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第3話
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なるべく野暮ったい伊達眼鏡に霧島がこだわるのも、最近になり京哉の造作の美しさに気付いた者がいたからだ。
その話題は主に女性職員らの間で徐々に広まり、今では総務部や警務部の制服婦警を中心として、『鳴海巡査部長を護る会』なるものまで結成されてしまった。
更には四半期ごとに恒例の『県警本部版・抱かれたい男ランキング』でも上位に食い込んできて、霧島としては京哉が心配で仕方ないのである。
自分はここ何期も連続してランキングでトップを独走しておきながら、京哉を取り巻く状況が変わりつつあることに気が気でない霧島だった。
けれど年上の男として余裕を見せたい思いもある。そこで年下の恋人と取り巻く環境をを穏やかに見つめて見守り続けるだけにしようと決めた霧島なのだが、事ある毎に部下たちをビビらせてしまっている事実には気付いていない。
弁当を食っていると今日も『護る会』メンバーの婦警が二人、戸口に立っている。
「失礼しま~す!」
甘ったるい声に霧島はピクリと反応し、察知した京哉は内心溜息をついた。だがそんなことなど関知しない婦警二人は詰め所の中まで入ってきて、「本日の差し入れです!」と、リボンがひらひらとくっついた包みを京哉に手渡す。頬を染めた婦警たちが説明した。
「今日はナッツとチョコのソフトクッキーなんですよ!」
「オリジナルレシピで絶対お勧めの力作なんです! 皆さんでどうぞ!」
いちいち力の入った科白に京哉も頷かざるを得ない。美人でナイスバディの婦警たちは他の隊員たちにも忘れず微笑みを投げてから京哉と握手し、「きゃあっ!」と叫んで出て行った。
この妙な昼の差し入れが恒例となって一週間近くが経過していた。
霧島が片手に持ったペンをカチカチ、カチカチと押しているのに気付いた京哉は、敢えて無表情を保ったまま手にした包みのリボンを解く。給湯室から紙皿を持ってきてクッキーを紙皿四つに分けてあちこちのデスクに配給した。
一皿を隊長のデスクに献上すると幕の内弁当の残りを食べ始める。弁当を綺麗にさらえてから椅子を転がして隊長席に近寄り、デザートのクッキーに手を伸ばした。
なかなか美味しいクッキーだったが周囲の皆も京哉も、霧島の醸すどす黒いオーラに遠慮して感想を述べるのを控えていた。その霧島もクッキーを口にして茶を啜る。
「……ふむ。結構旨いな」
その低い一言で綱引きの決着がついたように神経が緩み、皆に会話が戻ってきた。
「今日の柔らかいクッキーはいい感じだな」
「このシャキシャキでサクサクの――」
「マカダミアナッツか?」
「そう、それがいい味出してるな」
皆が口々に好感触の感想を寄せ合い、京哉も霧島と料理談議に花を咲かせ始める。
「甘すぎずに塩気が効いているのもいいですね」
「そうだな。近々私もデザート系に挑戦してみるか」
「僕も料理本に載っていた『簡単チーズケーキ』を狙っているんですよ」
「先日スーパーカガミヤで『冷凍パイシート』なるものを発見したんだが、あれとウチのオーブンがあれば割と簡単にアップルパイやミートパイが焼けるらしい」
何とも平和な午後のひとときだった。
だがそのとき室内のスピーカーが共振を起こして皆が身を凍らせる。次には同時通報、通称同報がスピーカーから流れ出した。
《――指令部より各局へ、指令部より各局。七原市内の中央郵便局において人質立て籠もり案件発生。拳銃らしきものを持ったマル被が郵便局内に現在も籠城中。人質及びマル被の数は不明。関係各局は速やかに現場に急行されたし。繰り返す――》
マル被も取り囲まれた状態で機捜そのものは動かない。これは所轄署と捜査一課案件である。身構えていた皆が溜息を洩らして安堵した。
しかし若手の三名が緊張した面持ちで霧島のデスクの前に並ぶ。彼らは特殊事件捜査班・通称SITのメンバーだ。SITとは誘拐や人質事件専門の捜査組織である。
その突入班員として選抜されている彼らが霧島に対し敬礼した。
「くれぐれも怪我には気を付けて、全員無事に帰ってきてくれ。以上だ」
いつも通り霧島は短く言って答礼する。彼らの背を見送っておいて京哉に目を向けた。京哉は霧島とデスク上の警電とを見比べながら薄い肩を竦める。
「これは間違いなく、来るでしょうね」
SAT、スペシャル・アサルト・チームの非常勤狙撃班員である京哉は、色々あって現在は他に狙撃班員が誰もいないため県警唯一のスナイパーだ。
