいを一切感じさせない動きでその背にピウッと斜めに斬りつけた。

「――!!」

 思わず女子社員とナイフとを手放して振り向いたその懐に一歩踏み入ったかと思うと、肩にレーザーを食らっているとは思えぬ鮮やかさで一本背負いを披露する。既に幾発かの銃弾を食らっていた男の血が、その白衣の背にべっとりと染みついた。

「あんた。さっき顔を切り刻むとか言ってたよなあ。やってみてもいいが、どうするよ。顔ってのは案外痛かねぇんだ、ごく浅い表面だけならな。なあ、どうする?」
「……」
「あんな大口叩いておいて怖いのか? ああ、そりゃあ怖いかもなあ。痛くねぇのは表面だけ、目玉ともなると痛ぇし惜しいもんなあ。だがテメェの言い分くらいテメェで経験しておくといいぞ、後学のためにもなあ」
「……」
「何だ、ひとことくらいコメントしねぇのかい?」

 口の利けよう筈もなかった。大男の胸の上にどっかり跨って座ったマルチェロ医師の手にしたメスは男の眼球に、それこそ薄皮一枚の距離で突き付けられていたのだ。

「う、うわああっ!」

 あっさり手放されたメスは自然落下し、サクッと突き立っている。

 白衣の袖口からスルリともう一本メスを取り出し、ぎらりと刃の光る新しいそれを見せつけてから今度は鼻へ。嬉々として顔のパーツの分解作業は続けられた。
 見守ること暫し、さも愉しげな様子の血染めの白衣の背にシドが声を掛ける。

「あのさ、お愉しみ中に悪いんだがマルチェロ先生よ。方向性の違うプロの犯行は趣味じゃないんで怪我人とか、ヤバ気な部長さんとか診てやってくれねぇか?」
「おっと、それもそうだな。自覚しちゃいるんだが始めると愉しくて止められないんだ、これが。こういう病気持ちなんで行く先々の星系で過剰防衛を取られてな」
「ふうん、それでこんな所に隠遁してるんだ……」

 ニヤリと笑い立ち上がったマルチェロ医師は血に染まったメスを白衣で拭うと袖口にするりと仕舞い、元気にのたうつ大男を容赦なく一蹴りして食堂内を見回した。他のテロリストやオルグされてシンパになった鉱区民は全て息の根を止めていた。

 加熱した愛銃をぶら下げ冷ましながらハイファは目視で愛し人をスキャンする。

「貴方は大丈夫みたいだね」
「ああ、このジャケットのお蔭で奇跡的にノーヒット、レーザーで髪が少し焦げたくらいだ。六十万クレジットの威光は健在だぜ。お前は……やられたな」
「見た感じ、血は止まってる?」
「今はな。でもこういう気候だ、マルチェロ=サド氏にあとで診て貰おうぜ。せっかくの美人の顔に痕が残ると困る。本星に帰ってから再生槽で泳ぐのも面倒だろ」
「面倒でもいい、サド氏が怖い……センリーはどう?」
「わたくしも多分、大丈夫かと。上着を掠めたくらいです。助かりました」
「でも殴られたでしょ。名誉の負傷、酷い色になってるよ。それと情報、感謝」

 そう言ってセンリーに笑いかけるとハイファは呻く大男に近づいた。少々パーツの欠けた顔をリモータアプリでポラに撮りインストールしてあったデータと照合する。

「えーと、あ、ヒットだ。中央情報局第六課で手配が掛かってる。これはダイレクトワープ通信もの、生かしておいて正解だったよ。ラッキィ」

 嬉しげにリモータのキィを叩くハイファにシドは自然に付き添っている。

「おい、カップルにヨダレ垂らしてないで手伝え!」

 そうマルチェロ医師から怒鳴られるまでセンリーはそんな二人を眺めていた。

 遅まきながら到着したセフェロⅤ駐留テラ連邦軍にテロリストの身柄を預け、同行していた軍の救急機に心臓発作の部長を収容させた。
 現代医学は死者をも現世うつしよに引き戻す場合がある。髪を焼かれた女子社員も乗せ、付き添いにはマクリスタル支社長を行かせた。

 あとはハイファとセンリーにマルチェロ医師以外、誰一人として怪我がなかった。

 だがFC本社社長名で軍のBELを一機借り受ける。計十九人もの死体が転がるこの惨事で駐在員を全て一時的に第一出張所に移すためだ。それには屋上のBEL一機では足りない。ピストン輸送もできるが皆の気持ちを考えればこれがベストだろう。

 しかしハイファはこれであっさりと帰る訳にはいかない。

「シド、第一鉱区の視察、付き合ってくれるよね?」
「おう。お前もやっと俺を置いていく計画を諦めたか」
「ん。これがベストだって思い知ったからね。自爆作戦もヤダし」

 可能性として鉱区民がクーデターを目論んでいることもあり得た。その場合、それなりの対応を迫られる。相手の得物にもよるが数の論理で言えば勝ち目はない。
 それだけでなく、ああ言ってくれてもハイファとしてはシドにこれ以上の人殺しなどさせたくはなかったが、何をどう説こうとシドは一緒に背負ってくれると承知していた。

 けれど別室任務など知らないセンリーが顔色を変えてハイファに噛みつく。

「そんな危険に自ら飛び込むなんて、喩え社長業に精を出されていても度が過ぎてます! ここの軍が動き状況が落ち着いた頃に再びいらっしゃればいいでしょう!」
「『再び』って日がないかも知れない、今日そう思わなかった?」
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