もう一人の上司とも云えるSAT隊長から呼び出しが掛かるのは必至と思われた。
……警電が鳴る。
その話題は主に女性職員らの間で徐々に広まり、今では総務部や警務部の制服婦警を中心として、『鳴海巡査部長を護る会』なるものまで結成されてしまった。
更には四半期ごとに恒例の『県警本部版・抱かれたい男ランキング』でも上位に食い込んできて、霧島としては京哉が心配で仕方ないのである。
自分はここ何期も連続してランキングでトップを独走しておきながら、京哉を取り巻く状況が変わりつつあることに気が気でない霧島だった。
けれど年上の男として余裕を見せたい思いもある。そこで年下の恋人と取り巻く環境をを穏やかに見つめて見守り続けるだけにしようと決めた霧島なのだが、事ある毎に部下たちをビビらせてしまっている事実には気付いていない。
弁当を食っていると今日も『護る会』メンバーの婦警が二人、戸口に立っている。
「失礼しま~す!」
甘ったるい声に霧島はピクリと反応し、察知した京哉は内心溜息をついた。だがそんなことなど関知しない婦警二人は詰め所の中まで入ってきて、「本日の差し入れです!」と、リボンがひらひらとくっついた包みを京哉に手渡す。頬を染めた婦警たちが説明した。
「今日はナッツとチョコのソフトクッキーなんですよ!」
「オリジナルレシピで絶対お勧めの力作なんです! 皆さんでどうぞ!」
いちいち力の入った科白に京哉も頷かざるを得ない。美人でナイスバディの婦警たちは他の隊員たちにも忘れず微笑みを投げてから京哉と握手し、「きゃあっ!」と叫んで出て行った。
この妙な昼の差し入れが恒例となって一週間近くが経過していた。
霧島が片手に持ったペンをカチカチ、カチカチと押しているのに気付いた京哉は、敢えて無表情を保ったまま手にした包みのリボンを解く。給湯室から紙皿を持ってきてクッキーを紙皿四つに分けてあちこちのデスクに配給した。
一皿を隊長のデスクに献上すると幕の内弁当の残りを食べ始める。弁当を綺麗にさらえてから椅子を転がして隊長席に近寄り、デザートのクッキーに手を伸ばした。
なかなか美味しいクッキーだったが周囲の皆も京哉も、霧島の醸すどす黒いオーラに遠慮して感想を述べるのを控えていた。その霧島もクッキーを口にして茶を啜る。
「……ふむ。結構旨いな」
その低い一言で綱引きの決着がついたように神経が緩み、皆に会話が戻ってきた。
「今日の柔らかいクッキーはいい感じだな」
「このシャキシャキでサクサクの――」
「マカダミアナッツか?」
「そう、それがいい味出してるな」
皆が口々に好感触の感想を寄せ合い、京哉も霧島と料理談議に花を咲かせ始める。
「甘すぎずに塩気が効いているのもいいですね」
「そうだな。近々私もデザート系に挑戦してみるか」
「僕も料理本に載っていた『簡単チーズケーキ』を狙っているんですよ」
「先日スーパーカガミヤで『冷凍パイシート』なるものを発見したんだが、あれとウチのオーブンがあれば割と簡単にアップルパイやミートパイが焼けるらしい」
何とも平和な午後のひとときだった。
だがそのとき室内のスピーカーが共振を起こして皆が身を凍らせる。次には同時通報、通称同報がスピーカーから流れ出した。
《――指令部より各局へ、指令部より各局。七原市内の中央郵便局において人質立て籠もり案件発生。拳銃らしきものを持ったマル被が郵便局内に現在も籠城中。人質及びマル被の数は不明。関係各局は速やかに現場に急行されたし。繰り返す――》
マル被も取り囲まれた状態で機捜そのものは動かない。これは所轄署と捜査一課案件である。身構えていた皆が溜息を洩らして安堵した。
しかし若手の三名が緊張した面持ちで霧島のデスクの前に並ぶ。彼らは特殊事件捜査班・通称SITのメンバーだ。SITとは誘拐や人質事件専門の捜査組織である。
その突入班員として選抜されている彼らが霧島に対し敬礼した。
「くれぐれも怪我には気を付けて、全員無事に帰ってきてくれ。以上だ」
いつも通り霧島は短く言って答礼する。彼らの背を見送っておいて京哉に目を向けた。京哉は霧島とデスク上の警電とを見比べながら薄い肩を竦める。
「これは間違いなく、来るでしょうね」
SAT、スペシャル・アサルト・チームの非常勤狙撃班員である京哉は、色々あって現在は他に狙撃班員が誰もいないため県警唯一のスナイパーだ。
もう一人の上司とも云えるSAT隊長から呼び出しが掛かるのは必至と思われた。
……警電が鳴る。
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